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プロ野球への天道  作者: 日下田 弘谷
第3章 超女子プロ級投手
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第7話 デートじゃないけどデートのようなデート

 火曜日、夜8時前。夏も近づき、日が長くなってきたとは言っても、既に外は真っ暗。

 土佐野専では『無意味な長時間練習は、集中力を欠き、怪我の原因』との考えに基づき、禁止はしていないが、夜間練習を行う人は限られている。やる人と言えば、体を鈍らせたくない教師陣や、野球をしたいという事務員。場所の混んでいる昼間は休み、空いている夜間に練習する選手。そして閃きで練習しようと思う者。それ以外はだいたい食事も終え、部屋で明日に備えてリフレッシュに遊んでいる頃である。

 だが、室内練習棟D棟。2階3組エリア・ブルペン。

 一角だけ点けられた照明。その下で神部はベンチに腰かけて宮島を待っていた。その様子はまるで、恋人を待つ彼女のよう。

 もっとも、神部は女子であり宮島は男子。秋原の言葉を借りて言えば、彼女はピッチャーとしてキャッチャー・宮島に恋をしているような状況なのだから、その例えもあながち間違いでもないのではないか。

 高鳴る鼓動。1秒1秒が長く感じる。今までチームメイトに見せた事のない様子だけに、この部屋に彼女以外の人がいなかったのは幸いである。

 そして待っていた彼女の耳に、廊下を反響して多重化した足音が飛び込む。そしてそれは、部屋のドアの前で止まる。直後、開け放たれたドアから入ってきたのは、大きなキャッチャー防具の袋を肩から提げた、4組ユニフォーム姿の宮島。

「悪かったな。ちょっと巻くのに手間取って」

 やはり4組投手陣を巻くのは簡単ではなかった。ストーカーとも思える行動の末、新本は神城が気を利かしてピーナッツで釣って行く。そして長曽我部は秋原が「マッサージしてあげる」と魅惑の言葉で封殺。ついでに藤山も釣れたようだ。さらに大森は立川に「大森、アニメに興味あるって」と吹きこみ、拉致させることに成功。そして本崎だが、立川に勧められたアニメにはまったようで、今日はそれを見るとの事。

『(グッジョブ、立川。いや、副隊長)』

 神城・秋原・投手陣副隊長の活躍により、宮島はここに来ることができたのだ。

「い、いえ。大丈夫です。むしろすみません。練習で疲れているところを……」

 彼女の座っている隣に腰かけると、袋を開けてプロテクターやレガースなどを身に着け始める。ファールチップの無い練習で必要性は無いように思えるが、より実践的な状況でキャッチングの練習をする意味もある。

「さて、準備はできてる? と言ってもボールくらいか」

「はい。持って来ています」

 彼女の手元には、きれいな真っ白の硬球が1ダース。別にバッティング練習をするわけでもないし、これだけあれば十分。むしろ半ダースでも多すぎるくらいだ。

「よし。それじゃあ行こうか」

 1分弱ほどの時間をかけ、レガース・プロテクター・ヘルメットを身に着け、マスクはとりあえずはいらないだろうと、ポケットに引っ掛けておく。準備万全な宮島は、キャッチャーミットをホームベース側付近へ。

「まずは軽くキャッチボールな」

「はい」

 神部からキャッチボールを開始。

 プレートに対して平行に置いた足。そこから左足を振り上げ、前に踏み込む。そして肩慣らし程度の軽い投球。

 いつもの練習でやっている、野球の基本、キャッチボール。にも関わらず、これほど緊張しながら投げたのは初めてである。

 力のない緩い球。球速に直せば3ケタも出ていないくらいの遅い球だったのに、彼のミットに入った途端、それは大きく響く音を立てた。

「ナイスボール」

 彼の特徴は、日本でも珍しい投手主導リード。ピッチャーが投げたいボールで配球を組み立て、バッターを打ち取る。キャッチャー主導と比べれば確実性に欠けようが、それとはまた別の良さのあるリードタイプ。そう聞いた。そう聞いたはずだった。

