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プロ野球への天道  作者: 日下田 弘谷
第4章 真夏のマリンサイドバトル in 兵庫
39/150

第5話 追撃

 反撃をしたい紅組の攻撃。4番・佐々木からの好打順。その佐々木はレフト前ヒット。そこから追撃開始の空気が流れ始めるも、空気を読まない大川がダブルプレー。6番の三満がフォアボールでツーアウトから繋ぐが、7番前園は空振り三振。白組先発の友田は非常に立ち上がり良好である。

 なお、今日は4人のピッチャーで9イニング投げることが決まっているため、1人当たりの責任投球回数は2~3イニング。いつもよりイニングが短いため、早く立ち直りたい長曽我部だが、2回の裏、先頭の原井、続く富山を打ち取り、9番の指名打者・広川。打撃能力の衰えと言って引退したのだが、そうとは思わせないレフト前へのクリーンヒット。寸前で3者凡退を阻まれる。

「やっぱ元プロは凄いなぁ。今のをレフト前に運ぶかぁ」

 インハイの148キロ。少し真ん中寄りに甘く入ったとはいえ、これを見逃さず簡単にレフト前へと運んだのだから、それはさすがだと言わざるを得ない。

『(ほら、長曽我部。気を抜くな。上位だぞ)』

 宮島はミットを叩いて意識を集中させる。

『(さすがの広川さんも、盗塁できるほど元気じゃないだろ。だったら打者勝負でOK)』

 まずはアウトコース低めにストレート。頷いた長曽我部はセットポジション。それを見て広川は1塁から離れてリードするが、

『(やっぱりそれほどリードは大きくない。これは無いな)』

 盗塁は無いと見て間違いないリードの大きさ。滑り込まずとも戻れる程度の距離しかリードを取っていない。

 初回に続いてランナーを背負った長曽我部。クイックモーションからの第1球。

 広川に続きたい三国。仮に凡打でも、次の回の先頭は神城となる安心感からか、果敢に初球攻撃。アウトコース低めに決まるストレートへバットを振り下ろす。

『(よし、詰まらせた)』

 宮島の直感が訴える。勝ったと。

 三国がバットのやや芯で捉えた打球は、長曽我部のストレートに押し負けながらもピッチャー正面へ。中途半端に速い打球はマウンドまでの途中でワンバウンドし、

「アウチッ」

 捕れず避けきれずの長曽我部に直撃。それで打球方向が変わってショート前を転々。すぐさま前園が拾い上げて1塁送球の動きを見せるが、間に合わないと判断して取りやめる。

 しかしこれが緊急事態となった。

「マズイ。タイム」

「タイム」

 球審の倉敷に即座にタイム要請して飛び出す宮島。もっともそれより先に、広川の要請で2塁・坂村がタイムを掛けていたのだが、この際、そのような些細な事は問題ではない。

「おぉぉぉぉぉぉぉ」

 声を上げながらマウンドにうずくまる長曽我部。その様子に審判団や2塁ランナーの広川。打った三国、宮島や内野陣数名が駆け寄り、ベンチもあわただしくなってくる。

「うわぁぁぁ。テルテルのキン○マに打球が当たったぁぁぁ」

「ちょっ、新本さん。女の子がそんなこと言わない」

 男子社会に生きてきて、その手のワードは耐性抜群の新本に対して、それほど男子社会ではなかった秋原は、そのワードに赤面。

「タッツー。キン○マに打球が当たるのって、どれくらい痛いの?」

「え? どれくらいって言われても……」

 立川は苦笑い。どれくらい痛いかは体感こそしているものの、果たしてそれを女子に分かるように言うには、どうすればいいか。と言うのが分からないのもそうだが、15、6の女の子が、そんなワードを引っ張り出してきたことに動揺しているのである。

