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プロ野球への天道  作者: 日下田 弘谷
第2章 馬鹿と鋏と下手は使いよう
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最終話 キャプテン

 今日も多くのピッチャーが宮島の元へと押し寄せていた。午前中、軽いウォーミングアップやキャッチボールだけは全体練習で終わらせ、そこから個別練習になったのだが、昼過ぎまでずっとブルペンに入りびたりである。

「お疲れ様~」

「本当にお疲れだよ」

 ひとまず昼食を終えた宮島であるが、食事だけで休憩終了もどうかと思い、しばし体をやすめることに。一旦家に帰ろうかとも考えたわけだが、そこで都合よく秋原に出会い、学内の喫茶店に来たのである。

「まったくよ。あいつらったらずっとボールを受けろ、受けろってさ」

「それ、ここに入学してからずっと言ってるよね。もはや口癖?」

「口癖にもなるって。最近はピッチャーが減ったから少しは楽になったけど」

 秋原はショートケーキを口に運びつつ、正面の宮島の顔を見据える。彼は文句を言いつつも、どことなく割り切っているようである。

「私も最近は気楽になったかなぁ。授業の毎日に戻ったし」

「本当に悪かったって。あれは」

 結果として多くの人間の時間を拘束するに至ったプロジェクト。なんでもマネージメント科の協議の末、かなりの単位数を認定してもらったようであるが、その間に休んだ必修講義の勉強に苦戦しているとか。

「う~ん、じゃあ、そのうちお礼に、デートにでも連れて行ってもらおうかなぁ?」

 楽しそうな顔で魅惑の目を向けると、宮島はため息ひとつ漏らす。

「しゃあねぇよな。経過はどうであれ、僕が原因だし」

「やった。無理はすることないけど、そのうち行こうね」

「そのうちな」

 ここでデートと言ってはいるが、2人に恋人としての感覚は無し。あくまでも恒例の言葉のあやであり、言いたいのはつまり、遊びに連れて行け。ということだ。当然、断るわけにいかない宮島は一発了承。

「そういえばアレの話なんだけど」

「アレ?」

 急に話を振られていったい何の事だか分からない。そういえば、と言葉が入ったことからして、デートの話ではないようであるが。

 宮島はまったく思い当たる節がないようす。

「かんちゃんがウチのピッチャーに好かれてるって話。少し聞いてみたら、本当にかんちゃんのピッチャー主導リードって大好評みたいだね。ついでに、多少の暴投なら捕ってくれるって言うのも安心感があっていいみたいだよ」

「いったい誰のせいだと思ってるんだか」

 硬球に慣れてなかったとはいえ、超絶ノーコンだった4組投手陣のせいである。

「この前、新本さんとここで会った時なんて、嬉々としながら話してくれたもん。たしか30分くらい話をしてたかなぁ?」

「本当、暇なメンバーだこと」

「仲良きことはいい事なり。これも何度も言ってる気がするんだけどなぁ。損はないからいいんじゃないの?」

「好かれ過ぎると、練習に付き合わされるけどな」

「私がしっかり体調管理してあげてるからいいでしょ?」

「それは否定しない」

 要はいい事だった。

「でも実際、投手陣との信頼関係は後々で大きいと思うよ。今は4組のキャッチャーはかんちゃん1人でしょ? でももしかしたら、そのうち他のポジションから移ってくるかもしれないし」

「聞いた話によると、中学以前にキャッチャー経験がある人も何人かいるみたいだしな」

「でしょ? でも、プロでもピッチャーとの相性で専属捕手ってあったりするくらいだもん。試合で使われる時の判断に、信頼関係ってきっとあると思うよ。いくら活躍する自信があっても、試合に出られないと活躍できないし。それに、信頼関係があるから、かんちゃんのリードを信用してくれるし、思いっきり投げてくれるんじゃないかな?」

「思いっきりねぇ」

「はい、これ。高川くんから」

 この話の展開を読んでいたかのように、彼女は内ポケットから封筒を取り出す。

「高川から?」

 これ以上借りを作ってしまうと、返しきれずに自己破産しそうなのだが、せっかくなので受けとる。よほど長い事入れていたのか、生暖かくなっているが、あえてそれには触れず、開封して中身を見てみる。

