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プロ野球への天道  作者: 日下田 弘谷
第5章 よみがえれ!!プロのタマゴたち
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第3話 失敗は成功への中間地点

 第12次そうめん大戦こと、昼食を挟んで午後も練習。しかし土日と続けて神部は連投していたこともあり、さすがにこれ以上は体に悪いと判断。適度なタイミングで切り上げてしまう。

「はぁ、みなさんに手伝ってもらったのに、何も得られなかったです。すみません」

「いやいや、気にすることはなかろう。そんな一朝一夕に実力がつくわけないけぇのぉ」

 私服に着替えた彼女の背中を叩く神城。まるで仕事でミスした新入り女性社員を、若手男性が励ましているようにも、かなり無理をすれば見えなくもない。

「それに、別に何も得られなかったわけじゃないよな。高川っ」

 振り返る宮島。が、

「あれ? 高川は? さっきまでいたよな?」

「高川くんならマネージメント科の研究棟に行ったよ。早速、情報解析じゃないかなぁ?」

「行動はえぇな、あいつ」

 きっと今頃、今日集めたデータをパソコンで整理しているところであろう。

「なんだか、いろんな人に迷惑かけちゃいましたね」

「いや、よくあることだから。よくあること。僕も1人、いや、多く見積もって2人か? それだけの人数に頼み事したつもりが、連合軍を組まれていたことがあるし」

 土佐野専マネージメント科&経営科同盟および高知地元ケーブルテレビ局連合軍のことである。

 しばらく気持ちを切り替えるように雑談をしていると、正門のある方向から高そうな車が走ってくる。いったい誰の車だろうかと思っていると、その車は彼ら彼女らの近くで停止。

「みなさん、もしかして練習帰りですか? 自己管理なので深くは言いませんが、休みも練習の一環ですよ」

 短パンに短袖シャツ。サンバイザーをかぶり、サングラスを掛けてハンドルを握っているのは広川。

「あ、広川さん。どこかに行ってたんですか?」

「釣りです」

 宮島の問いに答えた彼はサイドブレーキを引いて車から降りると、後ろのドアを開ける。そこからクーラーバックが出てくるのだが、釣りと言ったからには何が出てくるか想像に容易い。

「今日は大量だったのでいくつかあげますよ。これでも食べてしっかり休んでください」

 適当な魚を4尾ほど見繕い、ビニール袋に入れて近くにいた秋原に手渡す。女子と言えば活魚を見て騒ぐ印象のある男子一同だが、彼女は動いている様子を見て「うわぁ。すごく活きがいいですね」と水産市場の職員のようなことを言い出す。さらには「ありがたく自分で捌いていただきます」と言うあたり、もはやその手の職業の人かと思ってしまう。

 用件を済んだ広川はボックスを後部座席に入れて、運転席に戻ろうとした。しかしそれを呼び止めた者がいた。

「あ、あの」

「3組の神部さん、だったかな。何かな?」

 意外にも神部であった。

「実は、ここ最近、ずっと調子が悪くて全然抑えられないんです。監督に聞いても調子が戻らなくて……広川先生は何か分かりませんか?」

「3組の監督と言えば田端さんですね」

 もちろん元プロの田端は現役時代、投手だった選手。引退試合にて球団の好意で先発させてもらったのだが、それで6回まで完全試合、フォアボールでランナーをだしてしまったが、以降も8回途中までノーヒットノーランを継続した伝説のような選手である。

「あの人は指導者としても素晴らしい方ですが、私と同じで教師としては1年生ですからね。答えに困るのも仕方ないでしょう」

「じゃあ、広川先生にも分かりませんか?」

 少し残念そうに肩を落とす神部。すると広川は車の屋根にもたれかかりつつ、彼女の目を見据える。

「えぇ、あなたの突破口となるであろう答えは分かりませんでした。ですが、同じような疑問を持っていた私は、後輩であり先輩である方に昨晩聞いて、その答えが分かりました」

「もしかして」

 宮島が感づいた顔をして広川の顔を見る。

「はい、宮島くん」

「小牧先生」

「正解」

 プロ野球選手としては広川の後輩である小牧長久。しかし2年生の担任である彼は、土佐野専の教員としては広川の先輩になる。

「私の疑問とはこのようなものです。最近、ハイスコアの試合が多い。言わば乱打戦です。こう言えば打撃の成長とも考えられますが、こうとも言えます。投手が崩壊していると」

