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プロ野球への天道  作者: 日下田 弘谷
第5章 よみがえれ!!プロのタマゴたち
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第5話 秋原の悩み

 土佐野球専門学校の外縁には、高いフェンスに囲まれた大きな公園がいくつかある。一般公園におけるボール使用禁止化などで、球技にふれあう機会がなくなってきた近年の若者に対し、球技をできる場所を提供しようと作られたのである。そのため野球・サッカーなど種類は問わず、ボールの使用は推奨。使用は土佐野専関係者に限らず、一般の方にも解放。ただし危険であるため、未就学児の立ち入りは禁止と言う珍しい公園だ。

 試合の翌日、月曜日。昼食も済ませて既に午後2時半。

「ヘイ、パス」

 雑に地面に引かれたラインのギリギリ。そこを走っている宮島に向けて、新本がサッカーボールを蹴ってパスする。そこへ邪魔する様に入ってきたのは長曽我部。そこで宮島は一瞬だけボールを保持し、逆サイドにいる鶴見へとパス。

 事務室でサッカーボールを借りてのサッカーである。

 宮島、新本、フットサル部・鶴見のチームと、長曽我部、神城、神部のチーム。秋原は審判兼タイムキーパー。

「はい、終了」

 最初に決めていた時間が経過。秋原は手を大きく振って終了を告げる。

「勝ったぁぁぁぁぁ」

 駆けまわる新本は宮島とハイタッチの後、鶴見ともハイタッチ。

 指の怪我を防ぐためキーパーなしと言う条件で行った3人対3人のサッカー。その結果お互いにゴール合戦となり、最終的には8―5とサッカーらしくないスコアで終了。

「お疲れ様~。飲み物準備してるよ~」

 秋原は一足先に四阿(あずまや)に戻り、そこへ置いていたクーラーボックスを開ける。そこには氷水に入ったスポーツドリンクやジュース。学校が業者買いしたものの、買いすぎて消費しきれなかった賞味期限寸前のものである。

「ひとまず1人1本ずつね。好きなのとったら名前書いといて」

「スポドリ、1本いい?」

「はい、どうぞ」

「ありがとう」

 秋原に頼んでスポーツドリンクをもらった鶴見。タオルで表面を軽く拭ってから、油性ペンで『ツル』と記名。遅れて新本はジュースを受け取って名前を書こうとするが、濡れていて書くことができず。鶴見にまずは拭くように指摘を受けてそうるすも、今度は『新本』の『新』の字が潰れてしまう。

 そんな残念な子はさすがに放っておき、スポーツドリンクを手にした宮島はベンチに腰かけて一休み。さらにその横、暑苦しくない程度の距離を置いて神部も腰かける。

「はぁ、たまには野球以外をするのもいいですね」

 大きく深呼吸して感想を漏らす神部。

 そもそも今日のサッカーは、彼女の息抜きを目的としたもの。野球以外をやっている印象の無い鶴見へ、宮島が「鶴見の趣味って何?」と聞いたのが始まり。すると彼は「サッカーは見るのもやるのも好き」とのこと。それもフットサル部を設立したらしいので、いっそ鶴見主導でサッカーをやろうということになったのである。

「僕も久しくサッカーをしたような気がするけど、いい汗かいたって気がするな」

「おぉ、健一くん、神部さん。2人も一緒にフットサル部に入らない?」

「いや、やめておくよ。たまにやるのはいいけど、部活はね」

「私も遠慮しておきます。嫌ではないですけど……はい」

 鶴見の勧誘を宮島、神部共に丁重にお断り。いくら楽しいとは言っても部活化してしまえば話は別。趣味は趣味として、好きな時に好きなだけできるのが丁度いいのである。

「そう言えば、神部さん。趣味らしい趣味が無いって、中学校以前はどんなことをやってたの? もちろん野球をしている時以外」

 鶴見は全員が「そう言われれば」と気になる質問を神部へ。今まではどうしていたのかは、かなりの疑問である。

「その、や、野球以外の時は勉強を……」

「勉強を?」

「はい」

 鶴見の返しに元気よく返事。

「女子で野球をできる学校は少ないので、高校で選べるようにと……」

 それでも学力は、下の下から下の上に上がったくらいである。理系が得意な彼女であるが、文系科目が壊滅的で足を引っ張っているのである。またその得意な理系も、他の教科と比べてであり、世間的レベルで得意と言っていいものではない。

