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プロ野球への天道  作者: 日下田 弘谷
第1章 逆境からのスタートダッシュ
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第4話 才能

「……はぁ、眠れない」

 月曜日の夜。明日から練習だというのに宮島は寝付けなかった。その理由は紛れもなく、『1組の優等生・4組の落ちこぼれ説』であった。

 宮島は中学時代を思い出す。

 打順と守備位置は決まって4番キャッチャー。中学卒業前には、地元やお隣東京都の強豪校から声がかかるほど。それがいざこの学校に来て見れば、最下位クラスで、他にキャッチャーがいないためにやむを得ずやっているような状態。非常に大きな落差であった。

 さしずめ、井の中に住んでいた蛙が大海を知ったことで、世界の全てだと思っていた井の中とのスケールの違いに驚き、そして自信を喪失しているような状況だ。

 何も考えずに早く寝よう。そう思えば思うほど、何かを考えてしまう。そこで彼はふとのどが渇いているのに気付いてベッドから立ち上がる。そして台所の冷蔵庫を開けてみるが、

「うわぁ……何もない」

 冷蔵庫の中に飲み物はなかった。きっといつの間にやら飲み干してしまい、買いに行く事を忘れていたのだろう。

「仕方ない、か……」

 彼は3000円ほど入った財布をポケットにねじ込み、ちょっとした上着を羽織っただけのほぼ寝間着で外へと出た。コンビニでもいいし、なんなら寮の近くにある自動販売機でもよかった。ただ適当にジュースを買って帰るだけのつもりだった。

「うぅ、寒い」

 いくら既に春とは言えど、寝間着のままで出たのはまずかった。さすがに寒い。寮の階段を下り、適当な自動販売機の場所を思い出してそこへと向かう。街灯がいくつか付いているだけで、人の姿はまったく見えない。そこらにあった時計を見ると既に日付が変わっている。人がいないのも当然である。

「あれ? 誰かいる」

 見ると自分が行こうとしていた自動販売機のところに誰かがいた。若そうでありながら大きな体。見てくれからして野球科の男子学生であろう。

「こんばんは~」

「ん? こんばんは」

 ジャージ姿の彼は右脇にグローブを挟み、左手に買ったのであろうスポーツドリンクを持っていた。右肩からはそこそこ大きなショルダーバックが掛けてある。

「こんな時間まで練習していたんですか?」

「まぁね。1年生?」

「はい。今年、入ったばかりです」

「そっか。じゃあ、何がいい? おごってあげるよ」

「え、悪いですよ」

 断るが彼は優しい笑みを浮かべて「いいからいいから」と断りを断る。宮島はしぶしぶながらオレンジジュースをおごってもらう事にし、それを受け取った。

「どう? 慣れた?」

「まぁまぁですね……」

 どこか落ち込んだ表情であることに気付いたのだろう。2年生の男子生徒はスポーツドリンクのふたを開けつつ首をかしげた。

「何かあった?」

「いえ、別に……」

「何か困った事があったら先生や先輩に聞けって言われなかったかな?」

「言われましたけど……」

 どうしてそんな事を知っているのかと思いながら、缶ジュースを飲んでのどを潤す。その味は長曽我部や神城たちと騒いでいたあの日のモノと同じはず。だが、心境の問題だろう。まったくもって違う味だった。