 彼の一言に神部、そして長曽我部がハッとする。

「ウチのクラスでは長曽我部くんや友田くんがそうですね。1組では鶴見くん、2組では古蔵くん、三原くん、加賀くん。3組では安藤くん、三崎くん。そして神部さん。サッとデータを見た限りでは、このメンバーは調子が悪そうです。もっとも、鶴見くんを筆頭に既に数人はスランプを脱出していますが」

 そして彼は指を一本立てる。

「彼らの共通点はひとつ。入学して早い段階で先発ローテに定着した人や、勝利の方程式と言われるメンバーばかりなのです」

「たしかにそう言われれば、輝義も友田も打たれてはいましたけど、4組の中での地位は確固たるものでしたよね」

 特に長曽我部は縦スラを習得してからエースの地位を固めた。友田も宮島との相性向上と共に成績を残し始めた。その2人は4組投手陣の中でも特に早い段階で結果を出し始めたメンバーである。

「そうしたメンバーは言い換えれば、結果を出していたからこそ、自分たちの欠点に気付く機会を逸してしまったのです。失敗は長所や短所と言ったいわゆる『自分』を見つめ直すきっかけです。成功している状態で自分を見つめ直すことができる人は少ないのです」

「待ってくれよ、広川さん。俺、ストレート一本が通用しないと分かって、スライダーを覚えたんだ。「そうだっけ?」黙ってろ、神主。欠点に気付かなかったことはない」

「なるほど。では長曽我部くん。君はスライダー以外の持ち球は?」

「あっ」

 そう。宮島からの誘導もあったが、確かに長曽我部はストレート一本では通用しない事実もあったことからスライダーを習得した。しかし彼の成長はそこまで。実際にストレートと縦スラ成績を出してしまったため、それ以上の成長の機会を失ったのだ。

「しかし結果の出なかった人たちは、生き残りをかけて、欠点探しや、自らのプレイスタイル変更を行いました。そのため、そうした人たちは今でも結果を出し続けているのです。今まで皆が戦ってきたのは、所詮玉石混交の中学野球。正直、少し速い球があれば無双です。ですがこれより君たちが戦う舞台は、宝石だらけのプロの舞台。今までの生ぬるい世界とは違うのです。アマチュア時代、150台のストレートを連発していた投手が、プロの舞台で活躍できない事は多々あります」

 彼は例を出して話を続ける。

「そうした投手は、球速を落としてでも制球重視に切り替えます。それがプレイスタイルの変更です。もちろん何もそんな大きな変化をさせる必要はありません。欠点を潰してしまう事、もしくは長所を恐ろしく伸ばしてしまう事。とにかく自分の短所・欠点を見て、自分の行くべき道を明らかにすることです。そして神部さん」

「は、はい」

「実はあなたが一般枠で野球科に入学できた理由は、長久からの推薦です。その彼から『プロ最有力候補のあなた』に伝言です」

「え?」

 耳を疑った一言が含まれていた。

「このままでは神部はプロには行けません。女子である神部が一段の階段を必死で上る間に、男子は二段も三段も階段を駆け上がる。それが男女の才能の差です。ですが女子には才能が無いわけではない。男子に勝る才能で、階段を飛び越えて行け……以上。彼からの伝言です。確かに伝えました」

「な、なんで広川先生がそれを?」

「酔った長久が言ってました」

 雰囲気が一気にブチ壊れた。凄くいいことを言っているようであったが、酔った勢いで言ってしまった可能性が浮上したのだ。その言葉の内容の信憑性は疑われる。

「長久、アルコールに弱いくせにお酒は好きなんですよね。入団1年目のビールかけの時は、匂いだけで酔ってましたし」

 あれは表向きお酒を飲んだことのない19歳の時であったため、少しは仕方のない事もあったのだろうが、それでも匂いだけで酔うとはただごとではない。

「とにかく伝えましたよ。あとは、頑張ってください」

「はい」



「高川ぁぁぁぁ」

『なんだよ、宮島ぁ。今、神部のデータを解析――』

「悪い。それ、片付いた」

 問題がほぼ解決した以上、彼の手を煩わせる必要もないだろう。電話を掛けてそう伝えてみると、電話の向こうから怒号が聞こえ始める。

『はぁぁぁぁぁぁぁぁ。なんだよそれ。俺、すげぇやる気満々なのによぉ、やる気の削ぐようなことをしやがって。それだから最近の若者はなぁ』

「同い年だと思うんですが?」

 言ってしまえば、誕生日の差で高川の方が若い。

『あぁん。口答えするな。そうじゃなくて俺が言いたいのはなっ』

「代わりに、友田が最近打たれている理由を調べてほしい」

『俺に任せておけ』

 急に声が明るくなった。分かりやすい男である。要するに自分の能力に見合った無理難題を押し付けられると、やりがいを感じて興奮してしまうのだ。将来、企業のイヌとしてこき使われないか心配だが、その分の見返りはしっかり請求する男である面では安心できるだろう。

