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プロ野球への天道  作者: 日下田 弘谷
第2章 馬鹿と鋏と下手は使いよう
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第3話 手がかり

 ゲーム差7.0で3組を追う4組。それを本日、迎え撃つは、1組をゲーム差3.0で追いかける2組。

「2組相手は本当に辛いなぁ」

「そうじゃなぁ。特に2組は勝利の方程式を確立しとるけんのぉ」

 試合開始直前、宮島が小さな声で漏らすと、それに神城が答える。

柳川(やながわ)深田(ふかだ)加賀(かが)の勝利の方程式。6回までリードされてたら、後はそれで逃げ切られるからな」

「ウチも勝利の方程式があればいいのに」

「方程式作る前に勝てんけぇのぉ。まぁ、勝ちパターンとしては、長曽我部か友田先発で、新本・立川の継投を考えとけばいいじゃろう」

 先発は長曽我部にせよ友田にせよ、頭文字はT、中継ぎの新本がNで、抑えの立川がT。3人合わせて『TNT』である。

 爆発炎上しそうな気しかしないネーミングである。

「それもあるけど、結構打撃もきついんだよな。1番の大谷(おおたに)義次(よしちか)、3番は村上(むらかみ)義樹よしき。どう抑えたものか……」

 ただでさえ慣れない木製バット&硬式球とのことで、1年生の間でホームラン自体はまだ出ていない。ゆえに打撃力を計る指標と言うのは、打率、長打率、そしてOPSあたりになるのだが、大谷の打率は、規定打席到達車内で3位。そして村上の長打率は2位。非常に面倒なバッターなのである。

 先日も長曽我部が初回、この両名に長打を許したことから、ペースを崩して爆発炎上。2回ノックアウトされている。その後、なんとか打線が奮起して追い上げるも、6回までに2点のビハインドを許したまま。あとは勝利の方程式の前に1点も取れず、敗北を喫している。

「要は序盤を抑えれば勝てるんだが……」

「もしくは打ち勝つか、じゃろうな」

 そろそろ時間も差し迫っている。神城はヘルメットやバット、バッティンググローブにエルボーガードと準備を整え、グラウンドに足を踏み出す。

 なお、本日のオーダーは以下の通り。


 1番 ファースト 神城

 2番 セカンド 原井

 3番 ライト 三国

 4番 レフト 佐々木

 5番 サード 鳥居

 6番 センター 小崎

 7番 ショート 前園

 8番 キャッチャー 宮島

 9番 ピッチャー 友田


 今週の2試合目であるため、テスト的な意味合いも含まれてはいるのも理由にあるが、この時期は投手から野手に転向する選手もいるため、春とはオーダーも変わってくる。

 実際に春はショートをやっていた原井がセカンドへ、レフトには投手から転向した佐々木が、センターには転向したばかりの小崎、ショートには前園と大きく変更されている。これが吉と出るか凶と出るかは、今後の試合が物語っていくだろう。

 対する2組は、1番に大谷、3番に村上といつものオーダー。先発のマウンドにはローテ2番手、右の三原(みはら)が上がる。

「そうじゃなぁ、とりあえず、甘かったら初球からじゃのぉ」

 まもなく試合開始。左バッターボックスへは神城が歩いて向かい、ネクストバッターサークルへ原井が入る。

 なお4月中は球審を審判養成科の教師が務めていたが、5月にもなると、実践練習の名目で生徒が行っている。それでもバックネット裏で教師が目を光らせているため、明らかなルール適用間違いに関しては心配する必要もないだろう。

『まもなく、1年生学内リーグ、第16試合。1年2組対、1年4組の試合を開始いたします。先攻、1年4組の攻撃は、1番、ファースト、神城。背番号9』

 ウグイス嬢によるアナウンスを聞きつつ、ゆっくりと左バッターボックスへ。守備側、攻撃側、それぞれの準備が終わったのを確認してから、球審が正面を指さしコール。

「プレイ」

 非公開とはいえ、テスト中継の行われる試合が始まった。

 マウンド上の三原。先頭の神城に対して初球。インコース低めへのストレートに、今のはいいコースだな。と感心する神城だが、審判の手は上がらない。

「ボール」

『(ふ~ん、今のコースを取らんのじゃなぁ。これは今日のピッチャー苦しいじゃろうなぁ)』

 たしかにインコースへボール半分外れていたと言われれば否定できないコースだが、審判によってはここもストライクと取るだろう。内はかなり厳しく取るタイプの審判と見て間違いない。

