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プロ野球への天道  作者: 日下田 弘谷
第4章 真夏のマリンサイドバトル in 兵庫
38/150

第4話 難敵・神城淳一

 時間も押してきたため、ウォーミングアップもそこそこに試合を開始。

 白組先発の友田が投球練習も終えると寺本が打席へゆっくり向かう。

『1回の表、紅組の攻撃は、1番、センター、寺本。背番号0』

 学内リーグ戦におけるいつものウグイスは、土佐野専の女性職員。しかし今日はマネージメント科の高川。

「なぁ、倉敷、寺本。違和感あるのって、俺だけかいな?」

「お前だけじゃない」

「右に同じ……それじゃ、プレイ」

 小村の意見に同意の両名。

 普段聞いているのはそれこそ『ウグイス嬢』なのであるが、今日はどちらかと言えば『スタジアムDJ』風味。秋原が『ウグイス嬢』をやる案もあったのだが、そうすると新本の管理ができないとのことで白組のベンチに入っている。

 先発の友田。左バッターボックスに入った寺本へと初球。

「ボール」

 最初は寺本の足元を襲うボール球。インローを意識させる意図を持ったように見える配球ではあったが、友田―小村バッテリーの反応からしてコントロールミスであろう。

 2球目。寺本の腰あたりへのシュート。ボールゾーンから入ってくる投球に対応させず、危なげなくワンストライク。3球目はインコース低めに落とすカーブ。はっきり外れてツーボールとボール先行。

「ボール先行。いつもに比べて立ち上がり悪そうだなぁ」

 ファールゾーンで宮島相手に投球練習中の長曽我部。投球を止めてふとつぶやく。

「立ち上がりって言うか、配球の違いか? 僕と小村。ただでさえ投手主導か、捕手主導かの差もあるし」

「そういやぁ、友田って神主以外と組むのって初めてだっけ?」

「試合では、な」

 入学後数か月、4組のキャッチャーは宮島1人体勢。後に小村が投手から捕手転向したわけだが、いかんせん経験不足とブランクが隠せない。ここ最近は名目的には2人体勢でがあるが、宮島が先発から7~8イニング、残るイニングを小村とすることが多い。よって、先発の友田・長曽我部、そして7回を任されることの多い新本。この3人は、いままで試合において小村と組んだことが無いのだ。

 最終的にカウント3―1から、置きに行った甘いカーブを寺本が強打される。これが幸運にもセンター小崎、真正面へのライナー。結果オーライではあるが、非常にマズイ攻めであったのは間違いない。

『2番、セカンド、横川。背番号33』

 立川監督によってバントの上手さを期待されて2番に抜擢された横川。もっとも送るランナーがいないのでは、打って出るしかない。が、上位を打てるほどバッティングの上手くない横川は、サード真正面の内野ゴロに倒れてツーアウト。

 ツーアウトランナー無し。先制点の期待が薄くなってきたこの場面だが、むしろこの状況で怖いバッターを迎える。

『3番、ライト、大野。背番号3』

 そこそこ試合数をこなした7月にして、未だ代打成功率5割をマークする代打の神様。守備に難があり先発自体は少ないが、バットコントロールと勝負強さでは校内屈指のバッターだ。

「よし、神主、行くぞ」

「あいよ」

 ところがなぜか非代打時打率は1割台の大野。キャッチャーファールフライに打ち取られスリーアウトチェンジ。3者凡退で1回の表を終える。

 代わってマウンドに上がった紅組先発の長曽我部。しかもこちらの先発は、1年生投手陣(・・・・・・)からの信頼が厚い宮島。白組先発の友田が3者凡退も不安の残る立ち上がりだっただけに、むしろ対する宮島の好リードに期待が集まる。

