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プロ野球への天道  作者: 日下田 弘谷
最終章 プロへの登竜門
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第9話 プロ入りへの思い

 学内リーグ戦は1位から1組・2組・3組・4組と、去年とまったく同じ結果に終わった。そして2年制である土佐野球専門学校にしてみれば、2年生のシーズンが終えた時点であとはドラフト会議を待つのみである。が、やはり中には不安で誰かと会話という名の愚痴をこぼしたい人もいるものである。

 宮島、神城、神部、鶴見の4人は、おやつがてら喫茶店でティータイム。愚痴るために鶴見を呼んだのは宮島。神城と神部は話を聞いての飛び入り参加だ。

「鶴見はもう内定出たか?」

 紅茶を片手に嫉妬交じりの問いかける宮島。それでも鶴見はクッキーに伸ばしかけた手を止めて笑顔で返す。

「そうだね。ひとまず入団交渉はまとまったかな?」

「その内容は?」

「ざっくりいえば、遅くとも2年目までのメジャー昇格確約。1年目はアメリカの環境に慣れるとともに、じっくり体を作る意味でマイナーだね」

「契約の国・アメリカがよぉそんなトンデモ契約したのぉ」

 神城はその契約内容に驚きつつ、もみじまんじゅうにかぶりつく。

 アメリカは日本以上に契約に厳しい国。メジャーリーガーは契約の際、分厚い書類にサインさせられるともいわれるほどである。それほどの国の球団が40人枠(ロスター)入りを保証する契約を結ぶとは、鶴見誠一郎という投手はいったい。

「日本とアメリカを天秤にかけたからね。日米両方あるって公言してたからね……表向きには、ね?」

 鶴見は対内的には日本球団拒否の意向を示していたが、対外的には日本入団もあるとの意思を示していた。その結果が日米両球団の契約条件競争を生んだのである。プロ関係者との直接交渉が可能な土佐野専ゆえにできることであろう。

「もしかしたら、自主トレで一アピールやっちゃったからかもだけど、ね?」

「いったい何したん?」

「試合形式の打撃練習。主力級の選手は基本的に休んでたから、ほとんどがベンチ入りクラスやマイナークラス。それでもロスター入りしてる打者だったけど」

「で? 鶴見はどうだったんだ? 一アピールってことは、1試合分を無失点とか?」

「まさかぁ。さすがにそんな1試合分なんて投げきれないよ」

「だよな」「じゃろうな」「ですよね」

 宮島の過剰な期待への冷静な答え。それに三者三様の返事。

「3イニング分を1四球で奪三振4。被安打0の無失点だったかな」

「はっはっは。そりゃあのぉ、3イニングで無失点……え?」

「鶴見、お前、無安打無失点って……」

「ノ、ノーヒットノーラン」

「あ、あくまでも、ベンチ外選手相手に3イニングだけだよ」

 曲がりなりにもメジャーリーガー相手に3イニングをノーヒットノーランしたらしい。

「こ、こんな人が同じ学校にいたんですね……」

 オレンジジュース&レアチーズケーキの組み合わせを前にした神部。自らは指名があるかどうかは難しいだけに、もはや違う世界の人間を見ているかのような好奇心のまなざしを浮かべる。

「正直、メジャー確約はどうでもよかったんだけどね」

「その心は?」

 宮島が目を細めつつ問う。

「日本球団は即戦力として1年目から大車輪の活躍を期待する声ばかりだった。けど米球団は、じっくり育てるとの意向を示した。なんなら今回の契約も、メジャー昇格確約については、僕の方に破棄権がある」

「普通に考えると、初年度から大車輪の方がええし、メジャー昇格確約を破棄する必要はねぇんじゃけどのぉ?」

「私もそう思いますけど、違うんですか? 鶴見さん」

「そりゃあ、一度酷使で大怪我している選手。それを嫌って高校野球行きを拒絶したくらいだもんね」

「育成計画に惹かれたんじゃなぁ」

「そういうことだね。もし日本球団も『じっくり育成』とか『投球制限』とか言ってくれれば、少しくらいは心が揺らいだんだけど……まぁ、米球団との交渉材料になってくれただけでもよしとしようかな」

