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プロ野球への天道  作者: 日下田 弘谷
第12章 全員野球で突破せよ
137/150

最終話 改めて感謝を

 土佐野専からやってきた応援団は、宿泊する金銭的余裕がないために試合直後に帰宅。対して遠征陣はクールダウンで試合終了時間以上に遅くなる事や、疲労も考えて一泊挟むことで遅れての帰宅。

 というわけで、

「みんな。ナイスゲ~ム」

 あの試合以降、新本と直接対面するのはこれが初めてとなる宮島の部屋。

「どうも」

「新本もええ応援じゃったのぉ」

「ありがとうございます」

 宮島・神城・神部と三者三様の返事。後ろの秋原は微笑むのみ。

「かんぬ~のホームランも凄かったぁ」

「あれは確かに凄かったのぉ。甲子園のライト方向って言えば逆風で?」

 日本代表が慣れない木製バットで苦戦する中、土佐野専の中でも貧打中の貧打である宮島は、木製バットで逆風切り裂き流し打ちのスタンドインである。

「入ったのは自分でも意外だったけど、徹底的な読み打ちやってる以上は、あれくらいしなければ意味ないからな」

「そう言えば、宮島さんの1打席目は1打席目で凄かったですよね。よくあんな大舞台で、あれほど打ち気の無い見逃し三振ができるなぁ。って」

 ストライク全球、ピクリとも動かない果ての見逃し三振である。言わば全球が宮島の予想と外れていたわけだが、追い込まれてなおあれほどまでに動かないのは普通じゃない。

「読み打ち自体はいつものことだけど、ちょっと遠征中の練習の合間に高川と話をしてな。サイバーマトリックスだっけ?」

「セイバーメトリクス?」

「そう、それ」

 間違って『野球統計』の英訳を覚えていた宮島に、新本がすぐさま修正。

「ストライクカウントが増えると、打率って極端に下がるんだってな。高川曰く、土佐野専であれば0―0(ノーカン)なら3割以上残す選手は多い。けど、0―2(ツーストライク)なら3割越えはいなかったかな。高いメンバーで神城・三村が2割9分台だったかな」

「そうなんですか?」

「じゃろうなぁ。そりゃあ、追い込まれたら相手バッテリーが三振狙って来るのもあるじゃろうけど、バッターもストライクゾーンを広げて待たんといけんよぉになるけぇのぉ」

「浅いカウントだと自分の好きな球だけ待てるし~」

 神部の驚くような反応に、首位打者・神城と野手転向したばかりの新本はしっかりした理由を持って反応。

「言い換えれば、自分の打ちたい球を待てる内は打率が高く、ストライクゾーンを広げないといけなくなると打率は下がる……ま、そういうことだよな」

 さらに高川のデータ曰く、追い込まれた時の打率が通常時の打率の上回る選手は、その差はわずか1分で誤差と言えば誤差ではあるが宮島のみ。

「当てれば何かある。とは言うんだけど~」

「打率を大きく下げてまで、その『何か』を狙うべき価値があるかどうかが問題だ。って高川は言ってたな」

 秋原のそれとない切り口に、宮島は高川のセリフを引用して続く。

 その『何か』とはつまるところが野手のエラーである。しかしながら守備のレベルが低いアマチュアならまだしも、これから彼らが向かうべくプロの舞台は、そのエラーが起きる可能性は非常に低い。まったくないわけではないが、打率低下と言う投資に対してエラーというリターンは小さすぎるのだ。

「見逃し三振も内野ゴロも結局はアウトだしな」

「そうじゃのぉ。見逃し三振ならダメで、内野ゴロならOKって言うのはおかしい話じゃのぉ。でも宮島。三振取ったらピッチャーの気分も高揚するじゃろぉ。その効果はピッチャー主導の宮島には分かるんじゃないん?」

「鶴見に聞いたら、『宮島くんからの見逃し三振なんて、安心こそすれ、気分の高揚にはならないよ』って言われた」

「「「声マネ、上手っ」」」

「そこ?」

 実際に宮島による鶴見の声マネが上手かったのはさておき、鶴見の言わんとしていることはこういうことである。宮島から三振を取ったところで彼のヤマを外した安心こそあれ、常に三振しているようなバッターから三振を取っても嬉しくない。

