第8話 馬鹿と鋏と下手は使いよう
2組との試合も終わった翌日。自室の郵便受けには、一通の封筒が入っていた。
住所も書かれておらず、切手も貼られていない、土佐野専の校章が入ったその封筒。差出人は『高川秀仁・秋原明菜』の連名だ。
中を開けて見てみると、パソコンで書かれたのであろう招待状。企業からのお知らせにありそうな、しっかりとした形式によるもの。詳しくは書かれていないが、状況から見て、あの謎が解けたと見て間違いない。
そう思った彼は、さらにその翌日の火曜日。朝会で高川と秋原にその手紙について問うた後、投手陣による猛追激を振り切って、招待状に書かれた時間に、指定された場所へと着いた。その場所はマネージメント科研究棟。ちょうど、私有の救急車が止まっている前。待ち合わせの目印としてはなかなかいい場所だろう。
「あっ、早かったね」
「早かったね。って待ってくれればよかったのに。どうせ朝会の直後だし」
彼を呼びに来たのは秋原。いかにも久しい再会のような言い様だが、会ったのはつい15分ほど前である。
「ごめ~ん、ちょっと準備の方があって。こっち、こっち」
秋原は彼を誘導する様に前を歩き、研究棟の中へ。上のフロアに向かうためのエレベーターに乗ったところで、宮島は無言の空気に耐え切れずに口を開く。
「しっかし、別にメールで言えばよかったのに。なんでこんな手の込んだ招待状を送ってきたんだ?」
「そ、それがね……うん、私たちってスポーツマネージメント科。英語に直すと、スポーツはそのままとして、『秘書科』なんだよね。授業の一環」
「ふ~ん。そうだったのか」
「……うん、授業の一環なんだよね」
小さな声でつぶやいた秋原。そこそこ耳のいい宮島には聞こえないことはなかったが、あえてここはスルーしていく方向性。
エレベーターを降りて正面の案内板を見てみると、
『5F 情報処理センター』
の文字。さらに少し先に行くと、『高度情報処理演算室』や『情報処理教員室』など様々な部屋があり、その廊下の突き当りには、『情報処理センター 第二講義室』の案内表記。
「失礼します」
秋原はあえてノックして室内へ、さらに宮島も入ってみる。
そこはドラマの大学に出てきそうな、後ろの席にかけて傾斜のついている部屋。デスクトップパソコンが1席に1台ずつ。パッと見て50はありそうな台数。正面を向けばスクリーンが降りており、そこにはプロジェクターから白い光が映写されている。
そして、
「やっと来たか」
PC用のメガネに掛け替えた高川が歩み寄ってくる。よく見ればその背後、島原、冬崎もメガネを掛けており、さらに横にいた秋原も、席に着くなりメガネを取り出す。マネージメント科にPC用メガネは必須のようである。
「ま、そこに座ってくれや。きっとそこが一番、見えやすいはずだ」
「お、おぅ。それは分かったけど」
宮島は彼に耳打ち。
「後ろの人たちは?」
ふと見ると後部の席には、教員と思わしき何人かの大人たち。しれっと担任の広川もいたりする。
「話すと少し長くなるからかいつまむけど、1つ、日曜日のテスト中継の映像は、許可を得た分を除いて原則非公開だからそのチェック。2つ、これ、授業の一環。内容によって単位が貰える。結構大掛かりなプロジェクトになったから、それはもうかなりの」
「明菜が言ってたのはそう言う事かぁ」
納得。つまるところが、マネージメント科は野球科のサポートに単位が貰えるが、ここでの話が単位認定の理由ともなる。そう言う事である。
「で、広川先生がいるのは?」
「生徒がどんなことをやっているのか、興味本位だって」
「あっそ」
広川だけ別件だったようで。
「それじゃあ、始めようか。因みに後ろの先生は、基本的に座っているだけだから無視してOK。ま、気になった事や、俺らが説明しきれないところは、代わりにしてくれるってよ」
高川は宮島に席を指さし、自分は普段は教員が座っているのであろう、前の席に腰かける。
『ん、んん』
高川はマイクを通して咳払いを数回。