「さて、長曽我部」

「ストレートが調子いいな」

「話が早くていい」

 マウンドに上がっての投球練習を終えた2人。宮島は今日の調子を聞きに上がったが、聞かれる前に答えられて楽な表情。

「それじゃあ、ストレート主体で組み立てようか」

 マウンドから去る宮島。そのタイミングで高川が一声。

『1番、ライト、三国。背番号6』

 するとネクストの神城は、バックネット裏の放送席に向けて声をかける。

「高川」

「なんだ?」

 律儀にマイクの電源を落としてから大きな声で聞き返してくる。

「僕の時、ためしにスタジアムDJぽくしてぇや」

「やってみようか?」

 神城の冗談に本気で乗っかる高川。冗談だと言おうとした神城も、彼がなかなかに乗り気だったこと、自分も少し興味があることを理由に口を閉じておく。

「んん、2番っ、違うな、もっとこう……」

 マイクを切って練習を始める高川。だが彼がそんな練習をしていようがしていなかろうが、試合は止まらない。

『(三国はどうやって打ち取ろうかな?)』

 長曽我部の要求はストレート主体。ならばまずはストレートを放るべきであろう。問題はどこのコースに放るか。

『(倉敷のストライクゾーンを知るのと、今日のコントロールを知る目的で、ここはどうかな?)』

『(OK)』

 アウトコース低めいっぱい。仮に要求通りに投げられればだが、審判によってストライク・ボールの判定がまちまちになるコースだ。

『(他クラスの審判養成科生は知ってるんだけど、ウチのクラスの審判団はどんなジャッジするか知らないもんなぁ)』

 学内リーグ戦における審判は、例えば1・2組戦では3組および4組の審判が務める。言わば審判科生は、自分のクラスにおけるリーグ戦では審判を行わない。つまり自分たちのクラスの審判だからこそ、審判のくせが分からないのだ。

「ボール」

 初球は際どいコースをボール判定。

『(さすが倉敷。ここをボール取るか)』

 別にミスジャッジと言うわけではない。他クラスからの噂だが、判定がぶれない一方で、非常に判定が厳しいと言われるのが彼なのだ。

「ストライーク」

 やや甘いコース。さすがにこのコースはストライクを取ってもらえるが、いくらストライクが欲しくともこれを続けていくわけにはいかない。

『(判定ブレブレよりはいいけどさ、ちょっと厳しすぎないかな?)』

 むしろルールに準じたしっかりした判定なのだが、際どいコースはストライクとジャッジしてしまう甘目の球審で試合をしていると、それが慣れてしまって難しい所もある。

『(インコース、ストレート。これで詰まらせる。ファールならラストは低めに落として三振だ)』

 長曽我部へとインコースやや高めのサイン。ストレート気分だけに断る理由もなく、頷いてモーションへ。

『(よし。いいコース)』

 長曽我部の3球目は、狙ったコースとは微妙に違うが、それでもナイスボール。これならばファールなり空振りで追い込める。そう思ったが、

『(詰まらせた、けど)』

 三国はバットの根元で捉える。が、元4番らしいパワーで無理矢理に振り切る。すると打球はライト方向に舞い上がる。飛距離もそこそこ出てしまい、内野の頭を越える。

「うっわ。不運すぎ」

 完全に詰まらせたのだが、結果はライト前に落ちるヒット。守備の下手な大野でなければ捕れていたであろう打球だけに、ランナーを出してしまったのはツラい。

『(ノーアウト1塁か。三国だから盗塁はないだろうけど。次は――)』

 宮島が振り返る。ネクストバッターサークルから歩いてくる彼は、

『2番、ファーストベースマン、ジュンイチィィィィィ、カミシロ。ナンバー、ナイン……どうよ?』

「やっぱ普通で」

『へいへい』

「お前ら、アナウンス使って会話するなよ」

「ええじゃろ? たまにはこういうのも」

 本当に全力で言った挙句、照れる素振りも一切見せない高川に感心しつつ、マウンド上の長曽我部へとサインを送る。

『(神城は追い込まれると、危ないコースは得意のカットで逃げてくる。だから2ストライクまでは、多少甘いコースでもいいからストライクを取っていく。下手にボール球投げてボール先行にしてしまうと、逃げられ続けてのフォアボールがあるからな)』

 一発があるわけではない神城だが、ボール球はしっかり見逃し、際どいコースはカットされ、甘く入れば強打される。そうしてランナーとして出れば、盗塁を決めてランナー2塁に。味方にすれば心強いが、敵にすれば実質的なツーベースを量産してくる面倒な選手だ。

