表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
プロ野球への天道  作者: 日下田 弘谷
最終章 プロへの登竜門
149/150

第11話 プロ野球への天道

 12月……

〈第2回 土佐野球専門学校 卒業式〉


 通常の卒業式シーズンと言えば3月である。が、その時期はプロ野球のキャンプ・オープン戦と重なり、プロ入りしたメンバーの出席が難しくなってしまう。そのため土佐野専ではこの時期に卒業式が行われるのである。

 と、言ってもそれほど大したものが行われるわけではない。

 皆はっきり覚えていない校歌を生徒手帳に書かれた歌詞を見て歌ったり、マネージメント科や経営科、審判養成科の首席の表彰があったり。なお、4組からは高川がマネージメント科首席として表彰。賞状の他、記念品として土佐野専校章が入った腕時計をもらったそうで。

 さらに創設者であり現・学校長の椿(つばき)新助(しんすけ)からのあいさつもあったが、あまり縁がないだけに「誰だっけ? あのおっさん」「そういえば学校長、そんな名前だったか」くらいの反応をしていた人も少なくない。

『では、2年生学年担任からです』

 今度は聞き慣れたウグイス嬢の声が講堂に響く。

 それを合図に正面の壇上に上がるのは、似合わないスーツを着た広川。彼は学校長や卒業生に一礼。マイクの前でもう一度一礼し、周りに分からないほど小さな深呼吸。

『みなさん。卒業おめでとうございます』

 まずはどんな学校でもありそうな言葉から始まる。

『これから皆さんはそれぞれの向かうべき空に羽ばたいていくわけです』

 いままで一緒に歩んできた2年間。しかしながらここからは皆、別の道へ向かう。

 宮島は育成選手としてプロ野球・東京ヤクルト入り。

 長曽我部は阪神、神城は広島へ即戦力としてプロ入り。

 新本は女子プロリーグに野手として入団し、秋原は高卒認定取得後の大学進学を希望。

 神部はアメリカ独立リーグへ入団予定。

 鶴見は実質メジャー契約を勝ち取り渡米。

 誰1人として同じ道を歩まない。同じように見える宮島・長曽我部・神城だって、所属する球団も指名順位も異なり、もちろん期待度だって違う。

 ここで道は大きく分かれるのだ。

『――そして、プロ野球から指名を受けたみなさん、おめでとうございます。みなさんは2年近い練習に耐え、夢の舞台に辿り着くことができたのです。しかしこの卒業は通過点に過ぎません。これからプロの舞台で生き残ることができるかどうか……それを決めるのは君たちです。そして指名を受けなかったみなさん。君たちにとってもまた通過点に過ぎません。大学からも、社会人からもプロになれる。君たちのプロ野球への天道(サクセスロード)はまだ途絶えていない。まだまだ長く続く道なのです』

 指名されなかったメンバーは落胆もした。だがここで野球人生は終わりではない。今回のドラフトだって大卒・社会人・独立リーグ等からの指名者は数多くいたのである。土佐野球専門学校におけるプロ野球への天道(サクセスロード)はここでひとまず終わりを告げる。だがこれからもその道自体は続くのである。その当人が『夢』を『目標』として持ち続ける限り……

