第5話 解決の瞬間
2組先発の三原は友田の一発によって1点を失うも、好投と呼べるレベルのピッチングは継続していた。4回の表、3番の三国から始まる好打順。ここで3番の三国をレフトへのファールフライに打ち取り、ワンアウト。4番の佐々木にショート強襲ヒットを許すも、続く5番の鳥居はセカンドゴロ。なんとか2塁封殺に止めてゲッツーは逃れるも、ツーアウトから6番・小崎が見逃し三振。
4組は1点リードしているとはいえ、打線がつながっているとは言い難い非常に苦しい展開。一方の2組は攻めきれず残塁が多く、こちらも苦しいように思える。だが、必ずしも残塁が多いのは悪い事ではない。なぜなら残塁の多さはそれだけ出塁している、攻めることができている証明。逆に4組のように、思うように攻めることができず、残塁が少ない方が問題なのである。
4回の裏の守備。先頭の竹田の打球は、三遊間を速いゴロで破るヒット。ノーアウトのランナーを許してしまう。そしてこのチャンスでバッターは、
『3番、ライト、村上』
強打者・村上。
何が厳しいと言えば、1塁ランナーも割と足の速い竹田であること。一見、強打者の前に1塁を空けるのは愚策にも思えるが、続く4番は主砲の西園寺。勝負ならそれでよし、歩かせるならそれもまたよし。そう考えられるのだ。
『(とにかく、ここはバッター勝負かな。盗塁も無いでもないけど、相手もこのチャンスは手堅くものにしたいところだろうし)』
長打の期待できるこの場面、リスクを負って盗塁する必要性はない。そう考えるのもまた1つの意見である。
「ボール」
判定のブレが大きいこの試合。とりあえずは判定が甘かろう、アウトコースを狙ってみるが、狙いよりボール2つ分、ストライクゾーンから大きく外れて、これは明らかなボール判定。今後の攻めも考えて、2―0にはしたくない。けど、甘く入れば痛打される。できればここは変化球でストライクをもらいたいと、カーブを要求してみる。が、これは友田の好みに合わなかったようで首を振られる。続いて出したシュートにも首を振られ、結局はストレート。ダメもとで出してみた宮島の変化球攻め案は、あっけなく一蹴。だが、これも投手主導リードというものである。
セットポジションに入った友田。やや長めの制止の後、小さく左足を上げた。その直後だ。
『(ランナー走ったっ。スチールか?)』
バッターの陰になってはっきり見えたわけではないが、ランナーがスタートを切ったことは確実に分かった。2塁送球。それを頭に浮かべ、友田の投げるコースに集中する。要求自体はインコース高めだが?
『(低め、ワンバンするっ)』
高校野球なら九分九厘・盗塁が決まるであろう低めワンバウンドコース。これを村上は無理やりスイングも、バットに当たらない。エンドランのつもりであったのだろうが空振りし、ボールはついにワンバウンド。ファールであるならランナーは戻されるだろうが、このままでは二盗成功だ。
『(くそっ。させるかっ)』
盗塁はさせたくない。
宮島はパスボールを恐れずに高い体勢の半身になり、逆シングルでボールを受ける。そしてバッターのいない右打席まで足を運ぶと、そこから2塁送球。無理な体勢。下手にノーバウンド送球はせず、ワンバウンドで。
しゃがんだ友田の頭上を越えた送球は、マウンドと2塁の間でバウンド。ベースカバーに入った前園が捕球し、滑り込んできたランナーの足にタッチした。
「アウトぉぉぉ」
審判の手が上がる。
敵味方問わず巻き起こる歓声。宮島はかっこつけて、素知らぬ顔でずれたマスクを直す。
ワンバウンドの2塁送球。プロではときどき見られる程度のプレーだが、落ちる球の増えてきた最近では、かなり必要性の高い技能である。なにより盗塁成功条件のそろった場面で盗塁を刺した、ということが流れを引き込む要因にもなり得るのだ。
『(余裕、ではないけど、今となってはできなくもないな。なにせ、今までさんざんウチのノーコン集団の相手をさせられてたんだ。今更、あの程度のボールは暴投だなんて言わねぇよ)』
やや自信を持ちながらリードに戻る宮島の一方で、監督の広川は感嘆を胸にする。
『(ほぉ、宮島くんといえば、入学試験でほぼリード力と、ピッチャーを立ち直らせた実力だけで入った子でしたよね。たしか一般の最終枠でしたね)』