『(ま、これなら楽に塁に出られるじゃろぉ。厳しい審判は打者の味方じゃけぇ)』

 続く2球目。インとは逆に、今度は外を突いたストレート。次は先ほどの球以上に外れており、100人いれば90人はボールと言うであろうコース。が、

「ストライーク」

 今日の球審は残った10人側の人間だったようである。

『(今のがストライクかぁ。さっきのボールに対して妙に甘い判定じゃなぁ。外に広いタイプなんか? それとも判定ブレブレのタイプなんか?)』

 ただこれで1―1の平行カウント。追い込まれてしまう前に、なんとか勝負をかけたいところである。狙いは絞らず、どこに投げられても対応できるよう、自分のストライクゾーンを広げて待つ。

 第3球。インコースいっぱいのハーフスピード。わずかにシュート回転だったのか、真芯こそ外してしまうも、それでも芯自体では捉えた。打球はセカンド・ショートの間を簡単に破ってセンター前クリーンヒット。ノーアウトのランナーが出塁する。

『2番、セカンド、原井。背番号7』

 ここは確実に1点をモノにしたい4組。バッターボックスに入った原井は早くも送りバントの構え。神城を2塁に送り、クリーンアップで1点を取る算段であろう。

 初球。様子見のつもりで放った外のストレートに、原井はバットを引いてワンボール。1塁の神城も動かない。

 ノーアウト1塁のこの状況。攻める側も、守る側も慎重だ。

 監督の広川からそれっぽいサインが出る。これがただの陽動なのか、それとも何かしらのサインなのかは不明だが、いずれにせよ仕掛けてきても不思議ではない。

 セットポジションから三原は2球の牽制を挟む。いずれも大きなリードを取っていた神城に対する警戒だが、それでもかなり余裕の帰塁。さすが、現在、1年学内リーグで最多盗塁を記録しているだけある選手だ。

 盗塁を警戒しながらも、バントの構えの原井に対し、三原の2球目。左足が上がる。

『(来た)』

 神城スタート。絶妙なタイミングでのスタートに、ここでの盗塁阻止は難しいか。そう思われたが、

『(甘いっ)』

 2組・キャッチャーの西園寺(さいおんじ)は、アウトコース高めにウエスト。

 バントエンドランがかかっていたため、原井はそのボールに飛びついてバントを試みる。だが、バットは届かず空振り。すぐさま2塁への送球が行われ、神城も回り込んで2塁タッチを狙うも、あと一歩、二歩間に合わない。

「アウトぉぉぉぉ」

 バントエンドランも外され、盗塁も失敗。一気にランナー3塁を狙った奇襲作戦は、呆気なく失敗に終わる。

『(ほんと、2組の西園寺は強肩じゃのぉ。こりゃあ、盗塁企図数も少のぉなるな)』

 神城は自分を刺したその肩に感心しながらベンチへと引き上げる。

 よく盗塁阻止率や、盗塁阻止数はキャッチャーの強肩を示す値として浮上してくる。しかし幾人かのプロ野球選手が言うには、『阻止数・補殺数よりも、次の塁が狙われる数が減ることが重要である』との事。言わば強肩を持って刺して進塁を防ぐよりも、根本的に盗塁されない抑止力であるべきだと言う意見だ。

 現・盗塁王の神城が刺される。これは間違いなく、4組、そしてこれを知った他クラスへの抑止力になるだろう。今後のペナントレースを考えた上で、意外と大きなワンプレーだ。

『(面倒な強肩じゃなぁ)』

「お~い、宮島。ちょっとええかのぉ」

 ベンチにも戻った神城は、リードの参考にと今日の審判のクセを伝えた。

 とにもかくにも、ワンプレーでチャンスが潰された1年4組。2番の原井がショートフライ。続く3番の三国がライトライナーに倒れてスリーアウトチェンジ。1回の表は無得点に終わった。



