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プロ野球への天道  作者: 日下田 弘谷
第5章 よみがえれ!!プロのタマゴたち
50/150

第6話 親友を救うため

 秋原はかなり世話好きな人間であるが、宮島もたいそう世話好き。むしろ秋原以上なのではないかと思ってしまう。

 神部や長曽我部、友田と言った不振投手陣の復活に力を尽くした彼だったが、実は彼自身も大きな問題を抱えていた。

 通算打率はひとまず1割台なのだが、7月中旬からここまでにかけての約1ヶ月に限定すると、打率が0割台まで落ち込んでしまうのである。ただ下がるだけならまだしも、ここ1ヶ月は多くの投手陣が不調であった時期。にも関わらず、そこで打率を下げているのである。

 つまり宮島と言う人間は、他人のために全力で力を尽くす一方で、自分を放りだしてしまう一面がある。もちろんそれは彼自身がキャッチャーと言う投手陣を率いる立場であり、彼らの力を引き出すことでも勝利に貢献できるからである。

 だが、それでもあまりに自分を捨てすぎていた。

 練習が終わった夜の室内練習場。みんなは部屋で休んでいるであろう時に、宮島はただただ淡々と素振りを続けていた。

 彼は声を一切出さない。

 ただ相手ピッチャーや、ヤツが投げるボールも想像。それをコースに逆らわずに打ち返す。そうした事を思い浮かべながら素振りを繰り返す。そこに聞こえる音は、夏らしいセミの鳴き声に、彼が振るバットの音だけ。

『(次のピッチャーは速球派の輝義。真ん中高めに浮いた球を――)』

 木製のバットが鋭く空気を切り裂く。

『(センター返しっ)』

 そしてすぐに構えなおす。

『(ピッチャーは本格派の本崎。アウトコース低めのスライダーを――ライト前っ)』

 4組が連敗し、苦しんでいた時。小牧長久に教わった努力の方法。無意味な努力ではない。本当に一振り一振りに意味を込めて、本番のように振り抜く。

 これを不振に悩み始めたここ半月ほど繰り返していた。

 毎日、毎日。試合のあった日。休日。今日のように練習のある平日。

 それでも調子の上がる様子などない。

 むしろ通算打率はどんどん下がる。

 打席に入る時にバックスクリーンに表示される成績。それがまるでカウントダウンにも見えたくらいだ。

「はぁ、はぁ、はぁ」

 今日の素振りはこれで50回。たかがそれだけだが、集中していれば精神的に疲れが来るものである。

「ちょっと、水分補給でも、しようかな」

 飲み物を持ってくるのを忘れた彼だが、スポーツ専門学校の土佐野専。いたるところに自動販売機があり、しかも学生証にチャージした電子マネーで買う事も出来る。それほど困ることはない。

 バットをベンチに置き、学生証を手に飲み物を買いに行こうとした宮島。ところが彼が顔を上げた途端に、正面からペットボトルが飛んできた。

「うわっと」

 常人では捕れないだろうが、宮島は到達まで1秒以下の速球を捕り続けている、それも全国クラスのキャッチャーである。急な事に驚きながらも、反射的にキャッチした。

「誰だよあぶねっ……って、神部」

 そこにいたのは不貞腐れた顔で、ユニフォームを着ている神部友美。

「宮島さん。毎晩ここで練習しているんですよね」

「なんで知ってるんだよ」

「秋原さんから聞きました」

「明菜から?」

 あれはしばらく前の事。宮島が夜、姿を消し始めてから3、4日経った日だった。ふと室内練習場へ忘れ物を取りに行った秋原は、偶然に彼を発見してしまったのである。それで理由を察してしまった彼女は、確認がてら3日連続で行ってみると、いずれも宮島が必死の表情で素振りをしていた。それを邪魔する事ができずに黙っていたが、彼女は確かに気付いていたのだ。

「急にどうしたんですか? 以前まではやってなかったって聞きましたよ?」

「……スランプなんだよ」

 女子らしい落ち着いた柔らかい口調で問う神部へ、つい宮島は口を割ってしまう。

 顔を見て言えない彼は、彼女から視線を逸らしたまま。彼女はそんな彼に、口調はそのままで言い返す。

「だったら周りに相談すればいいじゃないですか。なんで、1人で悩むんですか?」

 そう問いかけても視線を外したままの宮島に追撃。

「私は宮島さんに恩義があるんです。だったらそれを理由に、私の首根っこでも掴んで『練習に付き合え』とでも言えばいいじゃないですか。それを言われたら、私だって拒否できないですよ」

