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プロ野球への天道  作者: 日下田 弘谷
第3章 超女子プロ級投手
32/150

第8話 恋するピッチャー、相手はキャッチャー

 学内リーグ戦第26試合目明けの月曜日。

 もう少しで時計が9時を示そうとしていた時。初めての女子とのお出かけのため、着る服に困った宮島が待ち合わせ場所にやって来た。結局、上はやや厚手のTシャツに、下はカーゴパンツという、面白みもない雑な格好。

『(こういうの初めてだから勝手が分からなかったけど……神部、笑わないかな?)』

 野球バカなら野球バカなりに心配する宮島。そうしながら正門前に行くと、彼女は既に待っていた。

「あ、宮島さん。おはようございます」

 薄めのジャケットを羽織っている神部。そこまではまだいいのだが、ジャケットの下に着ているのは明らかにジャージ。ボトムスも、まぁファッションを気にしていると言われれば否定はできないが、これもトレーニングパンツ。要するにジャージ。

 むしろ宮島よりも雑な恰好であった。

「神部も野球バカなのな」

「否定はしませんけど、出会って開口一番それですか?」

 既にごまかしは利かないが、まだ、まだ辛うじて希望が持てた格好。それも肩から提げたボストンバッグが一気に望みを吹き飛ばす。普段、野球科が使っているものに比べると一回り小さいものだが、少なくとも男女のお出かけに持っていく類のものではない。

 さらに彼女のカジュアルさを欠くのが、宮島は気付かないが胸の大きさ。秋原クラスとも言われるそれだが、今日はかなり控えめ。ファッションの一環と言われればそれまでだが、彼女らしさを失っていると言っても間違いではない。

「いや、うん。まぁ、そろそろ行こうか。他の人に見つかっても面倒だし。別に逢引してるわけじゃないけど」

「そうですね。変な噂が立つのも面倒ですからね」



 バスに乗って市街地まで出てきた2人。お互いに近づきつつ離れつつ、初々しいデートを周りに見せつけつつも、共通の話題に欠けて口を開けばとにかく野球。

 好きなプロ野球球団の注目新人から、土佐野専教師陣の現役時代の噂など。到底、男女の会話とは思えないものをこなしていた。

 しばらくデパートのスポーツ用品店や、何を思ったか家電量販店でウィンドウショッピング。野球用品に関しては経営科生や購買部を仲介して、メーカーに直接注文するのが一般的。家電の類はまだ分からないでもないが、デートで来る場所ではないだろう。その後は喫茶店や飲食店が立ち並ぶフードコートも見て回ったが、まだ昼食には早いだけあって、本当に見て回るだけに終わる。

 そうして無意味に近い時間が流れる事数十分。10時も近くなってきた頃、ふと神部の提案で近くの河川敷へ。宮島は何か違和感を覚えながらも、反論するつもりもなく彼女の提案に乗っかった。

 そして今となっては……

「レフトぉぉぉぉ」

「はいはい」

 神部から借りたグローブを手にレフトを守る宮島。左中間に抜けそうな打球を難なく捕球。簡単にこなした割に他の選手から拍手喝采である。

「なんで休みにまで野球をやってんだろうなぁ」

 内野までノーバウンドで返しながらため息を漏らす。

 河川敷に来た2人。そこで神部曰く偶然に出会った近所の高校球児たち。なんでも今日は、一昨日の参観日の代休とのこと。そして学校はサッカー部に独占されたため、河川敷を借りて、目の前に迫った夏大に向けて、練習を行っていたらしいのだ。

 部員の少ない野球部で、練習にも苦労しているとの事。そこで、神部が偶然に2つ持っていた帽子をそれぞれ被り、神部が偶然に2つ持っていたグローブをそれぞれ付けて、練習に加わることに。

『(偶然とか言っていたけど、必然だよな。これ)』

 プロ野球観戦に行くならともかく、何をどうしたらデートにグローブを2つ持っていくのか疑問である。さらに言えば、なぜ彼女は運動に適したジャージ姿なのか、そしてなぜ邪魔になる胸にさらしを巻いて来ているのか。本人曰く偶然との事だが、どう考えても偶然には思えなかった。