「えっと、これは」

「クラス別の投球コースだよ」

 宮島の手元にある紙は、1年生学内リーグにおいて、ピッチャーが投げたコースの比率を表したものである。集計期間は5月頭からつい先の2組戦までとのことだが、それでもかなりのデータ量のはずである。

「見て。これ」

 彼女は彼の横に来ると、ピッタリ身を寄せて紙を指さす。

「基本的に他のクラスは真ん中から低めを中心に投げているでしょ?」

 その報告では、縦を高めボール・高め・真ん中・低め・低めボール、横を左サイドボール・左サイド・真ん中・右サイド・右サイドボールと、5×5で25分割していた。曰く1~3組は縦に関して、真ん中~低めを中心に組み立てているようである。

「でもこんなもんじゃない? 配球のセオリーとしては高め厳禁だし」

 一発を浴びないためにも、つり球やブラッシングなどを除けば、低めを突いていくのが一般的な配球である。またコントロールもいいと言っても、マンガの様なコントロールなどあり得ず、ワンバン暴投も避ける必要があるため、少し高め、つまり真ん中~低めに集まるのは必然と言える。ところがしかし。

「これ、4組の配球。言い換えればかんちゃんのね」

「え? ちょっと違う?」

「うん。高めの比率が少し高いのは、ウチに釣り球で三振を狙うタイプが多いのと、ブラッシングが多いからだと思うんだけど、真ん中の比率が他のクラスに比べて低いんだよね。基本的には低めから、低めのボール主体。他のクラスよりも主軸のゾーンが低めなんだよ」

 それは額面通りに受け取れば、ただ徹底して低めを突いていることを示す。

「これ、高川くんの予想によるとね――」

 宮島の頭の上に手を乗せる秋原。

「きっと、みんな、かんちゃんを信用してるってことなんだろうって。パスボールをしない。きっと止めてくれる。そう感じているからこそ、ワンバンになるのを恐れることなく、思い切って腕を振って、いい投球ができるんだろうって」

「そうか……」

 反応に困った宮島は、適当な相槌を打って黙り込んでしまう。

 そんなことにはまったく気付かなかった。

 なにせ、1年4組の暴投数・後逸数は、他のクラスと比べて若干は少ないが誤差の範疇。だがそれは数字の罠。根本的に投球スタイルが違ったのだ。他のクラスより飛びぬけて多くなるはずの投球スタイルにもかかわらず、他のクラスよりも少ない程度に抑える。その見えない力は、確実に宮島の力である。

