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プロ野球への天道  作者: 日下田 弘谷
第6章 最下位争い
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第2話 僕らの秋は終わらせない

 首の皮一枚を残した4組。裏を返せば背水の陣となっているこの状況。その危機的状況を任された1年4組の選手たちは、期待に応えるべく奮起する。

 1回の裏。ツーアウト2塁のチャンスで、小村は果敢に初球攻撃。センター前へ抜ける打球に、寺本はノンストップで3塁を回る。

 しかし期待されているのは4組の生徒だけではない。

 センターを守る加村は、無駄のない動きでセンターからバックホーム。ノーバウンドで届いた低球道返球は、キャッチャーの構えたミットへストライク。

「アウトぉぉぉぉ」

 俊足の寺本が憤死。

 4組に引導を渡すべく、田端監督に送り出されたナインも全力プレーで答える。

 絶対にこの一勝は譲らない。

 2つの思いが激突する。

 そして強き思いを見せるのは男子だけではない。

 3回の裏。ツーアウト満塁。4組が作ったこのチャンス。再びバッターは4番の小村。アウトコースへのストレートをきれいに流し打ち、打球は一塁線を抜ける――

「アウト、アウトっ」

 と思われた瞬間だった。ファーストを守る女子枠・山県がダイビングキャッチ。抜ければ走者一掃の可能性も高かったであろう打球をもぎ取った。

「試合が動かんのぉ」

「そうだね……しか言えないでごめんね。かんちゃんならもっと気の利いた事いいそうなんだけど」

「いや、別に気にしてないけぇ大丈夫で?」

 本日、普段のレギュラー級は控えスタート。ゆえに宮島はベンチのはずなのだが、3塁側ベンチに彼の姿はない。

「それより宮島はどこいったん?」

「あそこ」

 と、秋原が指さしたのは、広川の横にある備え付けの電話。あれはブルペンに繋がっている電話であり、彼女はつまり「ブルペン」と言いたいのである。

「次は誰なんじゃろぉ?」

「今この場にいないのは、本崎くんと新本さん。それと大森くんも」

 友田もいないのだが、彼は明日の先発予定であるため、ベンチ入り登録こそしてあり球場入りしているものの、ベンチにはいない。今頃、ロッカールームでのんびりとしていることであろう。

 そろそろ均衡を破りたい両チーム。ところが、3組先発・安藤は序盤こそ不安定感を見せたものの、4回は完全に立ち直る。対する長曽我部もフォアボール3つと制球に苦しむも、安打はわずか1と両投手好投。

