第3話 学生生活最終戦へ
最終戦はナイトゲーム。夕方5時開始予定とのことで、ウォーミングアップを考えても昼過ぎまでは暇である。そこで普段であればのんびり宮島の部屋で秋原の作った昼食を取り、ゆっくりくつろぎながら時間を潰す。だが、
「じゃあ、いきますね」
「おぅ、いつでもこいや」
球場内の室内練習室。そこでは神部がモーションを起こして神城に向けて投球。彼はインコースに飛び込んでくるストレートを、詰まらせながらも左方向へと流し打ち。実践であればレフト前に落ちていたであろう、見事なバッティングである。
「神部も試合前だしほどほどにな」
「はい。ちゃんとセーブします」
それを受けるのは宮島。ネットを挟んで彼の背後で素振りしているのは、今更ながら野手に転向した新本。
いつもであればナイトゲームの前であっても、昼食をとって早々に練習することはないのだが、今日は何かせずにはいられなかった。
「なんだろなぁ。神城や新本は割といつも通りに――いや、いつも以上にゲームしてたけど、いざ試合前になったら堂々とはしてられないのな」
「つぶやき戦術のつもりかどうか知らんけど、そんなん意味ないで。だいたい、そのセリフは宮島にも返ってくるセリフじゃろぉ」
「こんなところでつぶやき戦術使っても仕方ないだろ」
神城は心を乱すことなく、神部の前に置かれた防球ネットに直撃させるピッチャー返し。
「前日は前日。寸前は寸前」
「便利な言葉があったもんだな。あんだけ騒がしく戦争してたやつらとは思えねぇ」
と、神部の投球は急に高めへと浮く。キャッチングの上手い宮島ですら捕球できない暴投である。
「わ、私は騒がしくしてなかったですよ?」
「ピッチャーが一番つぶやき戦術の影響を受け取るで?」
「敵を騙すにはまず味方からって言うし?」
「敵を騙せてないんじゃけどのぉ?」
先ほど「こんなところでつぶやき戦術を使っても仕方ない」と言っていただけに、苦しい言い訳にしか聞こえないところである。
「かんべぇって、とことんメンタル弱いよね」
「新本がそれ言うん?」
「こいつ、3塁ランナーのトラウマ凄かったもんなぁ」
「新本さんって、そんなトラウマあったんですね」
大阪府の中学野球大会にて、現同クラスの三国に決勝ホームスチールを決められたとかで、彼女が持っていた3塁ランナーのトラウマ。今となってはあまりなくなった挙句、そもそも野手に転向して関係なくなってしまったわけで、非常に懐かしいものである。ただ、当時他クラス所属だった神部は知らないようで。
「そう考えると、この中だと神城が一番成長している感が無いな。新本と神部はどう思うよ?」
「感がない」
「私は今年からの新参ですから……」
「いや、成長しとるで? 長打力もついたし、外野守備もできるようになったけぇのぉ。そもそも、今の鶴見の球にそこそこでも対応できる時点で、十分に成長しとるじゃろぉ」
鶴見の球に対応していたのは1年初期でもそうである。が、彼は一番の成長株。成長していなければ対応できず置いていかれたであろうと考えると、十分に成長していると見ていいだろう。
神城は一旦打席を外し、スイング軌道を確かめるように素振りを開始。その間に神部と宮島は投球練習。
「だいたい、そう言う宮島はなんか得たん?」
「僕? キャッチングセンス」
「「たしかに」」
神城と新本が同調。彼のずば抜けたキャッチングは、元々の才能もあるかもしれないが、基本的には初期4組のノーコン投手陣に付き合わされた末の後天的なものである。
「あんだけしこたま付き合わされたわけだし、被害者の会でも作ろうかな?」
「参加者は、ワスプ、ノースカロライナ、オブライエンとか?」
「なんでそこで『伊号第19潜水艦被害者の会』なん?」
「だからさぁ、分かりにくいボケはやめろ。どうせ被害者の会は冗談だし」
そもそも被害者の会と言いつつも、被害者は宮島1人であり『会』にはならないだろう。宮島はマニアックな新本・神城を放っておき続ける。
「ついでにリードの経験か? 中学だと限られたヤツとしか組まなかったし、いろんな投手と組めたのはピッチャー主導リードをする上で大きかったな」
