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プロ野球への天道  作者: 日下田 弘谷
第5章 よみがえれ!!プロのタマゴたち
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第1話 神部からの救援要請

 月曜日 午前9時半

 一般の人たちにとって『平日』な月曜日も、土日に試合が行われる土佐野専では『休日』である。そのためほとんど誰もいない学校の敷地内。おそらくはみんな部屋にこもって休んでいる事だろう。

 にもかかわらず、1人、外出しているものがいた。

 青いシャツに白いスカート。似合っているのか、ファッション的に正しいのかは自信が無いが、その自信のない気持ち程度のファッションセンスを用いて選んだ恰好。

 1年3組 投手 神部友美

 非常に深刻な悩み事を背負ってしまった彼女は、昨晩、とある人に電話で会えるかどうか確認。その時はもう遅いのでNGとのことだったが、翌朝ならOKとのことで、早々にその人の元へと向かっていた。

 それは自分のクラスにいるもう1人の女子野球科生でもなく、マネージメント科生でもなく、教員でもなければ職員でもない。

 やってきたのは2年4組および1年4組の学生寮D棟。彼女は建物に入るなり、警備兼任の寮長さんに会釈。そしてエレベーターのボタンを押そうとするが、エレベーターは今、最上階にあるのをチェック。待つのが面倒であったため、階段で3階まで一気に駆け上がる。それを簡単にやってのけるのはさすがスポーツマンである。

 そしてそこからわずかに歩いて立ち止まる。

「ふぅ」

 大きく深呼吸。別に階段を駆け上がって疲れたわけではない。

 目の前の部屋の表札を確認。

『宮島健一』

『(うん。ここで間違いない……はず)』

 別に他の人の部屋に遊びに行くのは珍しい事ではない。同じ女子の部屋に行くこともあるし、サインの打ち合わせや、野球技術の交換に男子の部屋に行くことだってある。だがこの部屋はこの上なく壁が高く感じる。

 もう一度深呼吸し、気持ちを整え、インターホンに指を当てる。そして意を決して押し込んだ。

 室内から聞こえるインターホン。そしてしばらくして聞こえる足音。靴を履くような音がしたのち、鍵は掛けてなかったのか、そのままドアが開く。

 直後に神部は軽く頭を下げる。

「お、おはようございます。宮島さ――」

「ふにゅ?」

 神部の身長は約170センチ。宮島の身長も約170センチ。彼女が軽く会釈すれば、目線の先には彼の胸やや下あたりが見えるのだろうが、なぜか彼女の目線の先には顔の下半分が見えている。

 そして彼女はそれを見ながら考える。

 さて、彼はこれほど小さかっただろうか。彼はこんなロリコンなら発狂するような、小さな女の子っぽい顔だっただろうか。そして「ふにゅ?」なんてセリフを、女の子のような高い声で言う人だっただろうか。

 と言うより彼……ではなく彼女は、1年4組野球科女子枠の新本ひかりではなかろうか。

「かんべぇ、いらっしゃ~い」

 むしろ『神部』と言うよりは、『官兵衛』に近い発音で自分を呼ぶ新本。

「あの、えっと……ここ、宮島さんの部屋ですよね?」

「かんぬ~なら中にいるよ~」

 彼女に招かれて部屋に入る神部。なぜか異様に靴の数が多いのを気にしつつ、そしてなぜかシンクに大量の食器があることも気にしつつ、彼女に招かれて部屋の奥へ。ドアを開けて大部屋に入ってみると。

「おじゃましま~……す?」

「「「いらっしゃ~い」」」

 立体音響のように立方向から聞こえた声に、まず神部は冷静にあたりを見回す。

 ベッド上で寝転がって本を読んでいるのは、目当ての人物である宮島。その足元で、携帯ゲーム機でゲーム中なのは、4組のエースこと長曽我部。そして先ほど自分を出迎えた新本と一緒に、テレビで戦国モノのゲームをやっているのは、4組の切り込み隊長・神城。