 なのに、今の彼女には彼の良さを感じた。

 リードの関係ないキャッチボールにも関わらずだ。

 体の中を電撃が突き抜けるような感覚。なぜそれを感じたのかは分からない。だが、確かにその感覚は、自らの気持ちを高ぶらせる『何か』であった。感覚的なその『何か』は理屈では分からない。だが、ピッチングとは、小さなメンタルの変化が、モロに表面化してでてくるもの。どんなものであれ、例え、それが先入観や思い込みによる勘違いだとしても、気持ちを高ぶらせるそれはきっとプラスに作用する。

 5分程度のキャッチボール。その度重なる感覚に麻薬のようなものを照らし合わしたそのタイミングで、彼がボールを投げるのをやめた。

「そろそろ肩は暖まったかな?」

「は、はい」

 彼女が返事をすると、彼は思い切って投げ返す。彼女に気合いを入れるような全力投球は、彼女の左手をしびれさせる。

「じゃあ、投球練習といこうか」

 マスクを被り、ホームベース後方にしゃがみこむ。

「構える場所はどこが好み?」

「低めでお願いします」

「はいはい」

 彼は左ひざを地面につけて、ストライクゾーン下限いっぱいにミットを構えた。

「まずはストレート。思い切ってこい」

 ついに待ちに待ったこの瞬間。

 右足をプレートにかけてセットポジション。彼のボールに注視する目をみつめ、続いて一度構えられれば微動だにしないミットへ目をうつす。

『(落ち着いて。落ち着いて、神部友美。いつもどおり……)』

 左足をあげる。右足軸に体重を移し、そこでわずかに制止。そこから上げた左足を前に降ろすと同時に右肩をわずかに下げ、低い位置からボールを持った右手を振り上げる。いつもの投球モーション。ところが、力んだ彼女の心理状況は、リリース寸前にやってきた。

『(あっ、暴投)』

 タイミングがずれた。地面に叩きつけるようなコースになる。

 長年のピッチャー経験で分かったその投球は、左バッターがいれば、その足元を狙うデッドボールとなることは間違いなし。いなければワイルドピッチ決定の投球。ところが、

「っと」

 宮島は体を寄せつつ逆シングルでキャッチ。後ろに逸らさないどころか、弾くことすらなかった。

「ご、ごめんなさい」

「気にするな。楽に楽に」

 返球を受けた彼女は、さらしで押さえつけられた胸に右手を当て、大きく深呼吸。

「力まず。力は抜きすぎず。暴投なんて気にするな。最下位・4組のキャッチャーだからって舐めてもらったら困る。130オーバーの低め縦スラや、暴力系ヒロインならぬ、元暴投系ヒロインの球を捕ってきたんだ。このくらいの荒れ球、なんなく捕れる」

 ミットを右手で叩き、大きく構える。

「思い切って、地面に叩きつける気持ちで腕を振れ。多少の暴投くらい、全部捕ってやるからよ」

 彼の構えは先ほどとは変わらない。

 だが、彼女の気持ちは今まで以上に楽になる。

 今までと同じ足の上げ方。今までと同じ踏込の場所。今までと同じトップの位置。

 しかし今までとは違う、リリースポイントの意識。

 いつもより奥。彼の言う通り、地面に叩きつける気持ちで腕を振りきった。

「ナイスボール」

 構えたところへドンピシャ。気持ちのいいほどの音がブルペン室内に反響。そして、

『(え……な、なに。この気持ちいい球)』

 彼女がこれほどまでに投げた事のない好感触。おそらくはこれまでの投手人生で最高のボールが生まれた。

 地面に叩きつける感覚。そして前でリリースする感覚を初めて得た。

「すげぇいい球じゃん」

 そう言って投げ返してくる宮島。彼は彼自身が言うように、最下位4組のキャッチャー。だが、そうとは思えなかった。今までに投げてきた誰よりも投げやすい。たった1球で彼女の感性がそう声を上げた。

「さ、次々行こうか」

「はいっ」



 宮島との投球練習を終えたその夜。

 思うようなピッチングができて、気持ちのよかったように思えた。

 ところが束の間。本当に彼との時間は麻薬だった。直後、麻薬が切れたような反動が彼女を襲う。

 長い入浴後。ライトグリーンの寝間着を着てからベッドに寝転がり、天井を見上げる。

 寝ているわけではなく、意識はしっかりとある。なのに、視覚情報は意識から飛び去り蛍光灯の光が気にならず、外から聞こえる虫の音も気にならない。

 五感がすべて消えさった中で、感じるものはただ1つ。

 宮島に対するピッチングの感覚。

 彼の言う通り地面に叩きつけることを意識した結果、幾度となくあった暴投。しかしそれでも後逸は一度も無し。なにか不自然な点があればマウンドに駆け寄り、あくまでも自分の意見として提案。彼女の意見を聞いて、新たな考えを出してくる。

