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プロ野球への天道  作者: 日下田 弘谷
第12章 全員野球で突破せよ
136/150

第11話 土佐野専の存在意義

 単打で繋ぐ高校野球に対し、『本塁打・長打で繋ぐ』というとんでもない大艦巨砲(ヤマト)っぷりを見せつけた土佐野球専門学校。高校野球日本代表が負けたのも、まだ相手が大学生選抜・社会人選抜なら年の差でやむを得ないとも言える。が、高校2年生相当の土佐野専が勝ってしまったのはどうしたものか。

「さて、みなさん。今日の試合は勝ちましたが、相手は木製バットに慣れていない上に、まだ調整段階にあります。この勝利で油断・慢心しないように。それに我々の目標は同世代に高校生に勝つことではなく、プロの舞台でプロ相手に勝つことです。プロはもっと手ごわいですよ」

「「「はい」」」

 前半こそ相手に情けをかけるような言い方であり、少し土佐野専有利なルール設定ではあったのは事実。だが後半はさながら「高校野球日本代表など土佐野専にしてみれば眼中にない」とも取れる言い方であった。ただ実際問題、土佐野専にとって眼中にあるのはプロ・メジャーであり、『甲子園』も高校野球の聖地ではなく、プロ野球・阪神タイガースの本拠地くらいの認識である。実力差として眼中にないわけではないが、広義的な意味では眼中にない。というのは間違いではない。

 広川はしっかり選手たちに喝を入れて気を引き締めさせ、自分の荷物を手にベンチ裏へと消えていく。

「広川監督」

 と、廊下に出るなり声を掛けられる。選手ではなく、ドリームマッチの取材に来ていた記者である。声を掛けた彼以降もカメラマンや他社と思われる記者が付いてきている。

「テレビ全日本の記者、木更津(きさらづ)です。試合後のインタビュー、いいですか」

 その取材要請に少し考えた広川だったがすぐに頷く。

「いいですけど、少し待ってください」

 広川は近くにいた田端投手コーチに「帰る準備やクールダウンを進めておいてください」と伝えておいて記者の前に戻る。

「はい、いいですよ」

「ありがとうございます。では、広川監督。今日はナイスゲームでした」

「ありがとうございます。結果こそ余裕のある勝利でしたが、ポイント、ポイントを見る限り、まだまだ成長の余地は十分にあるかな。と思ったところです」

「なるほど。広川監督が思うに、今日の勝因は?」

 その問いにまるで台本を用意していたかのように淡々とした回答。

「仮に『今日のヒーロー』を決めるのであれば、三村くんやバーナードくん。先発で踏ん張ってくれた安藤くんや、ノーアウト満塁でのナイスリリーフを見せた鶴見くんなど候補はいると思います。しかし、今日はそうした彼らだけではなく、全員によってもぎ取った勝利ではないでしょうか」

「たしかに。優れた投手と優れた野手。守備と攻撃がかみ合ったいい試合でした。それでは次に――」

「すみません」

 と、次なる質問をしたかった木更津記者を広川が制する。ちょっとペースが早すぎたかな? と自らのインタビュー方法を思い返す木更津だったが、そういうわけではなかった。

 広川はやや時間を置いてから問い返す。

「少し、長いかもしれないですけどいいですか? 少し話をしたいことが」

「ど、どうぞ」

 マイクを向け、後ろの記者たちも言葉を逃すまいとメモを取る姿勢をとりなおす。

「先ほどこちらの記者さんは、『全員でもぎ取った勝利』に対し『投手と野手』と答えられました。確かに全員野球と言われれば、そう取られても仕方ないかと思います。しかし、我々にとっての全員野球はそうではありません」

 じゃあ、なんなんのだろうか? と記者たちは顔を見合わせる。

「選手たちだけでは野球はできません。多くの選手を束ねるため、私たち監督・コーチ陣の存在があります。かといって、私たちの勲功だと言うつもりもありません。なぜなら、私たち、最前線で戦う者を支えてくれた人たちがいるからです」