 そんな彼女は今、サードを嬉々としながら守っている。今までウインドウショッピングしていた神部は女子らしかったが、今の彼女は彼女らしかった。やはり彼女はマウンドに生きる女子なのだろう。

「そろそろ休憩しよう~」

 キャプテンらしい人の声掛けに全員が3塁側に置かれたベンチへと戻っていく。

「宮島さん。お疲れ様です」

 彼女はカバンから冷えたスポーツドリンクを取り出す。

「なんで持ってんの?」

「偶然です」

「あっそ」

 にわかには信じがたいが、特に問い詰めたりはせず。彼女にもらったスポーツドリンクを一飲み。

「いやぁ、宮島くんだっけ? 本当に外野守備が上手いね。高校、いろんなところからスカウト受けたんじゃないの?」

 キャプテンに聞かれた宮島は、一応、年上であるため敬語で返す。

「そうですねぇ。東京近辺の高校からは誘いを受けましたね」

 いくつか高校名を挙げてみると、キャプテンは「知ってる、知ってる」と相槌。高知の人間でも知っているのだから、それほどの有名校と言う事である。

「へぇ、宮島さんって、そんなとこからも勧誘受けてたんですね」

「まぁね。ただ全部断っちゃったけど」

 1年近く前の事を思い出す。家に訪ねてきた強豪校のスカウトの人を、大きい態度で追い返したのは懐かしい思い出だ。そんな天狗のようになっていた自分も、今となっては学内リーグ戦最下位チームのキャッチャー。やはり上には上がいる。世界は広いのだ。

「それはそうと、キャプテンさん。チームの出来はどうですか? 今年はどこまで行けそうですかね」

「去年は1回戦敗退だけど、今年こそは行けそうだよ。戦力もそろっているしね。もしかして甲子園にも行けるかもね。いや、もう目指そう。甲子園」

 彼の宣言に苦笑いを浮かべる宮島。

 一緒にプレーしてみて彼らの実力は分かった。もっとも宮島には『甲子園』のレベルがいかほどか分からないが、この学校は、レフト・宮島が通用するレベル。それほど高くないと見て間違いはないだろう。

「甲子園ですかぁ。頑張ってくださいね」

「任せろって。甲子園に行ってやるから。俺たちが行ったら呼んでやるよ。はっはっは」

 高らかに声を上げるキャプテン。その心地よい笑い声を聞いていると、自分も楽しくなってくる。ところがそれはすぐに打ち砕かれた。

「オイオイ、『甲子園』って楽に言うなぁ。こんな雑魚でも目指せる舞台だったか?」

 誰かと思って振り返る。するとそこには大きな体格の2人。

「キャプテンさん。あいつらは?」

「近所の強豪校のやつ。2年でレギュラー張ってる選手らしい。ランニングって言って、よくここを通って突っかかってくるんだよ」

 宮島が小さな声で問い掛けると、彼も小さな声で答える。

「ば~か。んなわけないだろ。お前らに教えてやるよ。甲子園って言うのはな、俺たちみたいな天才が、朝から晩まで練習して、それでようやく行けるようなところなんだ。お前らみたいに遊びで野球をやってる連中に行ける舞台じゃねぇよ。な?」

