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プロ野球への天道  作者: 日下田 弘谷
第4章 真夏のマリンサイドバトル in 兵庫
42/150

第8話 今日の味方はいつかの敵

 逆転サヨナラへの望みを託すためにも、絶対に点を奪われたくない白組。

 先頭の横川がライト前ヒットを打たれるも、続く大野がセカンド正面へのダブルプレーに抑え込む。流れを断ちきったように思われたこのイニング。ここで4番の佐々木がライトの頭を越す、フェンス直撃のスリーベース。

 2アウト3塁。ワンヒットどころかワンミスで1点が入るこのケース。5番大川はカウント3―2から、アウトコースのストレートを絵に描いたような流し打ち。痛烈なライナーは一二塁間へ――と、そこへ飛び出したファーストの神城。打球をもぎ取り2回、3回と地面を転がる。砂埃を舞い上げ、自身も砂まみれになった中、彼は左手のファーストミットを天高く掲げた。

「アウト、アウトっ」

 1000回打球が飛べば999回はヒットになるような明らかな打球。それを神城が超ファインプレーでもぎとったのだ。

「ちっ。やっぱ、神城ほど的に回すと嫌な奴はいないな」

「かんちゃん。ラストイニング。最後まで気を抜かないで」

 アイシングを終わらせた新本と共にベンチに戻ってきた秋原。彼の背を叩いて送り出す。

「分かってる。追撃を振り切ってやる。新本、勝ち星をつけてくるぞ」

 頷く新本。紅組が勝ち越したのは8回表。つまり現在・勝利投手の権利があるのはその勝ち越し時点でマウンドにいた新本。このまま同点にならなければ勝利投手:新本、セーブ投手:立川でゲームセットだ。

 既定の投球数を終えて9回の裏、白組の攻撃。この回の先頭バッターは8番の富山から。ここまで3打数ノーヒットと調子が悪そうだが、彼はこれでも平常運転。守備と走塁に定評がある選手で、先発出場する場合は原則7番。この7番と言うのも広川監督が、宮島・小村ら捕手陣をリードに専念させるため、8番キャッチャー、9番ピッチャーを固定化させているためであり、実質的な野手の最下位打順である。

 その富山。自分なりにチームに貢献できる方法を考えたようで、カウント1―1からセーフティバントを敢行。勢いの死んだいいバントであったが、勢いが死に過ぎてもいた。

「任せ」

 ピッチャーの立川、サードの三満を制し、自ら素手でボールを拾った宮島。1塁ベースカバーに入った横川へと送球。

「アウトっ」

 富山は頭から突っ込むもあと3歩分ほど間に合わず。無駄のないプレーをしていながらその程度の余裕しかないのだから、彼の足は神城・寺本と並ぶ脅威である。

『9番、指名打者、広川』

 ラストバッター・広川は右バッターボックス。

「先生、あと2つです」

「宮島くん。たかが1点差です」

 お互いに言い合い、この試合最後の元プロとの勝負。

『(広川さんはここまで対戦した感じ、高めに弱い印象があった。だから低めは見せ球に、高めで勝負する。それとオープンスタンスのせいか、内には強そうだ。初球はここを見せ球にしよう)』