 野球とは数字の罠に惑わされることが多い。


 キャッチャーの盗塁阻止が少ないことは弱肩を意味するのか。その可能性もないわけではないが、強すぎて抑止力になっている可能性もある。

 エラーが多い事は悪い事なのか。たしかに少ないに越したことはないが、守備範囲が広く、積極的な守備を試みるからではないか。

 残塁が多いのは悪い事なのか。それだけ攻めている証拠ではなかろうか。


 数字は友田康平の見えない真実を物語った。しかし数字は、宮島に自身の凄さを分からせる機会を奪った。

 結局必要なのは、数字そのものではない。数字の意味を知り、他の数字とも照らし合わせ、そして真実へと迫る。すべては使い方次第なのだ。

「まったく。あの高川(メガネ)には足を向けて寝られないな」

「高川くんから伝言。気にするな。個人的な好奇心だ。だって」

「なんだよ。読まれてたのか。なんなんだあいつ」

「う~ん。マネージメント科の統計処理のエースかな?」

 席に戻った秋原は、残ったショートケーキを食べ始める。

 宮島はその数値を眺めたのち、携帯電話へと視線を落とす。

 そこには新本以下数名からの「ボールを受けろ」との要請。

「しゃあねぇか」

「かんちゃん、どこへ?」

「信用には答えてやらねぇと。僕なんかを信用するバカどもと練習して来る」

 今までストローでちびちび飲んでいたジュースを、直接コップに口を付けて一気飲み。代金より高めの500円玉を机の上に置いて、カバンを背負い飛び出して行ってしまう。

「かんちゃんって、理屈っぽいかと思ったら、熱血みたいなところがあるのが不思議だよね」

 理屈っぽような直情型なような、冷静なような熱血漢なような。

「でも、あぁいうところが人を引き付ける魅力なのかな? ふふふ、私もかんちゃんのこと、好きだしね」



「というわけで、野球科のクラス代表、もといキャプテンは、宮島くんに決定です」

 5月下旬。ほぼ6月のある一日。朝会を延長してのLHR。

 そこではクラス代表がそれぞれ決めるための会議が行われていた。正しくは、今、終わったところである。

 野球科のクラス代表は、野手陣こそ票が分散したものの、投手陣および元投手陣による、圧倒的支持を集めた宮島に決定。スポーツマネージメント科は、元より意見が固まっていたことで、全会一致で高川に。スポーツ経営科は、お金儲けが割と好きな男子生徒・新橋。審判養成科は、機械のようにぶれない精密判定(コンピュータ・ジャッジ)も、たまにある誤審(バグ)が愛嬌の吉川となった。

「先生」

「はい、なんでしょう」

 司会をしていた担任・広川に対して、挙手をして目を引いたのは、キャプテンとなったばかりの宮島。

「ちょっと意見なんですけど、やっぱり投手と野手で考え方も違いますし、僕だけがみんなをまとめるのは無理があると思うんですね」

「それもそうですけど、どうしますか?」

 特に驚いている様子がないことから、この彼の提案は広川にとって想像の範疇であったと考えられる。しかしあえて答えを出さず、彼自身に結論を出させる。

「投手・野手、それぞれに副キャプテンを任命してはダメですか?」

「構いませんよ。キャプテン任命自体は、原則必要なのですが、そこから先は、どのような役職や地位を作っても自由です。選手の皆さんがやりやすいようにしてください。因みに、2年生の中にも、そうした副キャプテンを任命しているクラスはありますよ。人数は1人だったり、2人だったり、バラバラですけどね」

「分かりました」

 野手の中でも投手側に立てる宮島ではあるが、投手陣内部の人間ではない。また、投手陣・野手陣の中に、それぞれ自分の補佐官を作ると言う意味でも、副キャプテンの任命は必要であると考えたのだ。

「じゃあ、まず投手キャプテンはどうする?」

 あえて、もう決まっていますよ。との感じで、長曽我部に目線を向ける。

「お、俺?」

「宮島。長曽我部はやめとった方がええじゃろぉ」

「なんで?」

「先発陣は、試合によってベンチを外れるけぇのぉ。できれば毎試合、ベンチに入っているリリーフ陣がええと思うよ」

「じゃあ、誰にする?」

 神城の意見を聞いて、あたりを見回す宮島。

 まず投手陣だが、前園・小崎・佐々木に続いて、さらに大川がファースト兼外野に、富山がショートをメインとした内野に、そして小村が待望の捕手へと、投手3人が野手に転向している。これによって投手陣は全員で8人となった。

 ではその8人だが、先発は長曽我部・友田。この2人は神城の意見通り除外となる。つまり残り6人のリリーフ陣だが、新本は副キャプテンが務まるとは、100人いれば100人……

「えぇぇ、私には副キャプテンなんて無理だよぉぉ?」

 本人も無理と言っているため除外。よって候補に挙がるのは、左のサイドスローというクセモノ・大森、魔球スライダーを操る藤山、安定した制球力を武器とする本格派投手・本崎、土佐野専でも珍しいサブマリン・塩原、そして……

「もう、あそこにいるサボり魔でいいんじゃない?」

「「「異議なし」」」

「え?」

 まさか自分に白羽の矢が立つとは思わず、席で『世界フォークボール列伝』とか言う本を読んでいた、フォークボールの使い手・立川。実力からチームのクローザー最有力候補であり、特に問題はないだろう。あえて言うなれば、