 広川が現役時代、仮にこれをヒーローインタビューで言ったなら「それは応援してくれたファンのみなさんです」と言っていたところだが、そうではない。

「遠征の慣れない土地で疲れた選手たちのケアにあたったり、高校野球日本代表のデータ集め、解析に尽力してくれたりした、スポーツマネージメント科の生徒、教員方。そしてスタンドで応援して皆にアウェイだと感じさせなかった選抜外の生徒たち」

 その一言に記者たちは気付かされる。

「宿舎や食事などを限られた予算の中でやりくりし、できる限りそうした面で選手たちに不自由させまいと尽力してくれた、スポーツ経営科のみなさん。練習において正確なジャッジを行い、より実践的な練習に力を貸してくれた審判養成科のみなさん」

 土佐野球専門学校の強さの秘密は、その大和打線とも言われる強力な野手や、メジャー注目投手・鶴見を筆頭とする投手陣だけではない。そして元プロの監督、コーチたちだけでもない。

「さらに言えば打撃投手やブルペン捕手をしてくれたみなさん。グラウンド整備をしてくれたみなさんもそう。私にとって、いえ、土佐野球専門学校にとっての全員野球は、そうした裏で支えてくれる存在も含めての『本当の全員野球』なのです」

 そう。

 土佐野球専門学校の全員野球とは、

 選手・監督・コーチ

 応援してくれる人々

 そこへ試合ではほとんど姿を見せない裏方の人たち

 練習でしか姿を見せないもっと裏方の人たち

 そうした人を含めた大きな意味での全員野球なのである。

「土佐野球専門学校とは、世間ではプロ野球選手を養成する学校であると思われています。その認識でも間違いはないのですが、それでは不足しています。私たちは、プロ野球選手を含めた『プロ野球関係者』を養成する学校なのです。だからこそ忘れてはいけないのです。その最前線では見えない裏方の存在を、決して。私たち、監督・コーチに選手たちは非常に感謝しています。例え新聞やテレビなどのマスコミに取り上げられなくても、ファンの歓声を浴びずとも、裏方のみなさんに感謝をしています。ですから今日の勝利は選手や監督・コーチだけの勝利じゃない。みんなの勝利なんです。みんながいてくれたからこその勝利なんです」

 長いセリフを一度に言いきった広川は呼吸が乱れる。

 その重い言葉に静まり返った記者一同だったが、ふと誰かの拍手に周りが釣られ始めた。

「あ、ありがとうございます。貴重な話を聞かせていただき。ぜひ記事にいたします」

「お願いします。これで裏方のみなさんに少しでも注目が行けば、話した甲斐もあるものです」

「それとすみません。あと2つほど――」

 と、流れよく進むインタビュー。

 ちょうどそのころ。インタビューが行われている廊下沿いにある一室。

 何人かの土佐野専の生徒がいたのだが、そのほとんどが涙を流していた。

「先生、やめろよ。涙腺弱いんだって」

 マネージメント科・高川。そのメガネを外して腕でその涙を拭う。

 廊下で反響した広川の声が、皆が荷物整理をしていたこの一室まで聞こえてきたのだ。

「うん。どんなに裏方であっても、見てくれる人っていたんだね」

 秋原も同じく。

 彼女は選手の体調管理と言う点では、裏方でも前線寄りだった。そのため選手から直接「ありがとう」の声を聴くことはあったのだが、改めて広川から記者陣に向けて言われれば、自らの存在の必要性を強く認識できてしまう。

 どれほど精強な軍であっても兵站が崩壊しては戦うことができない。実際に歴史上においても、補給を断たれて2万1千人の死亡者を出した『ガダルカナルの戦い』や、兵站を軽視して大失敗に終わった『インパール作戦』などの例があるくらいである。

 歴史に残るのは最前線で戦って勝利を作ってきた将兵かもしれないが、それを支えてきたのは後方支援部隊である。だからと言って最前線で戦うことの必要性を否定するわけではないが、影の存在に目を向けないことの理由にはならない。