『えぇ、じゃあ、友田がなぜあれほどいいピッチングできるかの謎。という件だが、まずはこのデータを見てもらおう』
高川の出したデータは多くの点が打たれた点グラフ。横軸は球速、縦軸は回転数と書かれている。
『調べたデータによると、球速と回転数には、相関関係が認められる結果となった』
「ソウカンカンケイって何?」
疑問を呈した宮島に、少し離れたところにいた秋原が補足。
「例えば、気温が上がるとアイスの売り上げもあがるよね。これを『正の相関』。その一方で、気温が下がると、おでんの売り上げは逆に上がるよね。これを『負の相関』って言うんだよ。そうした正の相関、もしくは負の相関があることを『相関関係がある』って言うんだよ」
「へぇ。で、球速と回転数の相関関係って言うのは?」
理解した宮島が高川に問いかけると、頷いて再び話しはじめる。
『基本的には球速が上がるごとに、回転数が上がってるってことな。一般的にはボールが速い方が回転数は多いんだ』
「それはプロでも?」
『だと思われる』
「でも、ボールは遅いけど回転数が飛びぬけておおい人とかいるよな?」
まるで揚げ足とりのような問いかけ。しかしそこへ秋原が助け船。
「新発売だとか、ブームとかが来たら、冬でもアイスの売り上げは多少伸びるでしょ? あくまでも相関関係って言うのは『一般論』の話だから、そこには必ずと言っていいほど例外はあるんだよ」
唯一の例外が無いケースは、相関の度合いを示す相関係数が「1」もしくは「-1」であるケースだが、そこまで語る必要性はないであろう。
『秋原、ありがと。で、その相関は、1年4組の生徒で表すとこうなる』
再び示した点グラフ。そこには左下から右上までバラバラの点が連なっているものの、左上や右下がほぼ空白となっている。
『見て分かる通り、正の相関が認められると言っていいだろう。因みに近似曲線、秋原』
「う~んと、球速ごとに回転数の平均値を出して、まぁ、だいたいこの球速なら、このくらいの回転数になるよって言う、値を示した線の事。曲線になることも多いんだけど、今回は直線だね」
「曲線なのに直線なの?」
「揚げ足取りはやめて。直線も一応は曲線だから。『曲がりが0の曲線』が直線だから」
そろそろ返すのも厳しくなってきた秋原。宮島も怒られないよう、ほどほどにする。
『例えば4組最速の長曽我部はクラス1の回転数だけど、最も遅い新本は、一番回転数が少ない。そういうこと。で、友田なんだけど、はい、これ』
表示された赤い点は、その近似曲線のかなり下。他の人の点より大きく離れている。
『平均的な球より回転数の多い球は、一般的に「伸びる球」と呼ばれる。このグラフで言えば、近似曲線より大きく上に外れた球の事を言うんだ』
「伸びる球には、実際はそこに回転軸の角度も考慮されるべきだけど、ここでは割愛だね」
秋原がさりげなく補佐。
『それを頭に入れて見てほしいんだけど、ストレートは130弱。まぁ、130として、回転数は21回転半。この数値は、最速100キロの新本とだいたい同じくらいになる』
「それって、おじぎする球ってこと?」
数学的な話から野球的な話に戻ってきたことで、宮島も勘が冴える。
『そうなる。実際におとといの試合、友田がストレートで奪った三振のうち、ほとんどがバットの下をくぐっていた』
「ナチュラルフォークって言うか、シンキングファストって言うか。とにかく、極端に回転数が低くて、普通のストレートとは違うから打ちにくいってことだね」
長々と話していたが、結局はおじぎする球と言う事で落ち着く2人。これでひとまず結論が出たかと思われたが、ここで宮島がさらに疑問を生む。
「回転数が劣っているのに、成績は残すっておかしいよなぁ。もしそれで活躍できるなら、みんな練習なんてしないだろうに」
「それは私たちに聞かれても……」
『野球の技術論は門外漢』
さすがに困った2人だが、そこへ意外なところから助け船が出される。
「宮島くん」
突然の声掛けに振り返る宮島。声を上げたのは、監督の広川。