「そうそう」

 核心を突かれて落ち込む選手たち。その中で宮島は呆れ顔。

『(うわぁ。こんなドラマみたいなヤツ、本当にいるんだぁ。初めて見た)』

 もうちょっと野球部間とは穏健なものかと思っていたが、意外と強豪校と弱小校の間に壁があるようである。

「気にしない、気にしない。こんなの相手していても時間の無駄」

 神部は周りの部員達を励ますが、そんな彼女の左手に付けられているグローブに彼らは気付いた。

「おいおい。お前、野球やってんの?」

「……やってますけど?」

 いつになく低く怖い声の神部。

「ははは。いるんだな。女子部員って。やっぱこんな女子がいるような学校、どう考えても甲子園に行けないだろ」

「そういえば、ついこの前、近所にできた『土佐野球専門学校』だっけ?」

 その2人の言葉に、背中を向けていた神部の耳が小さく動く。

「あぁ、あそこ? プロを目指す選手を養成しているとか?」

「そこそこ。そこも女子がいるんだってな。ぶっちゃけ、女子がいるとか、どう考えてもプロ本気で目指してないだろ。俺たちでもきっと勝てるぜ」

 もしもこのワンシーンがマンガであれば、見開き2ページ、まるまる『ブチッ』という効果音が書かれていたことだろう。

「今……なんつった?」

 先ほど以上に低く荒々しく、怖い声を出しながら静かに振り返る神部。彼女の広がった瞳孔が彼らを射る。

「宮島さん。準備してください」

「ちょ、神部」

「準備してください。私が、この下手くそどもを打ち取ります」

 完全にキレているようである。

『(なんか、高川の言ってたのが分かるなぁ)』

「キャプテンさん。防具借ります」

 面白そうだし、ついでに乗っかってみる宮島。

「怒るなよ。悪いけど、俺たちにはお前らと違って時間が無いし」

「へぇ、甲子園を目指す人たちって、女子から逃げるほど弱虫なんですね」

 そのマジ切れした神部の挑発に、今度は2人のうち1人がキレる。

「上等だ。俺が勝負してやる。泣くまで打ちこんでやるよ」

 お互いに本気である。

 強豪校の男は、その場で金属バットを借りて、右バッターボックスに向かいながら何度か素振り。

「普段とは違うバットだけど、まぁいっか」

「……それを言ったら、神部が使うボールも普段とは違うけどな」

「なんか言ったか?」

「いいえ?」

 準備を終えた宮島は、キャッチャーの部員にミットを借りてホーム後方にしゃがむ。

「少し、投球練習をさせてもらいますよ」

「おぅ、いいぜ。好きなだけやれや。いや、時間が無いから手短にな」

 今、神部が持っているのは高校野球の硬式球。一方で普段使っているのは、プロ野球の統一球。宮島的にはそれほど違いは感じられないが、ピッチャーとしてはどう感じるのか、そこが心配である。しれっとスパイクは履いているため、そこは心配ないであろうが。

 セットポジションの神部。そこから一球。

「ふ~ん。なかなかいい球を投げるじゃねぇの」

「そりゃあ、これでも僕ら、プロを目指してますから」

「ふん、プロね。プロは難しいぜ。俺も目指してるけどよ。それよりも、ひとまずは目の前の甲子園だな」

「そうですか」

 数球の投球練習の後、そろそろだろうと宮島はマウンドへ。

「どうせサインも盗まれないだろうし、簡単なサインで行くぞ。これがストレート。カーブ、スプリット、ツーシーム」

 以前、ボールを受けた際に、球種はすべて教えてもらった宮島。スラスラと適当にサインを決めてしまう。

「他に投げたい球は?」

「それで大丈夫です」

「そっか。で、何を軸に組む?」

 宮島が毎回のようにピッチャーへと聞く、その何気ない一言。しかしその一言が神部にとって大きな一言であった。

「ストレートを軸に、お願いします」

「了解。さ、しっかり抑えていこう」

 打ち合わせは終了。宮島はファーストを守っているキャプテンへ、「それじゃあ、始めます」とアイコンタクト。

 定位置にしゃがみこんだ宮島。マウンド上の神部に向けてサインを送るが、そのサインはただ打ち取るためのサインじゃない。今、守備に付いている選手の守備力は彼の頭に入っている。下手に打たせてとってもアウトは取れない。ならばここは三振一択。