 宮島にはそれほどの恩を売った感覚はないが、それだけのことをやってきたのが宮島。だがなおそれでも他人を巻き込みたくない彼は、適当な言い訳を考えだす。

「い、いや、なんとなく理由は……左ピッチャーに弱いのかなぁ。と、だから……」

 実際は右も左も打ててはいない。だがそう言っておくのが彼女を諦めさせる理由になるのかと思ったのだが。ところがそれへの対応は斜め遥か上に行っていた。

「だったら左ピッチャーに頼ればいいんじゃないかな?」

 彼女の後ろの方から聞こえた声。誰かと見てみればそこにいたのは、1組エース、左腕・鶴見誠一郎。

「僕だって君の親友じゃないか。それとも親友だとは思ってくれていなかったかな?」

「そうそう。それに、こんな時のためにマネージメント科がいるんだよ?」

「私だって恩義ある~」

 さらに防球ネットやらボールケースやらを倉庫から引っ張り出しているのは秋原と新本。

「僕は恩義らしい恩義もないんじゃけど、宮島がはよ部屋帰らんと、新本とゲームできんけぇのぉ」

「熱いじゃん? 友情じゃん?」

 そこに神城と長曽我部も乱入。

 秋原から話を聞いた神部は、彼の力になりたいと秋原に相談。すると偶然にも鶴見から同じ相談を以前受けていた秋原は、鶴見にも相談。すると「ぜひ自分も協力させてほしい」と彼も承諾。さらに新本が秋原の部屋に遊びに来ていたため、その話を聞いた新本も参戦。ノリで戦友・神城に新本が電話すると「なんで早く言わんのん? 親友じゃろぉ?」と熱い返事。さらにさらに彼の近くにいた長曽我部までもが便乗して今に至る。

 ユニオンフォース+神部+鶴見の計6人が宮島の復活に立ち上がる。

 秋原と神城に恩義らしい恩義はないが、大スランプから救ってもらった長曽我部・神部、3塁ランナー恐怖症克服を成した新本。彼自身の元々の努力と才能もあるが、メジャー注目投手に押し上げてもらった鶴見。

 今まで彼が善意で撒いていた種が、本当に苦しかった瞬間に花開いた。

 情けは人のためにならず。それを体現した時だ。

 神部は彼の手を取り強く握りしめる。

「困った事があったら好きなだけ頼ってください。迷惑だなんて思いません。むしろ恩義を返す最高のイベントです」

 彼女に加えて鶴見も彼の左肩を叩く。

「楽しみ、喜び。正の感情だけを共有するのは親友に非ず。哀しみ、辛さ。そうした負の感情を共有するのが親友なり。僕らを君の本当の親友にさせてほしいな」

「鶴見のバカ。そこまで言われたら断れないじゃないか」

「むしろ断ってほしくないです」

「健一くんはバカだな。断ってほしくないからそこまで言ったんだよ」

 神部はようやく手を外し、鶴見もその場から離れる。

「そうか……みんな、ありが――」

「「ありがとうは無し」」

 神部と鶴見の双方に先を制される。

 これより宮島のスランプからの復帰を目指す特訓が始まった。



 本当は適当な言い訳であったが、彼自身が「理由は左ピッチャーに弱い」と言ったため、まずマウンドに立ったのは鶴見。次々とわざわざ打ちやすいボールを投げ込む鶴見だが、どうも宮島は上手く打ち返せない。

「神城くん。どうかな?」

「そうじゃなぁ。見る限り、スイング自体は悪くないんじゃけど、タイミングが合ってないんじゃなぁ」

 鶴見はある程度投げ終わると、左バッターボックス隣にネットを挟んで座っている神城へ、彼の状況を問うてみる。餅は餅屋。鶴見も打撃は得意だが、本職は投手。ここは神城に意見を求めようと言うことである。