 ここまで3打席の勝負で得たデータから彼の攻略法を解析。まずはアウトコース低めに外れるストレート。

 立川の初球。彼が足を上げると同時に、オープンスタンスの広川も足を引く。そして立川と同時に足を踏み込んだ。

『(え? 内に踏みこんだ)』

 これまで外に置いた足を引き、外に踏みこんで打っていた。しかしここはその逆。

『(しまった、読まれたか)』

 それに気付いた宮島は急いでアウトコースに大きくウエスト。しかしリリース寸前の立川は今更修正できない。

『(打てるっ)』

 アウトコースのボール球を真芯で捉えてセンターへと弾き返す。

「やっべ、抜けるっ」

 打球はやや右中間寄り。長打は免れない。そう思って広川がどこまで進むか、2塁に投げさせるべきか、3塁に投げさせるべきか考えていたが。

「やっぱり紅組相手にセンターは抜けませんね」

 広川が諦めたように立ち止まった。右中間に抜けるであろう打球。しかしセンターを守っていた俊足・寺本があっさりと打球に追いつくと、正面を向いてキャッチ。

「あぶねぇ。ナイス寺本」

 安心の声を上げておきつつ、宮島は広川に気になった事を聞いてみる。

「広川さん。僕のリード、読んでいたんですか?」

「いえ。前のイニングにインシュートが厳しいとみなさんから聞いたので、それを阻止しようと前に踏み込んだら、偶然いいところに来ただけです」

「結果論ですか?」

「結果論です」

 その結果論に痛い目を見そうになったわけだが、リードを破られたわけではないと分かって、キャッチャーとしては一安心である。

「よし、あと1つ。あと1つ」

 わずか2球でツーアウト。これもここまで宮島が初球ストライクを続けていた事、そして前のイニング、立川の前に3人が三振を食らっている事から、早いタイミングで打っていこうという思いに繋がったのが理由だが、むしろここまで上手くいくと怖くなってもくる。

『1番、レフト、三国』

 5打席目の三国が左バッターボックス。ここまで4打席で3安打とかなりいい調子。次が神城であるため、無意味な出塁は避けたい。

『(どうするかな。相手方は僕の配球のファーストストライクを狙ってきている。だったらそれを引っ掛けさせるのも一手。むしろ打ってくるのなら、外してその考えを一掃させてやるのも一手。どうするかな……)』

 打たせて取れるなら打たせても構わない。が、打たせた結果ヒットになっては困る。

『(だったらその打ち気を生かさせてもらおう。初球から)』

 宮島が決断する。そのサインに了承した立川は一投。コースは低めいっぱい。まぁまぁ際どいコースに、三国は打ち気だけを見せてバットを止めた。

「ボール」

『(み、見られたっ)』

 低めに沈めるフォーク。打ち気があるなら、甘いコースと見せかけてフォークで空振りを狙おうとしたが、立川の制球が少しぶれてしまった。甘いコースに見せるつもりが、非常に厳しいコースに飛び込んでしまったのだ。

『(くっそ。ひとつストライクは取れずか。だったら次は)』

 なんにせよ三国でストライクゾーンへストレートで勝負するのは怖い。するならば、変化球で目を慣らして、ストレートで振り遅らせること。とにかく、今はその球を使うべきではない。