『(バッターは右。まずはここへ)』

 宮島のサインに頷く神部。なおも瞳孔が開いた目でバッターを見据えながら第1球。

「ス、ストライーク」

 球審のキャプテンがストライクコール。

「ボックスで見たら、意外とはえぇじゃん」

 アウトコース低めいっぱいのストレートに見逃しワンストライク。

「どこがですか? せいぜい120ってとこですよ」

「いやいや、もうちょっと、んん、なんでもない」

 もうちょっと出ていると主張したかったのだろうが、あれほど言った手前、彼女を持ち上げるのははばかられたのだろう。

『(次は、ここで)』

 頷いた神部。第2球。

「ボール」

「あっぶね。どこ投げてんだ」

 インコース高め。威嚇球。あわやデッドボールとなりそうなコースに、バッターは怒りを露わにする。そして彼女を威嚇し返すが、神部はまったく恐れを抱かない。

「悪いね。あいつ、ノーコンなんで」

 もちろん嘘。神部は1年生投手の中では割とコントロールのいい方。今の威嚇球も狙ったものである。

『(いいね。おそらく相手は夏大前で怪我を恐れてる。ということは、今のが頭に入ってここは反応できない)』

「ストライク、ツー」

 アウトコース低めへのストレート。3球続けてのストレートにも、まったく手が出せない。

「おやおや。追い込まれたね」

「う、うるせぇ。余裕だから見たんだよ」

 宮島がさらに挑発してやると、嘘っぽく言い返してくる。

 宮島にも神部にもこのバッターを見ていて共通の認識があった。このバッター、土佐野専のバッターに比べると、大したことないと。

 4球目――

『(神部。思い切って来い)』

 宮島の送った4球目のサイン。神部は自信を持って頷き、そして、彼を信頼して全力で腕を振り降ろした。

 低めいっぱいの投球。これにタイミングを合わせたバッターが、全力でバットを振り抜いた。

「はい、一丁あがり。そいでタッチ」

「ストライクバッターアウト」

 ワンバウンドするスプリット。一応、宮島は捕球してバッターにタッチしておく。おそらく振り逃げして「勝った」とは言わないだろうが、あくまでも一応だ。

「ふん。やっぱ、甲子園って低レベルだね」

「く、くそっ」

 さらに神部の追撃とも取れる言葉に、バッターの男は地面を蹴って怒りを露わにする。そんな彼へと、宮島が語りかけた。

「確かにここにいる野球部の人よりも、お前らの方が全力で甲子園を目指しているかもしれない。けど、その夢を踏みにじる権利はお前らなんかにねぇよ。もしもお前らがその気なら、こっちも言わせてもらうぜ」

 宮島は女子に三振に取られ、さらに追撃をされた彼に、さらに再追撃。

「僕らみたいな日本屈指の才能を持つ人間が、最高の努力の質、恵まれた環境、指導者。そうしたものを揃えて初めていけるかもしれない(・・・・・・)世界がプロ野球なんだ。あいにく、『甲子園』なんて言う、たかだか部活(あそび)の全国大会ごときを目標にしている連中は僕ら、『土佐野球専門学校』には勝てねぇよ」



 火曜日~金曜日の4日間の練習。それに加えて土日の試合。ここ6日間ずっと動き通している宮島と神部は、さすがに疲れもほんのり感じ始める。午前中で弱小野球部との練習はやめておき、今はデパートのフードコートにて昼食中。なのだが、

「うぅぅぅぅ」

 神部は顔を真っ赤にして、宮島と顔を合わせられずにいる。

「ま、まぁ、気持ちは分かるからさぁ。僕もちょっとかっこつけたし」

 曰く、ガチ切れしたせいで、普段とは違う自分を見せてしまったのが恥ずかしかったようである。

 宮島も割と穏健な神部が「今……なんつった?」と、低い声で言っていたのは怖かったが、あぁなるのも分からなくはない。新本も怖くないもののガチ切れ、神城なら彼特有の広島弁もあって、ヤクザと区別が付かなくなっていただろう。そして長曽我部であれば、140オーバーのストレートを顔面にぶつける、というのは想像に容易い。