 打撃は土佐野専の野手最弱と言われる。肩も捕手陣最弱と言われる宮島健一。ところが彼は彼女が思う――むしろ夢にも見なかった理想の捕手。打ち出される打撃・守備成績自体はそれほどでもないにもかかわらず、4組投手陣に評価されるその理由。それが良く分かった。いや、4組投手陣だけではない。1年生最強投手の鶴見誠一郎も評価していた彼の実力。それは紛れもない事実であった。

 一般的な記録や記憶には残らない。だがピッチャー陣の記憶にはきっと残るキャッチャーが彼なのだろう。

「なんで……」

 彼女はまくらを掴んで寄せると、両手両足でそれに抱きつく。

「なんで、別のクラスのなの?」

 彼女はつくづく思ってしまう。

 今回、彼女は宮島の凄さを思い知った。それも練習ゆえ、投手主導リードという大きな利点を消したうえでの凄さ。裏を返せば、それが加わればそれ以上のキャッチャーとのことなのだが、それが彼女を苦しめる。

 なにせ彼女は3組、彼は4組。試合で同じチームになることが無い以上、彼が彼女をリードすることはまず起きえない。

「クラスを選べたら、喜んで同じクラスに行くのに……」

 手足に力を入れてさらにまくらにしがみつく。

 秋原の言っていた恋。本当にそのようになってしまったと思い知らされる。

『(まったく無いとは言えないけど……)』

 彼女はひとつだけ、同じチームになれる方法に気付いていた。

 2年間に1度だけ、1年生の終わりにあるクラス間移籍。

 これは下位クラスから上位クラスへの移籍を行える制度である。希望者は1年のリーグ戦シーズンを終えた後、テストを受ける事となる。そこで合格し、さらに受け入れ先となる上位クラス監督が了承すれば、そのクラスの生徒とトレードする形が取られる。

 ところがこれにはひとつの問題がある。

 まず上位クラスから下位クラスの移籍はできないということ。神部は4組への移籍ができず、彼と組みたいなら、宮島自体が3組に移籍するしかない。が、彼が果たしてテスト上で評価されるタイプの選手かと言えば、それはNOである。

 上位から下位への移籍の方法として、そのクラス間移籍におけるトレード対象になると言う方法がある。つまり4組から3組への移籍者が出た時、その交代要員として4組に行くことができるのだ。ところがこれ、交代要員は教員が決めると言う問題。そしてそもそも、このクラス間移籍はそれほど活発ではない点が挙げられる。去年の1年生、つまり現2年生の移籍はわずか2人。

 期待するだけ無駄である。

「どうして、どうしてこんなに運が無いの? あんなにいい人に出会えたのに……」

 不運中の不運。学校のシステム上、どうあがいてもどうしようもない運命。

 そんな折、彼女の携帯電話が鳴り始めた。

 彼女は面倒くさそうに、そして不機嫌に電話を取る。それが彼女の思いを一時的に解決する電話になるとは知らず。



「神主。お前、いいよなぁ」

「なんでだよ」

 1組との試合を明日に控えた金曜日。練習後、ロッカールームで着替えていた宮島だったが、急に長曽我部に話を振られ、何の事だと聞き返す。

「お前さ、朝、3組の神部に手紙とお菓子をもらってたじゃん? いいよなぁ。一足早めのバレンタインデーかよ」

「いや、ただこの前、ボールを受けてやったお礼だし。別に女子限定じゃなくて、1組の鶴見には、昼食を奢ってもらったし」

「でもよ、秋原に、新本に、神部? こんな男ばっかりの世界に来ていながら、女子に好かれるって、そうとうハーレムやってるな。この野郎」

「どこがだよっ。てか、明菜に関しては、お前も引き金引いた要因だろうが」

 明菜と仲良くなった理由は、彼女にマッサージしてもらったから。なぜマッサージすることになったのかと言うと、4組投手陣の投球練習に付き合わされ、疲弊していたから。4組投手陣と言えば誰かと言うと、長曽我部がその1人である。

