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プロ野球への天道  作者: 日下田 弘谷
第3章 超女子プロ級投手
25/150

第1話 神部友美

 怒涛の22連敗を喫した1年4組。本日の対3組戦も敗退し、これで連敗は23に伸びた。

「うあぁぁ、なんかここまで勝てないとさすがに心が折れるぅぅぅ」

 自室のベッドに寝転がっているのは宮島。

「大丈夫、大丈夫。最近、かなり惜しい試合が続いているから、絶対に勝てるよ」

 マイマグカップでホットミルクを作り、さりげなくいただいているのは秋原。

「そうだぞ。勝てるぞ。いつかは」

 そして今日の試合で7回1失点も負け投手となった長曽我部。そして、

「新本。秀秋が裏切った」

「待ってましたぁぁぁぁぁ」

 関ヶ原攻略中の神城・新本両名。あぐらをかいた新本の足の上には、神城からもらったお徳用巨大袋のピーナッツ。

 5人の集まったこの部屋。一応、宮島の部屋であるはずだ。

 はずなのだが、食器棚には秋原のマグカップ、本棚には神城のゲームソフト、棚には新本のピーナッツ。長曽我部は唯一何も持ちこんでいないが、なぜか彼の部屋は他人の私物でいっぱいである。

「かんちゃ~ん。パソコン借りるね。エロゲとか入ってないよね?」

「入ってないから勝手に使っちゃって」

 秋原は女子らしからぬ事を言いつつ、宮島のパソコンを起動する。そしてインターネットブラウザを立ち上げると、土佐野球専門学校のホームページを開く。

「明菜ぁ。なにやってんの?」

「えっと、明日の予告先発チェック」

 土佐野専ではプロスカウトへのアピールも兼ねて、予告先発制が導入されている。これは先発予定を予めネットで公開するもの。予告を破っても罰則はないのだが、プロスカウトへのアピールがメインのため、各クラス原則は守っている。例外を上げるならば、急な体調不良や怪我が挙げられる。実際、長曽我部も、試合前の投球練習中に肩の痛みを訴えて登板回避。なんてこともあった。

「秋原。予告先発って言うたら、3組の2番手ローテは河嶋(かわしま)じゃないん?」

「3組の河嶋くんは怪我。故障者リストに入ってるよ」

 そして土佐野専の特徴の1つが故障者リスト。学内病院における診断の結果、ドクターストップおよび制限がかかった場合、その旨がネット上で告知される。クラスの担任監督1人に守らせるのではなく、全員で守ろうという考えを元にした制度だ。

「復帰日は不明って出てるけど、少なくとも明日の復帰はないって」

「そうなん? じゃったら誰じゃろう……」

 関ヶ原を攻略しながら、予告先発を予想する神城。

「時間に……なったね」

 予告先発のページを開いた秋原。ページを更新し、『3組VS4組』の欄を読む。

「予告先発。4組が友田くん。そして3組が神部(かんべ)く――さん。神部さん」

「神部って、女子枠の?」

「なんでかんちゃんって、選手だけは異様に記憶力がいいのかな?」

 苗字が『あきな』と思われていた秋原は、呆れたようにため息を漏らす。

「ただ、どんなピッチャーだったかは記憶にないな。明菜。どんな選手?」

「たしか4組との試合でも登板したことはあったけど、土佐野専の選手情報によると……」

 同じく学内サイトの選手情報をチェック。

「右投げ左打ちのピッチャー。身長は167センチで、体重は56キロ。ってとこまでは分かるよ。あとは……試合での最高球速が119だって。15歳の女子で119って滅茶苦茶速いんじゃない?」

「速い方なんじゃない? 男子野球での160が女子野球での130って言われるくらいだし」

 宮島は布団に寝転がんだまま、投げやりな対応。一方で長曽我部は画面に表示されている彼女の顔に目を輝かせている。今まで神部が対4組戦で登板したときは、全て長曽我部がベンチ外の日。初対面の様な反応も当然である。

