最終話 土佐野球専門学校の教え
時は流れ……明治神宮球場
「「「あと1球、あと1球」」」
湧き上がるあと1球コール。
『東京ヤクルトスワローズ。優勝まであとアウト1つ。いえ、ストライク1つ』
中継席の実況にも熱が入る。
1点リードで2アウト。さらにカウントは2―2と追い込んでいながら、満塁の大ピンチ。迎えるバッターはメジャー挑戦を表明している、安打製造機・神城淳一。
『マウンド上の林泯台。セットポジションから、勝負の5球目――』
サイドスローから投げ出されたストレート。150キロ近い速球は打率リーグトップの神城のバットの上を通り……
『神城、空振り三振。この瞬間、東京ヤクルトスワローズ。セントラルリーグ優勝を決めましたぁぁぁぁぁぁぁぁ』
試合終了。
長いペナントレースを戦い抜き、決めるに至ったリーグ優勝。
マウンドへベンチから選手が飛び出し大盛り上がり。
スタンドもファン達がお祭り騒ぎで、その中で落ち着いた様子を出していたのは対戦相手とそのファンくらいのものだろうか。
そんな球場のブルペン。
90番台の背番号を背負った彼は、その光景をしみじみと見つめる。
「ついに、リーグ優勝」
この様子を目の前で見るのに何年かかったか。
待ちに待ったその瞬間が目の前に。
しかし彼はその円の中に飛び込もうとはしなかった。
宮島健一。土佐野球専門学校卒業後、育成ドラフト1位で入団。守備力に定評があるも、変則的な投手主導リードが受け入れられず、また貧打もネックとなり、1軍の試合に出ることなくしばらく後に自由契約。今はブルペンキャッチャーとして再契約されるも、もう2軍ですら試合に出ることはない。
そんな彼に声を掛けたのはブルペンコーチ。
「宮島。お疲れさん」
「お疲れ様です」
2人で見つめる騒がしいチームメイトたち。
「待ちに待った瞬間ですね。ただ、グラウンドで、選手として出会えなかったのは残念ですけど」
「そんなにしょげるな。嫁さんに優勝を逃したのかと心配かけちまうぞ」
「そうですね。明菜にこんな顔、見せられません」
宮島の頬に伝うものは、優勝ゆえの嬉しい涙か。それとも円に入れない悔しさの涙か。
「でも、もし、もし叶う事なら……」
その一言をコーチは黙って聞く。
「みんなと一緒に、あのグラウンドで優勝を感じたかったなぁ」
今の彼にあるただ一つの願いを。
と、コーチは彼の腕を掴んで引っ張っていく。
「きゅ、急になんですか、コーチ」
「行くぞ」
「行くってどこに?」
「言いからついてこい。お前らも」
答えないコーチはただただ彼を引っ張り、さらにほかのブルペンキャッチャー達も引き連れていく。そして1塁側ベンチに入るなり、
「貴様らぁぁぁ。何トロトロしてたんだ。優勝そうそう年寄りを怒らせるんじゃない」
待っていたのは今年で60になる監督の怒号。
「す、すみません」
何か悪い事をしたのかとも思ったが心当たりのない宮島。だが監督は怒っているような、笑っているような顔で一言。
「チームメイトみんな揃わないと、俺の胴上げができないじゃないか」
「みんな?」
その疑問そうな返事に監督もため息。
「ったく、分からないか? しかし土佐野専卒の宮島も分からんとは。あそこもまだまだ教育が足らんか。後でアニメバカの小牧に文句の1つでも言っておかねぇと」
そう吐き捨てた彼は宮島の背中を思いっきり叩く。
「裏方も立派なチームメイトだ。お前らがいないと足りないんだ」
「さぁ、行こう。そして、監督を胴上げしよう」
その一言に宮島は悲し涙を拭い、うれし涙を浮かべ大きな返事。
「はい」
その直後にマウンドでは監督、勝利投手と続いて胴上げ。
そして試合後のブルペンでは投手陣を裏で支えた存在の1人として、宮島が投手陣およびコーチ数人により宙を舞った。それは決してファンやマスコミらの目に止まることのない出来事であったが、優勝に貢献した選手外の存在の1人として、選手たちの目にはしっかり止まっていたのであった。
《土佐野球専門学校 教育理念》
真の全員野球は
選手・首脳陣だけではなく
裏方も含めたものである
選手としてある以上
自らを支えてくれる裏方の存在を
決して忘れることなかれ
土佐野球専門学校創設者 椿 新助
日下田弘谷です
自分にとっての第2作『プロ野球への天道』はこれにて完結です
果たして上手くまとめられたのか
少々怪しいところではありますが、
そこはなんとかできたと信じるのみでございます。
果たして最初から読んでくれた方がどれほどおられるかわかりませんが、
この無意味に長い小説の読破、お疲れ様でした
そして、読んでくれてありがとうございました!!
さて、今後の日下田小説についての話を……
◎最優先 「蛍が丘高校野球部の再挑戦」
○気まぐれ 「プロ野球への天道 短編」