「新本も中学校時代は勉強?」

 同じ女子ならと思った宮島だったが、

「中高一貫だから勉強しなかったぁ」

 元の頭がよかったようである。

「って、新本。中高一貫を中退したのか」

「した」

 実は大阪でも有名な中高一貫校にいた新本。その学校は他の高校を受験すると、4年生以上への進級権を失うシステムなのだが、土佐野専が行政的な意味で学校ではないことを突き、強行受験を行ったのである。ところどころアホの子であるが、変に頭のいい子なのである。

「新本さん? 二等辺三角形の合同条件は?」

 そんな彼女の頭脳を試すべく秋原は質問。ところが、

「分かんない」

「……得意教科は?」

「保健体育と、音楽と、美術。それと家庭科」

「「よく受かったな」」「「よく受かったね」」「よく受かりましたね」「よぉ受かったのぉ」

 国語・数学・英語・理科・社会はそれほどでもない様子。

「しかし野球と勉強しかしてこなかったって言うなら、そりゃあ趣味にも困るよなぁ」

 唸るような声を出した宮島は、そのまま口元に手をやって考えるポーズ。

「でも、なんだか趣味って言うのもが分かった気がします」

「じゃあ、どうだい。神部さん。フットサル部に――」

「すみません。お断りします」

 隙あらばやってくる鶴見の勧誘に、再び丁重にお断り。

「本当に残念。しかし神部さん。よかったじゃないか。問題が解決して。ちゃんと健一くんに礼を言っておかないとね」

「あ、そうですね。宮島さん。ありがとうございました」

「いやいや。気にするなって。今後も、何か困った事があったら遠慮なくな」

「はい。ありがとうございます」

「よし。では健一くん。明日の練習後あたり、一緒に練習を」

「ごめん。今週もちょっと用事が。てか、鶴見。遠慮なくとは言ったけど、投球練習(そっち)は少しくらい遠慮しろよ」

「なるほど。そういうことなら諦めよう。けど、いずれまた頼むよ」

「わ、私も自重します……」

 楽しくも真面目に会話を交わす宮島・鶴見・神部の3人。彼女にとってはこうした会話も新たな趣味の1つ。今までの思い悩んでいたような顔に対して、今の彼女の顔はいかにも楽しそうに見える。また鶴見も、そして宮島も彼女に同調するような満面の笑み。ところが秋原は物憂いな表情。

「かんちゃん……」



「よし。ナイスボール。だと思うけど、新本、どうよ」

「もう少しスポッって感じの方がいいと思う~」

「なるほど。輝義。もう少しスポッだ」

「分かるかぁぁぁ‼」

 ブルペンで練習中の宮島―長曽我部バッテリーと、新本スローカーブコーチ。

 土曜日の試合は球速差30キロのスローカーブを武器に、2組打線相手に6回を無失点。クオリティスタートどころか完封ペースでの好投であった。それでも絶対に気を抜くことはしない。ストレートに宮島からスライダーを教わり、それで満足していた長曽我部。だがその結果がここ最近の大スランプもとい実力不足。

 土佐野専での好投が目的地ではない。プロの舞台、そして世界が目的地。ここで歩みを止めてはいけないのだ。

「っと」

 新本の言うスポッをそれっぽく意識した長曽我部の投球は、右バッターがいればデッドボールになっていたであろう暴投。それを宮島はいとも簡単に捕球。

「ナイスキャッチ。さすが、1年生ナンバーワンのキャッチングセンスだぜ」

「だてにてめぇらノーコン集団の相手はしてねぇよ。って、もう何回言ったかなぁ」

「気にすんな。神主のキャッチングだけは天下一品には違いねぇ」

「キャッチングだけ、ねぇ」

 できれば投手主導リードのことも挙げてほしかったところだが、それほどはっきりとした優位性のある結果が出ているわけではない。

「うにゅう、もう少しバッティングが良かったらね」

「新本、殴るぞ」

「私の方が打率は高いもん」

 イニング跨ぎの関係で打席に立ったことのある新本。彼女の通算打撃成績は1打数1安打。宮島を1塁に置いての送りバントが、偶然にいいところに転がって内野安打となったのだ。つまり10割バッターである。間違ってはいない。