「回転数が少ない、つまり伸びないって言うのは、ある種の短所。短所が武器となるのはおかしいと思うかもしれません。ですが何もおかしいことはないのです」
彼は宮島がより聞き取りやすいよう、上から下へと降りてくる。
「野球において、弱点を克服する、長所を伸ばすとは、あくまでも手段の1つであって、目的ではありません。目的のためにはいくつものアプローチが存在するのが、野球です。いえ、野球に限ることではないでしょうか。英語なんかでもそうですが、たしかに答えは1つですが、その手段は1つではありません」
「どういうことですか?」
「例えばそうですね……『私は野球が好きです』と英語で伝えるとします。この場合、『I like baseball』が一般的でしょう。ですが『My favorite sports is baseball』でも伝わりますね。『私は広川です』でも、『I am Hirokawa』でもいいですが、『My name is Hirokawa』でも伝わります。極端な話、『何のスポーツが好きですか』と聞かれた場合、『baseball』と、『あなたの名前は?』と聞かれ場合は『Hirokawa』と、一単語で答えることもできます」
さらに極端な話、文法が滅茶苦茶でも、相手方がその意味をくみ取ってくれる可能性もある。学力テストなどでは、1つの手段を答えと言う目的にしているが、実際の英会話では目的に対して表現方法と言う手段はいくつもあるのだ。
「野球もそうです。抑えると言う目的に、手段はひとつではありません。例えば新本さん。彼女はせいぜい球速100キロ程度のストレートしか投げられません。ですが、彼女のその遅さゆえに、彼女を打ちあぐねている人もいます」
それを言われると反論できない。実際に宮島自身、以前のバッティング練習で、彼女を打てなかったのだ。
「またコントロールが悪い、俗に言う荒れ球の投手も、逆にそれが相手方に的を絞らせなかったり、デッドボールによる恐怖で腰を引かせて、打ち損じらせたりすることもあります。それに、直す必要の低い弱点もあります。例えばクイックの苦手な投手がいたとします。クイックの下手さは直すべきかもしれません。ですがもし、そのピッチャーに『牽制と投球の区別が付かない』という特徴があれば、直す必要性はグンと下がります。野手で言えば神城くん。彼は長打力に欠けるという弱点があります。ですが彼にはその弱点が気にならず、さらにお釣りがでるほどのバットコントロールや俊足があり、また守備での貢献もあります」
広川は宮島の横の席へと腰を掛ける。
「言ってしまえば、抑える事も手段の1つです。仮に抑えられないとしても、それ以上の点を取り返してしまえば勝てます。逆に点を取れずとも、相手に点をやらなければ負けることはありません。目的は勝つことですから。手段と目的とはそういうものです」
さまざまな例えを交えて話してきた広川だが、ある程度言い切ったところでまとめに入った。
「話を戻しましょう。何も長所を伸ばす事、短所を直すことだけが成功への道ではありません。弱点は時に武器となります。だからと言って、成長することを諦めていいわけではありませんけどね。と、私の考えですが、どうでしょう」
この会議の主催者である高川に問いかけると、恐れ入りました。と深くお辞儀。
『先生がまとめてくれた通りだけど、宮島。他に質問は?』
「結論から言えば、ストレートにクセがあるって事だよな」
『かいつまんで言えば』
「よく分かりました」
ここまで言えば納得。後ろに座っていたマネージメント科の教師たちも、感心するような頷きをし、さらに手元の手帳に何やら書き込みも行っている。おそらくは今プロジェクト、参加メンバーの成績評価を行っている。と言ったところだろう。
『さて、それじゃあ、これにて閉会といたします。後ろの先生方。何か質問、意見などはございますでしょうか』
これほどないまでに最高のプレゼンができた高川は、自信満々に問いかける。これは高評価間違いなし。秋原達、他のメンバーも小さくガッツポーズなどをしているが……