「ねぇねぇ、キン○マに打球が当たったら、どれくらい痛いの?」

 立川からは聞きだせぬと判断した彼女は、男子マネージメント科生にも聞き始める。その飽くなき探求心に、男子勢は動揺、秋原はあたふた。

「だから新本さん。女子がそんな言葉を連呼しない」

 1塁側ベンチが騒がしくなっている一方でマウンド。

「腰を叩け」

「落とせ、落とせ」

「ヤバいって、いろいろ」

 こちらも騒がしくなるマウンド上。四つん這いでうずくまる長曽我部の腰を、広川が力強く叩き始める。プロでも珍しくなかったのか、そこまでの対応は非常に手慣れていた。

「輝義。行けるか?」

「やべぇ。球が取れたかも」

「球ならここにあるぞ」

 ボールを差し出す前園に、宮島は回し蹴りを決める。

「これはさすがに交代でしょう。おそらくは大丈夫と思いますが、学校に帰ったら病院で診察しましょう。話は付けておきます」

 広川が長曽我部を「たいぶ楽になった」と言うまで叩き続けると、後は駆けつけていた桜田が彼を背負ってベンチまで引き揚げる。そしてそこからはマネージメント科の冬崎に託す。

「ピッチャーは?」

「こんな時こそヒーローの出番だぜ」

「なんだよ。お前はクローザ――」

 なんだかいつもと声が違うような気はするけど、こんなことを言うのは立川しかいないと振り返る宮島。そこにいたのは、

「はっはっは。嵐が俺を呼んでいる。この隻眼に秘められた力を解放せよと戦慄いている。本崎忠彦。推参」

「お前かよっ」

 そう言えば長曽我部の次に投げるのは本崎の予定だったが、まさか立川のような事を言い出すとは思わなかった。むしろ立川以上に痛かった気もする。そもそも『隻眼』とは言うが、しっかり両目は開いている。

「なんだよ、本崎。お前もタチカワーズの一員か?」

「この暗黒の力をマスター=タチカワに認められ、アニメ同好会の副ボスに任命されたぜ」

 やっぱり立川級に痛い人になっていた。

 なぜこうなってしまったのだが、理由は1つ。宮島も思い出す。

『(そう言えば、立川に勧められたアニメにはまったとか言ってたよなぁ)』

 リーグ戦、初勝利直後の事。神部と投球練習をするにあたって、4組投手陣からも「自分のも受けろ」と主張を受けた宮島。あの手この手で自分から引きはがしたのだが、その際に立川が大森と本崎にアニメ布教を行っているのである。

「でもいいのか? 完全に立川とキャラ被りしてるぞ?」

「ふっ。やはり宮島(ぱんぴー)には俺たちの隠された力を見ることはできぬか」

 鬱陶しい言い方に、一発殴ってやりたくなる宮島だが、ここは必死で堪える。

「俺は闇の力、マスター=タチカワは光の力を用いるのだ」

「まぁいいや。さっさと投球練習しようか」

「イエッサー。本隊長殿」

 本隊長(キャプテン)に敬礼しながら返事する本崎。

 そのうち1年4組と言う名のアニメ同好会になってしまう可能性も危惧しつつ、いつものように投球練習を開始。性格はおかしな方向に曲がってしまったが、さすが闇の力を用いる(自称)だけあって、調子は上々な様子。

『(いや、闇の力だから、デーゲームで調子がいいのはおかしいのか?)』

 少々、疑問も浮かぶが気にしても仕方ないだろう。そもそもが『自称』でもあるわけで。

 投球練習を終えていつもの打ち合わせ。本崎から「変化球主体で」と要望を受けた宮島は、ホーム付近でネクストバッターの神城と目が合う。

「神城。緊急登板なんだしお手やらかにな」

「初球くらいは見逃しちゃるけぇ、安心せぇ」

 長曽我部が股間に打球を当てたことから緊急降板。代わりに2番手の本崎がマウンドに上がっての仕切り直し。

「2アウト、ランナー1・2塁。カウントノー&ノー」

 やや長めのタイムであったため、状況確認を行う倉敷。それから右手で正面を指さす。

「プレイ」

 プレイ再開。

 セットポジションに入った本崎は、ひとまず宮島のサインに合わせて2塁へと牽制。2塁ランナー・広川は足から滑り込んで帰塁。

「セーフ」

『(広川さんももう歳だからなぁ。あまりリードは大きくないし、無茶な走塁はしない……と、思いたい)』

 さすがに積極走塁は無いだろうと思うが、打撃練習でキャッチャーをやりだしたり、自らグローブを手に内野ノックに混じったりする姿を思い出し、ほんのり自信がなくなってくる。一応は40歳のはずである。

