第2話 原因を見つけ出せ
いくら本格的な練習ではないとは言え、ウォーミングアップを怠ることは怪我にもつながる。1組および3組球場はメンテナンス中とのことで、4組球場にやって来た一同。ひとまず外野の芝の上でストレッチ中。
「うわぁ、神部、怖いほど体が柔らかいな」
神部の背中を押す宮島は本当に怖いものを見る顔で驚きを表す。
「柔軟性には自信があります」
やっているのは開脚前屈なのだが、彼女は約160度といった角度まで思いっきり開脚し、さらに腹や胸、頬が地面に付くレベルでの前屈。先ほど立位体前屈をやった時は、手のひらが地面にぴったりくっつくほどの柔軟性を見せていた。さながら体操選手である。
「やっぱり女子って柔らかいのかな?」
秋原に背中を押してもらって練習中の新本に目をやる。彼女も神部ほどではないにせよ、かなり体は柔らかいようである。
「どうなんでしょう? あまり他の人を見たことが無いので……」
体をゆっくり起こしながら答える神部。すると横にいた秋原がこちらに目線を向けながらに話へ入ってくる。いつもに比べて胸のサイズが小さいように見えるのは、運動をすると言う事で、神部に借りたさらしを巻いているためである。
「やっぱり女の子って赤ちゃんを産むからね。そこのところに適応して柔らかくなってるんじゃないかなぁ?」
別に下ネタを口走ったわけではなく、『キン○マ』を連呼していたいつぞやの新本に比べればはるかに健全なセリフなのだが、そうした内容には耐性が無いのか、神部はほんのり耳を赤らめる。
「明菜も体は柔らかかったりする?」
聞いてみると、彼女は立った状態から前屈。
「みょ~ん」
「あ、結構柔らかいな」
神部と同じように、彼女も手のひらが地面にピッタリくっついている。
「かんちゃんはどう?」
「僕はガチガチ。ポジション柄、股関節と足首は柔らかい方なんだけど。それ以外はさっぱり」
立位体前屈をしてみるが、足に指先が付かず。そのあと右腕を下から、左腕を上からと、両腕を背中に回してみるが、指先がギリギリでくっつく程度。
「私は繋げるよ~」
秋原は両手の第二関節同士が当たる程度。
「かんぬ~かた~い」
新本は第一関節同士が当たっている。
「私もできます」
神部に至っては両手で握手している。
その後方で話を聞いていた長曽我部・神城の両名も挑戦しているが、長曽我部はあと3センチほど届かず。神城は新本くらいの柔軟性のようである。
「よっす。お前ら何やってんの?」
大きなカバンを肩から掛けてやってきた高川。メガネを押し上げてかっこつける素振り。
もちろん彼を呼んだのは秋原。電話を掛けて早々「なんだよ」と機嫌が悪そうだったが、理由を話すなりテンションが跳ね上がっていたことは彼女のみが知る。
「まだやってなかったのか」
「あ、やべっ。忘れてた」
そもそもここに来た理由を忘れていたようで、宮島および数名はすぐさまキャッチボールに移る。
いつもであれば宮島―長曽我部、神城―新本が自然とできる組み合わせであるが、今日は経緯が経緯だけに、宮島―神部、長曽我部―神城、新本―秋原の組み合わせ。
さて、その秋原であるが、手にしているのは右利き用グローブ。しかし投球フォームを右投げの兄の鏡写しで練習したとのことで、左でも投げられるとか。いい球を放るのは右投げ。ところがフォームがきれいのは左投げというおかしな子である。
「う~ん。別に違和感はないけどなぁ」
キャッチボール中、神部のボールやフォームをチェックするが、とりたてて不自然な点は見当たらない。ボールの回転はそれほどよく分からないが、友田のように沈んだり、新本のようにシュート回転のボールが混じったりすることも、特にはない。いたってシンプルなストレートである。
「かんちゃんって、ピッチャーに何かあったら分かるの?」
新本と塁間程度の距離でキャッチボール中の秋原。新本からはノーバウンドで低いボールが来るが、秋原からの送球は山なりでワンバウンドかツーバウンド。やはり同じ女子と言えど、野球科とマネージメント科で運動能力には差があるのである。