 そして今日のこの試合。最前線で勇敢に戦ったのは選手たちだが、それを後ろで人知れず支えてきたのは彼ら彼女らである。

「お疲れ様です」

 しみじみ感じていた皆の元へ、その原因でもある広川がインタビューを終えて帰還。彼は部屋に入るなりそう言うと、さらにサムズアップしながら続けた。

「みなさん。ナイス支援(ゲーム)でした。この勝利、みんなの勝ちですよ」



『土佐野球専門学校 真の全員野球で圧勝』

 広川のインタビューの件もあり、各新聞社は土佐野専に肯定的な意見を書き連ねる。それでも中には日本代表側を擁護する意見も多いのだが、どっちもどっちであるというべきか。むしろ新興勢力・土佐野専が伝統勢力・高校野球相手にこれだけ張り合えたのなら、それはもはや大勝利である。

 ホテルの1階ロビー。

 置いてある地元紙を広げていた熟読しているのは広川。対してスポーツ新聞なのは小牧。

「広川さん。もっと思い切った事を言ってもよかったのでは?」

 その小牧は新聞を読み進めて首をかしげる。

 14対1と日本代表の面目を叩き潰すまでの圧勝をした土佐野専選抜。しかしながらその試合後のインタビューに関しては、『一概に日本代表が土佐野専より弱いわけではない』と大きく擁護する発言を行っている。

 言わずもがな木製バットへの慣れ。

 そして高校野球に対する土佐野専の露出の小ささ。つまるところがデータ量。

 さらには、日本代表は世界大会に向けた『練習試合』の認識であったが、土佐野専はフルメンバーでの総力戦。

 それに加えてバッテリーの連携。日本代表は投手と捕手が常に別チームであったわけだが、対する土佐野専選抜のバッテリーは以下の通り。

 先発:大原 ― 竹中(双方1組所属)

 2番手:鶴見 ― 宮島(投球練習経験多数あり)

 3番手:神部 ― 宮島(2年時、双方4組所属)

 4番手:鹿島 ― 宮島(初バッテリー)

 5番手:長曽我部 ― 宮島(1年時、双方4組所属)

 実際に試合で組んだ経験で言っても、初バッテリーは鶴見・鹿島と宮島の2組。普段から投球練習に付き合っているものを『組んだ』とするならば、唯一の初バッテリーは鹿島―宮島のみ。さらに言えばこの2人は遠征合宿においてしっかり連携を取るべく練習を行っていたために、しっかり連携を取れている。

 そしてなにより土佐野球専門学校捕手陣の特徴。数少ない味方投手を相手にキャッチャーをする高校野球に対して、先発ローテ、中継ぎ、抑え、速球派、軟投派、技巧派と毛色の違う投手を相手にすること。それだけ様々なタイプを扱うためのノウハウを持ち合わせている分、わずかながらにせよ互換性があるのだ。

 しかしそれらは土佐野専が日本代表よりも『優位』であった点ではなく『強い』点である。にも関わらず広川が謙虚にしてしまったのは――

「戦いは5分の勝利をもって上となし、7分の勝利をもって中となし、10分の勝利をもって下となす」

 突然の言葉に小牧はどういう意味か疑問に思う。

「それは?」

「甲斐の虎・武田信玄の言葉です。言ってしまえば、勝ち過ぎは災難を呼ぶ。と言ったところでしょうか。油断や慢心……さらに言えば、日本は特に『出る杭は打つ』風潮が強いですからね」

 株価回復の記事に目を通しながら、本で覚えた知識で答える。

「今回の目的は『土佐野専の宣伝広告(プロモーション)』であり、『強さを見せつける事』は手段です。あまり手段を強くし過ぎては、目的を果たせないどころかヒールに回ってしまいかねません」

 ただでさえ強い伝統の高校野球信仰である。それほど崇高なものを徹底的に叩き潰そうものならば、どんな非難があったか分かったものではない。

「勝者は勝者らしく胸を張ってもいいのかもしれませんが、あまりそうも言えないものです。世の中、正論が正答とは限らないものですよ」

「肝に銘じておきます」

「頭の片隅で結構です」

 そこまで話した広川は時計をチェック。

「そろそろここを発つ準備をしましょうか。あとは帰るだけですから」

「そうですね。じゃあ、部屋に戻っておきます」

 遠征はこれにて終了。

 あとは土佐野専に凱旋するだけとなった。

『(さてと……では帰りましょう。そして、プロ入りに向けてラストスパートです)』


次回投稿予定

3月6日(日) 20:00

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