「鶴見さん、そこそこ投げましたよね。そろそろ私が投げます」

「じゃあ、交替で」

 端で新本とキャッチボールをし、肩を温めていた右腕・神部がマウンドへ。降りた鶴見は神城の横に座り、共に宮島のバッティングをチェックする。

 神部は構えた宮島に向けてモーション始動。体の柔らかさを生かし、ボールが頭の後ろに隠れて見えない投法。突然にボールが現れ、リリースされる。

「打てない、ですね」

 さらにそこから10球投げるが、まったくと言っていいほど打てない。

「暇ぁ~」

「あのさぁ、新本さん……」

 球拾いのために三遊間あたりを守る新本は、よほど暇だったのかあぐらをかいて座ってしまう。それを見て秋原はため息を漏らしながら肩を落とす。

 だが新本がそう漏らすのもやむを得ないこと。時折、長曽我部が守る一二塁間あたりに打ち返したり、神部(ピッチャー)を守るための防球ネットにゴロで当てたりするものの、それらもそれほどいい当たりではなく、さらに言えばファールもかなり多い。

 鶴見に代わって神部。そこから長曽我部、新本とスイッチして合計100球以上を投げ込んだが、いずれの時にも快音は聞かれない。しいて言えば球速の遅い新本相手には、気持ち程度いいバッティングをしていたくらいであろうか。

 それでもスランプから完全復調はならず。神城の「疲れた状態で続けると、悪いフォームが染みつきかねない」と言う意見と、ピッチャーの肩の疲労を考えて今日はそれだけで止めておく。

「み、みんな、ごめん。協力してくれたのに……」

「今後、『ありがとう』と『ごめん』は無しです。言ったら怒りますよ」

「神部に怒られるのか。俺だったらあえて言って――」

「せいっ」

 長曽我部に向けて秋原が回し蹴りを決める。

「ごめ――」

「ごめんは無しですっ」

 また謝りかけた宮島へ、今度の神部は怒った口調。

「無理せず、頑張っていこうか」

「そうです。焦る必要はないです。ゆっくり行きましょう」

 他クラスコンビに励まされつつ、今日の練習は終了。

「なんか、僕らは陰が薄いのぉ」

「そりゃあ、鶴見くんと神部さんが感じている恩義に比べると重みがね?」

 さしたる恩義のない神城&秋原は苦笑い。



 翌日の練習後の室内練習場。

 今日も宮島の復活を祈っての練習。メンバーは昨日と一緒である。

 それでも打撃の調子は上がらない。

 むしろ昨日よりもファールや空振りが多くなっているように見える。

「なんで、でしょうか……鶴見さんは、宮島さんのバッティングを見て何か思う事ってありました?」

「ピッチャーに聞く?」

「ピッチャーだからこその視点もあるかと」

「なるほど。けどあいにく。神部さんは? って、あったら聞いてないよね」

「ですね」

 実はここに来ているメンバーは昨日と同じだが、宮島の復活に力を貸しているのはこの6人だけではない。むしろ彼がいない方が不思議である。

 その彼とは高川。彼はと言うと、昼間の練習でデータをしこたま集めたため、今はその解析に力を集中させているため不在なのだ。

「ひまぁ~」

 三遊間。ついには寝転がってしまった新本。昨日以上に暇となってしまった彼女は、ずっとこのような調子である。

 そして今日も長曽我部―新本―鶴見―神部。そこに加えて神城までもがマウンドに上がってバッティング練習をするも、調子はどん底。まったく調子が上がらず、復活へのきっかけすら見えない。