 たしかに15、6の女子らしくはないだろうが、野球バカらしい反応ではある。100の言葉より、1打席の勝負で語るのが野球人である。

「それに、面白かったしよかったじゃん」

「面白くなんてないですよぉぉ。あんなケンカ腰の私なんて見せた暁には、あれですよ。恥ずかしくて隠れたいみたいなことわざです」

「あぁ、なんだっけ?」

 宮島・神部共に、今まで野球しかしてきておらず、勉強の苦手な中卒。

 因みに神部が思い浮かべていることわざは『穴があったら入りたい』である。

 依然、顔を赤くして話す神部だが、昼時でかなり空腹気味のため、なんだかんだ言いながらもハンバーガーにかぶりつく。彼女の買ってきたハンバーガーは、厚い牛肉のパティが、レタスやトマトを間に挟みながら5枚も入っている超巨大バーガー。店の前には『アメリカで話題のあの店がついに日本上陸』と書かれた看板もあり、明らかにアメリカサイズであることがわかる。

『(よく食うよなぁ)』

 女子らしからぬ彼女の食欲に驚きながらも、宮島の目の前は同じバーガーが2つ。どっちもどっちである。

 宮島も大きなバーガーにかぶりつきながら、彼女の緊張もほぐす目的で話を切り替えてみる。

「神部。今日って、どう考えても偶然じゃなかっただろ」

「そ、その……はい」

 先ほどまでは良きも悪きも気持ちが高ぶっていた神部は、非常に流ちょうなしゃべり方であった。が、宮島の気の使い方が功を奏したのか、気持ちが落ち着いてたどたどしいしゃべり方となっていた。

 運動しやすい恰好だったのは、彼女が野球科生であることを考えれば、百歩譲ってあり得ないわけではない。だが近所の高校の野球部が河川敷で練習しており、人数が少なく、誰でもウェルカムな状態であったこと。グローブを2つ持っていたことや、先ほどトイレに行って外したようだが、胸にさらしを巻いて来ていたこと。それらを判断材料とすれば、アホでも必然ではないかと疑うだろう。

「今日は来てなかったんですけど、私の知り合いがここにいるんです。それで、偶然、休みの月曜日に練習をするって言うんで……あ、これは偶然です。こっちは本当に」

「うん。それは偶然でいいから。それで?」

「宮島さんを誘って、一緒に練習しようかと」

「下心は?」

「実はあのあと、実践打撃練習をする予定だったんですけど……はい」

 なんとなく言いたい意味を察した。

 神部はその打撃練習に登板する予定だった。では彼女のボールを弱小校のキャッチャーが捕球できるかと言えば、できなくはないが難しいだろう。と、なると受けるのは宮島になる。

「受けてほしかったってとこか。そこまで回りくどい事しなくても、前みたいに受けてやったのに……」

「う、受けてほしかったんじゃないです」

「へ?」

 大きめの彼女の目。その視線が彼の目を射抜く。

「私を、リードしてほしかったんです」

「なるほど。そっちか」

 宮島は納得。

 優れたキャッチングセンス。そして本人曰くたまたまだが、長曽我部・新本を第一線に引っ張り出した指導力。それらが1年生の中で話題になっており、それが宮島へ他クラス投手陣から投球練習の依頼が舞い込んできている原因になっているは知っている。

 だが、もうひとつ。宮島の特徴ともあるのが投手主導型リード。

 宮島は彼女のその告白で気付いた。

 友田が以前の試合で言っていた事。

「神部。もしかして神部って、今のキャッチャーじゃ波に乗れてないってことある?」

 宮島の一言に彼女の心臓が高鳴った。

 自分が先発に回れない原因。薄々感づいてはいたが、自分の責任を他人になすりつけるようで、胸の奥深くに抑え込んでいたものだ。

「す、少し」

「それでイニングを跨ぐと、いや、長いイニングになると崩れるってとこか」

「はい」

 個人差はあるが、先発のように長いイニングをこなす場合、流れや勢いというものが必要な場合がある。ほとんどのピッチャーは自然と流れに乗ってしまう事が多いのだが、神部は自分の投げたい球を投げてこそ波に乗るタイプ。つまり日本型の捕手主導リードとは相性が悪いのだ。もちろん捕手主導と言っても、投手を波に乗らせることを考えてリードするキャッチャーも珍しくはない。

