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プロ野球への天道  作者: 日下田 弘谷
第3章 超女子プロ級投手
28/150

第4話 勝利への継投

 安定感に欠けていた神部が降板したことで、試合は一気にこう着状態に突入した。

 神部の後を継いだ林が4回2アウトから続いて5回も、神城、三国、鳥居の上位打線を三者凡退に切って取る好投。そしてこの回を抑えれば勝利投手の権利を得る友田。1アウトから和田部に2打席連続となるヒットを許すも、

「アウトっ」

 7番・山県の打球はショート真正面のゴロ。前園が捕球後、2塁に送球して2アウト。さらにゲッツー崩しを仕掛けてくるランナーを避けつつ、原井が1塁へとジャンピングスロー。

「アウト、チェンジ」

 ダブルプレーで切り抜ける。友田はグローブを叩いてガッツポーズ。これで勝利投手の権利を得たことになる。

「友田くん。ナイスピッチングです」

 好投の友田をベンチ前で迎えた広川は、彼が来るなり背中を叩いて賞賛。

「ありがとうございます」

「さて、これで勝利投手の権利は得たわけですけど、どうしますか? 球数的には、次の回まで行けるでしょうけど」

「じゃあ、次のイニングも投げます」

「分かりました。では、友田くん。本日は次の回がラストとします。頑張ってください」

 友田にそう伝えた広川は、続いて水分補給中の宮島へと歩み寄る。

「宮島くん」

「はい。何かありましたか?」

 秋原から冷やしたタオルを受け取り、汗を拭く。

「試合展開によって前後するかもしれませんが、今日は8回を目安に交代します。いいですね?」

小村(こむら)ですか?」

「はい」

「分かりました」

 中学校以前に経験があったとはいえ、本格的に捕手転向してまだ期間の浅い小村。ここまで練習やラスト1イニング程度で経験を積ませていたが、今日は1イニング伸ばして2イニングに挑戦してみるとの事である。



 3イニング目に突入した林泯台。先頭の佐々木にライト前ヒットを打たれるも、続く小崎、原井を外野フライに打ち取り、前園は空振り三振に切って取る。佐々木を1塁で釘づけにしたまま6回を抑え込む。

 そして広川からこの回がラストと言われた友田は、8番の大関を見逃し三振。9番ピッチャーの林に送られた、代打・大倉(おおくら)をショートゴロ。トップに戻って磯田をセカンドゴロに打ち取りお役御免。勝利投手の権利を持ったままマウンドを降りる。

 7回の表。ラッキーセブンの攻撃。この回の先頭は、2打席目にこの試合唯一の得点となる、2点タイムリーツーベースを放った宮島から。しかしここは、林から代わったリリーフ・斉藤の前に、カウント0―1からの2球目をキャッチャーファールフライ。そして2人目は、友田に代わって代打の天川。だがここもサードゴロ。さらに神城はカウント3―2から4球粘るも、最後はセカンドへの痛烈なライナー。

 あの失点以降、完全に3組がお得意の盤石リリーフ陣を投入してきたため、試合は完全に止まってしまった。それがもし動き始めるならばここであろう。

『1年4組、選手の交代です。ピッチャー、友田に代わりまして、新本。背番号28』

 ここまで防御率は4点台。リリーフとしては心もとない数値だが、マネージメント科・高川が、『失点したイニング/登板イニング』の計算式に基づいて彼女の数値を算出すると、その値は20%弱。5イニングに4イニング以上は無失点に切り抜けると言う、面白い結果が出た。