 広川は野球科以外にもマネージメント科・経営科・審判養成科などにも声を掛け、10分弱話したくらいで締めに入る。

『他科のみなさんには申し訳ないですが、自分は野球科の教員。野球科の皆さんへ……特にこれからプロに向かう皆さんに、最後の教えです』

 彼は振り返ると、ステージ正面に掲げられた額縁を見上げる。

『土佐野球専門学校 教育理念――』



「終わった……な」

「じゃのぉ」

 講堂の外。丸めた卒業証書を手に空を見上げる宮島と神城。

「な~に、湿気た顔してんだよっ」

「「誰だ、お前」」

 その2人の間に突貫してきた長曽我部だが、両名はマイナス100度の対応。

「お前ら、俺が3組に行った途端に急に冷たくなったよな」

「そりゃあなぁ」

「当たり前じゃろぉ。敵でも味方と同じように接してくれると思っとるん?」

 当然である。

「みんな~、卒業おめでとう」

「おぅ、泣いてた明菜。おめでとう」

「いや、卒業式は泣くでしょ」

 遅れてやってきた秋原は目がやや赤く、頬もほんのり濡れている。

「でも秋原って、3年に進級するんじゃろ?」

「高卒認定取るためにね」

 土佐野専卒業生には、秋原のようにさらなる勉強を希望する人や、大学で野球を続けたい野球科生など、大学進学希望者がいる。しかし土佐野専は高校ではないため、大学進学には国家試験でもある高卒認定試験の合格が必要となるのだ。その対応として卒業生を対象として『影の第3学年』と学生間で無意味に誇張して呼ばれる、1年間の『高卒認定取得講座』および『大学入試対策特進クラス』が編成されるのである。

 今も去年卒業したことになっている第1期卒業生が、1ヶ月後に迫ったセンター試験や私立入試に向けて勉強中である。なお高卒認定が取れず、第2期卒業生のクラスに編入予定の『留年』も発生しているとか。

 要するに秋原はその『影の第3学年』に進級することが決定しているのである。

「じゃあ、まだ卒業せんようなもんじゃろ?」

「そうなんだけど、みんなとは最後じゃん。そりゃあ泣くよぉ」

 学校は最後ではないが皆とは最後。彼女にとっては環境が変わる点では卒業と同義である。

「そ、そんなことよりもだよ」

 秋原は自分が泣いていた事をごまかしたいのか、話を強引に変えてくる。

「かんちゃん。プロ、行くんだね」

「僕はな。何人か蹴ったみたいだけど」

 土佐野専の育成指名選手は6人。そのうち4組・宮島(東京ヤクルト)、1組・坂谷(埼玉西武)、1組・小松(中日)、3組・三崎(阪神)の4人が入団を決定。対して2組の竹田は入団を拒否し、高評価をしてくれたらしい台湾リーグへ。1組の福山も入団を拒否して社会人行きを決めた。

 それぞれ英断となるか無謀となるかは神のみぞ知るところ。ただ決定してしまった今、できることはただ英断と……この道が栄光に繋がることを信じるのみ。

「なんにせよ、まずは支配下登録じゃのぉ。1軍で待っとるで」

「チッ。ドラ1の余裕は違うな」

「ドラ1じゃけぇのぉ」

 と、言ってもドラ1・神城のプロ野球人生も楽ではないだろう。強打者の多いファーストという守備位置で、いかに巧打者&守備型として生き残るか。外野に移るにせよ、他の選手とは違う特色を出せるか否か。彼には彼なりの苦難もある。

「じゃあ、僕は国際大会の舞台で待っていようかな?」

「私もいつか、みなさんと同じ舞台に立ちたいです」

 さらにそこへやってきたのは鶴見と神部。ありうる範疇では割と意外な組み合わせでもあるが、鶴見はメジャー、神部は独立リーグの渡米コンビ。いろいろな手続きを一緒にしている間に、仲良くもなったようである。

「いろいろ役者がそろってきたよぉじゃのぉ……あれ? 新本はどこ行ったん?」

「ここ」

 今度は神城の背後、やや低い位置から声。

「うぉ。いつからおったん?」

「最初からいた」

「気付かんかったなぁ。もうちょっと体を大きくせんといけんで? 条約外軍艦じゃないんじゃけぇ。なんなら名前、新本みゆきにでもする? 新本わらびとかでも面白そうじゃけど」

「電と神通は絶対許さない」

「なぁ、神主。こいつらってこんなんだっけ?」

「いや。こうなったのは割と最近。こいつら意味が分からない例えをするから、空気の後始末が大変なんだよなぁ」

 3組移籍以降、あまり4組勢とは関わりのない長曽我部。土佐野専選抜において宮島・神城・神部らとは気持ち程度に関わっていたものの、『神城&新本コンビ』とは接点がまったくないわけで。