「ピッチャーって言うのは、18メートル先にある1メートルの枠内にボールを放るって仕事をしてるんだよな。それも枠内で4分割しようものなら50センチ×50センチ。そこへただ制球だけ気を付けて放るだけじゃなくて、ボールの回転を気にしつつ、時には曲げつつ放るって言う繊細な仕事なんだよ」
「でも、それほど構えたところに放るって難しいかなぁ? 私でも構えたところに放ることはあるけど」
「野手投げ。ピッチャーと野手だと投げ方が違うんだよ。野手って言うのは、ピッチャーと違って投げる状況を選べないだろ?」
投手が投げる場合、ボールの縫い目の向き、指の掛け方、足場の安定なども考える事ができる。その上で、プレートに足をかけ、心を落ち着かせ、誰にも邪魔されない中で投げることができるのがピッチャー。
一方で野手は、ランナーを殺すと言う、言わばランナーとの競争。縫い目はいつも不規則、指の掛け方は一定としても、足場は安定せず、捕球姿勢次第ではかなり不安定な体勢からの送球もありうる。それこそベアハンドの得意な前園に関しては、時折わしづかみで送球することもあるとか。
さらに投野手の違いとして、投手は見づらく打たれない球。野手は見やすく捕りやすい球を放る必要が出てくる。となると、ボールの回転や投球・送球フォームなども大きく違いが出てくるのである。
「それだけにピッチャーってのは心理状態や体の調子によって、ボールやフォームに影響が出る繊細な生き物なんだよ」
「ピンチを背負った時の、昔の新本さんみたいなこと?」
「そういうこと。だからキャッチャーには、ピッチャーがどっか壊したとか、異変があったとかでは気付く人ってのが多い。フォームだったりボールそのものだったり。情報が多いからな」
「と言う事は……」
「能力不足の可能性が高いな」
実際にバッター・神城を断たせての投球練習開始。
キャッチボール時点で宮島は「能力不足」の可能性を提示したが、あくまでもあれはキャッチボール。実際にマウンドから投球する時とは球の質もフォームも違うだろうし、もしかすると原因は変化球かもしれない。さらに言えば、宮島目線には分からないが、神城目線には分かる何かである可能性だって捨てきれない。
「神城って神部の球筋って覚えてる?」
「そうじゃなぁ、まぁまぁ覚えとるで。一昨日、昨日で20球くらい見たけぇのぉ」
対神部では2打席しか立っていないのだが、それでも20球。得意のファール打ちでしこたま粘った結果である。それができる彼の目にも期待したいところだ。
「神部。そろそろか?」
「はい。大丈夫です」
大きな返事をした神部に、神城は頷いて打席へ。
「はい。じゃあプレイボール。それにしても、神部さん、神城くん、かんちゃんって、神様ばっかり」
「明菜。何度言ったか分からないけど、僕の名前は『宮島』だぞ」
球審のまねごとをする秋原に忠告しておき初球。
「神城。初球は球筋を見てくれ」
「あいよ~」
ど真ん中に構えた宮島。神部はセットポジションに入ると、いつも通りの投球モーション、特に悪いようには見えないモーションで投球。
「122キロ」
スピードガンを構えた高川が告げる。
「どうよ、神城」
「そうじゃなぁ、今日は調子ええんかなぁ? 一昨日、昨日よりええ球が来とる気がする。軽く打ってみてええ? できれば同じコースで」
宮島は神城の要望通り、ど真ん中ストレートを要求。頷いた神部はさらに一投。ど真ん中やや低めのストレートに、神城は当てに行くような軽いスイング。
「あれ? どうした?」
すると彼らしくない空振り。やや振り遅れ。
「手元で伸びとんかなぁ。昨日とは違うのぉ。高川。球速はいつも通りじゃろ?」
「いや。今のは121キロ。手元の資料によると、過去最速は119キロ。5月に記録した値だけど。ただ、球速に関しては測る位置や角度で多少は替わるから、そこは誤差かも」
高川も神城も首をかしげる。
「もしかしたら、神部さんもかんちゃん相手だと投げやすいのかもね」
「それだったら検証にならんじゃろぉ」
試合で打たれる理由を調べようと言うのに、試合と違う球を放られたのでは解析のしようがない。それもまだ意図的に別の球を投げているのならまだしも、おそらくは無意識的である以上、もっとたちが悪い。
「少し神城、本気で打ってみる?」
「そうしようか? じゃあ、宮島も本気でリードしてぇや。その方がえかろう」