「そうじゃなぁ。女子にしては凄いくらいしか覚えてないけぇなぁ。多分、リリーバーじゃけぇ、あんま対戦する機会なかったからじゃろうなぁ」

「どうするかな。 鶴見(つるみ)とかなら知ってるかな?」

「かんちゃん。鶴見って、誰のこと?」

 秋原は自分の知り合いを頭に思い浮かべるが、誰も出てこない。少なくともクラスメイトの名前ではないはずである。

「1組のエース」

「あっ。あの、メジャーからも注目されてるって言うあの?」

「うん」

 鶴見(つるみ)誠一郎(せいいちろう)。左投げ左打ちのピッチャー。4月はローテの2番手だったが、5月に入って急成長。1組のエースになったどころではなく、その能力の万能さから、日本球界のみならずメジャーからも注目される本格派である。

「かんちゃん、いつの間に知り合いになったの?」

「この前、自分の球を受けてくれって直接頼まれて。なんか最近多いんだよな」

「評判良いもんね。投手主導リードが投げやすいとか、キャッチングが上手いから思いっきり腕が振れるとか、問題点を指摘してくれるとか」

 少し前までは知る人ぞ知る程度だったのだが、今となっては学校中の噂だ。

「誰だよ。そんな情報流した奴。多分、ウチのクラスの奴だと思うけど」

 他のクラスの人相手にキャッチャーをやったことがなかった宮島。そうなると、他クラスの生徒が流した噂と言う線は消え、必然的に同じクラスの人によるものだと言う線が生き残る。

「新本さんじゃなかったっけ? いろんな人に自慢話をしてたけど」

 宮島は即座に起き上がると、背中を向けている新本に突撃。彼女の腹に両足を回してしっかりロック。逃げられなくした状態で、腕を使って首を絞める。

「お、ま、え、かぁぁぁぁぁぁ」

「うぅぅぅ、ぐ、ぐるじぃぃぃぃ」

 なんとか逃げ出したい新本だが、宮島が逃がすまいとしているため、そう簡単には逃げられず。男女の差は歴然である。

「仲良くってええなぁ」

「どこが?」

 新本が奇襲を受けたため、ゲームは忘れずに一旦停止。神城は2人のプロレスを微笑ましく眺める。ついでにピーナッツも机の上に回避させ、気配りのできる奴を演じる。

「ギブ、ギブ、ギブ」

「あぁぁん? お前のせいでなぁぁ」

 因みに、15歳の女子と、16になったばかりの男子である。恋人でもなんでもない2人が、平然とこうした事をできるのは、野球を通じた仲間との認識だからであろう。

「宮島ぁ。ほどほどにしとかんと、新本が死んじゃうんじゃないん?」

「大丈夫。死なない程度に絞めてるから」

 そうは言うものの、本気で手をばたつかせる様子は苦しそうである。



 翌朝。試合の2時間前である7時ごろ。

 ウォーミングアップをするためと、宮島、神城、新本の3人、そこに付き添いの秋原、さらに体を動かしたいと言う長曽我部を含め、全5人で試合の行われる3組球場へ。そうして向かっていると、その球場の正面玄関前に、制服を着た女子生徒が立っていた。

 宮島や神城くらいの身長。肩上で切り揃えられた髪。太っているわけでもなく、痩せているわけでもない体型。スポーツマネージメント科・スポーツ経営科など事務的な学科があり、野球科にも女子がいる。スポーツ専門と言えども、女子の特に珍しくもない学校である。特に触れる必要もないのだが、神城の一言で話は変わった。

「なぁ、秋原。あれって神部じゃろ?」

「え?」

 神城が秋原に確認。そしてそれに気付いて、他の3人も彼女に視線を向けた。

「そうだね。あれが神部さんだよ。誰かと待ち合わせしてるのかな?」

 どう見てもスポーツとは縁のなさそうな見れくれの女子。それもあったが、男子3人の視線は別の意味で彼女に釘づけだった。

『『『(デ、デカい……)』』』

 さりげなく隣の秋原と比べてみるが、だいたい同じくらいの胸のサイズ。推定ではあるがDカップ。しかし秋原はマネージメント科所属、彼女は野球科所属。彼らの思いはただ1つ。