「いろんなバッターとの対戦とかじゃないん?」
「僕はバッターうんぬんより、ピッチャーに影響されるタイプのリードだし。そりゃあ、まったくその経験が役に立たないわけじゃないけどさ」
「神部はどうなん? なんかこの学校に来て得たもんあった?」
打席に入りながら問いかける神城に、彼女はやや考えるような表情してから答える。
「いろんなことを学ばせてもらいました。野球の技術もそうですけど、出会いも分かれも。そしていろんな人との付き合い方も。少し前までは宮島さんに依存しちゃってましたけど、今ではもう大丈夫です。小村さんとも問題なくやってますし」
「じゃあ、今日は神部の登板前に交代させてもらうか」
「さ、最後くらい私と組んでくださいよぉぉ」
「広川さんに頼め」
健康第一、教育第二、第三くらいで勝利のため、交代志願は割と簡単に通る。が、他のメンバーとの兼ね合いもあるわけで、好き勝手にはいかないものである。
「ふわぁぁぁぁ」
「立川、眠そうだな」
「さっきまで寝てたゆえ……」
寝起きの立川はあまり調子が上がらない様子。宮島が「立川」と名前で呼んだにも関わらず、いつもの鬱陶しい返事はなしである。
「夜は何してたんだよ」
「ウム。神城氏、新本氏、三国氏とミッドウェーにて歴史を変えた」
「知ってる。そのあと」
曰く立川が赤城・榛名に加え、飛龍・長良・秋雲を轟沈させた中、新本が大和・長門以下数隻を沈没させてまで足止めにて踏ん張り、三国が金剛・愛宕・瑞鳳を代償としてミッドウェー諸島基地を叩いている間に、神城が小中破数隻の被害で勝負を決めたとか。もっとも神城曰く「ゲーム的には勝ったけど、リアルのミッドウェー以上の超大損害」らしい。
そこまで詳しい経過を宮島は知っているわけではないのだが、とにかく歴史を変えたということは新本が騒いでいたためよく知っている。
「そのあとは、リトルファーム氏と夜遅くまで今期のアニメについて語っていてな」
「リトルファームって誰だよ」
「ネット上の友人。もちろん本名ではない。ハンドルネームと言う奴でな」
つまるところがネット上の掲示板において『リトルファーム』なる人物とアニメの総評を行っていたというところである。
「ネット上の友達ってことは、会ったことがない友達か」
「そうなる」
「なんかあまりしっくりこないな。僕、その手のものに縁がないからな」
宮島の友人関係はネットを介さない直接的なものである。ネットを介する立川式の友人はあまり理解できないのが当然。むしろそうした息抜きできる趣味がほしいものである。
「やぁ。宮島くん。調子はどうだい?」
そこにやってきた小牧長久。
「どうしたんですか? こんなところに」
「最終戦を見に来たんだ。最弱4組がどれほど成長したか、見せてもらおうとね。それにしても……彼は大丈夫かい?」
小牧はベンチに腰掛け眠そうにしている立川を指さす。
「夜遅くまでネットしていたそうで、さっき起きたところとか」
「野球選手たるもの、体調管理はしっかりしないと。と、言っても自分も昨夜は夜更かししっちゃったけどね」
「説得力ないですよ。先生」
「自分は既に選手からは引退したからね」
都合のいい人間である。
宮島はひとまずの用意を終わらせると立川は放っておいたまま、荷物を手に小牧と共にベンチ裏まで向かう。
「しかし、小牧先生も夜更かしするんですね」
「君はこの小牧長久をなんだと思っているのかな? 一応、人間だよ」
「因みに、何をしてたんですか?」
「いやぁ、実はネットの掲示板で『闇の魔術師』を名乗る人物と――っと、こんな話しても分からないかな?」
「あまり得意じゃないですね」
世界は広くも狭いものである。
「で、どうかな? 今日の試合は」
「どうせ順位も最下位で確定ですし、気楽にやりますよ」
今年も4組は『教育的勝利』にこだわらなかったこともあり、実力を付けながらも去年以上の差で3組に競り負け。最終戦時点で既に4位と順位を確定。2年生学内リーグの順位は案の定、1位から1組、2組、3組、4組の順となっている。