 この鶴見少年。天使のような笑みを浮かべながら、悪魔のように日本球団を手玉に取り利用したもよう。

「神城くんはどうだったんだい?」

「最有力候補は広島じゃのぉ」

「地元じゃねぇか。よかったな、神城」

「まだ決まったわけじゃねぇで? あくまでも最有力候補じゃけぇのぉ」

 ドラフトというものは大まかな方向性から各球団の指名がなんとなくでも予想できるものである。しかし予想外の指名や、寸前での方向転換はよくあるもの。神城が指名されることは間違いないだろうが、決定とは言い難いものである。

「ただ、本当に僕はどうなるか分からないからなぁ」

「でも宮島もプロのスカウトから接触は受けとるんじゃろ?」

「まぁ、とりあえずはな」

 手のひらサイズのプラスチックケースから取り出したのは、プロ球団スカウトの名刺。鶴見や神城のように全球団そろっているわけではないが、数球団から接触があったのは確かである。

「でも指名される確約はない、と」

「日本球団を蹴ることができる鶴見がうらやましい」

 鶴見の的を射た指摘に対して少し皮肉めいた返答。

「そうなると、万が一に指名を受けんかったとき、どうするかを考えにゃいけんじゃろぉ」

「私は指名がなかったら、大学進学も視野にありますけど……」

「僕はもしなかったら、神城商事の野球部に行く予定じゃったんじゃけどのぉ」

 野球科の中では頭のいい神部は進学を視野に、親が企業家の神城は会社の野球部の可能性もあった。しかしドラフト上位指名間違いなし神城に関しては、その方向に進むことは薄いとみていいだろう。

「僕は……考えてないなぁ。それも考えておかないと」

「あと逆に、鶴見は日本球団に指名された時のことを考えとかんといけんじゃろぉ」

「と、言うとどういうことかな?」

「あっ、あのルールですね。プロ入り拒否してのメジャー入りは、数年の復帰制限がかかるっていう」

 アマチュア有力選手のメジャー流出を懸念し、日本球界が設けた規則。ドラフト指名を拒否してメジャー移籍した場合、メジャー球団退団後2年間(高卒は3年間)は日本球界に復帰できない。というルールである。なお土佐野専は高校ではないため2年間となる。

「過去にメジャー志望のアマ選手を強行指名した例もあるで? どうするん?」

「拒否一択だね」

「ええんか? 2年間の復帰制限があるんで?」

「日本球界に戻る気はないからね。2年制限があるなら、なおさら日本球界に戻る理由はないさ」

 鶴見はメジャーリーグに骨をうずめる気のようである。

「そっかぁ。ということは、もう日本で鶴見は見れんのじゃなぁ」

「いいや。そうでもないかもね」

「国際大会が日本であればとかかのぉ?」

「うん。アメリカ代表として、日本の優勝を阻むくらいはしてあげるさ」

 日本の味方どころか中立をもすっ飛ばし、早くも日本の敵宣言である。実際問題、日本球界を蹴った人間を日本代表が受け入れるかどうかと言われると、おそらくは受け入れないであろう。となると、それも当然のことなのかもしれない。

 次第に鶴見のメジャー話に盛り上がり始めたあたり。店員さんにレモンティの追加注文をした神部がふと気付く。

「あれ? そういえば、宮島さん静かですね」

 宮島もついさきほどまでそこそこ話をしていたのだが、最も盛り上がっている話で最も黙ってしまっていた。

「あぁ、ごめん。何の話?」

「宮島どうしたん? もしかしてさっきの僕の話、気になっとん?」

「少しな。プロ入りできなかったらどうしようかなんて、ほとんど考えてなかったから」

 今まではとにかくがむしゃらに野球をやってきていたし、シーズンが終わってからもドラフトまで気を抜かずに練習を続けてきただけ。プロ入りできなかった時の進路など、まともに考えたことなどなかった。

「大丈夫です。宮島さんならきっとドラフトにかかります。だって、宮島さんほどのキャッチングセンスと投手主導リードを持っている人はそういませんから」

「普通に考えれば宮島好きな神部の反応なんじゃろぉけど、それは同意見じゃなぁ。上位はないじゃろぉけど、下位なら欲しいと思うで。竹中級の守備型捕手や、西園寺級の攻撃型捕手は珍しいけど、宮島みたいなタイプはもっと珍しかろう」