『『『(邪魔じゃねぇの?)(邪魔じゃろぉ)』』』

 同じ女子投手の新本がいらないと言った大きな胸。それを興味深そうにみつめる男子陣に、秋原は呆れたように肩をすくめる。

「やっぱり、相手の女子に見とれるなんて男子だね~」

「ち、違ぇし。俺の周りには神の字が付く人が多いって思ってただけだし」

「え? そんなにいるか?」

 宮島は数えてみる限り、神城・神部の2人だけ。本当にそれ以上は思い浮かばないが、

「神城、神部、神主」

「いや、僕の本名は『宮島』なんだけど」

 神どころか「か」の字も入っていない。

「長曽我部はそんなこと考えとったんか。僕、結構胸デカいけど、邪魔にならんのかなぁ、って考えとったんじゃけど」

 超ど真ん中ストレートの発言に、宮島と長曽我部は驚きつつ尊敬の表情。

「聞いた話によると、さらしを巻いてるとか」

「それで大きいのを押さえとるってことじゃのぉ」

 秋原は引くこともなく、意外と平然に対応する。



 3組対4組。両チームの先発オーダーが発表。

 先攻の1年4組のオーダーは以下の通り。

1番 ファースト 神城

2番 ライト 三国

3番 サード 鳥居

4番 レフト 佐々木

5番 センター 小崎

6番 セカンド 原井

7番 ショート 前園

8番 キャッチャー 宮島

9番 ピッチャー 友田


 対する1年3組。

「3番に笠原(かさはら)。4番にバーナードか」

「かなりええ上位打線じゃのぉ。けど、7番に女子枠の山県、先発は一般枠とはいえ女子の神部じゃけぇ、さしずめ上位は本気、下位はテストってことじゃろぉ」

 宮島がバックスクリーンに表示されたオーダーにおぞましさを覚えると、神城はそれとは逆に下位打線へと気楽さを見出す。

 1年3組は特徴的なチームである。というのも、女子枠の選手がいるのは全クラス共通として、一般枠女子の神部、さらに外国籍のルーク=バーナード、林泯台(イム・ミンテ)を有している。

 なぜ外国人が? との疑問もあろうが、これはプロ野球のドラフト候補の定義にある。

 外国人でも、中学・高校および短期大学を含む専門学校に3年以上属した者は、ドラフト候補となるルールが存在する。土佐野球専門学校も一応は専門学校なのだが、法的な影響を受けないため、行政的な意味での専門学校ではない。そのため厳密には『土佐野専を除く専門学校・短期大学および、中学・高校に3年以上属した者』がドラフト候補となるわけだが、バーナードも林も、共に公立中学校に3年在学していたドラフト候補生なのである。となると、土佐野専も門前払いをするわけにはいかないのだ。

「いったいどうしたんだい。隊長。そして野手陣副隊長。困ったことがあるなら、私、投手陣副隊長に遠慮なく相談したまえ」

「「いえ、間に合ってます」」

 立川を副隊長――もとい投手キャプテンに任命したことを後悔する、隊長――ではなくキャプテンの宮島。しかし、彼以外に適任者がいなかったのは紛れもない事実である。

「いや、1つ聞いておこうか。副隊長」

「どうしたんだい。隊長?」

「バーナードに高めのストライク3球。投げる自信がある?」

「何を言っているんだい? そんなもの、必殺技を打とうとしている敵の真正面に、無策で立ちはだかるがごとき無謀ではないか。私にはそんなことは到底できないね」

「あっそ」

 宮島は一見すると意味が無いように思える質問をした挙句、彼の解答を聞いて素っ気ない返事。神城はなんとなくその意味を察したが、自分が口を出しても仕方のない問題と感じ、特に口出しはしなかった。



