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プロ野球への天道  作者: 日下田 弘谷
最終章 プロへの登竜門
143/150

第5章 勝ちたいのは4組だけじゃない

 逆転を果たした直後の5回表。打撃での好調を投球でも生かしたいところではあったが、

「ボール、フォアボール」

 先頭・大倉を三振に取ったあと、7番の酒々井にストレートのフォアボールを許してしまう。

『(1アウトは取ってるし、打順は下位。その点では安心だけど、逆に言えばここで切れなければ上位に回る)』

 これが序盤ならば理想形は、次のイニングの先頭打者がピッチャーとなる8番切り(ダブルプレー)。しかし次のイニングで先発が引く可能性のある5回ともなれば、わざわざそれを狙う必要性もない。もちろんそれができるに越したことはないが。

『(考えうる中で一番避けたいのが、8番出塁の9番バント。長曽我部にバントはないだろうけど、一応はあいつピッチャーだしな。あいつの打率は1割中盤。打たせてくるならくるで、それはたいして怖くない)』

 自分で考えていて悲しくならないのか、打率1割台前半の宮島。得点圏打率は3割近いわけだが、言い換えればそれを除いた非得点圏打率はさらに低くなるわけで。

 なんとかここを抑えたい本崎。セットポジションからの初球。8番に出塁させることの危険性が分かっていたのか、フォアボールを恐れての置きにいく投球。酒々井はじっくり待って……なんてすることなく、内に甘く入った変化球を振りぬく。

 打球は三遊間。サードの鳥居は間に合わず。しかしショートの原井は追いつき逆シングルキャッチ。体勢を立て直してから体をひねりながら2塁へと送球。

「アウトっ」

 間一髪での2塁封殺。きわどい打球であったが2塁でランナーを殺す。ただヒヤヒヤもののワンプレーであった。

『(っぶねぇ。しかしこう見ると、前園ってマジで上手いんだよな)』

 原井との比較をすればよくわかる。園がショートならば、逆シングルから体勢を立て直さずに上体だけで、下手すれば腕だけで2塁に送球していただろう。その場合、もちろん2塁はアウト。タイミング次第では1塁もアウトで併殺であろうか。

『(それでも、原井も上手くなったよな。今の打球、昔のウチなら三遊間真っ二つ。もしくは追いついてもショート内野安打だろうよ)』

 あの打球をアウトにできるのだからピッチャーとしては楽である。

「さてと」

 宮島は少しずれたマスクをかぶりなおしながら、相手方のネクストバッターサークルに目をやる。

『9番、ピッチャー、長曽我部』

 次のバッターは長曽我部。ピッチャーとしては打撃の上手い部類の選手ではあるが、あくまでも『ピッチャーとしては』である。あまり過剰に警戒すべき相手ではない。

 本崎はランナーを背負いながらも、ピッチャーの打順に一安心しながら第一投。アウトコースのサインとは逆球だが、かえってインコース低めの厳しいコース。これならば失投は失投でも安心であるし、何よりそうそう打てる球では――