「神主もキャプテンなりに苦労してんなぁ」

「まぁな。でも、こんなのとそろそろおさらばと思うと、肩の荷が下りる気はするな」

「そういえば宮島はキャプテンじゃったのぉ」

 神城は神城で野手副キャプテンである。

「ねぇねぇ、寂しい? 私がいなくなって寂しい?」

 宮島の背中に飛びつき、彼の頬を突っつく新本。

「鬱陶しい離れろ」

「と、言いながら、実は背中にくっついてる私の胸の感触を満喫していることを私は知ってる――」

「さぁ、新本。おとなしく殴られるんだ」

「やだぁ」

「突貫」

「にゃあぁぁぁぁぁ」

 柔道家・秋原並みの投げ技を見せ、新本のマウントポジションを取ってから殴りまくる宮島。

「確かに、ちょっと寂しくもあるのぉ」

「このかんちゃんと新本さんの殴り合いも今日で見納めかな?」

「殴り合い?」

「鶴見さん。私たちの間では、宮島さんが一方的に殴ることを『殴り合い』と言うんです」

「へぇ、そうだったんだね」

「俺の知らないところでいつの間にそんなスランプが?」

 長曽我部の言語力は実際に絶不調(スランプ)のようだが、正しくはスラングである。

 そう騒がしくしていた彼らのもとへやってきたのは広川。

「みなさん、ご卒業おめでとうございます。プロ入りできたメンバー、できなかったメンバーさまざまですが、間違いなく過去と比べて成長はしています。これからもがんばってください」

「広川先生も変わりましたよね」

「何がですか?」

「最初の頃なんて、バント野球だったじゃないですか。今となってはあんな強攻策野球になっちゃって」

 彼らが1年生の時、つまりは広川にとっても指導者・采配者としての1年生時代。バント野球からしばらく離れられなかったが、『何もしないという采配』をする決断力や勇気を得たわけでもある。そういう意味では宮島の言うよう、指導者として変わっているのかもしれない。