「はい。先のスライドですが、もう少しグラフを見やすくするように工夫をできたのではないですか?」
『え、あ、はい……』
「それと、具体的にそのクセのあるストレートというモノがどういった性質を持つのか。そうしたところの解析も不十分ではないでしょうか」
『い、いえ。それはその……み、宮島くんなら分かってくれるかと……はい』
特にスライドの作り方などを重点的に指摘される。宮島的にはかなりタメになるプレゼンだったのだが、マネージメント科の4人にとっては、少し苦みの残るものとなったようである。
「なぁ、神主。お前、今日の午前中、どこ行ってたんだ?」
「さぁな。それより、どうして僕の部屋に一同集結しているのか聞きたいな」
宮島はベッドに寝転がってあたりを見回す。
あの一大プロジェクトの発表会の夜。
いつもの自室のはずなのだが、そこにいたのは宮島だけではなかった。執拗に午前中の彼の行き先を聞く長曽我部。戦国モノのアクションゲームを、協力プレーで攻略中の神城・新本。さらにしれっと私物のマグカップを持ちこみ、ホットミルクを飲んで、幸せそうな顔をしている秋原。そこに部屋の主たる宮島。5人が一堂に会する謎の状況だ。
「うるせぇ。おめぇな、キャッチャーだろ。ピッチャーを置いてどこ行ってる気だよ」
「うるさいぞぉぉぉ」
「あ、すんません」
あまりに大きな声を出した長曽我部は、隣の部屋の三国から本当の壁ドンをやられて、落ち着いた声で謝罪。
「う~ん、かんちゃん、そのピッチャーの事を考えて奔走してたんだけどなぁ」
その後、理由のわかっている秋原はさりげなく援護射撃。しかしそれがかえってまずい関わり方だった。
「秋原、知ってるのかよ」
「えっと……守秘義務かな? クライアントの許可なしにとやかくしゃべれないよ」
「おいおい。なんだよ2人して」
「うるさいぞ。暇なら神城や新本とゲームしてろ」
占領されたテレビ前を指さす宮島。すると、
「いえぇぇい。人取橋防衛成功~」
「ナイスじゃのぉ、新本。じゃあ次は、第4章の金ヶ崎の戦いじゃなぁ」
ちょうど区切りが付いたようで、ハイタッチをかわす両名。神城が新本にピーナッツを差し入れ、それで餌付けしたのも理由にあるが、割と相性は良さそうである。
「だって、あれ、2人用だろ」
「代わってもらえよ。あいつらなら入れてくれるぞ」
「なんか悪いだろ。あんなに楽しくやってんのに……暇だなぁ。コンビニ行って来る」
「はいはい、いってらっしゃ~い」
神城―新本コンビ、宮島―秋原コンビが成立してしまった今、この5人の中で完全に孤立してしまった長曽我部。結局、1人でコンビニへ出かけて行ってしまう。かと思われたが、直後に隣の部屋のインターホンが鳴ったことからして、三国と一緒に出掛ける模様である。
しつこく聞いてきた長曽我部はいなくなり、神城と新本は金ヶ崎にて織田軍と交戦中。秋原は特におしゃべりではないとなると、部屋には4人いながらも実質的に1人。
ようやく落ち着いた彼は、ベッドに寝転がったままで天井を見上げる。
「なぁ、神城」
「どうしたん? あっ、新本。秀吉がそっちに逃げた」
「あ、今はいいや。忙しそうだし」
急に静かになると、どことなく寂しくもなるもの。神城あたりなら、面白い会話もできようと思って話しかけてみるが、戦に集中しているのでやめておくことにする。
「弱点は時に武器となる。今考えても面白い話だよな」
「何の事を言っとるか分からんけど、そりゃあ、そうじゃろぉ。弱点って言うのは、敵が嬉々として突いてくるところ。言い換えれば、相手がそこを狙う可能性は高いんじゃけぇ、しっかり守っとけば、カウンターを食らわせ……なぁぁぁ、薄い左翼に攻撃うけたぁぁぁぁ」
「うやぁぁぁぁぁ」
「そうだな。とりあえず2人は、弱点を守る準備をしておこうか。って言うか神城、今はいいって言ったのに、律儀に会話に入ってきたな」
神城のもっともなんだが説得力のまったくない言葉を聞いた後、「今はいい」と今一度釘を刺しておく。