「そうだな」
2人の間で意見が一致。宮島は神城を打ち取る気で本気のリード。
しかし、神城曰く昨日の神部とは違う。との事だったが、いざ実践的にしてみればそうとは思えない打撃結果。次々と打球は外野に飛ばしていき、時折ファールになるものの、それはほぼすべてファールを狙ったカット打法。結局は彼に好き勝手やられている展開である。
「どうよ、神城」
「気になることがあるんじゃけど、神部って5月が最速なんよな?」
「記録上は」
手にしていたノートをめくり再確認。高川が頷く。
「そんな球速って伸びんもんなん?」
「人によりけりかな」
長曽我部は同じく5月の時には144キロをマークしていた。今では150近くをコンスタントに投げ続け、過去最速は150キロ。
一方で友田・新本は多少成長をしているも、球速は変化大きななし。この違いとして、長曽我部はストレートで抑える速球派であるが、そうしたタイプを除いたメンバーは本格派、軟投派などに分類される、ストレートに頼る比重がやや低めのタイプである。
特に土佐野専の場合はプロ養成学校。速い球よりも、やや速め+制球力有りの方が活躍できる特性もある。ゆえに球速の成長が、同学年の高校1年生よりも悪いと言える。もちろん長曽我部・鶴見・林(3組)などの一部例外は除く。
「あと他に考えられるのは~」
後ろにいた秋原も続く。
「女子の130キロって男子の160キロって言われるんだよね。つまり女子で130キロ出すのは、男子で160キロ出すくらい凄いってこと」
その凄さも最近ではかなり薄れつつあるが、いまだに凄い事には違いない。
「女子の限界と?」
「あくまでもひとつの可能性だけどね」
女子野球の球速は速球派投手で120キロと言われる。なお神部は公式記録119キロで自称・本格派投手。女子としては素晴らしい選手なのだが、男子の中ではそれほどでもない。
「投球フォームの問題とかも、浅い時期に修正しとるけぇのぉ。特に3組の先生は投手出身じゃけぇ、そこのところはしっかりしとるじゃろぉ」
「伸びしろなしか……」
言わばこの時期にして女子として完成されてしまった投手と言う事だ。
そうなるともうお手上げである。
神城の言葉からその結論を導き出す。が、その結論をこの問題の結論にはしたくない。何よりも彼女が思い悩み続け、自らを頼り、涙を見せてまで必死で頼み込んできた案件である。そしてまだ最後の砦・高川も残っているのだ。
神城自身は答えをみつけるためのヒントを見つけたつもりだったが、それによって悩みこんでしまった宮島を見て急いで助け船を出す。
「それはそうとお腹すき始めたけぇ、そろそろお昼にしようやぁ」
「お昼には早くない?」
秋原はバックスクリーンの時計を確認してみるも、少し昼には早いかと言う時間。しかし神城は彼女に目線を合わせてアイコンタクト。
「今から準備してたらええ時間になるじゃろぉ」
その意味を女の勘で悟った彼女は少し考えてから返事。
「そうめんでいい?」
準備をしていたらいい時間になる。つまりそれだけの準備する時間を必要とする名目で、ひとまず練習を一区切りさせなければならないのだ。
彼女は、宮島の部屋にある大量のそうめんを思い出す。神城曰く、実家から送られてきたらしいのだが、どう考えてもその量は野球科1人どころか、2人でも持て余す量。よって処分に困った神城は、宮島の部屋に段ボールごと持ち込み、「ユニオンフォース全員で食すべ」と言う事で決着したのである。
「そうめ~ん」
そしてそうめん大好きな新本は右腕を突き上げて大喜び。
「高川くんはどうする?」
「いや、ここで得た情報を早速解析したいな。研究室のカップめん、もらっていい?」
「どうぞ。今回のお仕事の給料ってことで」
安売りしていたとのことで、秋原が持ちこんでいたカップめんのことである。自由に食べていいことにはなっているが、許可をとるのが通例にはなっている。
「神部さんは?」
「え? 私もいいんですか?」
「もちろん」
そうでもしないとそうめんが消費できない。
「ぜひ、いただきます」
「じゃあ、みんな早く準備終えて帰って来てね。私は先に戻って準備しておくから。かんちゃん、鍵」
「カバンの横ポケット」
「は~い」