『(外に逃げるシュート。これを真ん中~アウトコースに放って、ストライクを稼ごう。もし打ってきたとしても、内野ゴロになると見た)』

 ミットを大きく開いてアウトコースへと寄る。腕をしっかり固定させて構える宮島に向けて、立川の第2球。

「ストライーク」

『(よし、決まった)』

 やや置きに行った球だったが、三国は見逃してくれてストライク。

『(平行カウント。できればボール先行にはしたくない。インコース。甘い球と見せかけて、ボール球でファールを打たせる)』

 制球力の試される繊細な配球。クラス屈指の制球力を誇る新本ならともかく、立川には苦しいであろう。だがこの状況を乗り切るにはこれしかない。

 カウント1―1からの3球目。立川の一投は、

「うわっと、やべっ」

 狙った通りのコース。宮島の算段ならファールを打たせるつもりだったが、三国の打球はファースト後方。セカンド横川、ライト大野も追いかける。

「落ちるな、ってか、切れろっ」

 ファースト神城ならアウトにできる。だが今のファーストは神城ではない。ならばあとはファールになると信じるのみ。しかし、

「フェア、フェア」

 見事に白いライン上に落ちたフェア打球。1塁審・吉川はフェアグラウンドを指さした。

「ストップ、ストップ」

 次は好打者・神城。ならばランナーが無理する必要性などない。1塁ランナーコーチに入った友田は、バッターランナーの三国を1塁で止める。

 宮島は舌打ちしてから、ネクストバッターサークルよりゆっくり歩いてい来るバッターと目を合わせる。

「なぁ、僕って神様信じ取るんよ」

「キリスト教? 日本神道?」

 打席に入る前、素振りをしながら話し出す神城へ、宮島は神城攻略法を考えながら話を返す。

「いいや。そんな大層なもんじゃないで? バカで、アホで、ドラマチックと、いたずらが大好きなおおうつけ。けど、あいつのこと、どうやったって嫌いになれんのよなぁ」

「偶然だな。僕の信じている神様もそんな神様なんだよな」

「偶然じゃなぁ。じゃったら見せてやろうで、その神様に」

「そうだな。この場面を作り上げた大バカ野郎な神様に」

『(見とれや)』『(見とけよ)』

 神城は打席に入って構え、宮島はひねり出したサインを出してからミットを構える。

『(絶対に抑えるからな(打つけぇのぉ)。野球の神様)』

 最後の最後にこんな見せ場を作った馬鹿神様に、お互いに誓いを立てての勝負開始。

 投手キャプテン・立川&キャプテン・宮島バッテリー

        VS

 野手キャプテン・神城

 おそらくは今後絶対にないであろう真剣勝負が、一発が出ればサヨナラの場面で実現する。

 セットポジションからの初球。立川はランナーを気にせず足を大きく上げるも、三国はスタートを切らない。

「ストライーク」

 アウトコース低めいっぱいへのストレート。

「三国は走らせないの? 立川はセットとはいえ、ランナーは無視だぞ」

「走ったところで死ぬのがオチじゃろぉ。それよっか、この後は僕、天川、鳥居じゃけぇのぉ。打って返した方が確率はたけぇと思うで?」

「残念。この勝負、盗塁刺して終われたら、神城と勝負しなくていいから楽だったんだけど」

「敵のキャッチャーが言うんじゃけぇ、嫌でも動かせんなぁ」

 声は出さずに微笑む神城。宮島はそろそろ頃合いかと、次のサインを出す。

 立川のクイックモーションが始動。

『(神城の野郎、嘘ついたなっ)』

 三国が動いた。よりによって投球は低めにワンバウンドさせるフォークボール。神城はスイングすると見せかけて、すぐにバットを止めて見送り。

「ボール」

 すると宮島は3塁側に体を避けながら、半身&逆シングルでフォークをキャッチ。2塁に投げようとしたが、先のスタートは偽盗であるとすぐに読み取り、一転、1塁に向けて牽制球を放る。

「セーフ」

 間一髪。1塁コーチの友田もムンクの『叫び』のような表情で驚きを表現。

「よぉ捕ったなぁ」

「そりゃあ、どんだけエグイ球を受けてると思ってんだよ」

「入学直後の1年4組じゃろ? いっつも言っとるけぇ、僕も覚えた」

「それに加えて鶴見や神部、以下省略もな」

 鶴見は万能人間だが、他の投手は凄まじい変化球を持っているくせにノーコンだった荒れ球投手ばかりである。そのような投手陣に何か月もストーカーされれば、嫌でもキャッチングが成長するものだ。

 またも平行カウント。ここからいかにツーストライクに追い込むかが重要なところ。しかし意外にもあっさり追い込むことになる。

「ファール」

 打球は3塁フェンスに当たるファールボール。しかしそのファールに宮島は違和感を覚えた。

『(わざとカットした?)』

 アウトコース低めのシュート。9分割の隅だったが、カットするほど際どいコースではなかったはずである。

『(けど、追い込んだ。だったら後はフォークで――)』

「ファール」

 低めにワンバウンドするフォークボール。これで三振を奪ったと確信したが、あろうことか神城は、ワンバウンドをバットに当ててファールにする芸当を見せる。

『(今のは、フォークにスイングし始めちゃったから、とりあえずファールにした感じ。いったいこいつは何がしたいんだ?)』

 5球目。インコース低めに落とすスライダーを放るも見切られてツーボール。

『(いったいこいつは何を……まさか。いや、でもまさかな)』

 それをするにはあまりにリスクが大きすぎる。浅いイニングならともかく、ひとつストライクが取られれば終わりの場面でやる作戦ではない。

『(フルカウントのランエンドヒット狙いか?)』

 2アウト1塁のこの場面。仮にフルカウントになったとすると、ランナーはオートマティックスタート。つまりランエンドヒットがかかる。それで一気にランナーを返すことを狙っているのか、もしくは、