『(と、とりあえずだ。神城は初球から打たないって言ってたし、まずは真ん中のツーシーム。これの様子を見ようか)』

『(OK、本隊長殿)』

 セットポジションより宮島に向けての一投。

『(あ、少し逸れた)』

 真ん中にこそ構えていたが、投球はアウトコース低め。ミットをずらして捕球しようとしたが、

『(は?)』

「ファール」

 打球(・・)はバックネットに叩きつけるファールボール。

 神城が打ってきたのだ。

 倉敷から新しいボールをもらった宮島は、マウンドの本崎に投げ渡しながら神城へと横目を向ける。

「打ったな」

「打ったで? もしかして、初球は見逃すって言うの本気にしたん? 敵のいうことを信じるとかアホじゃろぉ」

「信じてねぇよ? 信じてたらど真ん中ストレートで確実にワンストライクもらうし」

「それもそうじゃなぁ」

 あっさり人を騙してきた神城へ、宮島も即座にハッタリで返す。

『(こいつの言う事を本気にしたのが間違いだった。でも、ファールで助かったな。そいじゃ、これでどうだろ。本崎、意外とこれ、得意だろ?)』

『(分かってらっしゃるぅ。本隊長殿っ)』

 セットポジションに入った本崎がモーションに入るなり、宮島は外に体を寄らせ、アウトコースやや内気味にミットを構える。

 リリースされたボールはアウトコースへのボール球。神城はスイング始動させたバットを止めようと思うも、それをとりやめ振り切ってしまう。

「ファール」

「今のに対応したか。さすが」

「バックドアスライダーじゃろ?」

「ご名答」

 追い込んだ。なれば後は。

『(もう一丁。こんどはこっちな)』

 3球目。宮島は内側へ。

「ストライクスリー、バッターアウト」

「ちっ」

 インコース低めへのストレート。バックドアを意識させられた神城は対応できず、あっさり見逃して三振。珍しく舌打ちしながらベンチへと戻っていく。

 3イニング投げる予定だった長曽我部が、ピンチを招いたままで早期降板。追加点の可能性も高かったこの場面で、1年生屈指のリーディングヒッターを見逃し三振に打ち取った本崎。ところが宮島はその三振が釈然としなかった。

『(あいつ、いやにあっさり見逃し三振したな?)』



『3回の表。紅組の攻撃は、8番、キャッチャー、ケンイチィィィィ、ミヤジマァァァ。ナンバー、トゥエンティセブン』

「ツボにはまったのか知らんがそれはやめろ」

 スタジアムDJ・高川の一声で始まる3回の表の攻撃。宮島はバッターボックスに入る前、バックネット上――右側へと強くひらめく学校旗に目をやって深呼吸。心を落ち着かせる。

『(今日のオーダー。いつもなら次はピッチャーだけど、次は元プロの桜田さん。期待して回します)』

 その桜田も現役時代は投手であったため、打撃能力は怪しいところがある。だが宮島はその元プロの肩書に期待していた。例え日の目を浴びずとも、例え世間の知らぬ間に舞台から去ろうと、その舞台に上がった実力だけは確かなもの。その舞台は少なくとも並みの人間では掴むことすらできないのだから。

『(こい、友田)』

 いつもはリードする相方。だが今日は戦うべき敵。

『(あいつのストレートは少し沈む。正直、あの球を1打席で打つのは簡単じゃない)』

 マウンド上の友田。キャッチャーの小村とサインを交わして第一投。

「ボール」

 インコースへのストレートは、わずかに外れてワンボール。

『(どこかで来る。きっとどこかで)』

「ストライーク」

 インコース低めいっぱいへのシュート。少し狙い球が外れてしまう。振ってはみるものの、空振りしてストライク。

 ストレートは打てない。しかしインシュートも詰まってしまって打てる気がしない。

 なれば打つ球種・コースは――

『(来い)』

 宮島に対して友田が放った3球目。

『(よし、ナイスコースや。これは打てへん)』

 自分のリードに自信満々の小村。ところが、

『(アウトカーブ。待ち球ピッタシ)』

 やや遅らせ気味のタイミング。低めに外れていくカーブにバットを合わせ、そこからは軽く振り切った。

『(うそやん。宮島が外カーブを打った?)』

 宮島と違いキャッチャー主導リードの小村。それだけにバッターの情報は敵味方問わずしっかり入れているはずだが、その情報に裏切られた。

『(でもこれなら入らんやろ)』

 宮島にしてみれば不慣れな流し打ちだけあって、それほど飛距離が出て行かない。ライトが引っ張り警戒シフトであったため、右翼線は破ろうがそれだけと判断。自信を持って打球を目で追うが……