「あぁ、それとだなぁ」

『なんだよ。これから友田のデータ集めで忙し――』

「他に調子の悪い打たれている奴もいたら、できれば調べてほしい」

『できればだぁ? ふざけんなよ』

 怒り出した。さすがに無茶だったか? と後悔し、即座に謝ろうとする宮島だが、

『できればじゃねぇ。絶対にやってきてやるよ』

「あ、うん。じゃあ、頼んだ」

『任せろ』

 彼の返事を聞いて電話を切る。それからしばし固まったのち、

『(え……何、あいつ。怖い)』

 宮島、ドン引き。

 かれこれ神部からは、長曽我部や新本をステップアップさせ、4組を勝利に導いていると、まるでチートのように思われている宮島。しかし宮島からしてみれば、むしろ高川の方がチートに思えて仕方がない。

『(もしかしてここまで4組が勝ってるのって、あいつの情報分析能力のせいなんじゃね?)』



「男子に勝る才能で階段を駆け抜けていけ……」

 今までは自室のお風呂に入っていた神部だが、今日は気分を変えて学校の共同浴場に来ていた。本来は怪我の療養などに使うためにものであるが、生徒や教員など、他の人とのふれあい空間として、日常でも使われている場所だ。言うまでもなく男女は別である。

 彼女は浴槽の縁に正面からもたれかかりながら、広川経由で酔った小牧に言われた事を繰り返しつぶやいていた。独り言のつもりであるが、風呂らしい反響で室内に響いてしまう。時間もやや早く、彼女以外誰もいないのが幸運であった。

 かと思いきや、よほど集中して思い悩んでいたせいか、誰かがいたのに気付かなかっただけのよう。風呂の端に何者かの頭があった。ただし沈んでいる。その頭の上に右手が立てられ、有名なサメの映画を彷彿とさせる動きを見せる。

 そのサメはゆっくりと彼女に近づくと、

「がおぉぉぉぉぉ」

 新本ひかり参上。

 彼女が勢いよく浮上したことでお湯が舞い上がり、神部も頭からお湯を被る。

「に、新本さん?」

「かんべぇも来てたの?」

「わ、私は気分を変えようと思って……」

「私は毎日~」

 新本は水回りの掃除が苦手な子。最初は自室の風呂に入っていたが、風呂洗いが面倒で共同浴場に来始め、あっという間に共同浴場の常連になってしまったのである。言わば共同浴場の主である。

 彼女は神部のいる場所の反対側までお湯につかったまま行くと、浴槽のそばに置いていた手拭いを手に取る。そして頭の上に乗せる定番ポーズ。そのまま落とさず彼女の元へと戻ってきた。

「……」

「……」

 会話、続かず。

 その空気に耐えられなくなった神部は、とりあえず適当な話題を引っ張り出してガールズトークの切り口としてしまう。その話題とは、

「お、送りバントって、セイバー的に見てどうなんでしょう?」

 ガールズトークとはなんだったのか。

「ランナー1塁でバントをしない状況はだいたい上位打線だし~、バントをする状況はだいたい下位打線だし~、得点率に差がでても当然だと思う~」

 本当にガールズトークとはなんだったのか。

「じゃ、じゃあ、その、話が変わりますけど」

 話題の明らかな選択ミスに気付いた神部は、強引であるのは重々承知で話を切り替える。今度のガールズトークとは、

「プ、プロ野球選手の結婚の話ですけど、好きな選手が結婚すると、やっぱりショックですよね」

 辛うじてガールズトークである。が、

「選手によっては、家族を持つと守りにはいって、プレーに豪快さが無くなるからショック~」

「それは同感です。私もそうです」

 果たしてガールズトークとはこのようなものなのであろうか。

 女子×女子の会話とはいえ、その本質は野球バカ×野球バカの会話。ガールズトークと言う革を被ったベースボールトークにしかならない。

『(えっと、それじゃあ、それじゃあ)』

 どうも思ったような感じの柔らかい話の内容にならない

 普段はあまりしゃべらない方の神部は、自分が喋らないだけならともかく、周りが静かなのはしっくりこない様子。なんとか話を続けようとネタを引っ張り出す。

「はふぅ~」

 一方で普段しゃべり倒している騒がしい新本は、意外にも神部が話しかけない以上は口を開かない。浴槽のふちに頭を乗せて寄りかかり、気持ちよさそうに目を閉じる。放っておけばとろけて液状化しそうなほどの表情である。