 そう感じつつしばし俯き黙っていた宮島だったが、意を決して問いかけた。

「1組が優等生、4組が落ちこぼれって噂。知ってますか?」

 知らない。そう言われれば、そうですか、と切り返して帰るつもりだった。噂はあくまで噂でしかない。深く論ずるまでの価値は無いのだ。しかし、

「知ってるよ。去年の1年生もそうだったけど、1組と4組には圧倒的な戦力の差がある。意図的に優等生を1組に集めているんだ。ランダムにしてはバランスがおかしいだろ」

「そう、なんですか?」

「うん。俺は2年1組だけど、正直、去年春の4組は相手じゃなかった。開幕戦のスコアは18対0だったかな」

「18……」

 あまりに圧倒的すぎる。宮島たちの代よりもひどかった。

「さしずめ上手い奴は上手い奴の集団の中で競いながら野球をした方がいいって考えかな」

「じゃあ僕らって……」

「まさか君、4組か」

 無言で小さく頷く。すると彼は間が悪そうにあたりを見回し始める。

「さしずめ、自分たちが落ちこぼれなんじゃないかって考えてるってとこかな」

 またも無言で頷く。

 その無言には、1組の天才には4組の落ちこぼれの気持ちは分からない。もう1人にしてくれという思いも含まれていた。ところが先輩は宮島を1人しなかった。

「5対2」

「5対2?」

 急に言われた何かのスコアに、ついつい声を出して聞き返した宮島。すると今度は先輩が無言で小さく頷いた。

「去年の4組との最終戦のスコアだ」

「え? それって春には18失点してた4組が、1組を5失点に抑えたってことですか?」

 そう聞き返すと先輩は面白そうに笑った。

「やっぱりそう思ったか。残念。4組が1組を2失点に抑えたんだ」

「それってつまり……」

「そう。開幕戦、18対0で1組に負けた4組が、今度は最終戦で1組を5対2で降したんだよ」

 そんなまさかと思う発言だった。

「例えるなら、1組はニワトリ。2組はニワトリ寸前で、3組はひよこ。そして4組はタマゴってとこかな」

「タマゴって、それ未熟じゃないですか」

「そう。未熟だから将来性があるんだ。金のニワトリになる可能性だって、ふつうのニワトリになる可能性だって、ましてや鳳凰になる可能性もあれば、スズメになる可能性だってあるかもしれない。思うに1組は優等生じゃなく『即戦力』で、4組は落ちこぼれじゃなくて『素材型』なんじゃないかな?いわば1組がドラフト上位陣で、4組がドラフト下位陣。とはいえ、そこまで悲観するほどでもない」

 先輩は飲み干したスポーツドリンクのペットボトルを、バスケットボールのフリースローの要領で近くのゴミ箱に放り込む。

「広島東洋ドラフト4位、金本知憲さん。同じく広島東洋ドラフト4位、前田智徳さん。阪神ドラフト4位、赤星憲広さん。千葉ロッテドラフト7位、福浦和也さん。同じく千葉ロッテ育成ドラフト6位、岡田幸文さん。東京読売育成ドラフト1位、山口鉄也さん」

「よく覚えてますね……」

「まぁね。とにかく、ドラフト下位指名や育成ドラフト。指名当時は上位陣に比べると注目度があったとはいえない方々だけど、ふたを開けてみればプロの1軍主力として、レギュラーを獲得したり、タイトルを取ったり、世界と戦えた人たちもいる。果たしてそんな人たちに才能が無かっただろうか。いや、そんなわけない」

 彼はかなり強めの声で強調した。

「素材型には大きな才能がある。問題はその『才能』をいかに生かすかだ。パワーと言う『才能』を持つ人間に、転がせ、バントしろなんて指示は向かず、その才能を殺しかねない。むしろ振り回させてでもそのパワーを生かした方が上手く行くだろうね」

「才能を生かす、ですか……」

「そうだよ。いかに才能を生かすかが大事だ。『努力をすれば』なんて言うけど、才能が無ければ努力なんて無意味。逆に莫大な才能があればちょっとした努力で大きく伸びる。努力なんていらないとは言わないけど、各々の才能を見ずに努力だけでなんとかしようなんて思わない方がいい。プロ野球選手は才能持った連中が努力したような集団。凡人がいくら努力してもなれやしない。だからこそむやみやたらと努力せずに、才能を見て正しい方向性の正しい努力をすることが必要なんだ」

「そんなに才能って大事な事ですか?」

「大事さ。例えば男子の球速の上位は160台。では女子にそのレベルで最高球速を争えるかと言うと争えるわけがない。女子はプロでも130の壁すら超えていない。その男子と女子の間にあるものは性別と言うある種の才能だ。性別だけじゃない。人種や遺伝といった先天的なもの。これらも立派な才能の形だ。それでもなお、君は才能を軽んじる気かな?」

「い、いえ……」

 彼の言ったように女子は男子と同じパワーの世界では戦えない。他にも日本人は爪が弱くナックルが投げにくいと言われているし、同性・同人種であっても人によっては太りやすさや筋肉の付きやすさも異なる。

「でもこの世に無能な人間はいない。誰でも、どんな人間でも少しは才能があるはず。そこを見切った上で努力するのが成功へと近道だ。たしかに女子に160キロ台の世界で争えなんていうのは無理だけど、それ以外の世界でなら争えるかもしれない。変化球や制球、投球術とか。どんな分野も1つの才能で決まるほど単純じゃないからね。長々と話はしたけどつまりはそういうことさ」

「はい」

 静かに聞いていた宮島はやや大きな声で返事をする。その元気のいい声を聞いてか、彼は満面の笑みとなって彼の背を叩いた。

「それと、必ずしもこの学校を卒業するまでに即戦力になる必要はない。プロだって素材型として指名をしてくれることもあるだろうから、黄金の素材型になればいい。さぁ、分かったら早く帰って寝ろ。怪我をして、それも再起不能になろうものなら大変だからな。プロを諦めるどころか、野球ができなくなりかねないぞ。しっかり休めよ」

「先輩もね」

「ふっ。言うじゃねぇか。若造が」

 一丁前にと笑みを浮かべ、背を向けると手を振りながら帰っていく。そんな先輩の後姿を見送った宮島も、決意を新たに自分の部屋へと帰ることにする。明日からのレベルアップのため、今すべきはしっかり休むことである。

あらすじに書いておきました

「実在の選手」はこの章にて数人、引用させていただいています

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