「う~ん。もう投げられる人もいないし、今日もここまででしょうか……」

 自分の事かのように落ち込む神部。

「そろそろでましょうか」

「そうですね」

 蚊の鳴くような小さな声が部屋の影からした直後だった。そんな彼女へ、そしてみんなへ唐突に声が掛けられる。

「僕が投げよう」

 部屋に入ってきたのは……

「「「こ、小牧先生」」」

「夕食後なんだけど、ちょっと通りかかってね」

「因みに私もいます。理由は聞きましたよ」

 小牧長久&広川博。同球団のOBだけあって、ここでも交友のある2人組である。

「少し、バッティングを見せてもらえるかな。ピッチャーとは言え元プロだし、何か協力できるかもしれない」

「むしろこういう時こそ教員の力の見せ所。せっかくこうした立場にいるのに、なぜか影薄いですからね」

 さすがにグローブは持ち合わせていなかったのか。防球ネットがあるため、ピッチャー返しの心配はないだろうが、小牧は素手でマウンドに上がった。

「さぁ、行くよ」

「お願いします」

 構える宮島。両手でボールを持って胸前で構えていた小牧は右足を引いた。

『(え?)』

 その右足を振りあげる。

『(ひ――)』

 そこから振り下ろしたのは、

『(左投げっ?)』

 彼の左腕から投げ下ろされたボールは、神部よりやや遅いであろうスピードでホーム後方のネットに入る。

「どうしたんだい? 宮島くん」

「こ、こ、小牧さん。小牧さんって右投げじゃあ……」

 目を丸くするのは現役時代の小牧を知る長曽我部。

「右腕はもうダメだからね。練習していたんだよ。プロへの復帰を目指して」

 この学校に教員として入って以降ずっと。

 宮島が初めて小牧に会ったあの夜。彼は右投げにもかかわらず、右肩にカバンを掛けていた。それはつまり、新たな利き腕となる左をかばうための、野球選手としては当然の行動。そしてなぜあの時間にあんな場所にいたかと言うと、左投げの練習を重ねていたためだ。

「それでもせいぜい投げられるのは、ストレートは110キロ強。変化球はリトルリーグレベルだけどね。さぁ、話もほどほどに続けようか」

 仕切り直し。淡々と投げ続ける小牧に対し、宮島はまったく打てない。

「うにゅぅ、暇だよぉ」

 そして未だに暇そうにしているのは新本。その様子を見て小牧が閃く。

「宮島くん。彼女がひまそうにしている。インコースに投げてあげるから、狙ってみたらどうだい」

「かんぬ~、打ってるもんなら、打ってみろ~」

 いたずらっ子の顔で提案すると、お調子者の新本はさらに調子に乗って宮島を挑発。いたずらっ子・小牧は宣言通りにインコースへ。

『(遊んでいる暇はないんだけど――)』

 宮島は少し早いタイミングでバットを振り始め、体の前でボールを捉えた。

 そしてその会心打(・・・)は新本のすぐ横をかすめる。

「ふ、ふにゃ?」

 目を大皿のように大きく丸くする新本。

「ナイスバッティン」

 何気ない顔で新たなボールを手に取る小牧。その一方で宮島や神部、鶴見ら、昨日今日と練習し続けていた一同は驚きを隠せない。

 宮島の久しい会心打を見たのだ。

「さぁ、宮島くん。今の調子だ。どんどん、彼女を狙って打ちこもう」

「はいっ」

 さらに次々とインコースへと放る小牧、宮島はそれを新本狙いで打ち返す。

「にゃ、にゃ、にゃ、ふにゃあぁぁぁぁ」

 三遊間を右往左往する彼女へ、次々と弾丸ライナーが飛んでいく。今までの宮島とは思えないほどのいい当たりである。

「にゃぁぁぁぁ、テルテル~助けてぇぇぇぇぇ」

「ちょっと、こっち来るなっ」

「ええじゃん。女子に助けを求められるって、男子冥利に尽きるじゃろぉ」

 新本は一二塁間の長曽我部に向けて逃走。しかし自分もターゲットになりたくない長曽我部は、さらに彼女から逃走。それを神城は笑いながら煽ってやる。

「宮島くん。彼女が逃げたよ」

「くたばれ、新本っ」

「にゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 宣言する宮島に、新本は室内練習場に響くほどの大きな悲鳴。ところが打球はこなかった。