「ファ、ファール」

 訂正。長曽我部の打球は三塁線、サード・鳥居の真横を抜ける痛烈なライナー。あと20センチ内に入っていれば長打コースであった。

『(ちょ、今のをあんな打ち方すんのかよ)』

 今のを打つのは簡単でないことは、自身が野手だからよく分かる。

『(しかし、なんでピッチャーってやつは練習してない割に打撃が上手いかな?)』

 打率2割台後半の鶴見。

通算ホームラン5本記録の友田。

女子野球界最強『打者』とも言われる神部。

遊び程度にしか練習せずして才能だけで自分より打っているのだから、打撃下手としてはそこらのメンバーに文句も言ってやりたいところだ。

『(今日のこいつにはあまり手を抜いたらいかんと思うけど……本崎のご希望は?)』

 サインを送ってみたところ、初球のサインにあっさりと了承。時折は首を横に振られるものの、度々振られるわけではないのは2年間の経験ゆえか。

『(じゃあ、インを攻めようか。ピッチャー相手にインを厳しく攻めるのも考えものだが、まぁ4組を出て行った報復だと思ってくれや。筋肉馬鹿)』

 本崎の投球モーションに合わせてインコースに寄った宮島。ぶつける覚悟での投球はピッチャーに対してやるべきものではないが……

『(よし、これなら)』

 本崎の投球はサイン通り。インコースいっぱいへの厳しいストレート。この配球ならば打たれてもそれほど危険ではないはず。しかし、

「ちょっ、マジかよ」

「うそっ?」

 宮島は反射的にマスクを上げ、本崎も跳び上がるように振り返る。

インコースを捉えた長曽我部の会心打はレフト方向へ。打たれた瞬間こそ少し深い程度のレフトフライかと思われたが、レフト・三国の全力背走を見る限りはその程度の打球には見えない。

『(ちょ、ちょっと待て。三国のヤツ――)』

 散々後ろに下がった三国はついにフェンスにはりつく。さらに三国の視線は徐々に上へと上がっていき……

「ホームラン」

 レフト定位置付近まで追っていた3塁審が頭の上で手をまわしてスタンドインコール。

「嘘だろ。ピッチャーに放り込まれた」

 友田・鶴見などホームランを記録しているピッチャーはいるが、ピッチャー全体の打席数から言えば少数派である。そうなるともちろん彼らにホームランを打たれることも滅多にあるわけじゃない。

 長曽我部は右腕を高く突き上げ、ガッツポーズしながらダイヤモンドを一周。その彼がホームまで来たあたりで、宮島も文句を言ってやる。

「なんだよ。ピッチャーなら黙って見逃し三振しとけよ」

「何言ってんだよ。ピッチャーだって、打席に入っている以上は1人のバッターだろ?」

「なんだ、こいつ」

 宮島は久しぶりすぎて忘れていたが、長曽我部は自分の置かれた立場によって意見がコロコロ変わる人である。

いつぞやも「変化球を投げる」と言っていた数十秒後に「ストレート一本槍宣言」をし、さらにその数秒後に「変化球を投げる宣言」をしたほどの男なのだ。

 なお先ほど本崎にタイムリーを打たれた際は、その怒りを先頭の神城にぶつけて打ち取った長曽我部。対して長曽我部にホームランを打たれた本崎は、長曽我部ほど単純な人間ではなかったようである。

 よほど長曽我部(ピッチャー)に一発を浴びたことが応えたのだろう。3球目こそ抜け球が偶然にストライクとなるも、それ以外の投球はすべて外れてフォアボール。

「落ち着いてけ、本崎」

『(落ち着けるもんなら落ち着いてるさ)』

 宮島の声掛けに頷きながらも、内心はいらついている本崎。プレートをかかとで蹴る様子からも、明らかに心理状況が行動に反映されている。そして表情を読むのが上手い宮島が、彼のそんな行動を見逃すわけもないのである。

『(3組はどう動くかな? 走らせるのも一長一短か)』

 投球が荒れているこの場面。ランナーを走らせて、さらに本崎にプレッシャーをかけるのも一手である。しかしながら、荒れているのならばわざわざランナーを走らせる必要はないというのもまた一理。

『(変にストライクゾーンを意識するのも疲れるだろ。たまには初球、外してみるか?)』

『(いや、いれてこ)

宮島には珍しくない伏線にも釣り球にもならない、はっきり外れるボール球のサイン。そのサインに違和感を抱いて首を横に振る本崎だが、宮島はそれを2回連続で出す。

『(まぁ、まぁ。悪いことはいわねぇから、一球挟んで落ち着けよ)』

 ピッチャー主導リードとはピッチャーに気持ちよく投げてもらうものであり、ピッチャーの好きな球を投げさせるというのは構成要素の1つ。もしもピッチャーが荒れているときは、無理を押してでも無理やり一呼吸を置かせるのも、またピッチャー主導リードである。