『(あれ?)』

 小村が違和感に気付く。打球が落ちない。

『〈伸びろ、伸びろ――いけぇぇぇぇ〉』

 宮島は右手に持っていたバットを放り投げ、そして腕を突き上げた。

「ホームラン」

 腕を回す1塁審・吉川。

「やったぁぁぁ。かんぬ~ナイバッチ~」

「よくやったぜ、隊長」

「さすが本隊長殿。大援護だ」

 1点を返すソロホームラン。リーグ戦ではないため公式記録には残らないが、試合における打撃成績としては、宮島の土佐野専入学以降第1号アーチ。ベンチではあれほど「かんぬ~らしくない」と言っていた新本、監督・立川、登板中の本崎を筆頭におおはしゃぎ。

「ナイバッチ」

「どうも」

 敵ながらあっぱれと、手を出してきた神城とハイタッチ。

「宮島くん。やりますね。偶然か、それとも必然か。風を味方に付けた好判断です」

 広川はバックスクリーン上にある、左から右へ――つまりレフトからライト側へとたなびく旗へと目をやった。

 あの方向の風は角度的に、レフトに引っ張る打球に関しては押し戻す向きとなる。一方でライトに流した打球に関しては、スライスをアシストする向きと同時に、スタンドへと向かう追い風でもある。打球が切れなかったのは運だが、スタンドへ届いたことは宮島の実力と言いきっていいだろう。

『(ただ、ホームランはできすぎです。悪い方向に転がらなければいいですが……)』

 宮島は3塁ベースを回った直後、3塁ランナーコーチに入った立川と。そしてホームベースを踏むなり、ネクストバッターの桜田。さらに出迎えるチームメイトともハイタッチをかわし、数名からは祝福と言う名の暴力を受ける。

 宮島のホームランで1点差。彼の一撃で切り崩したい紅組だったが、打たれ慣れした4組の2番手・友田はそう簡単に打ち崩せなかった。

 9番の桜田は3―2から2球粘った末、アウトコース高めのストレートをライトフライ。先頭に戻って寺本はセンター前ヒットで出塁も、2番・横川時に盗塁を失敗。その横川はライト前ヒットで繋ぐが、大野は呆気なく見逃し三振。

「1点どまり、か。こうなると点をやれねぇな。いくか、本崎」

「よし本隊長殿。参るぞ」

「だんだんと、しゃべり方が戦国武将風なってきた気がするんだけど?」

「では、総大将。出陣いたす」

「もう完全に戦国武将じゃないか」

 戦国武将・本崎忠彦乃助は戦場(マウンド)へ上がると、すぐさま臨戦態勢(モーション)へと入る。

 その投球練習をしている合間、ふと宮島は気付いた。

『(立川しかり本崎しかり、僕を隊長とか総大将とか呼ぶけど、まるで僕がアニメ同好会の重役みたいだな。早めになんとかしとかないと)』

 一方であのメンバーが「キャプテン」なり「宮島」と呼ぶ光景が思い浮かばない。もはや諦め半分である。

 もちろん、1点を追う試合は諦めることなどしない。

 3回の裏の守備。先頭の天川にヒットを許すも、4番・鳥居、5番・小村をショートゴロ。6番の小崎にセンター前で繋がれるが、ラストはセカンドフライでチェンジ。2イニング連続でピンチでの投球となったものの、本崎は無失点ピッチングを継続。

 4回の表。1点を追う紅組は、代わったばかりの左腕・藤山から、先頭の佐々木がレフトへのツーベースで出塁。大川がフォアボールを選んでノーアウト1・2塁。この大チャンスに欲を出した立川監督は、強行策を敢行。すると6番・三満がゲッツーに倒れ、後続の前園も2打席連続三振に倒れ無得点。