「そうかぁ。僕が副キャプテンか。ふふふ。この状況、まるで有無も言わさず魔法の力を授かってしまい、戦いに巻き込まれる魔法少女――」

「いや、お前は少女じゃないし、魔法も使えない。ヒゲのポツポツ生え始めた、野球青年だ。とにかく、キャプテン権限で副キャプテンに任命な」

「Oh,year!! 承知だぜ、隊長」

 アニメ世界に片足を突っ込んだ、中途半端なオタクということくらいだ。

 警察官や自衛隊員が見たら「違う」と言いそうな敬礼を行った、少し鬱陶しさを感じる立川は放っておいて、続いて野手キャプテンの任命へと移る。

「なんじゃろぉなぁ。改めて見たら、立川の中途半端なオタクっぷりって鬱陶しいのぉ。この際、完全にオタクになってくれた方が、まだ潔ぉてえかろうに」

「そこは言ってやるな。これが立川の――」

「おぅ、隊長。これから俺の事は副隊長と呼ぶがいいさ」

 頭にしわを寄せ、怖い笑顔を作り上げる宮島。

「あれは副隊長の個性だ」

「おぅ、さすが隊長。分かっているじゃないか。お礼の印に――」

「いや、いいです。気持ちだけ受け取っておきます」

 導火線に火が付く寸前。これがマンガなら間違いなく宮島の周りには、『ゴゴゴゴ』と言う地鳴りのような擬態語と共に、黒いオーラのようなものが描かれているはずである。それくらいキレている。にもかかわらず笑顔を崩さないのは、大したもの。もっとも、

『(おぉ、宮島、口元がピクピクしとるのぉ。ほんと、耐えとぅなぁ)』

 敏感な神城には彼の心境の変化が分かるようであるが。

「ははは。それで神城」

「ははは。どうしたん?」

 わざとらしい作り笑いで話しかけてくる宮島に、こちらも作り笑いで返す。

「試合中だと選手がマウンドに集まることもあるし、野手の副キャプテンは内野手の方がいいと思うわけだよ」

「そうじゃなぁ。それと、少し口調おかしない?」

「あぁん?」

「いや、何も言ってないで? 空耳じゃろぉ」

「それで、内野手でチームの中心と言えば神城かなって思ったんだけど、引き受けてくれないかな。野手の副キャプテン」

 彼の提案に、周りの人も「そうだな」「神城なら異議なし」「右に同じ」と同調の意を示し始める。その盛り上がりに宮島も機嫌を良くしていくが、「Hooooo!! さすが隊長。いい人選だぜ」と言う鬱陶しい発言に、機嫌が元へと戻る。

『(本当に宮島くん、成長しましたね。入学時点での評価とはかなりの差です。もっとも、あれは野球の実力だけで、他の要素は一切加味されていませんが……)』

 さすがにキレてしまった宮島が、投手キャプテンの立川をボコボコに殴り始める。が、特に本気で殴っているわけではなく、また立川も面白がっていることから、特にケンカではないと判断して急いで止めには入らない。

「こらこら、ケンカはしない」

 それでも一応は止めておく。

『(さて、これでチームはまとまりました。もう6月ですし、それぞれのポジションにも落ち着き、野手転向もないでしょう。これでチームとしての基盤はできあがりました。皆さんにあと必要なのは1つ……)』

 彼ら彼女らを見据え、他のチームと比べて欠けている1つのモノを思い浮かべる。

『(実績。ですね。みなさん。そろそろ勝ちましょう。連敗も飽きてきましたからね)』

第2話。これにて終了です

第1話が約10万文字、第2話が6万文字なので、かなり少なめです

まぁ、第1話は舞台説明や登場人物説明が多いので、

そうなるのも必然ですが(と思いたいです)


さて、これより別作『蛍が丘高校野球部の再挑戦』の続編を……

と思いましたが、実はこの続きを閃いちゃいまして、

勢いで書き始めてしまいました

なので、次はプロ野球への天道・第3話です


《次回予告》

超ラノベ的になります

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