「ボール」

 不満げにも頷いた本崎の2番バッターに向けた初球。アウトコースにはっきり外れるストレートのボール球。投球自体は珍しくないにせよ、宮島の動きからして彼のサインであることは明白。監督の広川や、その他、宮島のサインをよく知る守備陣からも意外なまなざしが向けられる。

『(おや? あのはっきり外れる球、盗塁でも警戒しましたか?)』

『(磯田は……まぁ、走らんこともないじゃろぉけど、そこまで警戒するランナーでもなかろう。なんか意味あるんかのぉ?)』

 その本意はリードする宮島だけが知るところ。

『(1球、ビシッと投げて落ち着いたか?)』

 キャッチャー主導的に意味はないが、ピッチャー主導的には意味がある1球。これで本崎が立ち直ってくれればいいのだが。

 サイン交換後、セットポジションに入った本崎は、ランナーを気にせずクイックモーション始動。

『(っと、ランナー走ったか)』

 動揺した彼にランナーを警戒する余裕はなかった様子。ならばキャッチャーが援護してやらなければならないだろう。宮島は捕球前には腰を浮かせて送球姿勢へ。しかしながらその速すぎる動きにあわてた本崎。投球は指に引っかかって低めへ。

「っしゃ、セカン」

 低めのワンバウンド投球ではあるが、宮島にしてみればこの程度は気にする球じゃない。逆シングルキャッチから、しゃがんだ本崎の頭を通す2塁送球。2塁ベース寸前でバウンドする送球をショートバウンドで受けた横川は、そのまま滑り込んでくる磯田にタッチ。

「アウト、チェンジ」

 キャッチングに優れる宮島のファインプレー。

「おぉぉぉぉぉ。かんぬ~」

「さすが総大将。レベルが違う」

 新本や立川を中心にベンチ入りメンバーが狂喜乱舞。その中で彼の好プレーに彼女が反応しないわけがなく……

宮島さん(・・・・)、ナイスプレーです」

 彼女の一言がベンチ入りメンバーに火をつけた。

「「「宮島さん?」」」

「えっ? 私、変なこと言いました?」

 言ってしまったのである。案の定、新本が音頭を取り、始まってしまう。

「せぇ~の」

「「「宮島さんの神主が~、おみくじ引いて申すには~」」」

 神城や長曽我部らの故郷の球団から取ってきた応援歌。を、少しいじったものでの応援開始。

「「「きょ~うもよ~ん組は、勝~ち、勝~ち、勝っち勝ち」」」

「なんだ、お前ら。それ、守備の時もやるのかよ。本家は攻撃時だけだろうが」

「そりゃあのぉ、攻撃の時だけじゃったらやる機会少ないけぇ」

「お前、馬鹿にしてるだろ」

 宮島コールが攻撃時だけだと少ない = 宮島は攻撃での貢献が少ない

 という図式をすぐさま構築する、こうしたことだけは頭の回転が速い宮島。言ってきた神城をヘッドロックして締め上げる。

「「「まぁまぁ、宮島。落ち着け」」」

「うるせぇ。毎度、毎度、ネタにされる方の身にもなってみろよ」

 散々ネタにされている宮島も激怒。しかし彼も悲しい論破をされることもあるのである。

「ネタにすらならない地味メンの身にもなってみてよ……」

「悪かったよ。だから泣くなよ、お前ら……」

 周りのキャラの濃いメンツのせいで、まったく目立っていないメンバーこと『地味メン』。複数形にして『地味メンs』。彼らを代表した富山の一言。そして『地味メンs』の悲しそうな表情に宮島も反論できずである。

 この地味メンsの落胆によりチームの士気が低下したかどうかは定かではないが、5回の裏、原井・鳥居・三国の2番から始まる好打順も三者凡退。長曽我部により反撃は防がれ、結果として彼に勝利投手の権利を持たせたまま降板を許した。



