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プロ野球への天道  作者: 日下田 弘谷
第6章 最下位争い
56/150

第3話 雨は敵か?それとも味方か?

 最下位攻防戦第1試合は追い込まれていた4組が制した。これによって順位表はわずかに変わった。


3位 3組 21勝32敗

4位 4組 20勝31敗2分 ゲーム差0


 ゲーム差こそ0であるが、3組は勝率が0.396、4組は0.392と、わずか0.004差で3組が勝率で上回り3位を維持。ここで4組は3位浮上のために最終戦で勝利することが条件に、裏を返せば3組は勝利するだけではなく、引き分けに持ち込んでも3位を守り抜く算段が立った。こう見ると微妙に3組が有利なようであるが、土佐野専1年リーグ戦で今までに行われた全106試合のうち、引き分けはたったの2試合。野球は引き分けが起こりにくいことを考えれば、その程度は誤差の範囲内だろう。

 その試合を明日に控えた4組のいつもの5人は、いつものように宮島の部屋に集まっていたが、いつもとは違う雰囲気を醸し出していた。何よりも静かだった。

「にゅぅ、明日、降水確率50パーだって。有終の微~」

 厳密には新本以外は静かだった。

 彼女は「有終の美」と掛けて上手い事言ったつもりだが、口語では「有終の美」と何も変わらないため、他の4人は完全無視。宮島のホームページを全員で凝視。

「明菜。あとどれくらい?」

「8秒、7、6、5」

 画面は明日の土佐野専学内リーグの予告先発画面。今日の試合で先発した安藤はオフとして、単純に考えて3組先発はローテ2人目の河嶋。『選手育成』を優先するとは言っても、どうしても負けたくないこの試合。むしろ『経験』を得るためにはどうしても勝ちたい3組は、先発を変えてくる可能性もある。

「4、3、2」

 後半戦絶好調の神部。勝利の方程式には入っていないが、優れたサイド右腕・林。そのあたりを先発に回しても不思議ではない。

「1、0」

 『0』の瞬間に秋原はパソコンのF5を連打。画面を更新させる。その画面には……

「発表します。先攻、4組先発は友田くん。3組先発は河嶋くん」

「ほぉ。河嶋じゃったかぁ。意外ではないけど、林や神部もありじゃとは思うけどなぁ」

 いたって普通の先発であった。もちろんそれでも油断はできない。現在の調子の良さで言えば神部や林もありだが、実力や先発経験で言えば河嶋が一枚も二枚も上手。球速も入学時からわずか半年で10キロ以上も速くなった、学校一の成長株であり期待される選手だ。

「林くんと神部さん? 神部さんは先発経験があるからないこともないだろうけど、林くんは無いよ? それに今日の試合だって投げてるし……」

 今日の試合における3組の投手起用は、先発の安藤が5回。林が1回、斉藤が1回、備中が1/3回、築田が2/3回を登板している。リリーフ登板の翌日に先発登板させるなど、昨今のプロ野球ではまずやらない所業だ。

「いや、何も先発は5回投げる必要はないんで?」

「え?」

「1~2イニングを目途にリリーフを投入していけば、そこまで負担はかからんじゃろぉ」

「神城。お前、天才かっ」

 長曽我部が大きな声で感心。

 神城が言いたいのはつまりこう言う事である。例えば林が先発の場合、

 1回 林

 2回~ 河嶋など

 のように、自慢のリリーフ陣を生かして、浅い回から継投策に出てしまうということだ。これを実際にプロのリーグ戦で行う場合、多くの投手陣に負担がかかる、好投手が多く必要となるなどいくらかの問題が出てくる。その一方で利点もあり、その中のひとつに、初回の攻撃を抑え込めるということが挙げられる。

 野球の常識的にも、セイバーメトリクス的にも、『初回の得点・先制点』は非常に大きいとされている。そのため野球のオーダーは1番から始まり点を取るように組まれることが多いのである。言い換えれば最も得点率の高い打順は1番からと言えるだろう。