だが土佐野専的に言えばそんな順位などどうでもいいのである。『勝利』から学ぶのは去年までであり、今年はもう『試合の内容』から学ぶ段階。勝敗などは目的ではなく結果論である。
ただしいて言うならば……
「ま、どうせ最後なんで有終の美くらいは飾りたいものですね」
「応援してるよ。最弱4組が3組相手にどこまでできるか。見せてもらおうか」
1番 ファースト 神城
2番 ショート 原井
3番 サード 鳥居
4番 レフト 三国
5番 ライト 天川
6番 セカンド 横川
7番 センター 寺本
8番 キャッチャー 宮島
9番 ピッチャー 本崎
最終戦の4組・先発オーダー。所々レギュラークラスが混じる準レギュラーオーダーにも見えるが、そういったオーダーではない。
「懐かしいオーダー。なぁ、神城」
「じゃのぉ」
教育的観点もあってめまぐるしくオーダーの入れ替わる土佐野専。そのため特定のオーダーに思い入れが生まれることは珍しいのだが、その珍しい一例がここにあった。
「対1組、第3試合」
宮島のつぶやくその試合。結果として11―2で敗れた、1年生4月の試合である。4組にしてみれば大敗に次ぐ大敗で士気が低下していた時期なのだが、宮島がチームを引っ張り始めてチームが変わった。言わば4組覚醒のプロローグともなった試合のオーダーがこれなのである。
「しいて言うなら、1人足りんけどのぉ」
「たしかに4組としては1人足りないな」
しかしこのオーダー。実は再現率100%ではない。
1人欠けているのである。
「けど、その時のメンバーはみんなグラウンドには揃ってる」
「それは間違いないのぉ」
宮島と神城が思い浮かべるのは、対戦相手である3組のオーダー。
『9番 ピッチャー 長曽我部』
4組のオーダーとして足りない欠片でもあり、現在の3組を構成する欠片でもある。
「相手は1組じゃなくて3組だけど、過去の自分たちを越える一戦ってことだな」
「3組だって同じじゃろぉなぁ。4組ほどじゃないにせよ、1組・2組に好き勝手やられて苦しんどった。それが今では上位クラスを破る力を得たんじゃけぇのぉ。もっとも、あっちも1人足りんけどのぉ」
「その3組も、グラウンド規模で見れば全員が揃ってるけどな」
刻一刻と迫る試合開始時間。
事務員がグラウンドに水を撒き終え、審判団も準備が終了。
後は開始の合図を待つだけ。
本日の球審である2組・島田が両チームの監督にアイコンタクト。双方の頷きをもって準備完了とし、4組の選手にグラウンドを指し示す。
「2年4組――、いえ、『4組』の最終戦です」
広川のつぶやきに頷いた宮島は先陣を切って飛び出す。
そして皆に入れた気合いは物語の始まりを告げた一言。
「行くぞ、みんな。野球開始だぁぁぁぁぁぁ」
「「「おぉぉぉぉぉぉ」」」
その気合いに月並みの声で返してくれるナインも、日常であり懐かしいものである。
4組の先発・本崎は有終の美を飾るため、しっかり調整を行ってきた。それだけに今日の調子は万全と言ったところである。
「よし、ナイスボール」
それが受ける宮島にも良く分かる。
「時に、宮島だったな。審判養成科より」
「何か?」
「土佐野専でもブロックについて厳格に判定するって知ってるな」
「夏頃からそうだったろ?」
今まではキャッチャーがブロックと称してランナーの突入を足で防ぐことを黙認・許可してきたわけだが、プロ野球において来季からブロック禁止になったため、プロ養成学校たる土佐野専でも同様の処置を行うこととなった。新年から行う意見もあったが早い方がいいとの意見が通り、先月末からキャッチャーに向けて指導が入っている。もちろん宮島もそれを知っているわけだが、球審の島田は顔をしかめる。
「タックルも禁止だからな」
宮島は出塁が少ないにもかかわらず、ホーム突入時のタックルは学年最多回数。非常にラフプレーの多い選手であるだけに、審判養成科でも警戒されているようである。
「ははは……分かってるぞ?」
「本当か?」
「その代わり、走塁妨害は厳格にな?」
「それは約束しよう」