「宮島は独自の戦略じゃのぉ。僕じゃったらそうはできんじゃろぉなぁ」

「いかにも凄そうに言ってるわけだが、打率は1割台なんだよな」

 その打率1割が遠征戦のわずか1試合で結果を出したのだから大したものである。

「そう考えたら、宮島はよく分からん選手じゃのぉ。自身は攻撃力の大きくない空母みたいな奴なのに、たまにとんでもない攻撃するけぇ」

「たまにとんでもない攻撃する空母って……DDH-141(はるな)みたいな?」

「時期的にDDH-183(いずも)か、せめて一世代前のDDH-181(ひゅうが)くらいにしときぃや。てか、あれは空母じゃなくてヘリ搭載護衛艦で? 一応」

「でもサイズもそうだし、第十雄洋丸の件とか、初の海上警備行動の件とかエピソードを考えると~」

「おい、だからマニアックな例え話はやめろ。僕も神部も明菜もポカーンだぞ」

 海上自衛隊の話である。神城・新本共々、少し前まではゲーム知識限定だったようだが、それを幹に着実にミリタリー方面への知識を広げているようだ。

「その……かんちゃんの急な一発が怖いって話かな?」

「あっ、あきにゃんも話せる口?」

「あとで、ジュースで一杯やりながら語るかのぉ?」

「お、お断りしておきます」

 秋原も話の流れを読んでなんとなく例えの意味を察しただけであり、別に海上自衛隊に詳しいわけではないのである。

「か、かんべぇは分かった?」

「す、すみません……」

「結局、この手のネタを話せるのは新本しかおらんのじゃなぁ」

「だね。やっぱり、私たちの『そうこう』な頭脳にはついてこれないんだね」

 崇高と書いて『すうこう』と読む。

「なんか最近のお前ら、タチカワーズっぽい雰囲気があるな」

「タチカワーズってパン屋みたいですね」

「ベーカリー・タチカワーズ?」

 秋原の言うパン屋が実際にありそうだから困るところである。非常にどうでもいい話をしていたわけだが、神城はいままでの話の流れを切って切り替える。

「宮島のせいで話の流れが逸れた「お前のせいだろ」けど、今回の試合は本当にみんな凄かったと思うで」

「だね。かんちゃんも、神城くんも、神部さんも。なんなら高知からわざわざ兵庫まで応援に来た新本さんも」

 鶴見と共にノーアウト満塁を乗り切った宮島。

 攻撃的2番として6打数5安打の好成績を叩きだした神城。

 女子の身でありながら男子高校野球日本代表に立ち向かい、1回を三者凡退に切った神部。

 さらにあの試合のあとは実家に泊まったそうだが、実質的に試合の応援のためにだけ兵庫までバイクで乗り込んだ新本。

 だが神城が指しているみんなはそれだけではない。それは広川も言っていたことである。

「それもそうじゃけど、秋原も大殊勲で?」

「私?」

「秋原も含めた他科生って表現が適切じゃろうけどなぁ」

「そうですね。練習後のケアもそうですし、梅干しの差し入れは嬉しかったです」

「これは明菜が直接関わっているか分からないけど、マネージメント科がいなかったらノーデータの試合。そうなればおそらくもっと得点は少ないし、失点も多かっただろうな」

 野球科生ができるだけ疲労を残さない様、朝早くから夜遅くまで右往左往していた姿。彼らは直接見てはいないが、体感はできていた。気付けば練習へ出発する準備はできているし、気付けば洗濯物がきれいに畳まれて帰ってきている。そして気付けば練習中の飲み物や軽食も準備されているし、気付けば相手のデータが収集解析されている。これらは勝手に整うものではなく、必ず『誰か』の存在があったことを裏付けること。

 それらを今遠征で行っていたのは、マネージメント科。さらには経営科・審判養成科も力を貸して。彼らがいなければ極端な話、試合の勝敗が覆っていたことも考えられる。

「ほんと、助かったで、秋原」

「ありがとうございます」

「ありがと、明菜。これからもよろしくな」

「えっと~、私も普段お世話になってます?」

 野球科遠征組の3人&一応野球科の新本。今回の遠征において裏で支えてくれる存在の大切さに気付いたこともあり、ここは改めてお礼。すると秋原は顔を逸らしながら、まるで照れ隠しのようにつぶやく。

「そんなこと言わなくていいから。恥ずかしいでしょ」

「何? 照れとん?」

「て、照れてないし」

 神城の煽りにも必死で反論する秋原は、さらに4人に背中を向けて袖を目元に。

「泣いてる? もしかして泣いてる?」

「泣いてないよ。そんな、泣くわけないじゃん」

 さらに次なる煽りは宮島。さらに彼は彼女の正面に回り込んで顔を覗き込んでみると、

「やっぱり泣いてるじゃん」

「だ~か~らぁぁ、泣いてないって言ってるじゃん。もぅ、かんちゃんのバカぁぁぁぁ」

 と、目元に涙をためながら宮島を両手で叩く秋原。まったくもって説得力がない反論をしているが、そのごまかし方が可愛らしくもある。

「ごめん、ごめん」

「あまり言うと怒るからね」

 既に怒りかけているわけで今更である。

「悪かったって。でも、明菜に感謝してるのは煽りじゃなくてマジだからな。これからもよろしくな」

「うん。わたしこそ、これからもよろしくお願いします」

「おっ、僕も一緒に頼むで」

「私もよろしくお願いします」

「私も、私も~」

 宮島・秋原のやりとりに3人がさらに便乗。


 遠征によって縁の下の大きな存在を改めて認識した野球科生たち。

 ラストスパートに向けて彼ら彼女らから追い風を受ける。


 運命の日はあと少し

 夢の舞台への登竜門


 プロ野球ドラフト会議へ


第12章完結です

約1年間続けさせてもらいました『プロ野球への天道』

なんだかんだで先行発車した『蛍が丘高校野球部の再挑戦』を

あっさり追い抜いたわけです

裏話をすると蛍が丘を大賞へ投稿し、その感想シートを元に作ったのが天道なわけです。なので天道の方が(あくまでも)比較的しっかりしてるので、書く方も非常に楽なのです


さて、そんなプロ野球への天道も次章が最終章となります

いわば学生たちにとって

運命の『プロ野球ドラフト会議』が行われるわけですが、

主人公・宮島はプロ入りなるか?

神部はNPB初の女子選手となるか?

鶴見はNPBかMLBか?

などなど、想像しながらお待ちください


ただ最後に日下田の好きな展開を……

『燃え展開』と『ビターエンド(甘くも苦い結末)』です


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