 裏を返せば初回にクローザーを持っていき、その打順を零封する事で、相手の勝率を跳ね上げる『初回の先制点』を阻止することができる。と言う考えだ。

「ただ、わざわざ最終戦でそれはないだろうな。やるならもっとやるべきタイミングがあっただろうし」

 予告先発を知った宮島は気が抜けて、ベッドへと寝転がる。

「それもそうじゃなぁ」

「そうだぞ。わざわざ明日の試合に限らなくてもいいじゃないか」

「久しぶりに輝義の手のひら返しを見た気がする」

 さらに問題点を挙げると、初回は所詮1回であり、1点は所詮1点である事。初回クローザー作戦は確実にクローザーをその試合に登板させることになるのだが、そのたかが初回のたかが1点を、そこまでして守る価値はあるのかということがある。あくまでも豊富な投手陣が必要なのであり、仮にそんな投手陣が用意できれば、こんな奇策を用いずとも楽に勝てるであろう。

「え~と……頑張ってね?」

 緊迫した試合の前夜にも関わらず平常運転の男子3人に、秋原は感心混じりの驚きで応援を送る。

「有終の微~」

 そしてよほどそのダジャレがツボに入ったらしい新本は、わざわざベランダに出て欄干にもたれかかり、暗い空を見ながらやや大きな声で漏らす。それに気付いた宮島は、そっと近づき窓を閉じる。

「にゃああぁぁ。開けてぇぇぇぇぇ」

「本当にいつもどおりだね。みんな」



 日曜日午前8時40分。

 降水確率50%とはつまり半々の確率で雨が降ると言う事だが、今日はハズレを引いたようである。外は雨が降っており、もしかすると雨天順延では? と予想されたが、土佐野専教師陣の判断は決行。よって雨の中のプレイボールとなる。

 最終戦。両チームの先発は以下の通り。


1番 ファースト 神城

2番 ライト 三国

3番 センター 小崎

4番 レフト 佐々木

5番 サード 三満

6番 ショート 前園

7番 セカンド 横川

8番 キャッチャー 宮島

9番 ピッチャー 友田


 鳥居・原井を下げた、ベストメンバーとはところどころ違ったオーダー。ただこの2人に関しては、試合前の軽い練習で、少々調子の悪さを見せていた。そういう裏を考えればベストメンバーであろう。

 そして対する3組。


1番 センター 磯田

2番 ショート 上島

3番 ファースト 笠原

4番 レフト バーナード

5番 セカンド 仁科

6番 キャッチャー 柴田

7番 サード 酒々井

8番 ライト 長浜

9番 ピッチャー 河嶋


 主力メンバーを投入。意地でも取りこぼさない覚悟のようである。

「試合、できるん?」

「グラウンド状況を見る限りだと、できないわけではなさそうだけど……」

 神城は雨を避けてベンチ内からグラウンドを見渡す。まだ水たまりができているとか、ぬかるんでいるとか、目立ったグラウンド不良はできていない。ただ、宮島の返事はどうも歯切れが悪かった。

「ウチのグラウンド。水はけが悪いからなぁ」

 決して土佐野専のグラウンドは悪いグラウンドではない。むしろプロ野球の本拠地を含めても、トップクラスに入るであろういいグラウンドである。その理由は球場の内野が土・外野が天然芝であることなのだが、それもまた水はけの悪さの理由となっている。

 天然芝は下がコンクリートの人工芝に比べ、選手の負担が小さいという利点がある。一方でドーム球場では維持ができない、野外でも維持費が高い、水はけが悪い、イレギュラーが多いなどの多くの問題を持つのである。

 それら主に経営的理由により、日本のプロ野球の『本拠地』では、阪神タイガースの甲子園球場、広島東洋カープの広島市民球場(MAZDA Zoom-Zoomスタジアム広島)の2か所。旧本拠地としてオリックスバファローズの神戸総合運動公園野球場(ほっともっとフィールド神戸)を含めても、わずか3か所しか天然芝球場は存在しない。それだけ扱いが難しいのが天然芝なのだ。