 長曽我部・本崎、両先発の崩壊によってシーソーゲームに持ち込まれそうな流れだったが、両チームの優秀な投手陣と守備陣がそうはさせない。

 6回の表。

 本崎から後を継いだリリーフ・藤山がワンアウト満塁のピンチを招く。しかし6番・大倉への代打・村井の打球。ライトのやや浅めへと打ちあがった打球。ポテンヒットの可能性もあったため、ランナーはハーフウェイをしていたのだが、

「ひゃっほぉ。ライトニングファイヤー」

 フライをノーバウンド捕球した天川。痛々しいネーミングセンスゼロの技名を叫びつつ、飛び出していた1塁ランナーをその強肩で殺して併殺成功。決してハーフウェイが飛び出しすぎだったわけではないのだが、天川の肩が強すぎたゆえである。

 結果として6回を無失点に抑えた藤山は、7回も無失点。さらに3番手のサブマリン・塩原が8回を無失点に抑え込む。

 しかし同じく好投を見せたのは3組リリーフ陣。

 6回は林泯台が、7・8回は河嶋がそれぞれ無失点に抑え込む。河嶋は長曽我部の参入により先発ローテから外れたとはいえ、さすが元ローテの投手である。

 ……だがしかし、動かない試合というものはない。野球とはかならずどこかにドラマがあるものだ。


 9回の表。

 4番手としてマウンドに上がった大森。5番の和田部にレフト前ヒットを許し、ノーアウトからランナーを出してしまう。さらにその和田部に代走・上島を送られ、ピンチは拡大。

『(9回裏があるのに和田部を下げるか)』

 宮島は横目でベンチに戻る和田部に目をやりつつ、この後の展開を予想。

 本日の3組の控えキャッチャーは柴田。決して彼は悪い選手ではないが、扇の要の交代は4組の打撃陣にとっていい効果を生む可能性もある。ただ控えの柴田を使う機会を作ったという点では、つくづく土佐野専は教育機関なのであるとも考えられる。

『7番、サード、山県』

 そしてノーアウト1塁で打順は山県。

『(山県は神部と違って、長打はまずない普通の女子。むしろ力押しならば内野を抜けるかどうかも怪しい。しっかり低めを突いていけばダブれる。けど、どうする?)』

 ある程度は山県攻略法も宮島の頭の中にある。しかし決定権を持つのはあくまでもピッチャーである。インコース低めを要求してみるも、ここは首を横に振られる。次のサインには問題なく頷かれ、初球はアウトコース低めへの変化球で決定。

 左投げの大森は、1塁ランナー・代走の上島と対峙。目で牽制を続けた後、タイミングを見計らって1塁へと送球。さすがにそう簡単に刺せはしないが、無警戒ではないことがランナーにしてみれば神経をすり減らす分面倒ではある。

『(よし。頼むぞ、大森。相手の9回裏は、おそらく……いや99%、クローザーの三崎だ。あいつ相手に2点差はキツイ。なんとかここを無失点にしのいでくれ)』

 無失点に抑えようと考えると、とにかく2塁にランナーを進まれたくない。バントを滅多に使わない土佐野専戦術に感謝したい場面だが、逆にノーアウト1・3塁を作られる可能性があるだけに怖さもある。

「ボール」

 アウトコース低めのシンカーは、外に外れてワンボール。ランナーは動きを見せない。

『(大丈夫。まだカウントに余裕はある。じっくりバッターを仕留めよう)』

 歩かせたくはないが、まだ大胆に攻める場面ではない。次なる宮島のサインに頷いた大森は、今度は1塁ランナーへは目で牽制したのみでクイックモーションへ。

 左サイドから飛び出した投球は、右バッター・山県のインコースいっぱいへ。ホームベース上を横切る角度の鋭いクロスファイアに、詰まらされてのファールボール。回転のかかった打球が1塁スタンドに飛び込む。

『(よし。対応できてない。やはりこいつにこのコースは厳しいか)』

 一般男子選手や、パワーのある女子、例えば神部や1組の榛原なんかは、そのスイングスピードで対応できるかもしれない。だがこの普通の女子選手のスイングスピードでは無理な話である。