「そうだね。日本だと捕手主導リードが常識だし、意外と外国人助っ人専属捕手あたりで需要があるんじゃないかな?」

 打てない走れない弱肩捕手の宮島。しかしそれ以外の面にてほかのメンバーに評価されていたようで、宮島にしてみればほんのり安堵である。

「嘘でもそういってもらえて嬉しいよ。ただいずれにせよ僕みたいな当落線上の人間は、万が一の時にどうするか考えておかないといけないからな」

「でしたら、高卒認定を取って一緒に大学に行きますか?」

「神部と同じ大学に行けば暇はしないだろうけどさぁ……」

 学校もドラフトにかからなかった選手の対応もしてくれるだろうし、大学によってはスポーツ推薦なんてものもある。学校さえ選ばなければ、どこの大学にも行けないなんてことはないであろう。そして彼女と同じ大学ならば、少なくともつまらない大学生活にはならないであろうと推測できる。だがしかし、

「神部は何のために大学に行こうとしとるんかのぉ」

 進路とは「友人と同じ」のように選ぶものなのだろうか。

「ただ健一くん。あまり過剰に考えすぎなくてもいいんじゃないかな?」

「そうで、宮島。一番いい進路は決まっとるんじゃけぇ」

「……そうだな。なんとかプロになれるように信じようか」

「私もNPB初の女子選手になれるよう、あとは神頼みです」

「神ならここにたくさんおるけどのぉ」 ← 神城

「たくさんって言うと?」 ← 土佐野専選抜の守護神(クローザ―)

「そのネタ、そろそろ飽きたぞ」 ← 宮島さんの神主

「あぁ~言いたいことは分かります」 ← 神部

 神の国の名、土佐国が出雲国より強奪



「来ちゃった(ハート)

「どこの世界に武田騎馬隊を引き連れてくる彼女がおるん?」

「え? 今川・北条との連合軍の方がよかった?」

「そういう問題じゃねかろうが。なんでしれっと三国連合なん?」

 ここ最近は近代兵器での大戦争を繰り広げていた両名であるが、本日は珍しくも三河国にて武田VS徳川の先端を開いている。

「ええけぇ、帰れや。もう」

「ひど~い。こうしてやる~。ド~ン」

「あっ、こいつ、いきなり騎馬突撃しやがった」

「テヘ」

 突撃を「テヘ」で済ませるド畜生に対し、いつも通りに戦端を開くもよう。

「もう許さんけぇのぉ。ウチの鉄砲隊で沈めちゃる」

「ふっ。徳川鉄砲隊なんて武田騎馬隊には役不足。さっさと海のモズクにしてあげる」

 なぜ『役不足』を正しく使いながら『海のもくず』を間違えてしまうのか。

「おぅ、勝ってからそれ言えや。信長、任せた」

「お、織田鉄砲隊⁉ 援軍呼んでたなんて、にゃあぁぁぁぁぁ」

 新本的には三方ヶ原の戦いを想定していたようだが、戦闘の流れ的には長篠の戦いの様相を呈している。新本の敗北は近い。

「お前ら、ずっとゲームしてるよな。バスケ部はどうしたんだよ」

「この前、地元の大会で優勝したで」

 と、ゲームをしながらに携帯電話の画面を見せてくる。それをのぞいてみると、似合わないタンクトップ姿でトロフィーを掲げている神城の姿。その後ろには高知県内で行われているアマチュア大会の垂れ幕があり、その一枚は確かに優勝を表しているといえる。

「私も頑張った」

 と、胸を張る新本。

「神城は割とわかるけど、新本のバスケ姿ってどんなんなんだ?」

「そうじゃのぉ。一応、ポジションはスモールフォワード」

「スモールって背が?」

「ふしゃあぁぁ」

 犬歯を剥いて威嚇する新本はさしずめ野生本能丸出しの猫か。

「と、言っても新本はポジションがあって無きがごとしじゃのぉ。むしろ遊撃部隊というべきか、機動性に任せて縦横無尽に走りまわっとるで?」

「上手いの? このチビっこが?」

「俊敏さを武器に活躍しとるで。背は低いけど」

「へぇ、新本さんって上手いんですね。小さいのに」

「確かに意外かも。小っちゃいのに」

「うにゃああ、あきにゃんには言われたくなぁぁぁぁい」

 土佐野専男子野球科生では低い方に入る宮島・神城、そして女子にしては体格のいい神部がそれぞれ170センチ強。しかし秋原は新本とそれほど大きくは身長が変わらなかったりする。もっとも体育系と文化系の違いと言ってしまえば、それにしては新本は低いと言えるのだが。