『1回の裏、1年2組の攻撃は、1番、サード、大谷。背番号7』

 打率学内3位のリーディングヒッターが右バッターボックス。

 警戒していたバッターとの対決が早速回ってくる。

『(さぁてと、どうやって勝負しようかな)』

 守備に付くまでは撮影のことが頭にあった宮島だが、いざキャッチャーとして構えてしまえば、そんなことなど頭になくなってしまう。ただいかにして抑えるべきか、考えるのみである。

『(とりあえず、友田、初球、ストレートはどう?)』

 試合開始前、今日の気分はストレート主体と友田から聞いていた宮島は、早速ストレートのサインを送る。コースはアウトコース低めいっぱいを要求。

 ワインドアップモーションからの初球。

「ぼーる」

『(ふ~ん。まだ1球じゃどうにも判断できないけど、ここがボールか。神城は内が厳しいって言ってたけど、内と言うより、審判から見て右サイドが厳しいのかな?)』

 左の神城にとってのインコースは、キャッチャー目線で言えば右のアウトコースと同じコース。少ない情報ですべてを判断するのは早計だが、限られた情報で出す仮定としては、あながち間違いとも言えないだろう。

『(そしたら、次、インコース低め。お願いできる?)』

 少し相談するような動作も交えつつ、2連続となるストレートのサイン。首を横に振らずにモーションに入ったことからして、特に不満があるわけでもないようである。

 2球目。友田の右腕からボールが放たれた。

『(まずいぞ、友田。甘いっ)』

 インコース低めを要求したものの、配球はど真ん中やや内寄り。初回の1番バッターでありカウントの浅い事を考えて、見逃してくれと願う。しかし、こうした甘い球は逃さないのが、土佐野球専門学校の生徒の特徴。

 様子見する気なし。ファーストストライクから打って出た大谷。バットはボールの頭をかすり、ショート真正面の高く跳ねるゴロ。打ち取ったようにも思える打球だが、勢いがなさ過ぎて内野安打にもなりそうである。

「前園っ。ボール1つ」

 普通に処理しても間に合わない。そう気付く宮島だが、先頭を出すわけにはいかないと指示を出してしまう。

 そして、普通に処理すれば間に合わないと言う事は、処理する前園にも分かっていた。だから普通に処理はしない。保守的な高校野球とは違う、革新的な考えを持つ元プロの監督達が上に立っているからこそできる手段。

「いけるっ」

 前園は前にダッシュしながら、跳ねあがってきた打球を素手で掴み、勢いを殺さずそのまま1塁へとランニングスロー。

 失敗を恐れぬ積極的守備――ベアハンド

 やや逸れたボールも、ファーストの神城がしっかり捕球。ほぼ同時とも思えるタイミングに、セーフか、アウトか。一瞬、審判の判定に注目が集まったが、

「アウトっ」

 1塁審は豪快に右腕を振り下ろしてアウトコール。

 先頭バッターを前園のファインプレーで凌いだ。

「よしよし、ナイスプレーです、前園くん。手堅く捕ったところで内野安打。エラーして後ろに逸らしたところで、せいぜいシングル。その判断、いい判断ですよ」

 3度、拍手をして前園を讃える監督・広川。もちろんベンチにいる彼の声は聞こえないのだが、前園は監督に向けて「やったぜぇ」と言いたそうなガッツポーズ。すると広川も、「よくできました」とサムズアップ。

『(よっしゃ、ナイス前園。3番の村上に回るこの打順。1番を切れたのは大きい)』

 ここを切ってしまえば、少なくとも村上の前に大ピンチを招くことはない。仮に次を出しても、ランナー1人であれば無得点で乗り切る希望もある。

『2番、センター、竹田(たけだ)。背番号5』

 続く2番が左バッターボックス。ここはかなり楽に攻めることができる。監督にもより、またまったくの無力ではないが、上位打線の中で2番は軽視されがちな打順。ランナーを送る能力を重視されているためか、それほど苦もなく抑えられるだろう。

 ここで宮島はストレート主体を選択。初球、アウトコースへのストレート。少しボールくさいコースだったが、これをストライクと取られる。2球目のインへのカーブをボールと取られてカウント1―1。3球目、アウトコース低めを狙ったシュートが逆球、インコースの球になるも、これを詰まらせてセカンド真正面のゴロ。