 とにかくそんな神城を抑える方法は、少し甘くてもいいが甘すぎないコースで早く追い込む事。

 セットポジションに入った長曽我部。1塁ランナー・三国にはそれほど警戒心を見せず、バッターの神城へ向けて第一投。

『(え、マジか)』

 ボールがリリースされる寸前、宮島の目線の先にバットが飛び出してきた。これは、

『(送りバントかっ)』

 神城は、ストライクを狙った初球の甘いコースをバント。打球はサード方向を転々。

『(いや、送りバントじゃない。これは――)』

「ピッチ。ボール1つ」

 マウンドを駆け降りた長曽我部はボールを素手で掴みあげると、その強肩を生かして1塁にノーステップスロー。

「セーフ、セーフ」

「うわぁ……やっちまったぁ」

 1塁審判の手が両サイドに開いた。アウト1つをもらえるはずのバントを、オールセーフにしてしまった長曽我部は顔面蒼白。

「セーフティバント。やりやがったな、神城」

 宮島も驚きこそしたが、送りバントを想定していなかったわけではない。だがかなり可能性は低いと見ていた。神城は中途半端にセイバー信仰者のようなところがあり、あまり送りバントは好きではないからだ。

 だからこそ彼は送りバントはしなかった。送りバントの可能性を除外すると同時に、バントそのものの可能性を除外した守備陣を見て、セーフティバントを仕掛けてきたのだ。

『3番、ライト、天川。背番号、1』

 ノーアウト1・2塁とピンチは広がったこの状況。打順はクリーンアップの天川へ。

『(天川はそつなくこなすタイプだけど、この中では3番を打てるタイプじゃない)』

 宮島もチーム分けを見た時、詳しい打順はともかくとして、鳥居・小村・小崎の3人でクリーンアップを固めてくると推測した。天川も4月頃はクリーンアップを張っていたが、それはあくまでも野手10人体勢の時の話。投手から多くの野手転向が行われた今となっては、もはや参考にならない話である。

 さりげなく1塁ランナー・神城を見てみる宮島。サインを出している様子はない。そこで天川を見てみると、彼の目線はベンチへ。その先ではサインを出しているような素振りの広川。

『(サインは紅白それぞれ、立川と神城が決めるはずだったけど……ただの中継か?)』

 神城の指示を受けて広川がサインを送る。まったく考えられない可能性ではない。

 その広川から視線を外した天川。右バッターボックスに入るなり、送りバントの構え。

『(神主。こいつ、ここでバントする気か?)』

『(う~ん。正直、この状況で天川ならバントもありだと思う。けど……)』

 3番にバントさせるか? とも疑問に思う。主軸を打たせるには力の欠ける天川を、あえて3番に据えた打線。なにか作戦があると考えるべきであろうが。

『(2塁に神城ならまだしも、2塁は三国。1塁の神城は前が詰まっている。だったら下手にランナーを動かす真似はしないだろうな。三国、地味に走塁意識高いから怖いけどさ。ま、1球だけ見させてくれ)』

 アウトコースに外すストレート。ピッチャー主導リードの宮島とは言え、信念を頑なに守り続けて危険地帯にわざわざ踏み込むような事はしない。普段から好き勝手させてもらっている長曽我部は、宮島の要求もあっさり承諾。

 2塁ランナーの動きに気を付けながら、長曽我部はクイックモーションで初球。

「ボール」

『149㎞/h』

 しれっと自己最高球速をマークしたストレート。アウトコースへのその投球に、天川は確かにコースを見てからのタイミングでバットを引く。

『(なめるな、三国っ)』

 そこから宮島は、第2リードの大きな2塁ランナー・三国へと牽制球。2塁ベースカバーに入った前園が捕球し、頭から戻る三国へとタッチ。

「セーフ」

 彼なりにプレッシャーをかけようと頑張っているようである。ここまで学内リーグにおかえう彼の盗塁企図数は7、内成功が6、失敗1とかなりの成功率を誇っている。それだけ相手の油断を見逃さない高い走塁意識を持っているのだが、過剰な積極走塁は憤死にもつながりかねない。

『(で、神主。バントっぽかったけど?)』

『(まずはバント警戒)』

 セカンドの横川にサインを送ると、横川は内野陣に向けてバント警戒のサイン。

『(で、投球はインハイへストレート。思いっきりストレートを放ってこい)』

 長曽我部の肩なら、打球方向次第で3塁封殺を狙える。さらに3塁カバーに入る前園の肩を生かせば、1塁でバッターを殺してゲッツーを取れるだろう。なればここはバントのしづらいインハイ。