 上司の失敗を償うのも部下の役目。立川部長の後始末と、本崎は8番・富山をセンターライナー、9番・広川をフォアボールで出したのち、三国へセカンドに打たせ、広川もろともアウトに取りゲッツー。

 試合は次に動かしたものが全体的な主導権を得る。そう感じさせるような様相を呈していた。

 その試合を動かす機会を得たのは紅組。

『5回の表、紅組の攻撃は、8番、キャッチャー、宮島』

 普段であれば期待の置けない打順。しかしながら今日の宮島はホームランを放っている。期待せずしてどうするか。

『(藤山は左のオーバー。得意球は大きく曲がるプロ級高速スライダーに、フォークくらいのもの。張っていて打てる球ならそれに絞るけど、こいつの高速スライダー、張って打てる球じゃねぇんだよなぁ)』

 他の球が2級品どころか、3級品を通り越し4級品レベルのため、先発・勝利の方程式には入っていない。だが特定の球のレベルに関して言えば、一番が立川のフォーク、次点で彼の高速スライダーではなかろうか。

『(ストレートに張る。フォークならタイミングを外されても、あいつのなら合わせられる)』

 対藤山戦の初球。

「ぐっ」

「ファール」

 インコースに飛び込んでくるストレートに詰まらされファール。良く見れば彼はプレートの一塁側いっぱいに立っている。

『(角度を付ける魂胆か。左でサイドの大森はよくやるけど、クロスファイアは打ちづらくていけないなぁ)』

 何よりも張っていたストレートを打ち損じてしまった。

 宮島はそれほどバッティングのいいバッターではない。連投しても大丈夫と見て、高速スライダーを続けてくるかもしれない。

 2球目。

『(これは外に外れ――っ)』

「ストライーク」

『(バックドアスライダーか)』

 2回に神城を追い込んだ方法で自身も追い込まれた。だがボールそのものは藤山の方が明らかに上。この球はそう簡単に打てない。

『(くっそ。追い込まれた。このままだともしかすると……)』

 3球目を予想するのは容易い。

 ノーワインドアップから藤山の第3球目。

 アウトコースへのボール球。先ほどと同じ球。

『(いくら僕でも、同じ球を同じコースに続けられれば打てるぞ。舐めるな、藤山、小村っ)』

 バックドアスライダーと読んで、バットを振りに行った。しかし、

『(ま、曲がってこないっ)』

「ストライクスリー、バッターアウト」

 空振りした宮島はバットを空中に放り投げると、胸元の高さまで落ちてきたあたりで、バットの中心あたりを右手でキャッチ。

『(球速から言って、フォークか抜け球か。やられたな)』

 次打者の桜田に続き、ネクストバッターサークルに入る寺本ともすれ違う。そしてバットスタンドにバットを放り込む。

「かんちゃん、少しイライラ気味?」

「いつもこんな感じ。しいて言うなら、1打席目はホームラン打てたから、それの落差で少し悔しかったくらい」

「あ、なるほど」

 秋原はさりげなくスポーツドリンクと冷えたタオルを差し出す。まず宮島はヘルメットを外して適当なところに置くと、それを受け取って身近なベンチに腰掛ける。

「あと1点が遠いなぁ」

「チャンスは作るんだけどね」

 先発3イニング、リリーフ2イニングずつとすると、次にピッチャーが変わるのは紅白双方とも6回。そのあとは8回。単純にターニングポイントとなる可能性が高いのはそこであろう。

 バッターボックスに入った桜田は、1球目を見逃してワンボール。2球目の高速スライダーを、中途半端なスイングで弾き返す。

「これはショートゴロか?」

 宮島はベンチに腰かけたままで試合を見守り続ける。

 打球はショート真正面の弱いゴロ。投手守備圏内にも見えるが、藤山は追いかけずにショート・原井に任せる。走りながら捕球した原井は、そのままボールを右手に握り替えて1塁にランニングスロー。