『(いいぞ、いいぞ。ツーアウト、ツーアウト。さぁ、友田。この調子、この調子)』

 順調な試合展開。ランナー無しでこのバッターに回せたのは大きい。

『3番、ライト、村上、背番号31』

 勝てない勝負ではない。仮に日本プロ野球における歴代最高打率の打者でも、ヒットを打てるのは4割近く。6割以上は凡退になる世界が野球だ。

 村上は左バッターボックスへ。身長が190近く、体重も100近くあるのではないかと思えるほどの恵まれた体型。やや濃いめのサングラスゆえに目つきは分からないが、顔は友田の方を向いて離さない。

『(立ち位置はホーム寄りいっぱい)』

 リーグ戦の特徴として、何度も対戦していることが挙げられる。実際に宮島自身は昨日、長曽我部達と共に対戦したばかりであり、友田も1か月程度前に対戦はしている。

 だが、抑えやすいかと言われるとそうではない。こちらが向こうのデータを対戦から手に入れるのと同等に、向こうもこちらのデータを対戦から手に入れている。それに、成長著しいこの時期における過去のデータなど、ほとんど意味を成さないのも理由だ。

『(ストレート。アウトコースいっぱい。今日の審判は左が甘そうだから、ここはアウトサイドを広く使おう。村上は初球から打ってくるから気を付けてな)』

 できればインから入ってくるシュートでワンストライク欲しいが、友田がストレート主体を要望しているのだから、そこを優先的してリードを組み立てる。

「ストライーク」

 ついさっきコントロールミスはあったが、まぁまぁコントロールはいい友田。構えたコースぴったりにボールが決まりワンストライク。村上はその判定に、不満そうに首をかしげる。

『(ふ~ん、ここに手を出さないとなると、選球眼は良さそうだよなぁ)』

 こうなると外の球を警戒せざるを得ない。ならばねらい目はここ。インコースから入ってくるシュート。ここまで投げたい球を散々投げて調子をよくした友田は、首を横に振ることなくモーションへ。

「ファール」

 少し内に入りすぎたボール球。これを村上がバットの根元で捉え、バックネットに直撃するファールボール。ただ、これで追い込んだことは言うまでもない。

『(さて、どうする? 1球遊びたい? それとも3球勝負?)』

 外に外すカーブを試してみたが、これは首を横に振られる。友田としては3球勝負がしたいようである。

『(それじゃあ、カーブをストライクに入れようか)』

『(ごめん。それじゃない)』

 ここまで首を振らなかった宮島のサインに、2回連続で首を振る。となると、投げる球はストレート。コースはもちろんアウトコース低め。ボールゾーンなのにストライクを取ってくれるのだから、これほどおいしいコースはない。

 0―2と追い込んだカウント。ワインドアップからの第3球。

『(むっ、少し甘いっ)』

 要求コースよりボール2つ分ほど内側。完全ストライクゾーンの投球に、村上は待ってましたと読み通りのフルスイング。しかし、

「ストライクバッターアウト、チェンジ」

 バットはボールの上を通過。かすってチップにするも、これを宮島がノーバウンドでキャッチ。空振り三振だ。

『(よし、ナイピッチ)』

 初回を3者凡退で乗り切る好投を見せた友田。リードしていた宮島は小さくガッツポーズしながらベンチへと帰っていく。

 その頃、球場のミーティングルームに作られた、仮設の中継室。映像や音声がすべてここに引き込まれている部屋である。

「ん?」

「え? どうかしたのかい?」

「あ、すみません。なんでもないです」

 ベンチでの仕事が無い間、そこで映像を見ていた高川。何かに気付いて声を上げてしまい、それをテレビ局からやってきたスタッフに聞かれてしまったが、すぐに否定して何もなかったことにしてしまう。本当にスタッフに聞かれるようなことはなかったのだが、何もなかったわけではない。

 彼の目から入ってきた情報。そして頭に入っていた事前データと照らし合わせて、1つの仮定を導き出す。もちろん物事には得てして「偶然」がありうるため、たかだか1つのワンプレーから結論を導き出せはしない。ところが今の彼にはデータの裏付けがある。

『(数値的には出ていたけど……まさか、な)』

どうでもいい話ですが、

2組の勝利の方程式は、柳川、深田、加賀です……(イニシャルを並べると?)


因みに

大谷義次=大谷吉継

村上義樹=村上義清


好きな武将です。

※〇極姫の影響

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