 要するにたまに炎上したときの失点が防御率を上げているだけで、割と抑えるピッチャーなのである。そんな彼女は、初勝利を賭けた継投のマウンドへ。

「新本」

「は~い?」

 見るからに機嫌良さそうな顔で、マウンドに駆け寄る宮島の顔を見上げる新本。

 投球練習後、宮島が問いかけるのはいつものこと。

「今日の気分は?」

「お任せしま~す」

 考えるのが面倒くさいらしい。

「了解。で、予め言っておくと、4番のバーナードな。昨日の試合でも投げたから分かってるだろうけど……」

 右手で指を鳴らして宮島を指さす。

「高め」

「That's right!!」

 分かっているようで何よりだ。

 リードは丸投げ。説明の手間なし。今日の新本は宮島的に楽な新本だ。

「よし、任せたぞ。次は塩原と立か――副隊長もいることだし。思い切ってな」

「うん」

 楽しそうな新本は、彼が定位置に戻るまで、ロージンを右手で転がして遊びつつ、戻ると足元に放り投げて右手に息を吹きかける。

「うわぁ。真っ白」

『(……あいつ、何遊んでんだよ)』

 彼女のあたりに白い粉が漂っており、明らかに粉の付け過ぎだと分かる。

『7回の裏、1年3組の攻撃は、2番、ショート、上島』

 まずは先頭を断ち切る。ここまで友田の沈むストレートを主軸において、2打席勝負してきた。つまり、彼の130近いストレートに慣れているはずだ。

『(それじゃあ、ここは)』

 かれこれ3か月近くこの戦い方であるため、そろそろ敵方も対策を打ってきそうだが、使える内は使うのが吉だ。

「ストライーク」

 アウトコースいっぱい。71キロのチェンジアップ。

 先発の友田と比べて球速差は50キロ以上。この感覚を埋めるのは簡単ではない。

「ファール」

 2球目。またも同じアウトコースのチェンジアップに、上島はファールで逃げる。球速は68キロ。しっかり待ったはずだが、ボールは遅すぎ、タイミングは早すぎ。彼女のこのボールを打とうと思うと、もっと待たなければいけない。しかしあまりにこの遅い球に警戒しすぎては、そこに超速球が飛び込んでくる。

「ストライクスリー、バッターアウト」

『100㎞/h』

 ジャスト100キロのインローストレート。緩急をつけたピッチングに、上島は手が出ず見逃しの三振。

「っしゃ」

 マウンド上の新本はガッツポーズ、もとい鋭い正拳突き。

 最近では新本の変化球は特に遅い球速で安定し、ストレートは球速こそ以前のままだが、速く見えるようになってきた。球速差にして30程度も、体感的にはそれ以上だ。

『3番、ファースト、笠原』

 立ち上がり良好。本日は80%の無失点日を引いたようで、彼女の気分も上々。続く3番の笠原も、

「ストライクスリー、バッターアウト」

 緩急をつけたピッチングで、2―2から空振りの三振。

『(今日は調子いいなぁ。逆に怖いぞ)』

 2者連続三振。

「ふふふん。2つめ~」

『(すげぇ、新本がウキウキなんだけど……)』

 普段からそうであるが、今日の新本はいつも以上。おそらくはなんらかの機嫌が良くなる理由が発生し、それに結果が付いてきたため、テンションが上がり続けているのであろう。テンションバブル経済状態だ。

『4番、ライト、バーナード』

 コントロールが良く、調子に乗っている新本ならば、今日のこの相手は怖くない。間違っても、高めの恐怖に負けて低めに放ったりはしないはずだ。

「ボール」

 初球。高めを要求した宮島だったが、コースが少し高すぎてワンボール。新本の制球力云々ではなく、ここは宮島の構えたコースが悪かった。

『(わるい、わるい。じゃあ、少し低めで)』

 今度は中腰も、先ほどよりも少し低め。

「ストライーク」

 ストレートで余裕の空振りワンストライク。

『(OK、OK。今のと同じところ。あと2つ続ければ打てないぞ)』

 プロならばいくら苦手でも、続ければ打たれるだろう。だがこのバッターはまだ、その領域には無い。このコースは打てない。

 テンションがバブル絶頂期の新本。彼女が放った3球目。

『(えっ、バカ)』

『(あっ)』

 バブル崩壊。

 甘く入ったど真ん中ストレート。彼女のボールは、バーナードがアッパーで捉え、そのまま力で押し込む。

 会心の一打となった打球に、ライトの三国は腕組みして身動きひとつせず。1打席目もそうであったが、今度はファールの確信ではない。

「やられたか……」

 宮島は唇を噛んで悔しがる。制球のいい新本。そして調子に乗っており、恐怖を感じる事など無い。だが、投球の甘くなる要因は他にもあった。調子に乗りすぎた結果の不用意な一投である。