 だが、そこが彼女にとって最大の偶然。偶然にも、彼女はそうしたキャッチャーに出会わなかった。もしくは、普通のキャッチャーでは波に乗らせることができない、本格的な投手主導リードでこそ生きる投手であるかだ。

『(それで僕に助けを求めて来たか……)』

 彼女の実力は宮島も理解している。男子基準で考えれば、コントロールは良く、さらに変化球も多彩。球速自体はやや遅めだが、フォームや回転その他諸々の理由で、体感球速はかなり速い。強豪校のレギュラーをねじ伏せたほど。波に乗ることができないというただ一つの欠点で、先発転向はできずにいるが、もしもそれを自分と組むことで改善できるなら、準・鶴見クラスの大投手にはなりうる。少なくともそれは、長曽我部・友田クラスを越えるレベルだ。

「でも、今日は来てよかったです」

 その『でも』は何に対しての逆接なのかは疑問だが、学力不足の宮島は特段気にせず。

「たった4球でしたけど、宮島さんにリードしてもらえましたから」

 彼女は立ちあがると、彼の右手を両手で握って、満面の笑みを向ける。

「今日はありがとうございました」

 暖かい手。可愛らしい笑み。嬉しそうな高い声。触覚、視覚、聴覚に訴えるそれは、宮島に「神部はやっぱり女の子なんだなぁ」と実感させるに十分なもの。一方でマメができた手の硬さ、目の前に置かれているアメリカンサイズのバーガーは「この女の子らしい神部も、やっぱり普通の女子じゃないんだなぁ」と、現実世界に引き戻すに十分なものだ。

「さて、そろそろこのデカいバーガーを食べようや。腹減ったし」

「はい、そうですね」

 ようやく手を離し、大きなバーガーに大きく口を開けてかぶりつく神部。新本ならばもっと大きく口を開けて食べるのだが、やはりギャップと言うものだろう。やりそうな新本よりも、やらなさそうな神部がやった時の方が衝撃度は大きい。

「いつか……また、宮島さんにリードしてほしいです」

「それは難しい注文だな。同じチームにならない限りは。『土佐野専選抜』とかチームを組んで大会に出るならあっただろうけど、この学校、大会は出ないからね」

「そうなんですよね……」

 専門学校や大学の大会に特別枠として出場する案は一応あったようである。だが、『優勝』を目的として選手を酷使する様になっては、高校野球や大学野球と変わらないと言う意見によって却下。大会はあくまでも『練習の場』である学内リーグ戦に限られ、対外試合は独立リーグやプロ2軍相手のみとなっている。それも基本的にはクラス単位で試合が組まれるため、連合軍での対外試合はまずないのだ。

 それを神部も知っているため、非常に残念そうな表情。

「でもひとつ、あるじゃないか。僕とバッテリーを組む方法」

「え?」

 彼女は大きな目を丸くして驚く。自分が思い浮かばなかった方法とは。

「僕も神部も、この学校にはプロになるために来てるんだ」

 宮島は彼女へと拳を突き出す。

「次、バッテリーを組む場所は――」

 意味の分かった彼女は、自身も右手の拳を突き出して彼に合わせる。

「プロ野球の舞台で」



 月曜日に宮島と誓いを交わした神部。しかし家に帰って冷静に考えてみれば、やはり諦めきれない気持ちがあった。なによりあと2年間も待てるきがしなかった。再び思い悩み始めた神部。その姿はさながら、恋い焦がれる乙女の如し。

 それは彼女の転機だったのだろう。恋する乙女は何物にも屈しない。不退転の信念で、例えそこに道が無いのなら、そこに道を切り開いてしまう。

「失礼します。広川先生はいらっしゃいますか?」

 神部は入学時にもらった資料の中から、広川が1学年主任であることを突き止め、朝一で学校の教員室へとやってきた。部屋へとノックしてはいると、さすがにまだ朝早いこともあって人はまばらだったが、それでも何人かはいた。