島田審判科生は妨害やボークの判定が厳しい。宮島もブロック禁止ルール前の時点で既に数度ブロックで走塁妨害を取られたことがあるだけに、彼のその約束は十分に信用に足るものであろう。
「よし、ラスト」
最後の投球練習を受けた宮島は、しゃがんだ本崎の頭上を通すセカンド送球。ノーバウンドでショート・原井へストライク送球。ウォーミングアップは上々だ。
『1回の表。2年3組の攻撃は、1番、センター、磯田。背番号8』
先頭バッターの磯田が左バッターボックス。宮島は彼を横目に見ながらサインを飛ばす。
『(えっと、たしかストレート主体だったな? いきなりストレート放る?)』
試合前の打ち合わせ通り、まずはストレートのサイン。それに頷いた本崎は第一球。
「ストライーク」
アウトコース高めのストレートでワンストライク。
甘いコースであったが、様子見のようで一安心。
『(次はどうしたい?)』
ストレートのサインも首を横に振る。
『(じゃあ、こっち?)』
さすがに2球連続のストレートは怖かったか、それとも投手の勘が危険を察したか。変化球のサインに頷いて第二球。
「ストライクツー」
2球目も見逃しツーストライク。しかし今度は様子見と言うよりは、タイミングを外された感じか。
『(どうせボールカウントには余裕がある。なら遊ぶわけじゃないけど、何球か釣り球でも投じてみるか?)』
ストライクゾーンなら相手は必ず手を出さなければならないが、逆に言えば打たれる可能性がある。ボール球で打ち取れるなら、それがリスクは低くて一番いい。ためしにボールゾーンへの球を要求してみると、すんなり頷かれる。
『(この配球にどうでるかな?)』
次で決める意思を持って投じさせた3球目。
「ボール」
予想以上に高く浮いてワンボール。これほどはっきり外れた球ではつり球にも、次の布石にもならない。まさしく遊び球になってしまった。
『(慣れない事して悪かったな。やっぱり僕と組む時は、全球勝負が性に合ってるか?)』
別に先の球は遊んだわけではないのだが、次の球は先ほど以上の勝負球。低めに沈めるフォークボール。
頷いた本崎は投球モーション。それに合わせて宮島はミットをストライクゾーン下限いっぱいに構える。
二本の指で挟まれたボールがリリース。回転数の少ないその球は、宮島の構えたミットに向けて緩い球速で飛んでいく。一見すれば低めへのハーフボール。それもストライクゾーンを通過するであろう投球に、バッターは手を出さないわけにいかずスイング始動。しかしその投球はバッター手前でお辞儀。スイングしたバットをかいくぐり、ホームベース通過直後にワンバウンドした。
「ストライクスリー」
『(ふ、振り逃げっ)』
ファールにすらならずスリーストライク。バッターは振り逃げに気付いて走り出そうとするが、
「あいよっ」
「バッターアウト」
その前にショートバウンドを捕球した宮島がタッチ。
『(悪いけど、昔の僕とは違うんだ。そう簡単に振り逃げさせるかよ)』
「球審、ボールチェンジ」
バウンドで汚れたボールを交換してもらう動作も平然としている。こうした好捕球を平然とこなし、その後も冷静なあたりがピッチャーに安心感を与える。
「ワンアウト、ワンアウト」
この磯田の打席を筆頭に、本崎は危なげない立ち上がりを見せる。
2番・太田は2―1からの4球目。低めのボール球を引っ掛けショートゴロ。
3番・笠原は1―2から高めの釣り球を打たせて浅いセンターフライ。
「よし、立ち上がり良好。ナイピッチ、本崎」
「あざっす」
2年連続のホームラン王をほぼ手中に収めた、4番・バーナードが控えている点では油断はできない。しかし初回無失点はピッチャーの気分高揚には十分である。
「さ、攻守交代。輝義を打ち崩すぜ」
野球開始=プレイボール
本来ならば『試合開始=プレイボール』のはずなんですが、
第1章にて試合後の練習前に使った言葉そのままゆえ、
違和感があるかと思いますが、間違ってはいないです
あらかじめご了承を
さて、今話に関するちょっとした話を
リトル⇒小さい ファーム⇒牧場 リトルファーム⇒『?』
闇の魔術師 ⇒ 第4章第7話参照
闇堕ちはよくあることですね