「ついでに友田くんの場合は、弱点って言うのもそうだけど『他人とは違う』ことも大きかっただろうね。ただの弱点なら狙われて終わりだよ。割とプロって、そうした『他人との違い』って評価してくれるかもね。例えば、かんちゃんの『ピッチャー主導リード』とかね」
楽しそうに彼の頬を突っつく秋原。それに抵抗する様に頬を膨らませてみるが、感触が気に入った秋原は、より楽しそうに頬を突っつき始める。
「話したっけ? 僕のリードの仕方とか」
「ピッチャーの人と話していたら、結構そういう話は流れてくるよ? かんちゃんは自分のピッチャー中心の配球だから、気持ちよくピッチングができる~とか。先週話をしてた、ピッチャーに好かれる理由ってそれじゃないの?」
「どうだろ?」
「聞いてみようか? 新本さ~ん」
「は~い」
新本は画面からまったく目線を逸らさず。集中はテレビに向けて、攻撃を受けた左翼部隊の援護に向かいながら、秋原の呼びかけに返事する。
「新本さんって、かんちゃんの事、好き?」
「へ? 恋人とか?」
「ごめん。明らかに聞き方間違えたね」
神城は面白そうに笑っており、宮島は秋原の背中を引っ叩く。
「ピッチャーとして、キャッチャーのかんちゃんって好き?」
「大好き~」
「それってなんで?」
「えっとね、投げたいボールを投げさせてくれるからぁ」
「そっかぁ。ありがとね」
「ど~いたしまし……てぇぇぇぇ、信長が逃げたぁぁぁ」
「任せぇぇ。信長逃がさんで。しっかり討ち取ってやるけぇのぉ」
白熱・金ヶ崎の戦い。
その微笑ましいような荒々しいような戦を、園児の遊びを見守る保護者のような優しい表情で見つめる秋原。そしてすぐに宮島の方へと目を向ける。
「だって。新本さんは、かんちゃんが大好きだって。ピッチャー主導リード。かなり好かれてるみたいだね」
「に、新本に聞いただけじゃ、まだ分からんだろ」
「あはは、照れてる~。可愛い~」
照れ隠しにそっぽを向く宮島。秋原はそんな彼にかえって可愛らしさを見出し、猫を扱うような手つきで撫で始める。
年齢は、そろそろおっさんらしさも垣間見えてくる15歳。同学年の中では小さい方ではあるが、それでも十分にしっかりした体つき。可愛らしさの『可』くらいならともかく、『愛』ともなると理解不能なレベルだが、そんなこと秋原には関係なしだ。
しばし撫でていた秋原。その背後でやや大きめの声。
「なっはっは。羽柴秀吉、討ち取ったりぃぃ。まぁ、あれじゃなぁ、宮島。他のクラスの情報も入ってこんではないけど、そこまで好かれとるキャッチャーも珍しいで。ええことなんじゃろぅけぇ、素直になったらええんじゃないん?」
「なんか最近、神城の広島弁が分かるようになってきた気がする」
「何言ようんな。そんな僕、ドギツイ広島弁じゃねかろぉ。なんとなくニュアンスで分かりそうな気もしとったけど、そんな分からんかった?」
「4月中とか、時々言ってること分からなかった」
「そうなん? あれじゃなぁ。長曽我部が分かってたから、あんまり伝わってない感じはなかったんじゃろうか?」
「そうじゃないの?」
割と地方から人の集まってくる関東圏に住んでいた宮島でも、ここまでドギツイ方言を聞いた事の無かったわけで、いきなり理解しろと言う方が無理な話である。
「でも、神城くんも言ってる通り。本当にそろそろ素直になってもいいと思うけど?」
自然な流れで宮島の体勢を変え、背中に乗っかってマッサージ開始。元々の我流に学校で習った知識を加え、最近ではより上達している秋原流である。
「この調子だと、クラス代表もサクッと決まりそうだよね」
「クラス代表? 何それ」
「知らない? クラス代表」
宮島の左肩をほぐしながら問いかける。しかし彼はまったく記憶にない表情で、織田信長を追跡中の神城に話を振ってみる。
「神城は何か知ってる?」
「知らんけど、新本は?」
「知らな~い」
知っているのは秋原だけのようである。
「野球科だとあまり話題になってないのかなぁ? ここって、みんなが学校に馴染んだ6月くらいに、各クラスで4人、クラス代表って言うのを決めるみたいなんだよね。各学科1にんずつね。一般校で言う、学級委員みたいなものかな?」