「神主の打撃はほんとうに酷いからなぁ。今の通算打率は0割9分だっけ?」

「そんな低くねぇよ。0割9分5厘。それにそこそこ打点は挙げてるからいいんだよ」

 百分率で0.5%の差である。

 それがどれほどの成績かと言うと、投手陣で屈指の打撃能力を誇ると言われる鶴見・長曽我部がそれぞれ2割前半と1割後半。そして友田は宮島と同じくらいの打率だが、投手最多の2本塁打を記録。さらに言えば、女子枠野手の1組・榛原が打率2割前半、2組・白鳥、小浜が揃って1割中盤、3組・山県がジャスト2割。もちろん打数はそれぞれ違うが、宮島の打率はそれほどひどい数値なのである。

「でも高川が言ってたよな。神主、得点圏打率がすげぇって。今は2割8分だけど、凄い時は4割越えてたって」

「そりゃあ、ランナーが3塁にいたら低め変化球が投げにくくなるし」

「そうか?」

「うにゅ?」

「いや、お前らの低めは全部僕が捕っちゃうし」

 1年1組監督の大森監督(現役時代は捕手)も、「ランナーが3塁にいる時に低め変化球を投げさせる宮島は脅威」と言っていたほど。4組投手陣はそれゆえに感覚がマヒしている。それも小村が捕手に転身してからは、やや感覚が正常化してきてはいるが。

「言ってしまえば、ランナーが得点圏にいる時といない時。ピッチャーの心理状況も、配球も、それと守備シフトも。全部変わるからな。僕が得点圏かそれ以外で変わるんじゃなくて、守備側が変わるんだよ」

 それでもチャンスに落ち着いて打席に立てるのはたいしたものである。普通の人であれば、少しくらい心持ちに変化があるようなものだ。

「さぁ、そんな雑談もそこそこに練習再開しようぜ」

 宮島はマウンド上の長曽我部へとボールを投げ返す。

「ふ~ん。最高で打率4割、ねぇ」

「明菜。何が言いたい?」

 突然宮島の背後から聞こえた声。ネットを挟んで彼の背後に来ていた秋原のものだが、宮島は驚く様子すら見せずに聞き返す。

「別になんでも。よく私だって分かったね」

「そりゃあ、背中から声をかけられるのはいつものことだし」

「ごもっともです」

 マッサージのことである。

「で、なんか用?」

「ただ、授業の合間で暇だっただけ。遊びに来ちゃった」

「あっそ」

 秋原との会話はそこで打ち切り。その後は黙々と長曽我部からの投球を受け続ける。その何も面白みのない練習を、秋原はベンチに腰かけて眺める。むしろ練習をと言うよりは、宮島の背中をだろうか。

「そこそこ球数放ったし、あと10球くらいにしようか。友田の球も受けねぇといけないし」

「OK、神主」

 ラスと10球を、長曽我部は気合いを入れて投げていく。今までの彼ならばすべてストレートだったであろうが、今日の彼はスローカーブを連投。

「かんちゃん。次が友田くんって、かんちゃん自身の練習は?」

「時間があったら」

「時間があったら。かぁ」

「今日の明菜は何か言いたそうだな」

「別に。ただ、かんちゃんは今も昔も変わらないな。ってこと」

 宮島は長曽我部の投球を受けながら昔を思い出す。

「言うほど昔か? それともこの学校に来る前、どっかで会ったか?」

「ううん。私とかんちゃんはここで初めて会ったはずだよ。昔って言うのは、4月のこと。自分の練習はさておき、他の人の練習に付き合って、くたくたになって。ってね」

「それが僕の役目なんだろ。投手陣を率いる女房役だしな」

「お母さんもたまには自分のことも考えていいと思うけどなぁ」

「代わりに考えてくれる優秀な女房役がいるから」

「はいはい。どうもありがと」

 華麗に言い返されて、ありがたさよりも不完全燃焼感が先に来てしまう秋原は、素っ気ないありがとうを返す。

「でも、本当に自分の事も考えていいと思うよ?」

「自分の事を考えてこれだから」

「ふ~ん?」



 あのオープンスクールでの復活から1週間。続く1組の試合でも好投を見せ、クラスメイトより(30分だけ)フェニックス神部と呼ばれた神部友美。しかし彼女は新たな懸案事項を抱えていた。

