最終話 ラストスパート
「宮島さ~ん。スランプ脱出の第一号、おめでとうございます」
「打たれた奴に言われるってなんか引っかかるなぁ」
試合後。いつもの5人ことユニオンフォース+鶴見で昼食を食べていたところへ、神部がやってくるなり、宮島の手を握って上下に振りだす。
あの後の試合はと言うと、4組リリーバーの大森・藤山が3組打線を抑え込む。しかし一方の4組打線は3組リリーバーを打ち崩すことができず、追撃は宮島のツーランホームランのみ。結局、3―2で3組の勝ちに終わっている。
神部の喜びようはもちろんそうして3組が勝ったことも3割程度あろうが、残りの7割は宮島の復活ゆえ。3組の生徒なのかそうじゃないのか、非常に怪しいところだ。
「あ、健一くんが打ったのは神部さんからだったんだ」
「はい。インコースをカッキーンっと」
まるで自分が打ったかのように大興奮する神部であるが、チームメイトでなければ観客でもなく、むしろ被弾した張本人である。
「ははは。むしろ健一くんは引っ張りの方が似合ってるよ。日本だとチームバッティングだなんだで流し打ちが妙に評価されるけど、野球の本場アメリカではそうでもない。投手主導リードしかり、健一くんはメジャー型だね」
「メジャーのキャッチャーは割と打撃重視じゃなかったっけ?」
「確かに。そう考えると健一くんは日本型だね」
トンカツを口に運びながら、陽気に明るく会話する鶴見。なにせ今日の彼はかなり絶好調。対2組戦にて、6回までノーヒットノーランと言う好投を見せた。以降は投球数の関係でヒットを許さないままに降板したが、その試合の勝利投手となったのは言うまでもない。
6人席で座るところの無かった神部は、隣の机から椅子を持ってくると、宮島・鶴見がお盆を寄せて空けたスペースに割り込む。
「風邪の噂で聞いたんですけど、鶴見さんって本当にメジャーに行くんですか?」
普段は口を開けば宮島と話をする神部が、珍しく鶴見へと話を振る。やはり一介の野球選手としては、そうした挑戦には興味がわくのだろう。
「あぁ~、私も気になる~。トゥルミーはどうするの?」
知らぬ間にトゥルミーなる「tell me」に似た愛称を付けた新本も便乗。いつぞやにスライダーを教えてもらってから、少々仲良くなったようである。
「う~ん。ひとまず、メジャーのスカウトには行く気あるって言ってるし、日本のスカウトさんにもメジャーも視野に入れているって話はしてるね」
「で?」
宮島が興味深そうに身を乗り出すと、鶴見は目を閉じてため息。
「健一くんとの仲だから言うよ。日本球界とメジャー。天秤にかけていい条件を引き出す予定。日本方には日本球界入りの条件として、『選手都合で自由契約にしてもらえる権利』を、メジャー方にはメジャー挑戦の条件として、実質的な『2A以上での契約』を」
要するに日本球界には、実績を出した時、球団許可の必要なポスティングシステムを使用せず、また海外FA権の取得期間もまたずに海外移籍ができるよう、選手から自由契約にしてもらえるオプション。メジャーにはルーキーリーグなどでゆっくりした結果、メジャー昇格が遥か先にならない様、飛び級の内定を要求するとのこと。
もちろん普通の高校球児ではこうした交渉は、プロ関係者との接触に当たるため禁止されている。しかし土佐野専では特に禁止されていないのが、高校野球とは違う特徴。むしろ1年生のこの時期ともなると、8割近くはプロスカウトからの接触を受けているのである。
「強気だなぁ。二兎追う者は一兎も得ず。にならなければいいけど」
もはや別世界の人間である鶴見に対し、宮島は皮肉のような警告。ところが彼は微笑みながら返してくる。
「メジャーの球団スカウトは『即戦力として期待』と言ってくれたし、実質的に内定はでている。と言ってもいいかもね。日本球団に関しては、現地点では興味なしの態度。どうしてもって向こうが頭を下げた時点で、妥協点として『自由契約の権利』を要求するつもり」
本当に別世界の人間であった。
彼は土佐野専1年リーグにおいて、最多勝利・最優秀防御率・最多奪三振の三部門に関して独走状態の投手。それも高校野球地区大会序盤の様な、初心者集団をねじ伏せて数字を稼いでいるわけではなく、8割近くがプロスカウトと接触しているような打者相手に数字を稼いでいるのだから、それは本物であると見ていいだろう。
そうした彼の言葉に全員は共通した一言。
「「「なんや、こいつ」」」
秋原や神部ですらも口調が変わるほどの驚愕だ。
「時に神部はスカウトとの接触は?」
これ以上、鶴見の異次元談話を聞いていてはやる気が無くなりそうだったので、宮島は神部へと話を振ってみる。
「私は女子プロの方から。それと日本球界からも2球団ほど……」
「マジか。新本は?」
女子にも関わらず、日本球界から目を向けられたとのこと。ふとその比較対象として新本にも聞いてみる宮島だったが。
「私も女子プロと、えっと、日本球界から1つ」
新本もスカウトが来ていたようである。
「長曽我部っ」
「俺は3球団から名刺はもらった」
「神城は?」
「7球団。そう言う宮島はぞうじゃったん?」
聞いてみる神城に、宮島は視線を逸らす。
「……1球団」
鶴見 > 神城 > 長曽我部 > 神部 > 新本 = 宮島
神部は女子として規格外としても、普通の女子である新本に同点だった時点で、実質的な大敗である。