「広川さんは多分、まだだと思うけど。あの人は割とギリギリに来る人だからね」

 その中で彼女を出迎えたのは、2年1組担任の小牧長久。

「そう……ですか。じゃあ、学園長か、2年生の学年主任の方はいらっしゃいますか?」

「いいや。いないと思うけど、どんな話かな。よかったら聞いておくけど」

「えっと、その……」

「うん」

 できれば直接、上の立場の人に言いたかったが、よくよく考えれば、小牧は広川と同じ球団に属していた選手。意外と上手く話を通してくれるかもしれない。と思い、腹を割って話してみる。なによりも、宮島への告白失敗未遂もあったため、中途半端はしたくなかったのだ。

「移籍。年末のクラス間移籍。それのトレード対象の立候補制度が欲しいです」

「クラス間移籍って言えば、あれ?」

 他に説明の方法が思い浮かばず、とりあえず『あれ』と表現する小牧。

「はい、『あれ』です」

 とにもかくにも伝わったようで何よりである。

 ところが小牧は、渋い顔で腕組み。近くの椅子に腰かけて悩む。

「この学校はまだできて2年目。それも超野球特化型専門学校っていう前例のない学校だけに、至らぬところも多いと思う。まだまだ甘い所や制度も多い。だから、そう言った生徒視点での意見は凄く嬉しいんだけど……」

 彼はやや低い位置から彼女を見上げる。

「目的は?」

「も、目的ですか?」

「うん。土佐野専って言うのは、4組を素材型、1組を即戦力と位置付けた、ほぼ入学時における実力順でクラス分けしている。と言うのは薄々感づいているだろう。だから、わざわざ自分で下のクラスに行く必要性はないはずなんだけど」

「そ、それは……」

「強いて言うなら、上で出番のない選手が、出番を求めて下に行くことだけど、正直に言おう。下のクラスだろうが上のクラスだろうが、レギュラーをとれないやつはプロで通用しない。各クラスの監督は原則、勝敗は度外視。選手をとにかく使う事と、経験を積ませることを目的として采配している。その上で力を発揮できないのは、環境ではなく実力と見ていい」

 彼はストレートにそう断言する。その上で近くにあった自分の机から、マイタブレットを持ってきて、何やら操作する。

「たしか君は、1年3組の神部友美さん」

「はい」

「これか。君もそうだね。先発など長いイニングになると、次第にボールが悪くなっていく傾向がある。だから短いイニングに限定されるけど、その短いイニングでも、イニング始めと終わりで差が出る。完全に流れに乗れない性質のピッチャーだね」

 宮島に指摘されたまったく同じ内容であった。

「そ、それが、その、な、流れに乗せてくれる人と会ったんです。そのためには――」

「1年4組、宮島健一くん」

「えっ」

「なるほど。反応からしてやっぱり彼か」

 小牧は頭をかいて、呆れアピール。

「3組の下位は4組のみ。そこに移籍してまで会いたい変則タイプと言えば、守備型一塁手の神城くんか、投手主導リードの宮島くん。君がピッチャーであることを考えるに、おそらくは後者だろうと推測したまでだ。どうだろう?」

「は、はい。その通りです……」

 恥ずかしさを覚えて、ほんのり頬を赤くしてしまう神部。

「気持ちとしては分からなくないさ。リード、間の取り方、キャッチング。プロでも相性の合う、合わないがある。打たせて取る投手はバックの守備力が重要だろうが、三振を取る投手ならその重要性は落ちる。その例みたいに、環境によって成績が左右することはたしかに存在する。それは環境による実力の発揮と言うよりは、環境と実力のマッチと言う方かな」

「じゃ、じゃあ」

「分かった。そのうち、職員会議にて議題として挙げてみよう。自分にマッチした環境で自分の真の実力を知ること、そしてそこで実力を伸ばしていくことは大事な事だ。ただ、確実ではない。それを勘違いしてもらっては困るぞ」

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