 そして5回の裏。先頭の富山が内野ゴロに倒れると、ネクストバッターサークルに入っていた長曽我部がベンチに下がる。

「さぁ、勝負にでましょう。タイム」

 代わりに広川が出てくると、球審も選手交代かとわずかに詰め寄る。選手交代を聞いた球審はすぐさま放送席に告げる。直後にウグイス嬢によるコール。

『選手の交代をお知らせいたします』

 ベンチから自分のバットを手に出てきたバッターは、

『バッター、長曽我部に代わりまして、佐々木。背番号5』

 一点勝負と見た広川。神城・小崎ら足のあるリーディングヒッターではなく、4組最多本塁打の佐々木を選択。

『(投手交代は流れが変わるタイミングの1つ。ここで良くも悪くも流れが変わる可能性は大いにあります)』

 好投していた投手を代えての代打。この代打で自チームに流れを引き寄せる可能性もある一方で、投手交代により相手に流れをやってしまう可能性もある。

「高川くん。ブルペンの方に仕上がりの確認を」

「はい」

 高川は受話器を手にすると、ブルペンを呼び出す。

 その合間にも試合は進行。

 安藤に対し代打の佐々木。初球の甘く入ったカーブをフルスイング。打球は3塁側スタンドに飛び込むファールボール。

「監督。ブルペン担当の古宮(こみや)から」

 高川の連絡を受けたのはブルペン担当のマネージメント科・古宮。彼がブルペン捕手をしている宮島から話を聞いて、高川へと状況を告げる。

「大森、本崎の調子は上々。ただ、新本の調子はいまいちと」

「そう、ですか……」

 MAX150キロを投げる長曽我部の後。できるならば球速差の大きい新本を出したかったが、それは非常に難しいだろう。

『(次の回は、2人目から、左、右、左、右と交互になる上位打順、ですね……)』

「高川くん。次の回は大森くんでいきます。連絡を」

「はい」

 広川が決断した直後。カウント1―1となっての3球目からを佐々木は引っ張って弾き返す。だが打球は運悪くレフト真正面への痛烈なライナー。代打策は失敗に終わった。



 1番に戻って先頭の寺本。しかし彼も空振り三振に倒れてしまいチャンスメイクできず。そして6回の表。

『1年4組、守備の交代です。代打で出ました佐々木がレフト。ピッチャー、長曽我部に代わりまして大森。6番、ピッチャー、大森。背番号16』

 ここまで打撃に精彩を欠き、さらには守備にも難のある大野を下げてレフトに佐々木。その打順には大森が入る。早くも大きな交代である。

 この4組の動きにどう答えるか。

『9番、安藤に代わりまして、仁科。背番号32』

「代えてきたね……」

「けど、4組は選手を代えにくいはずだ」

 予想はしていたがあまり気分的に良くない代打。秋原は歯切れ悪そうにつぶやくが、高川はいたって前向きだった。

「代えにくいってどうして? どんどんレギュラーに代えてくるんじゃ……」

「今のウチのマウンドは左の大森。なんだけど」

 高川はホワイトボードを指さす。そこには相手方のベンチ入りメンバーが書かれている。右打ちは黒字、左打ちは赤字なのだが、

「あっ」

「偶然か必然か。4組は主力級がほとんど左なんだよな」

 4組終盤戦、もっとも多かったオーダーを基準に考えると、1番・磯田、3番・笠原、4番・バーナード、6番・柴田、7番・大倉、8番・長浜と野手8人中6人が左打ちの打線。右打ちなのは2番・大島、5番・仁科だけである。

「もちろん左バッターだから左が苦手とは限らないけど」

 高川はそう注意しておく。

 左バッターは左ピッチャーが苦手。一般論のように言われるが、必ずしもそうでない者も多い。例えば4組の神城・小崎、3組の村上なんかがそうであり、村上に至っては左バッターながらサウスポーキラーである。

 村上曰く「左は少し下手でもピッチャーができる。からむしろ全体的にレベルの低い左の方が打ちやすい」とのこと。彼にとっては右投げの130キロも、左投げの130キロも一緒なのである。もっとも鶴見は苦手としているが、彼に関しては佐々木(4組)・仁科(3組)・大谷(2組)ら右の好打者も苦戦しているため、そもそもあれはピッチャーが凄いのである。

 なおその高川の読みは的中する。

 大森が代打の仁科を打ち取り、打順は先頭に戻る。ここから代打攻勢もあり得たが、動きはない。むしろ1番の村井、2番の中山も連続で打ち取って無得点に抑えこむ。

「秋原さん。ブルペンの宮島くんに連絡を」

「はい」

 広川が秋原に宮島への伝言を頼む。その内容を受けた秋原は、彼に直接伝えるべくブルペンへと走って行った。

『6回の裏。1年3組、守備の交代です。ピッチャー、安藤に代わりまして、林。背番号12』

 マウンド上には右の速球派サイドスロー・林泯台。

『1年4組の攻撃は、2番、ライト、天川』

 対する1年4組は天川を直接打席へ。

 一見、代打を送る構えを見せていない4組であるが準備は万全。神城はネクストに入る準備をしているところ。小崎・三国・鳥居も状況に応じて出る準備を整え、ブルペンからはクラッチヒッター・宮島も呼び寄せた。

 先頭の天川は、林の代わりっぱなを果敢に初球攻撃。しかしチップしてしまいワンストライク。

「1点、1点あったら勝てます。問題は、どちらがその1点を先に取るか、です」

 ここから相手方も機を見て主力をつぎ込んでくることだろう。ならば相手のオーダーが整わない内に点を取りたい。

「アウトっ」

 しかし天川は結局、フルカウントからの6球目を打ち上げて凡退。

「タイム」

 広川は手を挙げながらベンチを出ると、

「神城」

 彼を指さして球審に代打を告げる。

『1年4組、選手の交代です。3番、大川に代わりまして、神城。背番号6』

 チャンスメイクのために大川に代打・神城。彼は滑り止めのスプレーをバットに吹きかけてから、ゆっくりと左バッターボックスへ向かう。

『(次は調子のいい小村くんです。神城くんが出たら、小村くんに打たせ、得点圏なら宮島くん。そうでないなら、林くんは右ですから左の三国くんでしょうか)』

 この後の計画は立った。それを破たんさせないには、とにかく神城が出る事である。

 代打は積極的に打って行け。そんな常識がある『代打』として打席に入った神城だったが、その打撃は相変わらず。初球のアウトローストレートを見逃してワンストライク。2球目インロースライダーを見切ってワンボール。さらにアウトコース低めに外れるストレートを見逃して2―1と、いつも通りの消極的打法。