土佐野球専門学校の入学枠は、一般枠(91人)と女子枠(5人)の2つ。まず各受験生を点数化し、点数順で91人の合格を決定。そのあと受験生に女子が残っていれば点数に下駄を履かせ、そのうえで残った受験生を点数順で5人の合格を決める。
つまり、理屈上は女子枠で男子が入ることも可能。だが、女子枠で女子に履かせる点数の下駄は大きいためまず起こりえない。よって一般の最終枠とは、男子最低得点合格者である。
『(身体的に勝るはずの男子で、彼女にも劣る評価で合格した宮島くん。それも今となっては本当によく成長したものです)』
生徒の成長を見届けられるのは、本当に教師として冥利に尽きる。一方で、そんな彼以上に好成績を出した彼女の凄さを思い知らされる。
土佐野球専門学校の女子枠は5人。しかし1年生の野球科女子生徒は6人。入学試験で起こりうる、理屈上のもう1つの可能性である一般枠での女子の合格が理由だ。
その彼女は即戦力型ではなかったため、上位クラスに配属はされなかったが、現在は3組でリリーバーとして活躍中である。
『(そういえば、入学試験の折、彼女も宮島くんも、推したのも長久でしたね。もし彼の目に止まらなければ、彼の合格は無かった。何があるか分からないものです)』
「ストライクバッターアウトっ」
いろいろ考えている内に、3番の村上は今日2つめの三振。
『(さて、感慨に浸るのもこのくらいにしておきましょう。今は試合中ですからね)』
試合は両投手好投。2組先発の三原は5回表を投げ終えて、打者19人を被安打5、1失点、無四死球の5奪三振。一方の友田は5回を終えて、打者17人を被安打1、無失点、四死球1の6奪三振と、それ以上のナイスピッチング。さらに友田に関しては、ここまでの唯一の得点を自分で叩きだしているのだから、チームへの貢献はかなりのものである。
ここまで友田におんぶにだっこの野手陣。そろそろ面目を保つため、援護をしたい6回の表の攻撃。前のイニング、前園・宮島が作った1アウト2塁のチャンスで、友田・神城が連続凡退したため、4組の攻撃は2番からである。
そうして選手たちが奮起している裏で、高川は球場に作られた記者席へとやってきていた。これも原則として球場を再現するためにとりあえず作られたもので、仮に使われるとしても、例えば学校の広報活動のためや、本当に記者がやって来た時くらいのもの。日常的に使われる場所ではない。
だが彼はそこへとやってきて、カバンからノートパソコンや紙の束を取り出した。
ベンチ内の動きから、このイニングで友田が降りることを知った。そこで友田の謎を解くため、ここで資料とにらめっこしようと言うのである。
『(球種別被打率。1試合当たりの暴投・後逸数)』
島原と冬崎の2人がまとめたデータのうち、高川が気になったのはその2つであった。
球種別被打率。彼の持つストレート、カーブ、シュートのうち、どれがどの程度打たれているのかを算出したもの。球種の区分は記録員が見てやっているため、実際に投げたものと違う可能性もあるが、記録員もプロである。信憑性自体は高いと見て間違いない。
そして、1試合当たりの暴投・後逸数。ピッチャーによって投球イニングが違うため、仮に9イニング投げた場合に直した、暴投および後逸の数である。実際にランナーが進んだ数、進まなかった数、その合計など分けて書いてあり、非常に分かりやすいものだ。
「ストレートの被打率がいやに低いのは、間違いない。そして、暴投や後逸の数も、他のピッチャーに比べて多いんだよな」
様々なデータを頭の中で集計する。
水曜日に秋原と共に集めた、初速と終速、2つの球速データ。ハイスピードカメラで撮影した、友田のボールの状況。島原と冬崎がまとめてくれた、数多くのスコアデータ、そして自身が目で見た実際の試合。
その瞬間、すべての点が線でつながった。
「なるほど……」
新たな仮説。いや、これはもはや結論に近い。この試合後にでも図書館で資料をあさり、証拠を強固たるものにすれば、証明が完全に出来上がる。
『(ほぼできあがったぜ、宮島ぁ。友田康平。あいつのピッチングの謎がな)』