『(初球はストレート、2球目はフォーク。3球目はシュートで4球目がフォーク。5球目がスライダー。全部見たつもりか?)』

 神部が先発登板した3組戦にて、神城へと話した内容。

 宮島―立川間において用いられるサインは原則3つ。ストレート・フォーク・カーブ。そしてどうしても投げる球が無い時に4つめのシュート。今となってはカーブよりもスライダーの方が使いやすく、さらにシュートも効率的利用方法を開拓したため今試合から本格的利用している。

 だが、大雑把に言えばサイン内容の変更はない。

 と言うのも、スライダーとカーブはほぼ同じ球。立川的に言えば、カーブ=抜いて投げる、スライダー=切って投げる程度の差であり、変化方向にそれほどの差はない。そのため以前はその日の調子で、スライダーとカーブを切り替えるようなことをしていたくらいだ。

『(全部の球を見られた?)』

 つまり、以前、神城に話した試合で使っている球。そのすべてをこの打席で見られたことになる。

『(いや、そんなバカな。ただ甘い球を待っているだけ……だと思いたい)』

 そうだと思い込む宮島。だが彼の曇りは晴れない。なぜなら、仮にそう思い込んだところで、神城にすべての球を見せてしまった事実は何も変わらないのだ。

「ファール」

 アウトコース、やや浮いたフォークをカットされファール。

『(ヤバい。追い込まれた。これはヤバいって)』

 新たなボールを受け取り高川に投げ渡した宮島。ややうつむいて考える。

『(投げる球が無い。ボールで空振りを狙う手もあるけど、フルカウントにしてしまえばランエンドヒットがかかる。少しでも外野の横に逸れれば、一気にランナーが帰ってくる。どうすれば――)』

「どうしたん? 投げる球がないん?」

『(こ、心を、読まれた?)』

 マスクの下から神城の顔を一瞥。しかしピッチャーを向いている彼の表情は読めない。

『(ま、まずいって、このままじゃこの場面……)』

「隊長」

 突然に聞こえた声。目を向けると、プレートを外した立川が、帽子のつばに手を当てた後、胸やら腕を触り始める。

『(な、なんだよ。あれ? サインのつもりか?)』

 見てみるが何のサインか分からない。監督として決めているサインでもない。そして投手として出すサインでもない。今まで見たことの無いもの。宮島には理解できなかったが、そんなことお構いなしで立川はプレートを踏んでセットポジションへ。

『(お、オイ、立川)』

『(ここまで隊長はこの私を導いてくれた。なれば今度は私が隊長を導く番なり)』

 足が上がる。

『(な、た、立川。ほ、本当に何なんだ。打ち合わせしてねぇぞ)』

『(これが秘密兵器だっ)』

 立川の一投。まるですっぽ抜けたかのような緩い球。

『(チェンジアップっ)』

 神城は想定しなかった投球をそうだと判断し、およぎながらもカットしにいく。ところがそのボールは寸前で曲がっていく。

『(こ、このボールはっ)』

『(まさか立川っ)』

 神城も宮島もこの球道は見たことがある。見知っている。

『『(新本っ)』』

 新本の得意球・スローカーブ。完全に体勢を崩された神城のバットは空を切り、ワンバウンドした球を捕球した宮島はすぐさま神城をタッチ。

「ス、ストライクスリー。バッターアウト、ゲームセット」

「ふっ。光の天才魔術師、降臨」

 両手を天高く突き上げる立川。その様子を見ながら神城は唖然。

「まさか、ラストはスローカーブとは思わんかったなぁ。ナイスリード」

「いや、僕も知らなかったぞ。最後に出したサイン的な何か、見たことなかったし」

「じゃあ、まだ試合で投げたことない球ってとこじゃったんかなぁ?」

 記憶力のいい神城は以前の話を思い出す。

 宮島は立川相手だとストレート・カーブ・フォークと3つのサイン。それに加えてどうしようもない時にシュートのサイン。その4つのみしか出さないと言っていた。だがこうも言っていた。