「ストライーク、ツー」

 4球目も見逃し追い込まれる。なんのために代打として出てきたんだ。と怒られそうな消極的バッティングだが、広川はむしろ安堵。ここで彼が代打だからと積極的に打って行っては、彼らしさを失ってしまう。宮島の件があって以降、広川も「選手本人らしさ」にはどうも敏感になっているのである。

「ファール」

『(さぁ、始まりました)』

 順調にワンアウト取った林の前で、神城の嫌がらせが始まる。

 際どいコースをファールするカット打法だ。

 これは紅白戦で新本もやられているが、コントロールのいい人ほど負担が大きい。悪い投手はすぐにフォアボールや、甘いコースに放ってヒットを許すため、球数が少なく被害も最小限である。一方でいい投手は、しこたまファールで粘られた挙句、猿も木から落ちる。数少ない失投でフォアボールになったり、ヒットされたり。塁に出した挙句、球数が多いと言うたちの悪いことになってしまう。

 なおその林のコントロールはと言うと、

「ボール、フォアボール」

 最初のファール以降、ボール、ファール、ファール、ボールと、10球目で力尽きる。むしろ制球力がそれほどでもない割に、良く頑張ったと言うべきであろう。

「三国くん。ネクストに入っていてください。宮島くんは集中力を切らさないように」

「「はい」」

 相手方は投手を代える気配を見せない。なればここは三国か宮島か。小村の打撃結果にかかっている。

 1アウトで1塁には、盗塁王をほぼ手中に収めた神城。バッターには本日絶好調の小村。次打者としては強襲型2番打者・三国、下位打線の隠れクラッチヒッター・宮島が待機。これ以上ないまでの得点の機会である。

 林はまず神城の盗塁を警戒し、3球連続の執拗な牽制。いずれも刺せるようには見えないが、こうした牽制はランナーとしては嫌なものである。もっとも、

『(牽制のフォームは分かったけど、投球のクセはどんなもんじゃろうなぁ)』

 やり過ぎは相手にモーションを盗まれる可能性もある。

 4球目はなく、ようやく林は初球。サイドスローから投げ出されたボールは、アウトコースに逃げていくスライダー。これを小村は空振りワンストライク。

『(若干クセっぽいもんがあるんじゃけど……これは盗めそうにないのぉ)』

 確信があるならまだしも、ここでは無謀な走塁をすべきではない。

 神城が盗塁をしないと決めての2球目。

「よし、抜けたっ」

 小村が打つと同時にタイミングよく飛び出した神城は、自らの前を通り過ぎる打球を見送る。一二塁間を抜けるライト前ヒット。彼は快足を飛ばして2塁を蹴ると、猛然と3塁を陥れる。

 1アウト1・3塁。大チャンス到来。

「タイム、代打、宮島」

 ポイントゲッター・宮島を投入。

 スランプで打率を0割台まで落としたものの、今日の時点で打率は1割前半と回復。さらに得点圏打率に至っては3割台まで回復を見せ、怖くないけど地味に怖いバッターに成長した。

「宮島くん。このチャンス、君にすべて託します」

「はい。分かりました」

 宮島は背中から味方の声援を受けながら勝負場へ。

『(3塁に神城。そして1塁に小村、か。守備シフトはゲッツーシフト。1点なら返せると思ってるのかな?)』

 構えた宮島に対して林の初球。

「ボール」

 アウトコース、際どいとこに外れるボール球。林も和田部もわずかに顔をしかめるほど厳しいコースであったが、宮島は悠々と見送る。厳密にはインコースに張っていただけであるが。