『(で、次はここに……)』

『(OK)』

 平行カウントからの3球目。すんなりサインが決まり、大森が追い込むための一投。

『(読み通りっ)』

 先ほどはインの球に詰まらされた。それを続けてくるとみた山県は、足を大きく外に開いてインコースに対応。彼女はここぞとばかりにしっかりバットを振り切るが、ボールはその下を通過して空振り。

『(クロスファイアに体を開いて対応、か。だけど、こっちの方が一枚上手だったな)』

 インコースのクロスファイアを読んだ山県。しかしそれに何らかの対応をしてくると読んだ宮島のサインは、インコースへのシンカー。普通のストレートを放らせなかった点では、宮島のリードが的中したと言えるだろう。

『(いやぁ、首を振られなくてよかった。まぁあいつの性格上、得意球(シンカー)はなかなか首を振らないもんな。3球連続とか無茶言えば別だけど)』

 これで追い込んだ。

『(あとはこれでどうかな?)』

 三振狙いの4球目。大森の勝負球は――またもインコースに飛び込むクロスファイア。しかし今度は今までのものよりもさらに内側。立ち位置によってはデッドボールになりそうな球である。普通ならばボール球だが。

『(ここからインに曲がるフロントドア。打てるなら打ってみな。山県っ)』

 手元で急にストライクゾーンへと曲がっていく。その球をやや詰まらされ気味ながら、なんとかバットに当てる。

「サードっ」

 フェアゾーンに打球は飛んだ。それでもサード真正面の弱いゴロ。ピッチャーに処理させるか、サードに処理させるかきわどかったが、ここは送球しやすいサードに指示を出す。

「鳥居、1つだ」

 2塁は無理。宮島の指示を受けた鳥居は、素手でボールを拾ってからの1塁ランニングスロー。こちらは余裕で間に合ってのアウト。

『(バッターは殺した。けど、得点圏に進まれたか)』

 アウトをとれたのは不幸中の幸いだったが、不幸であることには変わりない。得点圏にランナーを置いて、バッターは7番の酒々井。

『(埋めるか?)』

 1アウト1・2塁としての8番勝負もありかもしれない。が、さらに次が9番のピッチャー、つまり代打が送られることが確定的だとすると、無条件に歩かせるのも痛いところがある。

『(歩かせること覚悟で、きわどいコースを突くのが吉かな?)』

 中途半端な行動で最悪な結果を導こうものならば、それは後悔どころのものではない。しかし後々後悔しようがそれはあくまで結果論。現時点で最善手を打つことができるかが、統率者に求められるものである。

『(監督)』

『(現場にお任せします)』

『(か、監督ぅぅぅぅ?)』

 こうした危機を乗り切ることも経験ではあるのだが、なかなか厳しい場面での委任である。

 広川にここぞという場面で任された宮島は、自分の考えていた手からおそらくは最善と思われる結論を導く。

「ボール」

 アウトコースにはっきりと外れるストレート。

『(おや? 宮島くんは敬遠を選びましたか?)』

 彼の行動を興味深そうにみつめる広川。

『(いえ、大森くんが首を振った。ということは、歩かせる覚悟での勝負でしょうか?)』

 2球目はインコース低めに沈む変化球でツーボール。

 ワンバウンドで捕球した宮島はボール交換を要求し、投げ返すなり次々にサインを送っていく。

『(酒々井は打ち気を見せていない。なら、1球くらい入れてみるか?)』

 いくら歩かせる覚悟で厳しいところを突いていくとはいえ、打ち気のないバッターをただ歩かせるのは馬鹿馬鹿しい。なら少しくらい探りを入れてみてもいいだろう。

 気持ち真ん中寄りの変化球。歩かせる覚悟の作戦を大森も理解しているはずだが、ここにきてのはっきりした勝負。ここも宮島の意図を理解したのだろう。特に球種的にも拒否する理由もなく、頷いた大森はセットポジション。