「にゃ?」

 一二塁間に場所を移した新本への打球は、気持ち程度に速いくらいのゴロ。

「やっぱりでしたね。広川さん」

「嫌な予感が的中しました」

 小牧が納得した様子でつぶやくと、広川が答える。

「やっぱりってどういうことですか?」

 聞いたのは神部。

「簡単な話です。宮島くんは元々――」

「引っ張るタイプだった」

 小牧に言葉を重ねて言ったのは秋原。

「秋原さんも気付いていましたか」

「いえ、つい今、高川くんからそういう連絡(メール)が」

「そうでしたか。でしたら私たちが来るまでもなかったかもしれませんね」

 広川は残念そうに肩を落とす。

「せっかくなので説明しましょうか。宮島くんは元々プルヒッターです。ですが以前の合宿の時、私がアウトコースに弱いと言う点を指摘しました」

「うにゅ? でも、たしかかんぬ~って、流し打ちで克服したような……」

「そこに問題があったのです。その流し打ちでホームランを打ってしまった。それで広角打法(スプレーヒッター)の意識を持ってしまったのです」

「いけないの?」

「えぇ。意識を持つのはいいことです。あくまでも実力があれば」

 新本の質問に、広川は包み隠さず正直に答える。

「彼は流し打ちが得意なバッターではありません。ですが流し打ち意識を持ってしまった。それは大問題なのです。特にインコースは体の前で捉える、言い換えれば少し早いタイミングで打たなくてはいけません。ですが引っ張るか流すかの『判断』に時間を取られて間に合わず、インに詰まるようになってしまった。さらに紅白戦で打てたのはおそらく、100%外と張っていたから。内も意識しなければいけない状況であれば、中途半端になって流し打つこともできなくなります」

「つまり、弱点克服しようと、長所を捨ててしまったということですね」

「鶴見くん。その通りです。宮島くんの場合、その弱点も少しは良くなりましたが、完全に克服できなかったわけですが」

 結果からしてみれば、弱点克服という小魚を釣るために、長所と言う大魚をエサに使ってしまったがごとく行動である。

「プロに対応するためにプレースタイルを変更。これは重要な事だ。けど、それで自らの長所を捨ててしまってはならない。こんな話をしたのを覚えているかな? パワーという才能を持つ選手に、バントしろ、転がせはその才能を殺しかねない。むしろ振り回してでもその才能を生かすべきと」

「たしか聞いたようなことが……」

「宮島くんは流し打ちを捨ててでも引っ張りを極めた方がいいかもしれない。それが君の持つ打撃の才能だ。場合によってはプレースタイルを変更しない方がいい時もある」

 広川に続く小牧の懐かしい才能談議である。

「でもそれだったらアウトコースを突かれて打てない気が……」

「でもそれに対応しようとした結果、それ以上に打てなくなってしまったんだろ?」

「それはそうですけど……」

 八方ふさがりの宮島。そこへある人が提案する。

「別に打つ必要はないじゃろぉ」

 神城である。

「苦手なコースはカットして逃げるって手もあるし、いくらプロのコントロールがええって言うても、人間じゃけぇコントロールミスくらいはあるけぇのぉ」

 ファール打ちの得意な神城らしい意見である。

「もしくはプレースタイルは変えず、プレースタイルをレベルアップさせる方法がありますね。例えばいくら速球派として通用しないと言っても、仮に200キロのストレートを投げれば通用するかもしれません。現実的には不可能でしょうけど」

「宮島くんの場合は、外を無理やりに引っ張るみたいな感じかな? 無理ならセンター返しで妥協って手もあるよ」

 広川の極論的な例に対し、小牧はそれでもまだ難しい話だが、辛うじて現実的な話。

「ライト打ちは捨てるってことか……」

 外は流し打ち、内は引っ張りが常識である。だが常識ができないのであれば、無理にする必要などなく、自分なりの方法を見つけるのがいい手である。神城のカット打法や、小牧の言う外の球を無理やり引っ張ると言うのも一手である。またストライクは3つあるのだから、苦手なコースは潔く捨ててしまうのもひとつの手だ。

「しかし、この事は私の指導力の問題です。私が安易な提案で宮島くんのバッティングを狂わせてしまったことにあります。申し訳ありません」

「や、やめてください。広川さんは僕の弱点を教えてくれたんですから」

 頭を下げる広川を宮島があわてて止める。確かに広川の提案によって打撃が狂ってしまいスランプにはなった。しかしそれによって自分の知らなかった弱点に気付けたわけでもあり、広川だって悪気があったわけではない。

「因みに広川さんはいつから気付きました?」

「気付いたと言うよりはこうなる可能性を予測していました」

 小牧に聞かれた広川は、気まずそうに目を閉じながら答える。

「プロでも短距離バッターが、ホームランを打ったせいで打撃が狂う事もあります。本来は流し打ちに適さない宮島くんが、流し打ちでホームランを打ったことで打撃が狂うのではないかと、紅白戦の時には。ただ、できれば本人で気付いてほしいと言う思いもあったので、ここまで黙っていたのです」