『(ここは神主に従うか。OK、任せとけ)』

 ランナーを目で牽制しながらも、ボールは放らない長曽我部。クイックモーションでの第2球。

『(んっ、少し甘い)』

 インハイよりややアウトコース寄り。甘く入ったボールを、天川は確実にピッチャー前へとバント。

『(くそっ、三国のスタートが良い)』

「ボールファースト」

 宮島の指示を受けた長曽我部は、ボールを拾うなり迷わず1塁へ。

「アウトっ」

 3人目にしてようやくとれた1アウト。しかし送りバントで『もらったアウト』だけに、ピッチャーとしては心地のいいものではない。

『4番、サード、鳥居。背番号、25』

『(ここで鳥居かぁ)』

 1アウト2・3塁で4番の鳥居。初回で、次が小村・小崎であることを考慮すると、ここは勝負一択。

『(イニングも浅いし、ここは失点を恐れる場面じゃないよな。仮に点を取られても、野手が捕り返してやるから)』

 もちろん勝負。4番であることを考え、スクイズ警戒は無し。

『(いきなり通すぞ。リズムよく行こう)』

 頷いた長曽我部。ランナーを気にせず、ワインドアップからの初球。

「ストライーク」

『148㎞/h』

 高めに浮いたボール球を、鳥居は初球からフルスイング。ここは空振りでストライクを奪ってしまう。

『(今日の長曽我部、ストレートの調子がいいな)』

 球速もそうだが、いつもとは勢いが数段違う。ピンチを招いたのは三国の不運な当たり。そして神城・天川の2者連続バントであり、まともに打たれて招いたわけではない。

『(さ、どんどん行こう。ラストは低めに落とせば、いくら鳥居でも打てない)』

 今日の長曽我部の高めの釣り球は打てないと判断。サインを出すなり中腰で構える。

 そんな彼への第二球。

「あっ」

 狙った通りのコースだったが、鳥居は豪快な悪球打ち。打球は辛うじてフェアになるかもしれないという右翼線。

 守備の下手さには定評のある大野が、目を切らず、いかにも下手そうに打球を追う。

『(3塁ランナーは三国だけど、この深さと大野の守備だと刺せないか。いや、てか、追いつけないか?)』

 宮島はバックホームに備えてホーム付近で待機。長曽我部も宮島の後ろに回り込み、バックアップ体制に入る。

 1塁線、フェアゾーン寄りに打球が落ちる。そう思われた瞬間、大野が飛びついた。

「え? 捕った? あいつ捕った?」

 宮島が驚愕の目で見つめる中、3塁ランナー三国はスタート。ホームに突っ込む。

「アウト、アウトぉぉぉ」

 1塁審・吉川がライトまで駆けた後、正規捕球を確認してアウトコール。3塁ランナーの生還は許してしまうだろうが、アウトをもぎ取る好プレーだ。

「ホームイン」

 三国がホームを駆け抜けて先制点。ため息を漏らしながら宮島は、大野がセカンドの横川に投げ返すのを見ながら――

「急げっ、バックホーム」

 長曽我部の突然の声を聞いた。

 ハッとしてみると、2塁ランナーの神城が3塁を蹴ってノンストップでホームへ。

『(マジかよ。この当たりで2塁から帰るかよっ)』

 宮島は即座に体勢を低くし、横川のバックホームに備える。そこへ神城が突入。

「そらっ、タッチ」

 間一髪のプレーとなるであろうと判断した宮島は、捕球寸前に目を外してタッチしようと左腕を神城へと振ったが、彼の手にボールはなかった。

「セーフ、セーフ」

 直前でのワンバウンド。それでボールがイレギュラーし、逸れてしまったのだ。それによって神城は悠々とホームに滑り込み、見事2点目のホームを踏んだ。

「うわぁ、なんだこいつ。他のクラスはこんなのを相手にしていたのか」

 味方にいた内は分からなかったが、敵になった途端に脅威に感じるこの走塁能力。たかだか1イニングでそれを感じさせられたのだから、今まで何試合も戦ってきた相手方はそれ以上に脅威と感じているだろう。

 初回にして2失点を喫した長曽我部。直後の小村にフォアボールを許してしまうも、続く小崎は高めの145キロ釣り球で空振り三振に切って取った。

バント専門のバッターより、そうじゃないほうが2番には面倒だと思う

少し昔の話になるけど、阪神の赤星選手とか、巨人の二岡選手とか

他には中日の荒木選手・井端選手とか

そりゃあ、ホームランバッターを置ける選手層なら

それに越したことはないけどね

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