「セーフ、セーフ」

「おぉぉぉ、塁に出た」

「問題はここからだぞ、明菜」

「かんちゃん、クールなのもいいけど、もう少し喜怒哀楽があってもいいと思うよ?」

「新本みたいな性格でキャッチャーが務まると思うか?」

「いや、新本さんほどとは言ってないけど」

 投球練習をしているはずの1塁側ファールグラウンドから、殺人現場を発見した女子学生みたいな声が聞こえたが、あれは紛れもなくヒットに興奮した新本である。あんなのがキャッチャーをすれば、扇の要が要にならないのではなかろうか。

 いまいち喜びの無い宮島に、秋原は呆れつつも試合へと目線を戻す。

「どう動くかな? この状況。バントはあると思う?」

「この打席の寺本は右バッターボックス。左ならセーフティ狙いのバントもあっただろうけど、どうだろうな……」

 ここまで紅組は2併殺。もし併殺を恐れるなれば、もちろんバントもアリだが。

『(立川、次は横川だぞ。どうすんだ?)』

 三国と言う強打の2番を置く普段の4組・広川式、神城と言う単打で繋ぐ2番を置いた白組・神城式。紅組はと言うと、バント専門を置いた典型的日本式。この場面で1番がするべき作戦は、バントか、それとも強行策か。

『(俊足の寺本にゲッツーはない。ならば強行策をとってもいいと思うけど――送ったっ)』

 宮島の考えに反し、寺本はバントを敢行。1塁に遠い右バッターボックスだったが、構えるタイミング、打球方向、スタートタイミングからしてセーフティ気味。

『(いや、これは上手い)』

 キャッチャーからもサードからも遠い。ピッチャーに取らせるような3塁方向へのバント。マウンドを駆け降りた藤山が素手で掴んで1塁へと送球。

『(セーフだっ)』

 ほぼ同時。セーフと判断する宮島だったが、

「アウトっ」

 1塁審・吉川の判断はアウト。

「惜しい。けどツーアウトで2塁か」

 ネクストは横川。さほど打撃で信用に足る選手ではないが、まったくの無力ではない。実際に前の打席でもヒットを放っているわけだ。

 横川が右バッターボックスに入るなり、藤山はプレートを踏んでサイン交換。その間に2塁ランナーの桜田はゆっくりとリードを取り始める。

「ボール」

 まず初球はアウトコースへと外れるボール球。

『(ワンヒットで同点の可能性があるこのケース、打たせるならライト方向。セカンドは守備の名手・富山、ファーストは神城。滅多に外野に抜けないし、仮に抜けても天川の肩は十分な抑止力になる。そして藤山のバックドアを生かすには、アウトコース一本に張って間違いない)』

 裏をかいたインコースが時々くるかもしれないが、それは捨てても構わない。来るかもしれない球よりも、必ず来る球に張った方が確実だ。

「ボール、ツー」

 2球目。アウトコースから入ってくるスライダー。しかしわずかに変化が足らずにボール判定。ここにきて制球に苦しみ始める藤山。

「ボールスリー」

 ストライクを狙うような配球だけに歩かせる意思を持っているわけではなさそうだが、ストライクゾーンへと入らない。安牌に近い横川相手に3―0とボールを大きく先行。投球のテンポを考えるとストレートのフォアボールは避けたい小村。やや甘いがストライクゾーンを狙った配球。

 4球目。

 アウトコースやや内寄りのストレート。かなり甘いコースも、3―0からなら打ってこないと読んでのリードだ。ところがここで横川は果敢にヒッティング。

 飛びついた神城、富山の間を抜くライト前ヒット。

「回れ、回れ、回れぇぇぇ」

 外野の守備体系や、桜田の走力・スタート、さらにアウトカウントや得点状況も考え、3塁コーチの立川は回してしまう。

 桜田はノンストップで3塁を蹴ってホーム突入。

 そしてそのランナーを視界の端で確認した天川は、ホームベースを跨ぐように立った小村へと目線を合わせる。前へ走りながらボールをすくい上げ、

「えいやぁっ」

 ライトから全力送球。やや高い送球に、横川はカットできないと見て1塁を蹴って2塁へ。

 だが、そんなものスリーアウトになってしまえば何の意味もない。やや高めの送球を立って受けた小村は、ホームベースを完全に塞ぐ形のブロック。桜田のホーム突入を阻止してタッチ。