「はい、どうぞ」

 そして勝手にクローゼットを開けて、勝手に座布団を引っ張り出し、勝手に座るように進める胸の大きな女子。

「し、失礼します」

「はい。これもどうぞ」

 さらに冷たい麦茶も勧めてくる。

「あ、いただきます。えっと……」

「秋原明菜。神部って、明菜に会うのって初めてだっけ?」

 本を置いた宮島が、寝転がったままで神部に視線を向ける。

「た、多分、初めて、です」

「私的には面識あるんだけどなぁ」

 秋原が一方的に神部を覚えているだけだったようである。

「あ、あの、宮島さん。なんでこの部屋、こんなに人が多いんですか?」

「んんと、なんか知らんうちにたまり場になってた。こいつら、しれっと朝食もここで食ったし」

 明言を避けたい宮島に対し、ゲームをしていた新本が指を4本立てて、

「ユニオンフォース」

「ゆ、ユニオンフォース?」

「ユニオンは同盟。フォースは4。言ってしまえば、4組同盟?」

 不満そうな顔で宮島は説明。やはり自分の部屋がたまり場にされている挙句、何やら良く分からない同盟を作られているのは、あまり認めたくない事実なのである。

「そういえば神部さん。今日はどうしたの? そんなおめかしして」

「え、えっと、その……今日は宮島さんに相談があって」

「相談?」

 首をかしげる秋原に、神城が便乗する。

「もしかして僕らがおったら邪魔な話かのぉ。撤収した方がええ?」

「そ、それってどういう……」

「そりゃあ決まっとるじゃろぉ。神部じゃって、ええ歳した女子(おなごのこ)なんじゃけぇ、恋のひとつやふたつもするじゃろぉ」

 煽りにも聞こえる、もとい煽りにしか聞こえない神城の台詞に、彼女は顔を真っ赤にしてもう反論。

「や、野球の話です。野球の相談です。恋の話じゃないです」

「そうなんか。おもしろない」

 落胆した神城は、再び新本と共同戦線を張る。今までゲームは戦国時代のゲームだったが、本日は三国志。現在は官渡攻略中である。

「で、神部。僕に相談って言うのは」

「あ、あの実は……最近、打ちこまれてばっかりで、まったく結果が残せないんです」

「スランプ?」

「かもしれない、一応、同じクラスのマネージメント科の人に相談したら、力になってくれたんです。過去のモーションと照らし合わせてくれたり、投球データを分布や統計で解析してくれたり。いろいろやってくれたんですけど、成長してこそすれ、ひとつも悪い事が見当たらなかったんです」

「明菜」

 宮島は4組・マネージメント科生に話を振ってみる。が、

「あいにく、私はそういうところ門外漢。この手の話は、他の人の方が得意かなぁ」

 マネージメント科の教育形態は大学に似ている。ある一定の共通知識や、技能に関しては全員に教えるが、一定を越えた先に関しては自分で専門分野を伸ばしていく。

 いつぞやの『冬の高島 明朝の風作戦』における構成員で例えると、秋原は、栄養管理・マッサージを含めた医学など、選手の体調管理に特化。高川はコンピュータを用いた情報解析・処理技能に特化。島原は統計処理を得意とし、高川ほどではないが情報処理も可能。冬崎は3人に比べると地味だが、的確なスコアの記帳を筆頭に記録整理が得意としている。

 このようにマネージメント科の中にも得意分野・苦手分野は存在しているのだ。

 宮島は寝転がったままで少々考えたのち、やや目線を天井に向けながら話だす。

「ここ最近も神部の球は受けてるけど、特に不自然なことはないんだよなぁ」

 宮島が心当たりなしと判断すると、調子に乗った長曽我部が話に介入。

「あれだろ。実力不足」

「おめぇも人の事言えねぇぞ。ここ4、5試合、クオリティスタート0だろ。炎上しっぱなしである」

「馬鹿言うな。前の2組戦、5回3失点でクオリティスタートついたし」

 秋原が頬をかきながら彼にツッコミ。

「長曽我部くん。クオリティスタートは6回以上3失点以下だよ?」

 要はクオリティスタート0である。

「で、でも……もしかしたらそうかもしれないです」

 彼女は床に手を付いて頷く。

「正直、私も自覚しているんです。ここに入ってすぐの時は、男の子たちを次々と打ち取れて、勝利の方程式の一角と呼ばれるようになって、女子だけ男子の中で戦えるって思ってました。でも……」

 彼女の頬に一筋の涙が流れると、それを皮切りに次々と大きなその目から涙があふれ出す。

「もう、抑えられないんです。投げたら投げるだけ打たれて、失点を重ねるばかり。ここ最近なんて、私のせいで負けた試合ばっかりです」

 感極まった彼女の台詞に、宮島も納得がいく。

 実際に一昨日の3組との試合。2回に長曽我部が炎上して4点を失うも、少しずつ点を返していきついに逆転に成功。7回終わって5―4と1点リードとなった。そこで3組は神部がマウンドに上がったが、宮島のタイムリー、神城の2号ツーランなどで一挙5失点。敗戦投手こそ神部ではないものの、このあと3組は3点を返しているため、抑えていれば勝てた可能性は否定できない。