 別にまたスランプに陥ったわけでもなく、怪我をしたわけではない。野球方面では問題なく順風満帆。そして家族が病気になったわけでもなく、親族が亡くなったわけでもなく、家庭状況もオールOK。そして恋愛も野球相手以外にはせず、友達との仲も良好と、交友関係もかなり充実。これ以上ないほどにいい状況なのだが、むしろ他に悩みがなくなったからこそ、その悩みが水面下から浮上してきたのだ。

『(宮島さんに、迷惑かけてばっかりなんですよね。私……)』

 そこなのである。

 始まりはいつだったか。学内のカフェで友人と話をしていると、4組の新本と言う女子が「宮島くんは投げやすい」とわりかし大きな声で話していたのである。それを聞いて記憶の片隅に入れておいたのだが、それ以降、1組の鶴見を筆頭に、3組の投手数人まで、宮島は投げやすいと噂にし始めた。となればぜひそんなキャッチャー相手に投げてみたい彼女は、なんやかんやで初めて宮島にボールを受けてもらうと、デートとか適当な理由で高校野球の練習に混じりリードしてもらい、あれ以降も幾度となく投球練習に付き合ってもらった。さらには重度のスランプと言う悩みをぶつけた挙句、復活の手助けをしてもらいもした。

『(凄く頼っちゃいましたけど、同い年なんですよね……)』

 先輩や教員を頼ってそれなら可愛い後輩・生徒の頼みで終了だが、同い年にこれほどのことを頼んでいては心が痛む。なによりも借りてばかりには気が済まないのである。

『(お菓子とかそのくらいじゃあ、恩返しにはならないですよね)』

 借りの量は結構なものであり、今となってはお返しの方法が見つからない。

 そこで神部は閃く。宮島の気持ちを聞いてみたい。が、直接聞いても「そんな恩返しなんていいよ」と、彼らしい返事が安易に想像できる。ならば最も近い人に聞いてみることにするべきと考えたのだ。

『(宮島さんに近しい存在って言えば……)』

 ガラケー派の多い野球科には珍しいスマートフォン。それに登録してある4組の生徒一覧に目を通してみる。

『(新本さんは知らなさそう。あとは……あっ)』

 思い浮かんだ神城・長曽我部両名の顔。ところが登録し忘れていて、連絡先が不明である。

『(じゃあ……秋原さん? 宮島さん、よく秋原さんにマッサージしてもらってるって言ってましたし、割と一緒にいます、よね?)』

 彼女が適任ではないか。判断した神部は早速、秋原に向けて電話をかけてみる。

 ワンコール、ツーコール、スリーコール……

『はい。神部さんどうしたの?』

「あ、あの。あ、秋原さんに聞きたいことが」

『私に? 野球の事は分からないよ?』

 ついこの間まで知らなかった人に個人的質問を問いかけてきた。その神部の行動に秋原は少々驚く。

「なんだか、私、ずっと宮島さんに借りを作ってる気がしまして、そろそろ恩返しをしたいんです。でも何をすればいいか分からなくて」

『かんちゃんに? お菓子でもあげれば?』

「それも考えたんですけど、今までの借りに対しては軽すぎるかと思って」

『じゃあデートとかしてあげたらどうかなぁ?』

 さらに秋原は笑いをこらえるような声で、

『チューとかしてあげたら、かんちゃん、男の子だし喜ぶかも。神部さん、かなり可愛い女の子だし』

「あ、秋原さんっ」

『ごめんごめん。半分以上は冗談』

 半分近くは本気らしい。

 そんな秋原の悪ふざけに、神部は頬を赤くしながら「もぉ」と軽く怒り口調。

『う~んとね……本当の事を言うと、私も最近は会ってないんだよね。朝会とかは除くけど』

「え? あの、ユニオンなんとかでも?」

『ここ最近、かんちゃんが部屋にいないから、集まれないんだよね』

「他クラスのピッチャーに頼まれて、ボールでも受けているんでしょうか?」

 自分も彼によく頼んでおり、無理をさせている自覚はあった。ゆえに真っ先にそれを思い浮かんで聞いてみた。するとそれに対する秋原の返事は暗かった。

『ねぇ、神部さん? 実はかんちゃんね――』

 その後の言葉を聞いて彼女はショックを受けた。それと同時に喜びもあった。

 彼への恩返しの方法が見つかったと。


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