「だ、だ、大丈夫です。宮島さんはきっと、地味なんです」
「そっか。僕は地味か。そうだよなぁ。華やかさないもんなぁ」
どんどん廃れていく宮島の表情に、神部は焦り続ける。
「そ、そうではなく。あの……あれです。縁の下の力持ちなんです。評価されにくいだけなんです。それに、その評価されにくいものを、1球団は評価してくれたってわけじゃないですか。きっと大丈夫です。元気出してください。私は宮島さんが凄いと思います」
「ありがと。嘘でも嬉しい」
「うそじゃないですっ。自信を持ってください。私、できることなら宮島さんとバッテリーを組みたいくらい、尊敬しているんですから。鶴見さんもそうですよね。ね?」
「そうだね。そうでもないと、わざわざ他クラスなんていかないよ」
神部と空気を読んだ鶴見によって必死の元気づけ。それを受けてわずかに表情が明るくなっていく。
「そうじゃなぁ。肩とかバッティングならともかく、インサイドワークは評価しづらいけぇのぉ。でも自信持ってええじゃろぉ。なにせ、日米両球界から注目されとるピッチャーが言うんじゃけぇ」
「そうだぞ。神主。自身持てって」
「かんちゃん、ファイトだよ。ファイト」
「みんな。ありがとう。自信が出てきたよ」
宮島、みんなの盛り上げに調子は上げ調子。朝鮮戦争に便乗し好景気突入。
「かんぬ~。頑張って。きっと私なんて、女子だからって注目浴びたくらいだし」
「……その女子に負けたんだよなぁ」
プラザ合意により景気悪化。
「新本さん、イエローカードだ」
「にゃにゃっ」
「そうじゃなぁ。僕もイエロー、2枚で退場じゃな」
「にゃあぁぁぁ」
新本ひかり退場処分。
「しかし本当に気にする必要はないだろうね。なにせ、健一くんのキャッチャーとしての才は、土佐野専の多くの選手が認めているところ。噂を聞きつけたスカウトからきっと話がくるよ。なんなら、今度、プロのスカウトが来た時に話をしてあげようか?」
「嬉しい申し出だけど、ここは断るよ。それ、他人のおこぼれをもらうようで気が引けるから」
「なるほど。そういうことなら健一くんの意思を尊重しようか」
しこたま雑談をしていたにも関わらず、早くも昼食を食べ終えた鶴見。あとは残しておいたデザートを食べるのみ。実は甘いものが大好きな彼である。
「あの~、宮島さん? 私が思っているのは本当ですよ? 本当に凄いと思ってますよ? 今、スカウトから目が付けられていないのは、きっと大器完成型だと」
「うん。ありがと。けどあまり言わないで。優しくされると余計に寂しくなるから」
「ごめんなさい」と小さな声で謝る神部。さらに宮島の2つ隣の席の秋原は「大器晩成……」とさらに小さい声でつぶやく。
それを最後に全員が食事を再開させたことで、ほんの10秒ほど無言タイムが続くが、デザートも食べ終わった鶴見が勢いよく立ち上がる。
「ごちそうさま。それじゃあ、今日は疲れたし先に帰らせてもらうよ。みんな、お疲れ様」
「「「お疲れ~」」」「「お疲れ様~」」
それぞれ返事をすると、鶴見はお盆を持って返却口へ。と、宮島の横を通り抜けようとした瞬間に、ふと思い出して立ち止まる。
「そうだ。今日で健一くんはスランプを脱出したわけだ」
「まだこれから、かもしれないけど」
「きっかけを掴んだら、後はうなぎのぼりさ。だから『こうこうの憂い』なく――」
「後顧の憂い……」
「――僕は全力で戦わせてもらうよ」
秋原のさりげない指摘も間に入ったが、気にすることなく宣戦布告する鶴見。
「いつだって全力でOKだけど?」
「これからはより全力って意味さ。1組は優勝を決めさせてもらって、4組は最下位から抜け出させないよ」
「じゃあ、4組は全力で最下位脱出して、2組に優勝させようか。さすがに僕らの優勝はもう無理だし」
返す刃で宮島は鶴見に宣戦布告。
「そうはいくかな。なにせ君の相手には彼女もいるんだから」
「は、はい。宮島さん。私も4組には負けないです。全力でねじ伏せます」
「そっか。やっぱ、僕と神部の仲はそんなもんだったんだなぁ」
「えぇぇぇ、そ、それとこれとは話が別です。勝負はいつでも全力です」
神部の宣戦布告に冗談交じりで応える。
8月第4土曜日が終了
この時点で41試合を消化した土佐野専1年リーグ順位表
1位 1組 29勝12敗
2位 2組 22勝18敗1分 ゲーム差6.5 優勝あり
3位 3組 16勝25敗 ゲーム差6.5 優勝なし
4位 4組 14勝26敗1分 ゲーム差1.5 優勝なし
1組は優勝を賭けた2組とのレースが、そして3組と4組はゲームわずか差1.5の最下位争いが残っている。
これまでほとんどがノックアウト方式のトーナメントの大会を戦ってきた彼ら彼女らにとって、初めてのリーグ戦らしさにまみれた大会。もはや追うべき目的地は違うが、それぞれの思いを胸に、しかし共通して『より高み』を目指し、残る試合を駆け抜ける。
全チーム 残り試合 13試合
第5話終了です
アマチュアで良かった選手が、プロに行っていまいちと言うことが多々あります
その理由のひとつが「プレースタイルの変更」にあるのでしょう
今回はそれに注目してみました
どうでしょうか?
<次回予告>
土佐野専ペナントレース終盤戦
4組は前半戦の大型連敗から巻き返し、3位に浮上することはできるのか!?