「そうじゃなぁ。それに新本も神部も、長曽我部が宮島に「ボール受けぇ」言よるのと同しじゃけぇ、好かれとるとは違うじゃろぉ。ある意味では女難じゃろ。それとも長曽我部。お前に、宮島と同し苦労を背負う覚悟があるん? 僕、4月初めの宮島見とったけど、ほんと辛そうじゃったで?」

「そこまでする覚悟はないなぁ」

「じゃったら文句言うなや。他人が頑張っとるところを見んで、都合のいいところだけうらやましがるのなんて、本人にとっては鬱陶しいだけじゃけぇやめた方がええよ」

 いつになく宮島を擁護する意見を示すのは神城。部屋に入ってきたと思ったら、急に話に入ってきた。

 実際、同じ野手でありながら、同じ野手とは思えない苦労を背負っていた自分を見ていただけに、やはりそこの苦労はよく分かってくれているのだろう。

 宮島はそう思いながら彼へと礼を言っておく。

「ありがとな、神城。擁護してくれて」

「気にすることないで。僕も気持ちは分けるけぇ。おるんよなぁ。他人の事をええなぁ、ええなぁ、って言うくせに、自分はそうなろうと何もせん奴」

「神城もそういう経験が?」

「僕じゃないんじゃけど、親がなぁ。そこそこええ商社の創業者兼社長で、かなり儲けとるんじゃけど、『勝ち組は違う』とか『世の中は不公平だ』とか言う奴がおるんよ。親父じゃって、リスク背負って会社立ち上げとんじゃけぇ。そんなリスクも背負わんと、安牌な路線に言ったやつに文句を言う資格なんてなかろう」

 もし自分もそうした道に行きたければ、それ相応のことをしてリスクを背負えばよかっただけのこと。失敗するかもしれないが、虎穴に入らずんば虎児を得ず。そもそもノーリスクで大きなメリットを得ようと言う方が間違いなのだ。

「『勝ち組は違う』って、自分が堅実性を優先させて勝ちから逃げただけじゃし、『世の中は不公平』って、ハイリターンを得る者がいればハイリスクを受ける人もおるけぇのぉ。一般とはリスクリターンの振れ幅が違うだけじゃろぉ。そんなのも分からんのが大人なんじゃけぇ、世の中って楽じゃなぁ」

「神城って、結構毒を吐くタイプ?」

「『言う時は言うタイプ』で」

 ここまで怒ったような顔だった神城も、笑顔へと変わる。

「ただ、それは共感できるな。プロ野球だって同じようなもんだし」

「そうじゃなぁ。成功すれば数億単位を何年間と貰えるし、ダメなら年俸数百万円、数年で切られるしなぁ。人によっては退職金代わりの契約金も無し。もれなく怪我付きで」

「それもまだプロの土俵に乗れれば成功。乗れない人も多数だからなぁ」

 プロを目指して独立リーグや、社会人野球を続けていたとしても、せいぜい30~40歳くらいが限度。そこを過ぎればお先真っ暗。そもそもが土佐野球専門学校野球科自体、ハイリスクハイリターンな世界なのだ。