 最終的には小牧・広川両名から知らされる形とはなったが。が、高川から解析完了の連絡は既についており、多くの人物が宮島の復活に力を貸していた。仮に2人が力を貸さずとも、解決するのは時間の問題であっただろう。

「宮島くん。いえ、みなさん。私が宮島くんのバッティングを狂わせた原因なので、あまり大きいことは言えません。ですが、教員として言わせてください。たしかに成功できるのであれば成功したいでしょう。しかし成功は必ずしもいいことばかりではありません」

 広川はこれまでの経緯ゆえに、申し訳なさそうに静かな声で主張する。

「神部さん、長曽我部くん。そして以前の鶴見くん。成功を続けていたからこそ、自らの弱点に気付くのを遅れてしまった。そして宮島くん。偶然、とは言いませんが、巡り合ったその大成功に引っ張られ、自身のプレースタイルを失いました。成功とは必ずしもいいことではないのです。そしてもう1つ」

「困ったことがあったら教員に頼るんだ。教員はいつだって生徒の味方さ」

「長久。私の台詞を取るんじゃありません。いつだってそうです。以前、宮島くんに才能がどうこう、努力がどうこうと語ったそうじゃないですか」

「あ、いや、あれは」

「あれ、私の受け売りじゃないですか」

 事情を知っている宮島は「あ、そうだったんだ」と、小牧に視線を送ってみる。すると彼は「あはは……なんのことかな?」とそっぽを向いて無関係を装う。

 そこそこ長い関係ゆえの、微笑ましくもやや本気のケンカを眺めつつ宮島は意を決して拳を握りしめる。

「けど、問題はハッキリした。だったら対策を立てるだけの話。あとは練習して調子を戻せばいいだけだ」

「まさしくその通りです。ですが、もう皆は疲れていますから、これ以上は明日以降にしましょう」

 よほど練習に集中していたため、もう時計は9時を回っている。広川は教員として彼にそう釘を刺しておいた。黙っていれば徹夜で練習しそうな勢いだったからだ。

「そうですね。分かりました。それであのさ、みんなに頼みが……」

 少し言いにくそうに視線を逸らし、小さな声で口にする宮島。だが神部は彼が言い切る前に満面の笑みになる。

「明日の練習にも付き合ってほしいって話ですね。私はもちろんいいですよ。宮島さんのお願いですから。ありがとうは無しですよ。お互い様ですから」

「かんべぇ楽しそう~。やっぱりかんべぇは、かんぬ~の事が好きなの?」

「ち、違いますっ。いえ、あの、キャッチャーとしての宮島さんは好きです。けど、そういう意味じゃなくてぇぇぇ」

 顔を真っ赤にして神部は猛反論。

「毎回神部って弄られとるのぉ」

「へぇ、そんなに?」

「そうじゃなぁ。特に、と言うより、それだけなんじゃけど、神部は宮島の事が好きって言う話で」

「中学生みたい」

「否定はせん」

 鶴見に中学生と言われながらも、別に言い訳はしない。だいたい野球一本で恋愛の『れ』の字も知らない集団。その手の話に関しては思春期に毛が生えた程度の小さな成長しかしていない。恋愛ごとに関しては煽り煽られるようなメンバーである。

「かんぬ~、かんべぇがかんぬ~の事が好きだって~」

「言ってないですよっ。い、いえ、言いましたけど、違いますっ」

「好きって言ったぁ、好きって言ったぁ」

 騒ぎながら俊足を生かして走り回る新本を、神部は全力疾走で追いかける。が、さすがに女子最速を誇るその足には追いつけず。

「言ってなぁぁぁぁい」

 神部はさきほどの打撃練習で使っていたボールを拾い上げると、新本に向けてランニングスロー。

「にゃあぁぁ、飛び道具は無し、飛び道具はなしぃぃぃ」

 と言いながらも回避し続ける逃げの達人。

「新本って、ボールを当てられる運命なんかのぉ」

「明日の練習、新本さんを三遊間で磔にして標的にしちゃう?」

「そ、それ、新本が死ぬ」

 秋原の正気の沙汰とは思えない発言に長曽我部はドン引きである。


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