「ただ、5回までは持つ……かな?」

「試合成立まで。なぁ」

 後攻の4組がリードできれば、最悪4回表終了時まで持てばいい。そうすれば雨天コールド。とにかくゲーム自体は成立する。

 2人が話している時だった。球審と話をしていた広川が、雨の中ベンチに帰ってくる。

「みなさん。準備はいいですか?」

「え? 広川さん。まだ試合には少し早いんじゃ……」

 宮島はバックスクリーンの時計へと目を向ける。まだ予定時間には少し早く、その時間差は誤差と言うほど小さくもない。

「球審からの提案です。雨が強くならないうちに試合を始めようと言うものでして」

「なるほどねぇ。友田っ」

「準備OK」

 野手は最悪、軽いストレッチでなんとかなる。心配すべきは投手の肩であるが、早めに球場入りし、念入りに準備をしていたのが効いた。友田の準備は万全である。

「分かりました。1年4組。準備完了です」

 ホーム後方で仁王立ちの球審にそう告げると、彼は3組のベンチへと視線を向ける。

「1年3組も大丈夫です。やりましょう」

「はい。では、アナウンスを」

 放送席の窓ガラスを2度ノック。ウグイスを務める女性事務員は、放送設備の電源を慣れた手つきで入れ始める。

『ただいまより時間を前倒しし、1年リーグ最終試合。先攻、3組対、後攻4組の試合を開始いたします』

「行くぞ。友田」

「うん」

 宮島・友田バッテリー、出陣。いつもは多少気になるバックネット裏のスカウト陣も、今日はまったく気にならない。目に浮かぶのは『勝利』の2文字のみ。

「神主~。絶対勝てよぉぉぉぉ」

 1塁側スタンド。折り畳み傘を差しながら観戦中なのは、昨日、先発登板したためオフ日の長曽我部。一応、ベンチ入り登録はしてあるのだが、試合が見えやすいとの理由でスタンド観戦である。

「さぁ、投球練習と行こうか。足元、しっかり感触を確認してな」

 マウンドに上がっての投球練習。肩慣らしは十分だが、ここでやるのはマウンド状況の確認。さらに今日は雨の影響確認や調整もタスクに入ってくる。

 友田は軽く足場を目視で確認後、ど真ん中へ構えた宮島相手に投球練習を開始。

 1球、2球と数をこなす。いつも以上にいい球が来ているように傍には見えるのだが、宮島の表情は渋い。

 7球目の球を投げ終わると、内野はボール回しに使っていた球をベンチに返す。それからショートの前園が2塁ベース上に立つなり、友田は8球目を投げる。受けた宮島は2塁へと送球。ノーバウンドで前園の構えたコースへ届いたいい送球である。

 その送球を捕った前園は、まずサードへ送球。サード・三満が受けてセカンド横側へ。その間に定位置に戻っていた前園に横川からボールが渡り、さらにファースト神城へ送球。もらった神城は、ミットを外して両手でボールをこする。その上でマウンド上まで歩いて持っていく。

「友田。しっかり守っちゃるけぇのぉ。思い切って投げんさい」

「今日もお願いするよ?」

 神城からボールを手渡しでもらった友田は、グローブの中に入れ、もう一度足場を弄る。

『1回の表。1年3組の攻撃は、1番、センター、磯田。背番号、8』

 あいにくの雨の中。1年生最後の学内リーグ戦が――

「プレイ」

 今、始まった。



 先頭の磯田。カウント2―1から、外から入ってくるバックドアカーブに手を出してサードゴロ。思いのほか転がらず宮島もハッとしたが、1年生も雨天の試合は今日が決して初めてなわけではない。サード・三満がそれを予想し、積極的に突っ込んでくる守備でアウトにする。

 この時期となれば、多少の天候不良でも慣れたものである。

 ただこの対戦で宮島は、友田のボールの違和感に気付いた。いや、気付いたと言うよりは、元々予想していたと言うべきか。

『(今日の友田、回転が良すぎるな)』

 これまでの試合の経験則でなんとなく分かっていたが、今日もそうであった。

 雨が降ると足場が悪くなる、ボールや手が濡れると言った理由でピッチングが難しくなるように思えるが、実は一概にそうとも言えない。友田の場合、適度な雨だと湿り気でボールに指がフィットし、いつも以上にいい回転の球を投げることができるようになる。しかしこれは他のピッチャーならいいが、友田にとっては悪いことでしかない。

『(くっ、沈まねぇ)』

 2番・上島に向けた1―1からの3球目。低めに投じたお辞儀ストレートだったが、回転が良いシンプルなストレートに。運よくセカンド真正面に弾き返してくれたが、少々危ない投球であった。

『(こうなると、実質、クセ球は使えないか)』

 友田の持ち球はクセ球ストレート、通常ストレート、カーブ、シュートの4種類。

 クセ球ストレートの回転が上がるのなら、通常ストレートの回転も上がって、手元で伸びるのでは? とも考えられるが、もちろん少しは上がる。が、それは誤差の範囲内。つまり友田にとって雨は、クセ球を通常ストレートに格上げさせた結果持ち球を減らしてしまう、名目的にはプラスのようで、実質的にはマイナスの天候なのだ。