「ただ、これからとやかく言っても仕方ないよな。『サイは投げられた』って言うし」

「因みに宮島。サイは投げられたの『サイ』って意味知っとる?」

「知らない。動物のサイ? あれ、なんでサイなんだろうな」

「サイコロのことよ?」

「マジでか」

 相当恥ずかしい事を言ったような気のする宮島。

 一応、『賽は投げられた』自体は、『決めたことは後戻りできない』という意味のため、使い方は間違っていなかったりする。

「時に神城。お前の親って、商社って言ったけど、どんなことやってんの?」

「それ以外もやるけど、基本はお菓子関係じゃなぁ。じゃけぇ、ちょくちょくピーナッツ持ってくるじゃろ? 食べとるの新本だけじゃけど」

「あぁ、それでか」

「今度はしゃもじを宮島にあげるけぇ」

「なんでしゃもじ?」

「広島県、宮島のしゃもじは有名で?」

「そのネタかぁ」

 安芸の宮島ネタである。

「2人とも、俺を差し置いて盛り上がってるなぁ」

「あ、すまん。輝義。つい」

「そりゃあ、宮島に嫌われることしたけぇじゃろぉ」

 特に嫌ってはいないが、宮島―神城同盟に対立することをしたのは間違いない。

「でもさ、ぶっちゃけ、神部って可愛いだろ?」

「高川は怖いって言ってたな」

「なんでだよ。あんな可愛い子のどこが怖いんだよ」

 長曽我部がある意味で男らしい会話を切りだすも、宮島はそれほどでもない反応。

「いやあいつさ、よりによって、またマネージメント科から馬鹿みたいにいいカメラ借りて、以前の試合を撮影してたみたいなんだよな。それで投球中の神部を見て見たらしいんだけど」

「可愛かったろ?」

「瞳孔ガン開きで、女子らしくなかったって」

「それは言い過ぎじゃろぉ。てか、瞳孔まで分かるって、どんな高性能カメラなん?」

 曰く2、30メートル先のボールの回転くらいなら簡単に分かるカメラとのことである。

「でも、普通にしてたら可愛いんだろ? なにせ、俺の席をあいつに明け渡してまで、一緒の席で昼食とりたかったくらいだし」

「「あっ、根に持ってらっしゃる」」

 まさかそれほどしつこい人だとは思わなかった両名。さて、こいつの非難からどう避難しようかと、ダジャレを思い浮かべはじめたその時、宮島の携帯電話が鳴り始める。

『(お、ナイスタイミング)』

 話をしている間に着替えも、そして片づけも終わっている。あとは電話に出ながら自然な流れで出ていくのみ。

「悪いな、輝義。ちょっと電話が――」

『神部友美』

「えぇ……」

 タイミングがいいのか悪いのか。

「あ、悪い。僕も電話みたいじゃなぁ」

 神城の電話もなり始める。しかしその画面は通常の着信画面ではなく、音楽データの再生画面。要はただ着信音を鳴らしているだけの、偽装着信である。

 宮島はその神城に先駆け、カバンを肩から掛けて一足先にロッカールームを後にする。そして廊下に出てようやく電話に出る。

「はいはい」

『か、神部です』

「何かあった?」

 固定電話でもなく、登録した相手からの着信。既に誰からか分かっていた宮島は、最初っから馴れ馴れしい言い様である。

『今度の月曜日、空いてますか?』

「月曜日って言うと休みか」

 土日が試合の土佐野専において、月曜日は定期的な休みの日だ。

「特に予定はないけど?」

 なんとなく言いたいことを察する。

『その……い、一緒に外出しませんか?』

 不意打ちであった。

 宮島にかかる電話でその相手が投手の場合、「ボールを受けてほしい」と言うのがだいたいの内容。むしろそれ以外の内容を思い出す方が難しいほどだ。

「えっと、これは……あれか?」

 今まで野球しかしてこなかった宮島にとって、あまり経験のない女子との外出。これは俗に言う……

「デ、デート?」

『え? デ、デートと言われると、そう見えるのかしれないですけど、デートじゃなくて、いえ、デートかもしれないですけど、デートじゃなくて』

 電話越しにでも慌てているのが良く分かる。足音やら、物にぶつかる音やら。そうしたものも、彼女の釈明の後ろから聞こえ続ける。

「まぁいいか。どうせ月曜日も暇だし。いいよ」

 部屋にいたところで、長曽我部や新本らが突入してくるに違いない。それならば、彼女と出かけるのも悪くないと思ったのだ。それに女子と出かける事自体は初めてだが、女子自体は秋原で慣れている。断る理由もないだろう。

『本当ですか。じゃ、じゃあ月曜日の朝9時にでも、学校の正門でどうですか?』

「はいはい。分かった。それじゃあ、月曜日の9時にな」

『はい。待ってます』

 宮島は彼女の返事を聞いた後もしばし待ったが、彼女から切ってくる気配はなし。そのため先に切ってしまう。

「う~ん。意外な頼みだったな」

 電話をカバンの中へと放り込み、どうしたものかと頭をかく。

「どうしたん? デートにでも誘われたん?」

「あながち間違いでもないけどさ。なんで神城、付いてきてるんだよ」

「いや、だって同じ寮じゃろ?」

「それは確かに」


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