「でも、宮島。それ以上に変わったことがあるじゃろぉ」

 神城の思いつきに、宮島・長曽我部・新本・秋原ら、旧来からの4組陣はそろって頷き。そして声を合わせて――

「「「口調」」」

「黙りなさい」

 これも昔なら「黙れ」「うるさい」「シャラップ」と強い口調だったのだろうが、最近はずっとですます口調である。これもある意味で変化なのか。

「でも俺、久しぶりに会って思ったけど、神城も神城で口調が標準語に寄ったよな」

「ほんのり、じゃけどのぉ」

 本当にほんのりである。

「口調はさておき、みんなこの学校で成長したんじゃなぁってつくづく思うで?」

 宮島はキャッチャー主導リードだけの選手だったが、そこに経験が加わり、さらに並外れたキャッチング、読み打ちなど様々な我流の武器を手に入れたものである。

 神部も女子にしては上手い程度から、投球フォームの修正などを経て、土佐野専選抜チームに選ばれるほどの投手に。

 新本は地味ながらメンタル面を改善し、終盤には野手としての力を開花させた。

 そして長曽我部はストレート馬鹿から速球派に転向。

 何より成長著しいのは鶴見か。入学時点で小牧曰く『打撃投手(バッピ)』だったが、多彩でキレのある変化球や制球力を手に入れ、日米で争奪戦となるレベルの技巧派左腕に。

 もっとも成長感がないのは神城だろうが、そんな長曽我部・鶴見ら化け物投手陣に変わらず対応できているのは成長しているからでもある。

 成長していない人は誰1人としていない。それが結果としてプロ入りに繋がったかどうかの違いはあるも、まったくの無意味なわけではなかったのである。

「そうだな。僕も入学当初から考えると、まさかプロに行けるとは思わなかった」

 入学試験一般枠における最低評価からのプロ入り。宮島にしてみれば晴天の霹靂である。

「プロに行くなら趣味も適当に見つけんといけんのぉ。将棋とゲームどっちがええ? プロ入りまでに教えちゃるで?」

「適当に探すからいいや」

 これから野球を仕事とするだけに、趣味を探しておくのも必要である。

「体調管理は、大丈夫かな? プロに行けば私以上のプロがいるし」

「かんぬ~、あきにゃんに引き続きマッサージしてほしいなら、結婚したらどお~?」

「け、結婚ですか⁉」

 急な結婚話に跳ね上がるように驚く神部。なお宮島・秋原両名の反応は、

「ま、いずれな」「そのうちね」

 満更ではない様子。もっともこの手の話やこの手の反応はいつものことであり、どこまで冗談でどこまで本気なのか分からないコンビではある。

「ヘイ、ケンイチ=ミヤジーマ。趣味にお困りなら、夢の世界へいざなって差し上げるぞ」

「マスター=タチカワ、天川、そしてこの私とともに夢の世界へ行こう」

「一度入ったら帰ってこれない天国だ」

「タチカワーズ、やめろ。二次元世界に引き込むな」

 立川、本崎、天川のタチカワーズも集まってくる。

「おぉ、シロロン提督氏。このままでは宮島司令ほどの逸材が引き抜かれてしまうよ」

「まったくだ。我が連合艦隊に引き込もうではないか。今ならば改鈴谷型を進呈するぞ。宮島司令」

「ふっ、完成前に終戦してるし」

「別にタチカワーズみたいな派閥じゃないんじゃけどのぁ。僕ら」

 さらに小崎・三国らも神城・新本と合流し、大日本帝国軍としてゲーム世界に引きずり込もうとしてくる。

「まっ、その、なんだ。宮島。入団までに趣味のひとつやふたつ見とけとけ」

「時に高川、お前は何が趣味なんだ?」

「ん? データベースいじり」

「お前もなっ」

 野球が趣味な野球選手と、データベースが趣味な情報系企業『MEZNコミュニケーションズ』の新入社員。どっちもどっちである。

 と、宮島がふと気づく。

 このちょっとした集まりに担任の広川がいたからだろうか。他のところにいた4組のメンバーが、4組の集まりと勘違いして集まってきた。そのため長曽我部や鶴見も「お邪魔みたいだし」と撤退。それぞれのクラスメイトのもとへ。

「やれやれ。いつの間にやら4組のコミュニティができちゃいましたね」

「どうしますか? 広川さん。何かしますか?」

「あいにく、もう言うべきことは卒業式で言っちゃいまして。何もないんですよね」

 突然のイベントに広川も手札がないようで。

「じゃあ、さ、みんなあれやろうぜ。帽子を上に投げるやつ」

「防衛大かなんかなん?」

「あの、宮島さん? 制服なんで、帽子、ないです」

「あっ」

 つくづく締まらない子である。

「だったら、だったら、だったら、上着を放りなげよ。上着」

 そこで新本が提案し、皆が「ナイスアイディア」と上着を脱ぎ始める。そしてそれぞれが利き腕に上着を丸めて持ち、

「ほら、キャプテン。合図しぃや」

「宮島氏、早く」

「「「キャプテン、キャプテン」」」

 神城・立川に端を発するキャプテンコールに、宮島は自然とできた円陣の中心で咳払いをひとつ。

「それじゃあ、みんなはこれからそれぞれの道に進むと思うけど、この学校の卒業生である点では永遠の友達だからな。だから、えっと、その……」

 何かそれっぽいことを言おうとしたわけだが、それほどネタがなく、困った宮島は、

「卒業おめでとぉぉぉぉぉぉぉ」

「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉ」」」

 無理やりそこへ繋げ、天高く上着を放り投げた。

 なお……

「いてっ。誰だ、携帯入れたまま投げたやつ。」

「ちょ、俺の財布知らねぇ?」

「何やってんだよ、ポケットの中身出しとけよ」

 一部(7割)の人間のミスによって大事故が発生した。

 そして……

「お、4組なんかやってるぜ」

「俺たちもやろうぜ」

「「「いいね、いいね」」」

 他のクラスにも派生。さらにこれを見ていた1年生にも派生。

 卒業式に上着を放り投げる。これが土佐野専の伝統が生まれた瞬間であった。


 厳密には高卒認定のために一部が引き続き3年目も在籍。またプロ野球の新人自主トレ・キャンプが始まるまで、もしくは就職まで土佐野専寮に住むわけだが、この日をもって正式に土佐野球専門学校2期生160名が卒業となった。

 そして皆、それぞれの目指す空へと旅立っていく。

 この学校で成長させたそれぞれの翼で、それぞれの飛び方で……社会という名の大空へと。


やってみたかった

最終話のサブタイトルに、作品のタイトルをつけるやつ

……エピローグあるから、厳密には最終話じゃないけど

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