 神部の投球練習が終了。球速は120に満たない程度。年齢的には速い女子と考えるよりは、遅い男子と考えた方がしっくりくる球速だろう。

『1回の表。先攻、1年4組の攻撃は、1番、ファースト、神城。背番号、9』

 この試合の先頭バッターは、毎度おなじみの神城。首位打者の座を1組の三村に明け渡してしまったが、その差はわずか2厘。しかもなお、最多盗塁・最高出塁率を誇る1年生ナンバー1のトップバッターだ。

『(秋原の言う通りじゃのぉ。試合前に見た時は秋原並(あんな)に大きかったのに、今は新本クラス+αってとこじゃなぁ)』

 邪魔そうだったそれも、今となっては邪魔にならないレベルまで縮小されている。

 マウンド上の神部。ランナーはいないが、右足だけをプレートにかけたセットポジション。腿を体の軸と垂直になるくらいまで上げて、そこから左足を前に踏み出す。その投球モーションから投げ出された初球。

「ボール」

『118㎞/h』

 インコース低めへのストレートは118キロ。彼女の過去最速が119キロであるから、立ち上がりから最速に迫る勢いのボールである。

『(本職はリリーバーみたいじゃけぇなぁ。おそらくは、立ち上がりはものすごくええんじゃろぉなぁ)』

 短いイニングで結果を出す中継ぎ・抑えのようなリリーバー。先発のように立ち上がり不安定でも、尻上がりに調子を上げていく……のようなイニングの余裕はないため、その立ち位置には先発以上に、立ち上がりの安定性が求められる。

『(ボールのスピード的には打ちごろみたいじゃなぁ。ただ、ストライクカウントにも余裕はあるし、もう少し様子を見て行ってもええじゃろぉ)』

 打ち気の無いのを相手にばれない様、目つきと構えは一切変えずに2球目。

「ストライーク」

 インから入ってくる変化球。

『(シュートっぽいけど、よう入れたなぁ)』

 神城はシュートと判断も、先ほどの球はツーシーム。あのコースに投げられれば、神城としても、体を開いて打つか、ファールで逃げるくらいしかできないだろう。

『(そうじゃなぁ、ここはもう1球。見させてもらおうか)』

 立ち位置をややキャッチャー寄りに変えた神城。

 第3球。神部が投球モーションに入り、そろそろリリースというところでバントの構え。1塁に早めのスタートを切る素振りを見せながら、じっくりと球筋を見ながらバットを引く。

「ストライーク、ツー」

 アウトコースいっぱいへのストレート。

『(やっぱ、とんとんとストライク取ってくるなぁ)』

 やはり1年でも記録に名が乗っている神城。相手方もある程度の対策をしてきている。

 神城の特徴として挙げられるのが、優れたバットコントロールと、際どいコースでのファール打ち。際どいコースや苦手なコースは全部ファールで逃げてしまい、甘く入ったコースをヒットにする。もしくは、同じようにファールで逃げた末に、相手のコントロールミスでフォアボールによって出塁する。これが神城だ。

 それを防ぐ手段の1つとして、とにかくストライク先行で追い込むこと。そうすればコースを広く使うことができるし、ボールに外れる変化球で三振も狙えるからだ。もちろん、追い込む際にも甘いコースは厳禁であるが。

『(とにかく、次は打たんといけんなぁ)』

 変化球を意識してピッチャー寄りへ。第4球。

「ファール」

『(っと。ちょっと根元じゃったなぁ。スライダーっぽいけど)』

 急に投げられたインコースの変化球にも対応。3塁側へのファールで逃げる。

 5球目は高めにストレートが外れて2―2の平行カウント。続く6球目。

「ファール」

 インから入ってくるツーシームを、振り切らないスイングでカットしてファール。今度は明らかなファール狙いで逃げていく。

 カウント変わらず2―2からの7球目。

『(低めいっぱい。これはファール打ちで――っ)』

 アウトコース低めいっぱいの速い球。これをカットしようとした神城だが、急にボールが沈む。ただちにバットを止めようとするが、一方で「カットできるかも」という思いが判断を遅らせた。

