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プロ野球への天道  作者: 日下田 弘谷
第2章 馬鹿と鋏と下手は使いよう
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第2話 拡大 ~マネージメント科・経営科連合軍~

 翌日、水曜日。

 ここ最近、自分自身の練習をしていなかった宮島だが、今日はようやくバッティング練習の時間がまとまって取れると言う幸運。

 現在はフリーバッティング。2つあるゲージのうち、1塁側のゲージにて宮島が入って練習中だ。

「うんうん、最近、練習してない割に、なかなかいいバッティングですね」

 キャッチャーをしているのは、何を思ったのか広川。先ほどから打撃投手・新本のボールを捕球しつつ、楽しそうにしている。現役時代は外野手ながら、練習とは言え、内野をこなしたり、今のようにキャッチャーをしたり。つくづく守備に関しては器用な人である。

「新本。そろそろミックスで」

「は~い」

 宮島の要求に、今までストレート一本だった彼女が、広川のサインに基づいて変化球を混ぜ始める。それに時折空振り、時折快音を響かせる。

 そうした久しい練習をしている左後方。3塁側ゲージの裏では、マネージメント科から借りてきたハイスピードカメラを設置した高川が、左手ではスピードガンを手に立っている。さらにその横には別のスピードガンを手にし、薄めのサングラスを掛けた秋原。彼女は首から画板を下げており、打撃投手が投げるたびに何やら記録している。

「そうじゃのぉ、友田ぁ。すこ~し、高めのボール、放ってくれんかのぉ」

「はいはい」

 計測の対象は、土佐野専の1年生で屈指のバットコントロールを誇る神城に対し、安打性の当たりをあまり許していない友田。彼が投球するたびに……

「126」

「はい、126」

 高川がスピードガンの数値を言い、さらに秋原がそれをかきこむ。時折、彼女の手元を覗き込む彼の目は輝いており、今やっていることが本当に楽しそうである。

 そうしている横で宮島。変化球を投げ始めた新本にタイミングが合わない。80キロ前後のスローカーブやチェンジアップに、あまりに遅すぎて待ちきれない。繰り返し投げられると、次第にバットには当たるようになるも、やはり待ちきれずに中途半端なスイング。かろうじてヒットは、内野の頭を越える程度にとどまった。

「さて、そろそろピッチャーも交代しましょうか」

 しっかり球数を数えていたのであろう広川は、宮島のバッティング練習終了に合わせて、ピッチャーを交代。さらに隣で投げていた友田に関しても、同じくらいの球数だろうと推測し、交代させる。

「う~ん、なんか新本は遅すぎて打てないなぁ」

「あはは。かんちゃん、後半はサッパリだったね」

 首をかしげる宮島に、秋原が笑いながら話しかける。そして笑うだけではなく、彼の背中を2度3度と軽く平手で叩いた。

「ドンマイ、ドンマイ。こんなこともあるある」

「そうだよなぁ。なんだか、明菜が心の癒しだよ」

「どういたしまして」

「もう、将来、こんな子と結婚できたら気苦労ないんだけどなぁ。冗談だけど、嫁になって」

「うん。冗談だけど、いいよ」

 お互いに肘で突っつき合う2人。

「さて、秋原。次のピッチャーは立川。しっかり記録を頼むぜ」

「うん。任せて」

 高川の声に、表情を変えて向き直る秋原。その一瞬で近寄りがたい空気を作りだし、宮島との間に高く厚い壁ができあがってしまう。

「なぁ、2人とも何やっとん?」

「あはは……なんなんだろうなぁ」

 明らかに高価そうな機材を持ち出しているこの状況に、何をやっているのか知っているはずの宮島も、2人が何をやっているのか分からなくなってくる。かなり軽い気持ちで言ったはずの頼みが、気付いた時には大騒動である。

 神城に曖昧な返事をすると、純情な彼はさらに質問。

「それに朝方な、ちょっと調べもので図書館行ったんじゃけど、島原と冬崎が凄い剣幕で本を探っとったんよ。あの場所はたしか、学内リーグ戦の公式記録保管庫じゃろうけど、ほんとにウチのクラスのマネージメント科はどうしたんじゃろうか?」