自分の部屋が使われることにもはや何の疑問も感じず、想定されていた質問に答えるがごとくロッカールームのある方を指さした。
「お先に」
「自分もお先に」
秋原、続いて荷物を早々に片付けた高川が練習から撤退。
「宮島。昼もやるのか?」
「もちろんその予定」
「やる時はメールしろよ。情報は大事だ」
「へいへい」
心に焦りのある神部はもう少し、もう少し、と練習を引き伸ばそうとしてきたのだが、神城が「心に余裕がないけぇ、投球にでとんじゃないん?」と意見。それでピッタリと文句を言うのをやめてしまい、黙って練習終了。今では宮島の部屋でおとなしく座っている。
「あきにゃ~ん、腹減った、腹減った、飯食わせ、飯食わせ」
箸を両手に握り、一定のリズムを刻みながら天の部分でテーブルを叩く。
「ちょっと、待ってよ。お買い物にも行ってたんだから」
「腹減った、腹減った、飯食わせ、飯食わせ」
2つのコンロをフル稼働させながら、大きな鍋で量にして4袋で40束と言う驚異の量をゆがく。重量に直して約2キロである。
新本の「腹減った、飯食わせ」コールをBGMに、いい感じにゆがけたそうめんを、これまた大きなざるに移して冷やしてやる。
「みんな~、そろそろできるよ」
それを合図にハングリー新本が、卓上に置いていた器を全員の所へと配分。台所へと飛び出していき、秋原のつくったそうめんつゆを持ってくるなり、それぞれの器へと注いでいく。その迅速さと手際の良さたるや、日本中どころか世界中の企業が欲しがるほどのレベルであった。
「まだ~、腹減ったぁ」
その速さに勝てなかった秋原。新本からの文句を再びBGMにしつつ、大皿へそうめんを移したり、具材を盛りつけたり、氷を乗せたりと急ぎ気味に作業を進める。
「神部。そろそろだぞ」
「あ、はい」
集中していた、と言うよりは上の空でテレビをみつめていた神部に声をかけると、彼女は意識を戻して宮島の方を振り返ると、彼の右ポジションに正座。
「は~い、みんなおまたせ……新本さん?」
「カモヘアー」
「come hereじゃなくて?」
英語と日本語の発音の問題と言われたところで、どう考えても『鴨の髪』にしか聞こえない発言をした新本は、大皿を机に置いた瞬間に飛びついてきそうな臨戦態勢。箸を構え、その目は獲物を見据えた虎の如し。新本が注目を引いているせいで他のメンバーには目が行っていないが、神部を除く3人も大概。腹を空かせた雛達のように、親鳥・秋原による食糧提供を待っている。
『(う、うわぁ。みんな、箸持ったままジッとこっち見てるし)』
置こうとするとわずかに動きを見せる。が、秋原が止まるとみんなも止まる。
『(あ、少し面白いかも)』
雛の行動に面白みを覚え始めた親鳥だったが、そのエサを狙っていた虎がついに怒る。
「がおぉぉぉ」
にゃあにゃあ言っていた猫。完全に虎化。肉食動物に怯えた小さな親鳥は、その雄叫びに屈してテーブル中央に大皿を置く。すると、
「「「いただきまぁぁぁぁぁす」」」
第12次そうめん大戦勃発。
「いただきます」
神部の横に座った秋原は静かに座り、両手を合わせる。
「い、いただきます」
神部も彼女に倣うように手を合わせる。
「な、なんか、凄いですね」
「いつものことだよ。今日は練習でお腹が空いたのかな? よりいっそう凄い気がするけど」
新本と神城はトッピングのハムを奪い合い、漁夫の利を得ようとした長曽我部も巻き込み、結果として宮島が平和なお昼ご飯を満喫。少なくともこれが学内リーグ最下層を走る4組とは思えない。
「私に必要なのは本当に心の余裕かもしれないですね」
宮島がしばしば言うように、ピッチャーは心の変化がモロに表面化するものである。神部は宮島との練習で身に着けた投球を実践で発揮したい、そして4組に追われる3組の勝利に貢献したい。そう、どこかで思いすぎていたのかもしれない。そしてその感情が彼女の手枷、足枷となり、結果としてベストを尽くせずにいたのではないか。
彼女は悟った気分にもなった。一方で不安も残っていた。今日の練習、いつも以上のボールを投げることができたはず。しかしいくら相手が首位打者の神城とはいえ、あれほどまでに好き勝手されたのは納得がいかなかった。やはり実力不足があるのではないか。