「ストライーク」

 2球目は林の真ん中から外に沈むカーブに手を出して空振りワンストライク。

『(厳しいなぁ。今のを中途半端に手を出したらゲッツーになっちまうな)』

「タイム」

 宮島は一旦タイムを掛けて打席を外し、2回ほど素振りをしながら考える。

『(1アウト1・3塁。1塁に小村で、3塁は神城……)』

 彼の頭の中でよみがえる言葉。

「このチャンス、君にすべてを託します」

 この学校に入ってすぐの時は、野手最弱とも言われる打撃だった。それも今となっては、得点圏にこそ限るが広川に期待されるまでになった。

『(その期待、応えます。宮島健一、やってやります)』

 プレイ再開。セットポジションに入った林。1塁ランナー・小村に盗塁はないと考えているのか、足を大きく上げた通常モーション。サイドスローらしい真横から腕が飛び出してくる。

『(僕の特徴はこのバッティングじゃない――)』

 宮島は上げた足を大きく3塁方向へと踏み出す。

 林はそれに気付かず、和田部のサイン通り真ん中高めの釣り球を放る。

 それを宮島は、

『(僕の特徴はこの、洞察力だっ)』

 バントした。

『(し、しまった。スクイズ、いや)』

 和田部は3塁ランナー・神城を見たが、スクイズにしては位置が3塁寄り。

 セーフティスクイズ

 普通のスクイズとは違い、3塁ランナーが打球を見てからスタートするスクイズ。

 神城は宮島のバントを見て、この打球ならいけると判断。思い切ってホームを突く。

「くっ、ボールファースト」

 間に合わないと判断。サードの大関はボールを捕ると、神城がホームに向かうのを見ながら1塁へと送球。

「アウトっ」

「ホームイン」

 宮島はアウト。が、神城は生還。

 この宮島の守備シフトの裏をかくワンプレー、そして神城の好判断で4組はついに先制点。

「ナイスバントです。いい判断でした」

「ありがとうございます」

「どうせなら打って返してほしかったですが、まぁ、これも勉強でしょう」

「ははは……」

 素直には喜べない。

 しかしこれで均衡が崩れたのは確かだった。

 これによってこの試合の主導権は4組が握った。

 6回裏の攻撃は1点に終わったが、7回からはキャッチャー・宮島、ファースト・神城、サード鳥居、そしてピッチャーに本崎と守備を代えると、中軸を三者凡退に切って無失点。これ以上点をやれない3組はビハインドながら勝利の方程式・斉藤を投入し、7回裏を無失点。

 このまま試合が動かないかと思われたが、意外な動きを見せた。

 8回の表でピンチを招いたことで、本崎に代わって守護神・立川を投入。この立川が相手方の代打・笠原を三振に切ってピンチを脱したのだが、彼の活躍はこれだけではなかった。

 1番から始まる8回の裏の攻撃。代わったピッチャー・備中相手に、先頭の寺本が出塁。2番の天川がヒットで繋ぎ、3番の神城はセーフティバントを敢行。1塁で刺されてセーフティ自体は失敗に終わるが、結果としては送りバント成功。

 だが広川は頭を抱える。

「うわぁぁぁぁぁ。守備交代間違えたぁぁぁぁぁ」

 監督経験の浅い彼はやらかしてしまった。

『4番、ピッチャー、立川』

「はっはっは。やはり主人公にはいい場面で出番が来るもんだなぁぁぁぁぁぁ」

 イニングを跨がせて9回に立たせる予定だった立川を、遠くの打順に置くのを忘れていたのである。

『(まぁ、次は宮島くん。1塁も空いていてゲッツーもないから大丈夫――あっ)』

「はっはっはぁぁぁぁ」

 立川の一振りはショート頭上を越える緩い打球。センターの前に静かに落ちる。

「「「えぇぇぇぇぇぇぇ」」」

 全員唖然。

 寺本が3塁から悠々生還。センターがもたつく合間に天川も生還。まさかのクローザーによる2点タイムリーヒットである。さらにこの回はそれだけでは終わらない。

 宮島がアウトコースの球を、華麗な読み打ち、もとい流し打ちでライト前。3組は備中に代わり築田をマウンドに送るも、続く鳥居が三塁線を破り、立川が生還。その上でランナー2・3塁から、代打・小崎がトドメのライトスタンドへのスリーランアーチ。6得点を挙げるビッグイニングで試合をぶっ壊し、最後は立川が自ら締めてゲームセット。

「ナイスピッチ、立川」

「わははは。我が力、誰も敵う者はいまい」

「なるほど、僕にも勝てると」

「あっ、そ、そのようなことは。『隊長以外』に、我に敵う者はいまい。ということであります」

 本当に立川の扱いを覚えてきた宮島である。

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