『(せっかくツーアウトをテンポよく取ったんだし、変にタイムを掛けて友田のリズムを崩したくないなぁ)』

 一応、試合前のブルペンで配球希望は聞いてみると、ストレート中心との事であった。できればそれを叶えてやりたい宮島だが、今日のそれは明らかに失敗リードとなりかねない。

『(このイニングはそれで乗り切ろう。後はベンチで打ち合わせし直そうか)』

 さすがに友田も理由を話せば、無理に「それでもストレート中心で」なんて言いはしないだろう。そう予想を立てて彼は友田のストレート中心リードを続行。

 続く3番の笠原。迷わずフルスイングしてくるクリーンアップの切り込み隊長相手に、1球目と3球目をポール際に叩き込まれながらもファールで追い込み、最後はアウトコース高めの釣り球ストレートで空振り三振を奪った。

「ナイピッチ」

「順調、順調」

 危なげなさそうに見えるピッチングで、友田は初回を三者凡退に切り抜ける。ただ唯一、危なさを感じていた宮島は、不満そうな顔でベンチに帰る。

「お疲れ様」

「どうも」

 秋原からタオルを受け取り、ベンチ裏の通路へ。

「友田、ちょっとちょっと」

「はい、はい、はい、はい」

 二つ返事ならぬ四つ返事をしてついてくる友田。雨を避けたベンチ裏。そこで宮島と友田のバッテリーは打ち合わせ。

 友田の沈むストレートの雨による影響のこと。ストレート中心を要望していたが、その影響があるため、この試合のリードは自分に任せてほしいということ。そして最後に、それでももし、投手視点でリードに違和感があったら、迷いなく首を振ってほしいということ。

 降板までの全投球をキャッチャー主導リードに切り替える。一打者・もしくはピンチ限定ならまだしも、イニング通じてというのは、今までの試合では決してなかったこと。

 果たして友田は快く受けてくれるのか。反論されないか。そして一番に、その心理的影響がピッチングにでないか。そこが心配だった宮島だったが、彼の返事は。

「分かった。宮島のリードを信じるよ」

 まったくそうした心配のないものだった。いや、それどころか――

「丸投げで負担をかけるかもしれないけど、お願いするよ」

 ベンチに帰るため振り返る寸前に、彼の左肩を軽く叩く。

 心配ないどころか心地の良い返事だ。

「あぁ。尽力するから、ピッチングは任せたぜ」



 良きも悪きもピッチングに影響が出た4組先発・友田。対する3組先発の河嶋はと言うと、友田以上に露骨なものであった。

 先頭の神城相手に、制球難を見せてカウント3―0。そこからストライクを欲して置きに行った球を、センター前へと弾き返される。

 そうして招いたノーアウト1塁のピンチ。対神城の反省か、今度は浅いカウントからのストライクを欲した河嶋。初球から置き行くと、今度は三国が果敢に初球攻撃。痛烈な打球はピッチャーのグローブを弾いて、ピッチャー後方を転々。

「えい、よっと」

 その打球にいち早く反応した上島が、捕球後2塁に向けてバックグラブトス。2塁に走り込んできた仁科は、ベースを踏みながら送球を受ける。そこから勢いを殺しきれずも、レフト方向にジャンプしながら1塁へとサイドスロー送球。

「アウトっ」

 6―4―3のダブルプレー。

 2者連続でまともに捉えられながら、ここは幸運にもツーアウト。さらに昨日、ホームランを放った小崎。高めに浮いた球を真芯で捉えるが、打球を読んで右中間寄りにシフトを敷いていたセンター真正面。3人の打球はいずれもヒット性ながら、うち2人は守備に助けられて三者凡退。結果論的には幸先良好も、あまりよろしくない試合展開。

「……和田部さん。ブルペン、お願いします」

「いいけど、少し早くない?」

 3組ベンチ。この様子を見た神部が、ベンチ入りキャッチャーの和田部にブルペンへの同行を依頼。彼も頼まれた以上は断らないが、少々聞き返してみる。すると彼女は、マウンドを降りる河嶋へと目を向けながら、

「きっと、すぐにつかまります。その時のために準備しましょう」


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