「しかし、みんな割と落ち着いてるな? ドラフト前日なんだが」

「僕は指名されるかどうかより、どこが指名してくれるか。じゃけぇのぉ」

「こいつ羨ましいことを」

 神城に関しては、プロからの指名はほぼ確定と言ったところである。

「私は諦め半分~」

「もう半分は諦めてないのか?」

「諦めてるよ~」

 結局のところ諦め10割らしい。

「でも、言うて宮島も神部も落ちついとるじゃろぉ」

 今の宮島は秋原に耳掃除してもらっているところで、神部はベッドに寝転がって読書中。神城&新本と同じように日常を過ごしているように見えるところだが。

「こうでもしてもらわないと、気が変になりそうなんだよ。今日なんて眠れなそうだし」

「私は少し緊張します。9割くらいは諦めているんですけど、1割くらいでもしかすると……っていうのがありそうで」

「たしかに宮島も神部もドラフト諦めるレベルじゃないけぇのぉ」

 神部は女子である以上、成長曲線や扱い方について未知数な部分も多いが、その一方、男子レベルで見てもかなりの実力を誇る点は否めない。実際に彼らが知り得る情報ではないが、いくつかの球団がドラフト候補に名前を入れているのも事実である。つまり少なくともドラフト候補から外れているわけではない。

 そして宮島も。バッテリーエラー1つで即サヨナラの場面でも低め変化球を要求できる。そんな優れたキャッチングセンス。そして数多くの投手の信頼を掴む投手主導リード。いくつもの課題や良きも悪きも計り知れない要素がある分、評価は高くなりえないが、スカウトの目を引いていないわけではない。

 ドラフト当落線上の2人にしてみれば緊張しないわけがないのである。

「す、すごく胸がドキドキして。他の事を考えていないと、気が気じゃなくて」

「神部にしてみればプロ入りもそうじゃけど、できるなら宮島と同じ球団に行けたらええじゃろぉ?」

「そうですね。別に依存ではないですけど、一緒にバッテリーを組めたら楽ですし」

 いつぞやの宮島依存の件があるため、彼女は前置きをしっかりして返答。こうすればとやかく言われまいとは思ったが、宮島はそう甘くなかったようである。

「それに神部は人生の方向音痴だしな。1年生の時から問題ごとを僕のところに持ち込みやがってからに。プロに入ってまで持ち込む気か?」

「紙屋町交差点の地下で迷いそうなレベルの方向音痴じゃのぉ」

「もうあえてツッコまないからな」

 この場にはいない人間だが、長曽我部ならば共感できる話だろう。

「宮島は首都圏の人間じゃけぇ地下とか慣れとるじゃろぉ」

「何の話かしらんが、あまり都内に出ることはないぞ。僕は基本的に野球漬けで、家と学校の往復だったし」

「I’m Osaka!!」

「福岡はどうじゃったん?」

「広島や東京ほどか分からないけど、地下街はあったよ。あまり私もそこにいく機会はなかったけど……」

「I’m Osaka!!!!」

「長野は……うん」

「あ、あの、目を背けないでもらえますか? 都市部には勝てないのは分かってますけど、憐みだけはやめてくれますか?」

「I’m Osaka!!!!!!」

「ちょっと大阪府民うるさいで。ええ加減にせんと、風林火山全員潰すで」

「ふっ、内藤、高坂、馬場、山県。全員もう死んだ」

「総崩れしとるじゃん」

 大敗北であった。

「新本、縁起悪いのぉ。ドラフトかからんのんじゃないん?」

 ひじで突っつき新本を煽る神城。すると彼女は神城にあるゲームソフトを見せる。

「次はこっちで勝負」

「……え?」

 ダンケルクの戦い 連合軍・新本 VS ドイツ軍・神城

 王立海軍の艦砲射撃を生かした連合軍がドイツ軍を撃破。新本完勝。

「ねぇねぇ、シロロン。縁起悪いねぇ、ドラフトかからないんじゃない?」

「じゃあ、次はこっちで勝負じゃのぉ」

「……え?」

 坊の岬沖海戦 米軍・新本 VS 帝国海軍・神城

 制空権を喪失した状態の中で、戦艦大和を駆使して米軍撃破。神城完勝。

「のぉ、新本。縁起悪いのぉ。ドラフトかからんのんじゃないん?」

「ふにゃあぁぁぁぁぁ」

 2人の戦いはまだまだ続く……


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