「言うなればキャプテンか?」
「そうだね。実際に野球科ではキャプテンって言われているみたいだし」
よくよく考えてみれば、1年4組の中心は広川監督となっているが、生徒の中心は決まっていない。そうしたものもおちおち決めていく時期のようである。
「マネージメント科は高川くんでまとまってきてはいるんだけど、あまり野球科では話題になってないのかなぁ?」
「もう、宮島でえかろぉ。現・投手陣や、元投手からも信頼厚いし、守備の時も扇の要じゃけぇのぉ」
「私も宮島くんがいい~」
「いや、勝手に決めるなよ」
もちろん、ここでの決定がクラスの決定になるわけではないのだが、反論してしまうのはやむを得ないところはある。
引き続き金ヶ崎で戦闘中の神城と新本に自己主張。
「でも、私もかんちゃんがいいと思うよ? だってかんちゃん、ここ1週なんかそうだけど、チームのことを考えて行動することも多いでしょ?」
「いや、あれはただ、自分がリードするうえで……」
「でもそれって、結果的にチームのためでしょ? 長曽我部くんに縦スラを教えてあげたのも、新本さんのフォームを修正してあげたのも、かんちゃんだって聞いてるけど? そういうチームのための行動を、自然にできるのは凄いなぁって思うよ?」
左肩に続いて、左腕をマッサージしながら感心を露わにする。
他の選手もチームのためを思っている点はあるにしても、実際に動いているのは自分自身が練習する程度。しかし宮島は、もちろん投手陣を引っ張るキャッチャーであることもあるが、比較的、チームのために動いていると言えるだろう。
「明菜に言われると嫌な気はしないけどさぁ、正直、キャプテンなんて負担になって仕方がないけどな。今でも結構、体力カツカツなのに」
「心配ないんじゃないかな? ピッチャーからの野手転向も増えてるし、そのうち2番手キャッチャーができると思うよ。それに、そんな選手たちの負担を減らすために、私たち、マネージメント科がいるんだから」
腕に続いて左手を揉んだ後、体重を掛けるように背中を押し始める。
「大丈夫、大丈夫。かんちゃんには私たちがついてるから」
背中から伝わってくるほどよい痛みと、ほどよい暖かさ。それが生み出す気持ちよさ。実際に、それを感じさせながらそう言われれば、反論をしようと言う気にはなれない。非暴力的な心地よい口封じである。
「はふぅ」
今まで反論のために稼働していた頭が、少しずつクールダウンされてくる。体の力に至っては一気に抜けて、彼女のマッサージを正面から受け止める形。
「そうなんだよなぁ。明菜がいてくれるって言うなら、やってもいいかなぁ」
「私だけじゃないけどね。今回のメンバーで言えば、高川くんも、島原くんも、冬崎くんも。マネージメント科の人に比べれば、野球科の接点は少ないかもだけど、経営科の人たちだって、きっと力になってくれる。キャプテンは1人しかいないけど、1人ではないからね」
「お~、秋原。良い事言うのぉ」
後ろを振り返って煽り立てる神城。ところがその横で新本は差し迫ったような怖い顔。
「神城くん、神城くん。攻撃されてるよ」
「なぁぁぁ、ヘルプ、ヘルプミー」
「にゃははぁ、承ったぁぁ。新本ひかり、助太刀いた~す。テイヤァ」
その高い声でのセリフはまったく信用に欠けるほど心もとないものであったが、ゲーム的な腕はたしかなようで。油断して敵将にタコ殴りにされていた神城を、即座に救出することに成功している。
「あれだなぁ。明菜」
「は~い?」
「もし本当になっちゃったら、その時は頼むよ。他の人たちを信用してないわけじゃないけど、明菜とは特に仲がいいからさ」
「はいは~い。まだ決まったわけじゃないけどね
少し数学的な話になります
因みに僕、弘谷の得意教科は数学ですので、
おそらくその手の話は間違ったことを書いてはいないかと思います(自信あり)
ただ、英語が苦手でして……
広川先生の話していた英語は果たして正しいのか。そこは自信が無いです