「あはは……本当にどうしちゃったんだろうな」

 高川に頼んだのは間違いない。百歩譲って、そこへ秋原が参戦するのも理解できる。しかし、そこに島原と冬崎が援軍としてはせ参じるのは理解不能。

 それこそ川中島の戦いにおいて、武田方に北条家が加わった挙句、織田・徳川までもが援軍に来たような展開。

「結構、早かったはずなんじゃけどなぁ。あんな朝早くから何やっとったんじゃろう?」

「あはは……泣いていいかな?」

「?」

 その川中島の戦いの元凶たる宮島は、もう本当に泣きたいところだろう。

「やっぱ、なんか知っとるん?」

「知ってはいるんだろうけど、知っていたくはない。何も知らないことにしたい。あぁぁ、記憶喪失にならないかなぁ。都合よく消したい記憶だけ飛ばないかなぁ」

「ほんと、どうしたん?」



「ポン」

「チー」

「カン」

 クラス朝会の前、1か所に集まった宮島、神城、そして三国と横川の4人。麻雀をしているかのような雰囲気を醸し出している。

「おっはよ~、みんな。麻雀?」

「いや……あの……」

 やってきた秋原に、どうも歯切れの悪い反応の宮島。

「いいや、麻雀見てて、雰囲気面白そうじゃなぁ、って思ったのはええけど、やり方分からんから気分だけ麻雀」

 神城が見せた手元には、まったく何も細工のされていない大量の消しゴムや、お菓子の空き箱のようなものがつらつら。

「役満。50万点」

「なんだと。じゃあ、俺も役満。100万点」

「それなら僕も役満。200万点」

 横川の宣言に、三国、宮島と便乗。

「まぁ、こういう感じじゃなぁ」

「麻雀?」

「気分だけ麻雀」

 ノートに書かれている点数は1千万単位になっている。点数のインフレどころではなく、さしずめバブル突入である。

「それはそうとかんちゃん。少しいい?」

「何?」

 手招きの秋原に、宮島が立ち上がると、三国が先陣を切り、他の2人も調子に乗って煽りまくる。

「デートか、デートなのか。俺も行きたいぜ」

「いいなぁ、モテ男は。うらやましいな」

「そうじゃなぁ。ほんま、何しに行くん? 一緒に行っちゃいけん?」

「情報分析のために、微分積分のやり方を聞きたくてな。みんなも来る?」

「「「いえ、いいです」」」

 中卒野球バカにとって、微分積分は必要スペックの高すぎる話題。嘘八百を並べた適当な宮島の返しに、そんな話は聞けないと3人揃って拒絶。彼らの追撃をいとも簡単に防いだ宮島は、秋原に連れられて教室の反対側へ。

 するとそこに集まっていたのは、高川、島原、冬崎に加え、スポーツ経営学科所属の女子・石田(いしだ)、男子の仙石(せんごく)の5人。秋原を含めれば6人の大所帯。

「これは?」

「かんちゃんの依頼に応えたプロジェクトメンバー」

「泣いていい?」

 高川に頼んだだけのはずが、マネージメント科の3人、そこに経営科も参戦。本当に一大プロジェクトになり始めている。

「それで、宮島くんを呼んだのは他でもないです」

 スポーツ経営科の石田が、ある資料を提示する。

「今度の日曜日、対2組戦にて、テレビ放送のテスト収録を行います」

「それをどうして僕に?」

「かんちゃん。日曜日、第2試合目の先発予定は?」

「……マジで?」

 察した宮島。第2試合目の先発予定は友田。つまりそこで得た動画情報を元に解析を行うと言うのである。

「一応、カメラはテレビ局から借りて、カメラマンは局からの派遣と、それなりの算段が立ちましたので、動画の質は保証できるはずです」

「え、なにこのおかしな話」

 トイレに行って帰ってきたら、日中戦争の導火線ともなる盧溝橋事件が起きていたような、そんな感覚である。もはや何が何だかわからない。

「なので宮島くん。できるだけ情報を集められるよう、可能な限り、好投をしているいつものようなリードをお願いします」

「う、うん。まぁ、善処はするけど……僕のリード、ピッチャー主導だからなぁ」

「ピッチャー主導……ですか?」

「うん」

 日本の野球の場合、基本的にはキャッチャーに球種・コースの選択権があるキャッチャー主導リード。一方で宮島の言うピッチャー主導リードとは、ピッチャー側に球種・コースの選択権があるもの。宮島の場合、球種だけはピッチャー主導、コースに関しては選択権をもらっているのだが、これでも十分ピッチャー主導リードと言っていいだろう。

「かんちゃんって、そんなリードしてたんだね。まさかと思うけど、友田くんが好投してるのって、かんちゃんのピッチャー主導リードが優れているからじゃないよね?」

「だったら、長曽我部達も好投すると思うけど?」

「それもそっか」

 もし彼のリードが優れているのであるとすれば、そのリードに基づいてピッチングをしている全投手――までは言わずとも、数人も好投するはず。だが、友田だけが好投しているならば、リードが優れているとは言えないはずであろう。

 秋原も宮島のそうした反論に納得を示し、黙って利き手側に回る。

「でも、せっかく協力してくれるんだし、僕も善処してみるよ」

「お願いします」

 石田に握手を求められ、なぜかその流れで握手をかわしてしまう。

 長曽我部あたりなら、女子との握手で発狂ものなのだろうが、普段からマッサージで秋原に触れられている宮島は、特にそうしたこともなく、平然とした顔で手を離した。

「そう言うわけだから、かんちゃん。今度の試合はガンバ」

「まぁ、善処するよ。善処は」



 日曜日。今試合の先発は、予告通りの友田康平。

 宮島がふとグラウンドに出てみると、バックスクリーンのあたりには、普段には無いカメラが。さらにバックネット、1塁側スタンド、3塁側スタンドにもカメラが設置中。さらにこの球場には、あくまでも実在の球場を再現するためのカメラマン席があるのだが、そこにもカメラが運び込まれていく。

 元々、放送が決定していたことからして、このテストもいずれは行われるはずだったのであろう。しかし宮島にしてみれば、自分の依頼がここまで大きくなったように感じて仕方がない。

「ふ~ん。なかなか凄いカメラじゃないか」

 聞き慣れた声に宮島が振り向くと、1塁側スタンド、ベンチのすぐ上。そこには2年1組、小牧長久の姿があった。

「小牧先生。試合は?」

「今日の試合は夕方から。2年生にもなると、プロに入ってすぐナイターに対応できるよう、ナイターの試合をするんだよ。知らなかったのかい?」

「知ってます。でも、今日だとは知らなかったです」

「まぁ、突然だからね。なんでも今日、放送のテストをするとか。それでナイターの方もテストするからって、1組の試合がナイターに変わったんだよ。つい4日前だったかな」

 宮島は、もう穴が入ったら飛び込んでしまい、向こう10年はそこから出てきたくない気分である。

「ま、だから午前中はこの試合を見させてもらうよ。頑張ってね」

「は、はい」

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