「ボール」

 球審の判定はボール。だがキャッチャーはワンバウンドで捕球後、一応、神城にタッチしておき、三塁審を指さす。そしてハーフスイングのジャッジを委ねられた三塁審は右手を上げる。

「スイング」

「バッターアウト」

 バットが回ったと判定。改めて球審はスイングアウトのコールを行い、空振りの三振。

『(今のなんじゃろぉ? フォークと言うよりは、スプリットみたいな感じじゃなぁ)』

 神城はベンチに帰ってヘルメットを定位置に置き、さらにバットをバットケースへ。

「神城、どうだった?」

 その帰ってすぐ、宮島に問われた神城は、エルボーガードを外しつつ偵察内容を告げる。

「確認できたのは、120弱のストレート。多分、シュートの類。スライダーと、最後はスプリットじゃろうと思う」

「結構、多彩なのな。変化球3つって」

「ゲームとかだと結構3球種っておるけど、あんまりウチの学校って種類を使わんよな」

「投げる分には投げられるって人は多いと思うよ。立川も主要はフォークだけど、確認できた限りで他には、チェンジアップ、スライダー、シュート、普通のカーブ、スローカーブ、ツーシームくらいは投げるし。ただ、それだけいろんな球を練習しようとすると、中途半端になるって言うのと、リードを組み立てるのが面倒って言うのがあるんだよな。だから、基本的には球種はいくつかに絞って、それを練習していくのが普通かな。投げられるのと、投げるのはまったくの別物」

 球種や使い方にもよるが、変化の小さな変化球はただの絶好球にもなりうる。だからこそ、器用貧乏となるのは避けるのが常套手段である。

「じゃあ、神部ももっと投げられるんかな?」

「かもしれないけど、さすがに6つ、7つは土佐野専のキャッチャーじゃリードしづらいし、多くて投げるのはあと1つか2つじゃないかな?」

 例えば先に宮島の挙げた立川であれば、彼をリードする際に出しているサインは、基本的に、ストレート・カーブ・フォークの3つ。そこに投げる球が無い時や、どうしてもと言う時に、稀にシュートのサインを出すくらいだ。全8球種を投げる立川でも、基本的なサインは3つだけ。それだけ絞っているのである。

 宮島はベンチの柵に体重を預けるように身を乗り出す。

「ただ、結構、神部っていいピッチャーだな」

「分かるん?」

「神城が三振するくらいだし、元4番の三国だって、まともに満足なバッティングをさせてもらえなかったし」

 三国はカウント1―2から、ストレート直後のチェンジアップに、泳ぎながらもバットに捉える。しかしバランスを崩されていたため、ここはセカンドへのハーフライナーに倒れる。

「厳しいなぁ。もしかしたら、いつもの先発2番手よりいいんじゃないん?」

「僕もそんな気がする。けど、それでも先発をさせてもらえないってことは、きっと何かがあるんだよなぁ」



 3番の鳥居は、神部の足元を襲う痛烈なセンター返し。ヒットになると思われたが、これをショートが腕を伸ばして捕球後、1回転しての1塁送球。新本が「かっこいいぃぃ」と目を輝かせて言うレベルのプレーによってスリーアウト。1番からの攻撃も、この回は無得点に終わる。

 好守替わって1回の裏。4組の先発、友田がマウンドへ。

『(今日の3組の打線。打線上の9人中、6人が右打ち。額面通りに見れば、比較的楽ではあるし、この試合あたりでそろそろ勝ちたいぞ。友田)』

 宮島は彼の投球練習を、しっかりその感覚を覚えるように受ける。

 バックスクリーンに表示される球速は130キロ弱。そもそも球速だけで速くても打たれてしまうが、あくまでひとつのバロメータだ。ではどうすれば打たれないかと言えば、ボールの回転を始めとしたキレなのだが、友田のボールはバッター付近でお辞儀。良くないどころか悪いのだが、そうとも言えないのが友田である。