『(ここ)』

 と、宮島が構えていたミットを軽く手前にひねる。それを合図に大森は時計回りに反転。さらにショート・原井が2塁ランナーの背後から2塁カバーに飛び込む。唐突な2塁牽制に、リードの大きかった上島は飛びつくような帰塁。

「セーフ」

 少し牽制球が高く、結果としてタッチが遅れたか。コースさえよければ刺せたかもしれないタイミングだ。

『(惜しいな。けど、これで上島はリードを小さくせざるを得ない。牽制の効果としてはそれで十分だ)』

 次に大森がセットポジションに入った時には、宮島の予想通り上島のリードは少し小さいものに。これで多少はバッターに集中できるだろう。

 左投手にしてみれば2塁ランナーは背を向けた位置。1塁の時のように目で牽制ができない分、大森にしてみればやりにくいところもあるのだろうか。

 少し長い投球間となったが、クイックモーションで投球開始。サイドスローから放たれた投球は、真ん中から沈む変化球。気持ち甘く入った投球を、酒々井は迷わずスイング。ボールはバットの上をかすり、バックネットにたたきつけるファールボール。

『(振ってきた。ということは、別に打ち気がないわけじゃないのか……張ってるのか?)』

 張り打ち・読み打ちと言えば宮島の代名詞だが、別にほかの選手がやらないわけじゃない。あくまでカウントに関わらずなお読み打ちに徹するような、極端な例が宮島であるだけだ。もしカウント的余裕のあるうちに酒々井も読み打ちしているというのなら、1、2球目の見逃しも説明がつく。

『(これは無理しない方がいいな。変わらず、歩かせる覚悟で勝負しよう)』

 探りを入れた結果はそれである。宮島はストライク寄りのボール球で勝負を続け、4球目、5球目も外してフォアボール。

「OK、OK。内野、セカンゲッツーあるぞ。サードは踏んでボール1つもあるからな」

 しっかり守備に確認しておいてピッチャーに返球。内野陣からは「任せろ」だの「了解」だの、神城からは「わかっとるけぇ、リードしっかせぇよ」など言い返しも。とにかくそれ相応の返事が飛んでくる。

『(内野ゲッツー取れれば最高。低めを突いて行くのがベストかな)』

 バッターボックスには8番の中山。次は河嶋(ピッチャー)の打順であるが、ネクストには強打の柴田が準備中。

『(柴田がネクストか。さらにその次が磯田(トップ)となると歩かせるわけにもいかない。いよいよもってゲッツーに取らないと厳しいぞ)』

 そう考えながらもピッチャーのご機嫌をうかがいながらのサイン交換。こんなピンチでもピッチャー主導が優先である。

「ストライーク」

 初球、高めへのストレート。本当は低めのサインだったが、少し高めに浮いてしまった。見逃してもらえたのは結果オーライか。

『(頼むぜ大森。お前を生かすならばここだろうけど……心配ではあるな)』

 左のサイドの大森。彼の武器は右打者のインコースに飛び込むクロスファイア。さらにそこから内に曲げたり、逆に外へ逃がしたりと変化球も変幻自在ではあるため、そう単純な使い方ではないのだが。

「ボ、ボール」

『(っぶねぇ。やっぱりここは危険か?)』

 インコースのスライダーが中山の体スレスレを通ってワンボール。あわやデッドボールという球であった。

『(ただ結果論ではあるけども、これで中山にインコースを意識させられただろうな。これでアウトはもとより、インコースも今まで以上に通用するだろう)』

 今度はインへのシンカー。先ほどの球とは逆方向への変化。コース自体は同じ内側であるも、デッドボールが意識としてあるだけに難しい球。ところがバッターの中山はよほど勝利への執念とやらがあったのだろう。腰を引かせるようなこともなくスイングに出た彼は、低めに沈むシンカーをピッチャーの足元へ。