 これで1点差。もはやセーフティリードがあるとは言えず、場合によってはワンミスで同点、もしくは逆転される可能性も出てくる点数差だ。

「タイム」

 バーナードがしっかりベースを踏むのを確認してから、タイムを掛けてマウンドへ。

「新本」

 打たれた新本からは、イニング始めの楽しそうな顔が消えていた。不貞腐れた表情で、地面を蹴るように足元を整えている。

「新本」

 再び新本の名前を呼んだ宮島は、彼女の首に腕を回して隣に並ぶ。

「ふやっ」

「崩れきるなよ。ここから、ここから」

 首が飛びそうな勢いで2度、3度、4度と連続の頷き。

「分かったか?」

 またも首が飛びそうな勢いで頷き。

「よし、行けるな」

 頭を軽く撫でておいて、落ち着いた事を確認して戻る。

『(新本は1度打たれたら崩れやすい。けど、だいたい崩れるのはランナーが残っている場合。だったら、逆にホームランを打たれてランナー無しなら、そう崩れることはないはず)』

『5番、セカンド、仁科』

「プレイ」

 ホームラン直後のプレー再開。相手は1点とはいえ返したことで、逆転するための勢いを得つつある。それをさせないためにも、ここは必ず断ち切る必要性がある。

『(次の和田部は当たってる。けど、この仁科は当たってる感じがしない。こいつで必ずアウトを取る)』

 宮島は頭をフル回転させてサインを送る。初球。

「ボール」

 アウトコースへのストレート。ボール3つ分ほどはっきりはずれてワンボール。

『(今のはいい。見せ球だからな)』

 入ってくれてもよかったが、まぐれあたりのポテンヒットであっても、塁に出られるのはキツイ。勝負しなければいけないが、大きな賭けはすべきではない。

『(次は、これでいこう)』

『(う、うん)』

 先ほど大きな一発を食らったせいで、委縮しつつある新本。彼女は頷き、投球モーションを始動。

 投球はアウトコース低め。しかし前の球よりもストライクゾーンに入っている。甘い球。流し打ちのタイミングで打てば、きれいに一塁線を破れそうな一打。だが、

『(っく、こない)』

 スイングに出た仁科だったが、思いのほかボールが手元まで来てくれない。遅すぎる。どうせストライクカウントには余裕がある。ここは潔く空振りしておけばよかったものを、つい本能で当てにいってしまった。

「よし、上げた。これは……前園(ショート)だ。新本、避けろ」

 打球はピッチャーマウンド上空への大きなフライ。宮島は新本へと退避指示を出し、代わりに打球に最も近かった内野手であるショート・前園に指示を出す。すぐに新本はホーム側にマウンドを駆け降り、代わりに前園がマウンドへ。そして落下してきたボールを大事に捕球。

「アウト、チェンジ」

「よっしゃ。ナイスピッチ」

 球審のアウトコールを聞いて、厳密にはわずかに少しそれより早めに新本にミットを突き出す。すると彼女は自分のグローブでそのミットをタッチ。

「広川さん」

「宮島くん。ご苦労さまでした」

「この回で交代ですよね」

「はい。新本さんもこの回で降板です」

 1回1失点。セットアッパーとしては仕事をできなかったが、追撃を断ち切ったと言う意味ではギリギリ及第点であろう。

「それじゃあ、明菜。ちょっと付き合って」

「は~い。新本さんもね」

 宮島と新本の同時交代。となると秋原の仕事は2人のアイシングだ。

「かんちゃん。まずはキャッチボール?」

「まずはクールダウンかな。室内練習場にでも行こうか。ブルペンは使ってるだろうし」

 基本的には素振りや、ティーバッティングをする程度の広さしかない球場室内練習場だが、クールダウンのキャッチボールには困らないだろう。

「それじゃあ、2人は先に行ってやっといて」

「いや、明菜が女子のロッカールームで待っといて。終わったら新本を行かせるから。その後、僕を頼んでいい?」

「ふっ。宮島、お前は俺に任せろ。どうせ暇だし」

 しれっと話に介入してきたのは高川である。

「お前にアイシングなんてできるのかよ」

「失礼な。これでもマネージメント科だぞ」

 わざわざ学生証を取り出し、『スポーツマネージメント科』と書かれた場所を指さす。

「かんちゃん。アイシングはマネージメント科の共通教育だから。みんなできるよ」

「そうなの? まぁ、明菜がそう言うなら、待つのもなんだし、高川、任せた」

「信用ねぇのな。俺って」

「数字だけは信用するけど、お前が選手の健康管理をしているのは思いうかばねぇ」

 宮島が断言すると、秋原はクスリと笑い出す。

「たしか、他の人にも言われてたよね。私が白衣を着ると医師や看護師っぽいけど、高川くんが着ると科学者(サイエンティスト)だって」

「そんなに俺って、科学者っぽい?」

「「「「ぽい」」」ですね」

 宮島・秋原・新本の3人、そして話を横から聞いていた広川。4人合わせての大合唱。

 仮に注射器を持っていても、それはおそらくナノコンピュータを動物に注入しようとしている科学者に見えるだろうし、メスを持っていても、動物を解剖しようとする生物学者に見える事だろう。いかにもな医者の恰好でもそう見えるのだから、印象とは怖いものである。