「アウト、チェンジ」

 2塁ランナー・桜田が本塁憤死。同点のチャンスも白組守備陣の前に潰される。

「けど、勝負はここから。どうせ藤山はここまでだ」

 おそらく6回のマウンドは、現在、3塁側ファールグラウンドで投球練習中の大森。彼が藤山より劣っているとは言わないが、ピッチャー交代は良きも悪きも試合における転機になりやすい。

「本崎、ラストイニング」

「拙者にお任せあれ」

「あ、さては戦国武将ポジに収まったな」

 一方で本崎もこの回がラストイニングの予定。次は新本だ。

 その最後のイニングは、面倒なバッターから始まる嫌な打順。

「神城からか」

「前の打席は三振じゃったけぇなぁ。仕返しせにゃあいけんじゃろ」

 前の打席。神城には珍しいタイプの見逃しの三振であったことを思い出す。

「その前の打席の事だけどさ」

「うん」

 宮島は本崎の投球練習を受けながら、バッターボックス横の神城に問いかける。

「なんか嫌に呆気ない三振だったけど、何か考えてる?」

「なんも考えてないで? ただ読みを外しただけじゃけぇなぁ」

「それでも神城ならカットくらいはするだろ?」

 さらに追撃を仕掛けてみる。すると彼は左バッターボックス内のある場所をバットの先で指す。そこは何人かのバッターがスイングしたことで、えぐれて穴ができてしまった部分。

「ここに右足がひっかかって打てんかったんよ。埋めとかにゃあいけんなぁ」

「そういう事にしとこうか」

「本当で?」

 もっともらしい事を口にする神城に、宮島はこれ以上問いただすのはやめておく。あまり深く勘ぐると、逆にその疑心暗鬼を利用されかねない。

「神城、いいぞ」

 投球練習も終わると、宮島に言われて神城は左バッターボックスへ。

「プレイ」

 倉敷はプレイ宣告。

「時に神城、足場はいいのか?」

「あ、ちょっと待ってぇよぉ」

 右手の平をピッチャーにかざして制し、まずは足元の穴に周りの砂を集める。そして何度か踏み固め、ようやく構える。

「どうも」

『(どうしようかなぁ。固めた位置は足を踏み出す場所として、結構ホーム寄りだな。これならインコースを突けばワンストライクもらえるか? まぁ、神城の場合、際どいところを投げとけば無理に打ってはこないけどさ)』

 インコースのツーシーム。ノーワインドアップモーションを始動。その初球。

『(んなアホな)』

 きれいにインローをすくい上げてライト前ヒット。

『(いや、少し甘すぎたかな?)』

 要求自体は間違っていなかったが、わずかに内側に入った分が神城にとっては甘かったのだろう。

『(悪かった。僕のリードミスでランナー出しちまった)』

 平常時は1年生屈指の制球力を持つと言われている新本ですら、構えたところにピッタリ投げられるとは言えない。つまりは少しのコースのブレで打たれてしまった分は、ピッチャーのコントロールミスではなく、キャッチャーのリードミスになってしまうのだ。

 いかにしてこの場面を無失点に抑えるかだが、ネクストバッターは天川。

『(ノーアウト1塁。ここで紅組にプレッシャーをかけるんじゃったら、初球で勝負じゃなぁ)』

 神城は天川に向けてサインを飛ばす。彼は了承のサインをさりげなく送り右バッターボックスへ。本崎のセットポジションと同時にリードを取る神城。2球放られた牽制に帰塁するが、どちらも危険性のない余裕のセーフ。

『(そうだなぁ。神城のあの戻り方からして危険性はないだろうけど――)』

『(宮島はだいたい初球はストライク取って投手有利に持っていくタイプじゃけぇ――)』

 本崎の足が動くなり神城がスタート。

『『(勝負はここっ)』』

 本崎の投球はアウトコース高めへのピッチドアウト。

『(読み切った。くたばれ、神城っ)』

『(宮島に読まれたっ)』

 しゃがんだ本崎の頭上を通す2塁送球。いくら神城の足が速かろうと、読まれたスタートを成功させるほどの力は早々ない。神城の2塁到達よりも先にボールがベースカバーの横側に渡る。