「大森っ」

「無茶言うなぁぁぁ」

 鋭い打球に大森のグローブは間に合わず。ゲッツーシフトで二遊間を締めていた横川・原井の2人も、さすがに打球に追いつけない。

「ボールバックあるぞ。原井、中継」

 ピッチャー返しを処理できなかった大森は、次々と指示を出す宮島のカバーへ。原井もバックホーム時の中継に備え、2塁ややマウンド寄りに位置する。

「3塁蹴ったぞ」

「ボールバック」

 俊足の上島が3塁を蹴った。サード・鳥居の指摘に宮島もホームで構える。センターの寺本も迷わずバックホーム。弱肩の彼にしてはなかなかにいい送球となる。

『(やべっ、間に合わね)』

 しかしすぐに宮島が送球の速さやランナーの足を総括して間に合わないと判断。宮島はそう見ると否や、ホームを開けてとにかく前で送球を受ける。

「ホームイン」

 もちろんのことホームがら空き。上島がホームに滑り込み2点差に広がる。

「セカン」

 だが、どうせ刺そうと思っても刺せなかっただろう。ならば刺せる相手を刺す。宮島は送球間に2塁を狙う気配を見せた中山を牽制。しかしここは中山も無理はせず。タイムリーヒットとなって、1アウト1・3塁とピンチはなおも続く。

「タイム」

 ここで一旦タイムをかけてマウンドへ。

「大森、すまん。勝負を急いた」

「しっかりしてよ~」

 緩い口調での返事を帰す大森。この状況でもまだ余裕がある。それとも余裕があるフリをしているだけか。

「あぁ、悪かった。ま、1・3塁だからな。気を付けてな」

「ヘイ」

 軽い調子の確認と打ち合わせを行ってからプレイ再開。

 ボックスには代打の柴田。

『(3塁に酒々井。1塁に中山。バッターに柴田か)』

 柴田にスクイズはないだろう。

『(打者勝負。ゲッツーで打ち取れば、ピンチで磯田はない)』

 欲を出した結果が先ほどの痛打だが、欲を出さなければここは抑えられない。変化球のサインで同意を取った宮島はミットを低く構える。

『(大森。楽にな)』

 バッテリーでお互いに視線を合わせて軽く深呼吸。セットポジションに入った大森の右足が上がった。

『(う、動いた)』

 1塁と対峙する左ピッチャーの大森には、動いた瞬間に盗まれたと分かった。偽盗ではなく完全に2塁を盗みに来た。

「ストライーク」

 アウトコース高めに浮いた変化球を柴田が見逃しワンストライク。受けた宮島はランナーを刺せると見て2塁送球動作へ。彼の右手からボールがリリース。と、

『(OK、今だ)』

 3塁ランナー・酒々井がスタートを切りかける。

「よし」

「かかった」

 それを見た宮島・大森バッテリーはしてやったりの表情。キャッチャーからの低い送球をカットした大森は、間髪入れずに3塁へ転送。ホームを狙って飛び出した酒々井が戻るも、ここは勝負あり。まんまと2塁送球に釣り出され、カットした大森に殺される。

「よぉぉぉぉぉし」

 広川は声を出して歓喜のガッツポーズ。そして、

「「「宮島さんの神主が~」」」

 いつもの通りである。

 これでランナーを2塁に置きながらもツーアウト。一気にピンチを縮小化させた大森は、気分よく柴田をセカンドゴロに打ち取りこの回を1失点に抑えた。ちなみに湧き上がる『宮島さん』に対し「自分は?」と疑問に思っていたらしい。彼もたまには目立ちたいのである。


ピッチャーのバッティングってワクワクしますよね

具体例を出すと、

鶴見くんの元ネタとなっている阪神のエースとか、

メジャーで「なぜ彼をショートにしないのか」と言われた元西武のエースとか、

今年メジャーに挑戦した元広島のエースとか

打撃巧者で有名な中日の(元?)エースとか。

なんなら日ハムのエース(今年は野手寄り)とか

少し前なら

ノーヒットノーラン&サヨナラ弾の活躍をした人や、

3打席連続弾&4打席ならずで仕方なくノーヒットノーランした人とか


あんな野球せん手たちを見て、ぼくはすごいとおもいました

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