 変化球に関して土佐野専のピッチャーは、投げられる分には投げられる人がいる。

 例えば立川も主要はフォークだけど、他にはチェンジアップ、スライダー、シュート、普通のカーブ、スローカーブ、ツーシームくらいは投げられる。ただリードが面倒であり、練習で中途半端になるため、試合中に投げる球種は絞っている。と。

 つまりラストボールは、投げられるが投げてこなかった球。それを追いこまれた場面で、宮島のキャッチングを信頼してノーサインで放った。

「ほんと、宮島に野球では勝てんなぁ」

「なんだよ、いきなり変な事を。お前の方が上手いだろ。守備も打撃も」

「いやいや、守備や打撃なんてパラメータ、練習で簡単に上がるで? でも『信頼』なんてパラメータは簡単に上がらんけぇのぉ。場合によっては上がる前に下がるくらいじゃけぇ」

「お前の話は良く分からん」

「大事なことで? 特に扇の要にはのぉ」

 土佐野球専門学校1年4組紅白戦。

 多くの収穫を得たこの試合は、3対2でキャプテン立川率いる紅組が勝利した。

「ふはははは。我こそは最強の魔術師なりぃぃぃぃぃ」

「「「黙ってろ」」」

 ついでにチームワークもある意味で強化された。



「そういえば、海水浴しなかったなぁ~」

 帰りのバスの車窓から、海岸線を寂しくみつめる新本。

「僕に至っては、海水浴どころか砂浜にも行ってないな」

「多分、行ったのは、走り込みに投手陣くらいじゃろぉ」

「野手陣の中でもプライベートで行った人はいるかもしれないけどね。もしかしたら泳いだ人もいるかもね」

 前の方に座った4人で思い出話をかわす。

 秋原の言うように、外出者はほぼいなかったとはいえ初日は完全な休日。さらに平日でも練習は3時~4時と言ったあたりまで。夕食を6~7時開始としても、3時間ほどの自由時間がある。さらに食後に行けば、そこは夜の海岸なんて風流な世界である。

「ただ、やっぱりこの合宿は海より野球じゃったなぁ。この学校に入ってずっと他クラスとは試合してたけど、同じクラスの人と試合するのは始めてじゃったけぇなぁ」

 実戦打撃練習のような形でクラスメイトと対決することは、今までに幾度となくあった。だがそれはあくまで練習であり、点を奪い、スコアを競う試合ではなかった。同じように見えてやはり別のものなのである。

「……はぁ」

 神城がそうした話を始めた途端、新本と同じく海岸線を見つめながらため息を漏らし始めた宮島。意外に敏い秋原は、彼のそうしたなんでもない行動に気付く。

「かんちゃん、どうしたの? やっぱり海に行きたかった?」

「いいや。行きたければ高知の海に行くし。そんなことよりな……今、みんなで楽しく野球をやっているけど、2年後には敵かもしれないんだよなって思ったらな」

 2年後。つまりプロの舞台である。

「そりゃあ、偶然にも同じチームになるかもしれないけど、違うチームになるかもしれない。仮に同じチームになったとしても、一生同じチームとは限らない。だろ?」

「そりゃあ、そうじゃなぁ」

「みんなと同じチームに行けるならいいけど、そうとは限らない。それ自体は前々から分かってはいたけど、毎日のように今日みたいな試合をしないといけないって言うのがな……」

 どこか哀愁漂う一言。しかしその一言をさらに悪化させる言葉が飛び出す。

「果たして『今日みたいな試合』でおさまるでしょうか」

 最前列に座っていた広川である。

「宮島くん。例えを出しましょう。君はプロです。例えばそうですね……バッターは神城くん。神城くんはプロで苦しんでいます。もしこの試合で結果を出さなければ、プロの舞台から去らなければならないかもしれません。君はそうした状況で、友に引導を渡す覚悟はありますか?」

 宮島はプロの試合。その事の重大さに気づく。

 所詮、今日の試合は学校の紅白戦。しかしプロに入れば結果がすべての試合。自らのリードで、自らの打撃で、敵をプロの舞台から追い出すこともありうるなのだ。例えそれが長年苦楽を共にした友人であったとしても。