「かんべぇ。お風呂はあまりしゃべらないのも通だよぉ~」

 新本は神部の逸りっぷりに気付いていたようで、そのままの体勢で一言。サメのように接近し「がおー」と声を挙げて奇襲攻撃してきた新本とは大違いである。

「は、はい……」

 そう言われた神部は、浴槽の壁を背にもたれて体育座り。目線はやや下側。自分のひざと胸の合間を見るような向き。

 しばらくそのままで無言の時間が続く。

 聞こえるのは建物外での話し声や、わずかな波から生まれる波音。2人の非常に小さな呼吸音くらいのもの。

 ただただ、何もせずに時間だけが過ぎていく。

「これからどうしようかなぁ」

 その中でついにしゃべったのは新本。

「これからって、夕飯は?」

「夕飯の後~。ここ最近、かんぬ~が部屋にいないから暇ぁ」

「宮島さん、忙しそうですもんね……」

「にゃあ」

 その諸悪の根源と直接的な原因は他人事のようにつぶやく。

 今までは静かにしていたが、一度その静寂が破られたことで会話が続き始める。

「新本さんって」

「にゃ?」

「自分がどうして活躍できるかって考えた事あります?」

「うにゅ。あまり難しい事はわかんな~い」

 セイバーメトリクスにおける送りバントの有用性に関する議論を否定した割に、急におかしな事を言い出す。

「でも、かんぬ~やたっかんが言うには、1年生投手陣のスピードレンジ? から私の球が外れてるから~って言ってたぁ」

「そ、そうですか……」

『(か、かんぬ~って宮島さんの事でしょうけど、たっかんって?)』

 今日、会ったばかりだが、名前を詳しくは覚えていない神部。たっかんとは高川の事である。

「あと、あと、牽制とクイックが上手いって言われたぁ。それとかんぬ~から、コントロールもいいって」

 投球の遅い投手相手は盗塁が決めやすいと言われる。しかし新本は1年投手陣最遅にも関わらず、盗塁被成功率が球速の割に低い。牽制が素早く、牽制と投球のそれぞれの動きにクセが無く、クイックが1年生トップクラス。そうした技術が球速と言う力の差を埋めるのだ。

 新本はそれほど実力的に目立つ選手ではない。が、よくよく見れば、男子世界で通用する一流の技を身に着けている。それに対して神部は、女子野球界の歴史に名を刻む天才投手である一方、言い換えれば女子世界からは出られるほどの『技』が無いとも言える。

「私の誰にも負けない武器って何なんでしょうか……」

「胸」

「野球の話です」

 球速は女子球界トップクラスだが、男子球界では打ちごろ。変化球も女子トップクラスながら、男子では平凡。コントロールこそ男子といい勝負だが、新本・鶴見らトップクラス勢と勝負できるほどではない。

「あきにゃんも言ってたぁ。女子は子供を産むから、男子と違って筋肉よりも脂肪が付きやすいって。パワーじゃ勝てないと思う~」

「あきにゃんって秋原さんですか?」

「そうだよぉ。明菜だからあきにゃん」

 医学も習うマネージメント科生が言うのだから、なかなかに信憑性のある言葉である。

「そうなんですよね。やっぱり女子は本来、子供を産むための……あれ?」

「うにゅ?」

「い、いえ。なんでもないです」

 新本に顔を向けられ、とっさになんでもないと言ったが、なんでもないわけではなかった。

 秋原明菜。

 子供を産む。

 この2つのキーワード。

『(な、何か今ひっかかったような……)』

 神部の頭には状況を打開するかもしれない、いまいちはっきりしない『何か』の存在がちらつき始める。

 いったいその『何か』とは。

 彼女はこの後、思い出す事となる。

 聞いたその時は話の内容からつい赤面してしまった一言。

「やっぱり女の子って赤ちゃんを産むからね。そこのところに適応して柔らかくなってるんじゃないかなぁ?」


萌え回です(今回は本当に)

海回(水着回とは言っていない)、もえ回(燃え回)などと散々だましてきた日下田弘谷ですが、今回こそはベタな萌え展開に走ってみました。どうでしょうか?


注)小牧長久(当時19歳)がビールかけに参加しているとの広川の発言がありましたが、ビールかけは「飲酒目的」ではないので、未成年でも参加可能です。

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