 1点ビハインドの1年3組だが、逆転への望みを掛けて、斉藤に続いて勝利の方程式の一角、備中を投入。

 先発に本職リリーバーの神部。林で繋いで、斉藤、備中。その上でクローザーに三崎が控えているのだから、つくづく1年3組はリリーフ大国である。

 せめて先ほど取られた1点を取り返したい4組。

 まずは先頭の三国が、アウトコースを思いっきり引っ張り、一二塁間を破る痛烈なライト前ヒット。ノーアウト1塁のチャンスメイク。

「タイム、代走、寺本」

 ここで広川が動く。1塁ランナー・三国に代えて、代走に俊足の寺本を送る。

 ノーアウトで1塁に寺本、バッターに鳥居と状況が変わって仕切り直し。

 この瞬間、ランナーを動かしてくる可能性が格段に増えたため、バッテリーとしては攻めにくくなった。

 初球に続き、2球目。ランナーを警戒する様に2度もウエスト。自分の首を自分で締めるような、過剰な盗塁警戒。そして3球目。

 ここぞとばかりにランナースタート。走ってくる可能性を想定しながらも、これ以上外すことのできなかったバッテリーはバッター勝負。

「ストライーク」

 完全に盗まれたスチールに、キャッチャーは2塁に投げられず。むざむざ2塁を受け渡してしまう。

「よし。ナイスランです。あとはその俊足でホームを陥れれば満点です」

 あとはクリーンアップに任せる。広川はノーサインの指示を出す。

 続くアウトコース高めへの変化球。鳥居は1塁側スタンドを襲うファールボール。

「っわっと。あっぶねぇぇぇ。どこ打ってるんだよ。前に打て」

「今のスタンドから聞こえた声はもしかして?」

「長曽我部じゃなぁ。おったんじゃなぁ」

 広川の疑問に答えた神城は、それとなくベンチから顔を出して1塁側スタンドをチェックする。すると上の方に、虎のハッピを着た友人がいた。

「いましたか?」

「なんかいました」

「なんか?」

 広川もベンチから顔を出して1塁側スタンドをチェック。そこには虎のハッピを着て、メガホンを振り回している教え子がいた。

「なんかいましたね」

「なんかいますよね」

 なぜその格好をチョイスしたのかはまったくの不明だ。

 その『なんか』はさておき、カウント2―2から鳥居に対する5球目。

 外の球を軽く当てると、打球はライトへと舞い上がる浅いフライに。

 寺本は仮に捕球されてもタッチアップは不可能と判断。二三塁間やや2塁寄りにてハーフウェイ。これなら捕球されても帰塁、落球なら3塁まで到達できる。

「あっ、捕球体勢――」

「いえ、あれは」

 落下地点に走りつつも一瞬、左手を上げて捕球体勢に入ろうとしたライトのバーナード。神城は捕ると判断したが、広川は騙されなかった。

「フェイク」

 直後に落球。2塁へと戻りかけた寺本は3塁にリスタートも、完全にタイミングが遅れた。その寺本を刺そうとバーナードは3塁へとノーバウンド送球。

「セ、セーフ、セーフ」

 だがここは俊足の寺本。送球が少し逸れたこともあり、タッチをかいくぐった寺本が3塁に進塁を成功する。

「プロでも頭を越える打球に対して演技を使う選手はいますが……まさか前の打球に使うとは思わなかったですね。だからこそ騙されたと言うべきですか」

 まさか使って来るとは思わない。だから想定していない。100%あり得ないは心の隙を生む要因だ。

「しかしこれでノーアウト1・3塁。佐々木くん。主砲として一仕事、頼みましたよ」


新本ひかり

彼女の元ネタ、分かる人はおられますでしょうか


ヒント:『幹』には『もと』と言う読みがあります

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