「果たしてそのような状況を、『今日みたいな試合』と割り切れますか?」

「そ、そんな、まったく違う……」

「えぇ。時には国旗を背負い、国の威信を賭けて戦うこともあるかもしれません。もしプロに行ける実力を持てば、みんなは日の丸を、3組の(イム)くんは太極旗を。同じく3組のバーナードくん、場合によっては1組の鶴見くんは、星条旗を背負い、国際試合にて戦う可能性だってあり得ます。いえ、それ以外の人も、海外のリーグに移籍すればもしくは……」

 現状で3組の林泯台は韓国籍を、バーナードはアメリカ籍を保有。1組の鶴見は日本籍だが、メジャー行きを熱望しており、向こうでアメリカ籍を取得する可能性だってある。

「プロは弱肉強食の世界です。そうした世界で全力の潰し合いを演じた結果、負けてしまったのが桜田くん。途中で力尽きたのが長久。皆の屍を背負って戦い抜いたのが私です。プロは時に友を踏み台にする世界。それが実力社会です。生ぬるいものではありませんよ。さらに言えば、敵になるのが野球科生とも限りませんし、ね?」

 そしてそうなのだ。敵は野球科生とは限らない。審判はあくまでも中立的な立場だが、プロ級の厳しいジャッジ相手と言う意味では、審判養成科生との戦いもありうる。さらにはスポーツ経営科生によって、経営基盤を支えられたチームとの衝突。マネージメント科生によって後方支援を得た選手たちとの対決もありうる。

 今は自らの体調管理をしてくれる秋原が敵の調子を万全にするため善処することもあるし、情報解析に優れた高川が自分の攻略方法を導き出すかもしれない。

「さらに言えば、同じチームのメンバーも仲間であり敵かもしれません。同じチームで戦う仲間であるとともに、スタメン、1軍、支配下登録を競う敵かもしれない。それが、皆が夢見たプロの世界です。一応、入学時点では聞いていますが……引き返すなら今の内です。若いですから、堅実路線への列車には今ならば乗れますよ?」

 ふとした思い出話から発展した重い話。だがそれほどの重さを背負わなければ、なって苦しむのがプロの世界。

「神城」

「どうしたん?」

「もしお前の首がかかった試合でも、僕は今日みたいに全力で叩き潰す。覚悟はできてるよな」

「今更じゃなぁ。その代り、僕も宮島のリードを全力で打ち砕くけぇのぉ。そっちこそ覚悟しとったほうがえぇよ」

 今はお互いにゲームしたり遊んだり仲良くしている。それもいつかはお互いの首を賭けて戦うことになる。が、その時はその時である。

「えっへん。2人は私がプロから追い出す」

「「やれるもんならやってみろ」」

 お互いの挑発を見て広川は一安心。

 とはいえ、少し逸りすぎ。何も公私混同する必要性などない。試合では敵であっても、試合外では交友関係を保っていてもいいのである。

 そこを指摘しようとする広川であった。のだが……

「その意気です。実際の現場では敵意をガンガンに向ける必要はないですが、それほどの覚悟があれば大丈――」

「どうせ新本なんて遅い球ばっかりだし、打てる打てる」

「打てずとも、セーフティ連発で余裕じゃろぉ」

「そんなことない。絶対に抑える」

 聞いていない3人。

「あ、あの。試合中はともかく、普段から敵意を向ける必要性は――」

「どうかなぁ。どうせプロでも泣くんだろ?」

「そういえば最近、泣いたのを見てないのぉ」

「絶対に泣かないもん、絶対」

「あの、みなさん?」

「うわぁぁぁん。あきにゃ~ん。かんぬ~としろろんがいじめたぁぁぁ」

「ちょっとかんちゃん、神城くん」

「え、ちょっと待てよ」

「秋原。理不尽過ぎじゃろぉ。異議申し立てする。控訴、上告っ」

「異議申し立てを棄却します」

「お前ら、人の話を聞けぇぇぇぇぇぇぇ」

 1年4組夏合宿。

 ようやく固まり始めた広川のキャラが、再び不安定期に突入して幕を閉じることとなった。

 そして再び始まる。

 1年4組の学内リーグ戦。

神城くんの広島弁

たまに自分も書いていて混乱します

だって小説はアクセントがないもん

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