「アウトっ」

 2塁審・坂村は腕を振りおろしアウトコール。

「はいはい。ワンアウト、ワンアウト」

 そして刺した宮島は喜ぶそぶりも見せず、クールに人差し指を立てて『1』を表しながら掛け声。

「うわぁぁ、かっこいぃぃ」

 新本、感動。

 曰く彼女が好きな野球シーンは、キャッチャーが盗塁を刺した直後にする、誇るわけでも喜ぶわけでもない、クールなアウト確認だとか。まさしくこのような光景の事である。

 出したばかりのランナーを殺された白組。勢いをそがれ、天川はレフトへのフライ。4番の鳥居にフォアボールを許し、「フォアボール、ウチ多いなぁ」と言う宮島の愚痴もありながら、5番・小村は空振り三振に切って取り無得点。

「小村、討ち取ったりぃぃぃぃ」

 マウンドで咆える本崎を放っておき、一足先に戻った宮島はランナーコーチに向かう立川を呼び止める。

「立川。お前から闇の力を授かったらしい部下が、戦国武将としての地位を確立してんぞ」

「ふん。構わんさ。何も俺は、特定の居場所(スタイル)を強要してなどいない。各々で自分が輝ける地位(ポジション)を手に入れることができたなら、何も言う事はない。人生は自由だ」

「そうだな。僕もお前には何も言う事はない。てか、何も言いたくはない。同類だと思われそうだ」

 試合は既に折り返し。

 6回の表、白組は左のサイド・大森を投入。

 いきなり先頭の大野にフォアボール。「本当にフォアボール多いな。ここ一番の制球力なさすぎだろ」と宮島がつぶやく中、佐々木がレフトフライ。5番の大川がライト前にヒットを放ち、好スタートを切った大野が3塁へと向かう。が、これを鉄砲肩どころか、戦艦大和の主砲肩を誇る天川が3塁で補殺を決めてツーアウト。さらに6番・三満がショートフライに打ち取られて無得点。

 そして6回の裏。左サイドを投入した白組に対し、紅組は右の超軟投派を投入。

『ピッチャー、本崎に代わって、新本。背番号28』

「やっほぉぉ。出番だぜぇ~」

 男っぽいセリフを高い声で吐きながら快足を飛ばしてマウンド一直線。

 その新本は快刀乱麻のピッチング。

 得意の80キロにも満たない変化球で、小崎をセンターライナー。原井をピッチャーゴロ。富山をセカンドゴロに抑え込み、わずか7球で三者凡退。

 新本の好リリーフに乗りたい紅組、7回の表の攻撃。先頭の前園が両チーム合わせて7つ目のフォアボールで出塁し、「呆れてモノも言えねぇ」とモノ言う宮島がセカンドゴロ封殺でランナー入れ替わり。9番・桜田が送りバントで宮島を2塁に進める。そして先頭に戻って寺本がセンター前ヒット。宮島は果敢にホームへと突っ込む姿勢を見せるが。

「ストップ、ストップ、総大将、ストップ」

 3塁コーチ・本崎が必死の制止。見ると前進守備を敷いていたセンター・小崎が、キャッチャーまでノーバウンド送球。これは俊足でもホームを突くのは難しい状況である。

『(ツーアウト1・3塁。1塁に寺本で、バッターが横川、か)』

 宮島はこの大チャンスで状況を整理。バント専門で打撃は期待できないはずが、今日の調子は割といい横川。

 ただ打たせてもいいが、

「セーフ」

 ひとまず寺本は2塁に走らせるのが定石。宮島は隙を突いてホームに突っ込む姿勢を見せるが、さすがにそれほどのことができる足は持ち合わせていない。

『(頼むぜ、横川)』

 期待をかける宮島。ここまで2安打の彼に一打逆転の期待がかかったが、彼はショートゴロに倒れ無得点。

『(やっぱダメか。これならホームスチールした方がよかったかな?)』

 冗談ながらにホームスチールを想像する宮島であったが、もちろん彼はこの時、それが冗談で済まなくなるとは思いもしなかった。

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