 さらに昨日の試合。この試合は両投手陣が大炎上。4組の友田も5回で5失点を喫するも、4組打線も5点を奪って応戦。このまま打撃戦が続くかと思われた中、4組は新本・本崎で6・7回と連続で無失点。一方の3組は6回にマウンドに上がった神部がつかまり、大野の第1号代打ホームラン、佐々木のツーランを含む3被本塁打で6失点。この試合では実際に神部が負け投手になっている。

「ここに来た以上、女子だからって理由で、負けたくはないです。女子でも、やればできるんだって、思いたいんです。宮島さん。力を、私に力を貸してください」

 泣いて濡れた顔を拭くことなく、宮島の目をしっかり見て頼み込む神部。見てくれに関しては間違いなく可愛らしい女子である神部に、純情な男子たる宮島は目を合わせられない。そのためふと横を向くと、別の女子と目が合う。

「いや、女子だから男子を抑えられないってことはないぞ」

「え?」

「あいつ」

「ふにゃ?」

 指さされて目を丸くする新本。

 彼女は入学して直後、特に4・5月の失点が飛びぬけて多く、中継ぎと言う特性上、投球イニングが多くない。そのため防御率はそれほど良くないが、合宿以降の6試合に限定した場合、計6イニングを失点0という好成績。しかも長曽我部から引き継いだノーアウト満塁のピンチを、ホームゲッツーとセンターフライで無失点に切り抜ける超好リリーフも見せている。

「もしかしたら実力不足はあるかもしれない。けど、こちらも女子である新本が抑えている以上、『女子だから』って言う理由は否定できる」

「そうだね。女子の新本さんが『女子は男子に勝てない』のアンチテーゼになっちゃってるから、それは棄却されちゃうね。だったら純粋に実力不足なの?」

 秋原が宮島に聞き返す。

「分からん。僕は実際の試合で神部の球を受けたことないし、そもそもそれほど対戦経験もない。あくまでも新本が抑えられているから、女子だからって言うのはあり得ないってだけ」

「そっか……高川くんに連絡付けようか?」

「高川に?」

「情報解析・処理に関しては、マネージメント科のエースって言われるくらい。『1年生マネージメント科』じゃなくて『マネージメント科』のね」

 秋原曰く2年生を含めてもエースらしい。が、その言葉には教師も含まれている可能性は、怖くて考えたくはないところである。

「それほどなら突破口を見いだせるかも。けど、神部はいいのか?」

 濡れた目の周りを腕で拭きながら、彼の顔をみつめる神部。

「かんちゃん。頼める人には頼んだ方が……」

「これから頼むのは4組のマネージメント科。3組の人に解析できなかったことを解析しようとすると、過去のデータを3組からもらう必要性も出るかもしれない。多くの新データを収集する必要があるかもしれない。それは言い換えれば、4組に神部のデータが筒抜けになるってこと。下手すると4組には勝てなくなるぞ」

 今も宮島にボールを受けてもらっているが、そこで得た情報はもちろん4組内で共有されている。もし本格的なデータ収集を行えば、神部が4組に徹底攻略される可能性はほぼ100%と言っていいだろう。

「構いません」

 しかし彼女は言い切った。

「どうせここで断ったら、1組にも2組にも打たれ続けるだけです。だったら、4組に打たれても、他のクラスは抑えたいです」

「明菜。高川に連絡」

「了解」

 宮島はベッドから立ち上がると、クローゼットを開け放つ。そこには明日の準備が終わっているボストンバック。

「そうと決まれば行こうか。休み返上だ」

「はい。ありがとうございます。宮島さん」

 涙を拭い、彼女は久しく明るい表情を見せる。それだけ喜んでもらえれば、決断した意味もあると言うものである。

「ちょっと待ちんさい。今ゲーム中――」

「ああん? ブレーカー落とすぞ」

「にゃぁぁあ。やめてぇぇぇ。せめて、せめてこのシナリオだけ」

「頼むけぇ、セーブだけさせてくれん?」

 宮島は5分だけ待つと宣言。すると神城―新本はプレー中のシナリオを、攻略タイム3:45秒と過去最高タイムでクリアすることに成功した。


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