『(よし。今日もしっかりペコリとしてるぞ。調子は上々みたいだな)』

 友田の今日の気分はストレート主軸とのこと。ストレートの調子もいいようで、かなり試合展開としても期待できるのではなかろうか。

 既定の投球数を終えてからの2塁送球。ノーバウンドで2塁送球を決めてから、少しずれたマスクを被りなおす。

『1番、センター、磯田(いそだ)。背番号、8』

 3組の先頭バッターは左の磯田。タイプとしては単打を量産する神城タイプではなく、二塁打を量産する中距離タイプだ。

『(どうするかな。友田は沈むストレートを投げることもあるし、長打を防ぐためにも、低め主体で組むのがベストかな)』

 まずはカーブをインコース低めいっぱいに要求。

 おそらくは様子見してくるであろう初球。特技でもあるクセ球は、可能な限り隠しておきたいところだ。

「ボール」

 足元を襲うカーブでワンボール。内側を警戒させる見せ球としては、上々のコースではなかろうか。

 2球目。真ん中低めから外に逃げるシュート。これを見送られるもストライク。カウント1―1と平行カウント。

『(そろそろ、ストレートを使っていこうか。友田も飽きただろうし)』

 友田の希望通り、ストレートを要求。待ってましたと頷いた友田。第3球。

「ストライク、ツー」

 インコース低めへのストレート。これを磯田はスイングするも、変化球に張っていたのか振り遅れて追い込まれる。

『(それじゃあ、最後は低めに沈めようか)』

 狙うは低めに沈めての空振り三振。しかし要求するのは変化球ではない。

 4球目。友田の投球はストレート。

「っと」

「ボール」

「審判」

 少し力んだか、投球は低めに叩きつけるワンバウンド。これを難なく捕球した宮島は判定の後、球審にボールの交替を要求。すると球審の学生は、新たなボールを渡し、受け取ったボールはボールボーイに転がして投げ渡しておく。

『(これで平行カウントか。どうしようか)』

 それほどボールカウントにも余裕はないため、ボール球を使っての勝負はしたくない。となると、ストライクゾーンで勝負できるのはひとつだけ。

 5球目。アウトコース低めいっぱいへ。これを磯田は流し打ちのタイミングですくい上げるようにスイングするが、

「よし、打ち取った」

 打球はサード真正面のゴロ。宮島はアウトを確信しながらも、1塁のベースカバーへ。これをサードの鳥居が拾い上げて1塁送球。ファーストの神城は余裕の表情で捕球。ワンアウト。先頭を打ち取り幸先良好。

 ファーストの神城がショートの前園へ。前園はセカンドの原井へ。原井はサードの鳥居へとそれぞれ送球。最後の鳥居は、マウンドまで歩み寄って友田へと手渡し。そうしてボール回ししている間に、1塁のカバーに走っていた宮島が元の場所へと帰る。

 そして2番はショートの上島(うえしま)。ちょうどこの試合の4組と同じように、長打力のある攻撃的2番バッターである。

 その上島は、まさか初球から打ってこないだろうと、高をくくったバッテリー。その初球、甘く入ったインコースのストレートを初球打ち。

 真芯で捉えた打球はサード真正面への痛烈なライナー。これをサードの鳥居は、わずかに判断が遅れて捕り損ねてしまう。が、向きが変わって三遊間を転々としていた打球を、ショート前園が逆シングル。そこから上体だけの力を使い、ワンバウンドで強引に1塁送球。

「アウトっ」

 こんなギリギリのプレーで頼りになるのが、名手・神城。雑な送球も危なげなく捕球してアウト成立。並みのファーストならファンブルや後逸は免れないだけに、この安定感は安心に値する。

 このプレーで勢いづきたい1年4組。ホームランを狙って全力フルスイングしてくる、ネクストバッター・笠原に対し、変化球で体勢を崩してやり空振り三振。

 3組、4組共に初回は無得点・無失点。投手戦の様相を呈してきた。しかし投手戦のようで投手戦に思えなくなる、嵐がすぐそこまで迫っていた。

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