納得しながらも納得できない。矛盾しているようで矛盾していない、相反する2つの感情の間で彼女は悩む。そうしてまた悩みと言う世界に入り込み始めた彼女の頭に、軽く手が置かれた。
「悩むな。自分で必要なのは心の余裕って言ったろ?」
宮島である。彼は右手を彼女の頭に乗せたまま、左手で箸を持って第12次そうめん大戦に参加する器用っぷりを見せる。
俯き気味の彼女は、彼の手を払いのけることもせず、むしろ顔を赤らめて30%くらいの上目づかいで彼をみつめる。
「な、なんで宮島さんって、そんな頭に手を乗せたがるんですかぁ。いえ、嫌ではないですけど……」
「そういえば、かんちゃんってよく女子の頭に手を乗せるよね。私もたまにやられるし」
「新本が原因」
箸の先で、口にそうめんを詰めたシマリス・新本を指す。
「こいつさ、打ちこまれたらマウンドで泣くじゃん? 最近は炎上率も下がったけど」
炎上率とは高川が趣味で作った指標。例えば同じ防御率3のピッチャーでも、1イニングで3点を取られて8イニングは無失点の場合と、3イニングあたり1点をコンスタントに取られる場合など、いろいろタイプがある。それを知る方法らしい。秋原の「QSじゃダメなの?」という問いには「中継ぎの指標」との反論。
算出方法は
炎上率=任意の失点をしたイニング/総投球イニング数
(双方ともに1イニング未満切り上げ)
らしいのだが、製作者・高川本人曰く、どう使うのかは模索中とのことである。
「あぁ、それで~」
「うん。明菜の予想通りだと思う。こいつを泣き止ませるために、頭を撫でる。そのせいでクセになってなぁ」
「宮島って撫ではせんけど、男子の頭に手を乗せるのもたまにやるよなぁ。あれはなんでなん?」
新本の器からトッピングの卵を奪還しながら問う神城。
「あれはちょうどいい所にあった時に手を突いてるだけ」
「頬杖感覚?」
まさしく頬杖感覚である。
宮島は箸を左手に持ったまま、そうめんをつゆに付けてすする。両手で箸を使えると言う、意外な特技である。なお、右手はまだ神部の頭の上。
「とにかく、せめて食べる時と寝る時、遊ぶ時くらいは、野球の事を忘れてもいいと思うな。部活とかは入ってる?」
「や、野球以外に趣味が無くて……」
宮島と同じ野球バカのようである。だが宮島はそれ以外の特化した趣味はないが、本を読んだり、ゲームをしたり、ネットサーフィンしたり、友人と話をしたり。趣味と言うほどではないが趣味らしいもので息抜きできる。と言う点で彼女とは異なる。
「適当な部活にでも入ればいいんじゃない? 4組所属の首脳には顔が効くぞ」
フィッシング部顧問の広川、バスケ部部長の神城、アニメ同好会部長の立川、コンピュータ研究部の高川。以上4つの部が、首脳陣は4組所属である。
「あまり入りたい部活が無くて……」
「作るとかは?」
「趣味が野球以外にないので……」
作る部活無し。
「まぁ、その、なんだ。まずは趣味でも探そうか」
頭を2,3回撫でてやり、ようやく彼女の頭から手を離す。
プロ野球選手だって四六時中野球をやっているわけではなく、オフは趣味に打ち込んでいる選手も多い。中には趣味の方が本業で、野球は趣味と弄られている選手もいるほど。もちろん中には本業は野球。趣味は野球と言う選手もいないではないが、少なくとも神部にそれが似合うとは思えない。
「は、はい」
「その前に、先に『野球の事は忘れて』昼食を食べようか」
「はい」
神部と宮島はひとまず目先の問題は解決。そうめんに向き合い、よし食べるぞと気合いを入れるのだが。
「あれ?」
「なんか……えらくシンプルになってね?」
ついさっきまで、卵やきゅうり、カニカマにハムなど、どちらかと言えば冷やし中華のような色鮮やかさがあったはずのそうめん。しかし今見直すと、その残骸らしきものはあるのだが、言い換えれば残骸らしきものしかなく、シンプルな麺だけのそうめんになっていた。
「誰が食っ――た?」
「むきゅ?」
新本の口から飛び出している大量のカニカマ。
「お、ま、え、かぁぁぁぁぁぁ」
「むぎゅぅぅぅぅぅ」
素早い動きで新本の背後に回り込み、脳天から拳骨でぐりぐり攻撃。
「あはは……残ってるから持ってくるね?」




