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プロ野球への天道  作者: 日下田 弘谷
第12章 全員野球で突破せよ
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第7話 大和打線

 1点を先制した日本代表。早くも主導権を握ったようにも見えるが、土佐野専の攻撃はこれからである。

『1番、サード、大谷。背番号7』

 1回の裏。先頭バッターは2組の核弾頭・大谷義次。

 大歓声の湧くホーム・高校野球日本代表に対し、アウェー・土佐野専の攻撃は静まりかえる可能性もあった。しかし、

「大谷ソング。せぇ~の」

 2年2組・白鳥の指揮に合わせて土佐野球専門学校吹奏楽部によって応援曲が演奏され始める。

 絶対に選手たちだけでは戦わせない。創部から間もなく、また急な遠征決定で準備も満足にできなかった吹奏楽部。旅の疲れもあってかかなり下手なものではあるが、それでも選手たちの背中を押す大きな力には違いない。

 その背に力を受けた大谷。彼に向けて日本代表先発の兵藤は第1球。

「ボール」

『151㎞/h』

 高めに浮いたボール球。しかし夏の甲子園優勝投手の一投は150キロオーバーを早くも記録する。

「う~ん。あれで大丈夫かな?」

「どうした、鶴見。なんか大谷の様子が変とか?」

 首をかしげる鶴見に、宮島が心配して問いかける。続くインコース低めストレートを見逃し1―1となった大谷だが、特におかしな点は見当たらない。

「いや、そうじゃなくてさ……」

「何だよ」

「守備位置」

 直後に響いた快音。その打球は――

「ほら、抜けた」

「うそっ。凡フライだぞ」

 レフト頭上を越える打球。

 先ほどの土佐野専守備陣よりも深く守っていた日本代表。しかしそれは土佐野専標準シフトよりもまだ前進守備。そんなシフトで抑えられるほど、土佐野専選抜チームは甘くない。

 いきなり長打コースの打球を放った大谷は、1番にしては物足りない足を飛ばして2塁到達。3塁も狙えそうだったが無理はしない。

『2番、センター、神城。背番号6』

 ノーアウト2塁。早くもスコアリングポジションにランナーを置いて、首位打者&盗塁王・神城を迎える。

「次、神城ソング。せぇ~の」

 そして今度の合図によって、ミリタリーアニメのオープニングが演奏される。神城の親友である新本たっての希望による選曲。練習不足感は否めないが、こちらも十分に聞いて入れられるレベルの曲である。

『(お、さては新本が選んだのぉ。これ)』

 その事に気付いた神城。やや周りの雰囲気に圧されそうになっていたが、新本とゲームをしている時のリラックスできるような、しかし高揚するような気持ちになる。

『(砲雷撃戦、用意。12時の方向。距離、1844(ヒトハチヨンヨン)。撃ち~方始め~。ってとこかのぉ?)』

 まずは初球。アウトコースに外したボール球に、神城はセーフティバントの構えを見せる。すると野手はしっかり前へと出てくる。

『(ふ~ん。バントへの反応はよさそうじゃのぉ)』

 転がし方次第ではバントも成功しそうだが、大谷の足を考えるとちょっと怖い所がある。音楽に背中を押されたことで、気を楽にして周りを確認できるようになり、冷静な分析ができた。

『(仕方ないのぉ)』

 2球目。神城は早くもバントの構え。

 まずは追いつこう。その考えが見え隠れするその行動に、ピッチャーのモーション始動と同時に内野手が前にダッシュ。1アウト3塁でクリーンアップには回さない。その強い意志がひしひしと伝わるシフトに、

『(ちょっと考えてみぃや)』

 神城はバットを引く。そして投じられたストライクの球を、

『(首位打者に送りバントなんてあるわけなかろうが)』

 バスターでセンター前へと弾き返す。

「GO、GO、GO」

 スタートよく飛び出した大谷は、3塁ランナーコーチ・桜田の指示でホーム突入。センターを守る野上が捕球後、バックホームで補殺を狙うも、タイミングが微妙すぎること。そして神城が2塁を伺う様子を見せていたために、ピッチャー・兵藤がカット。

「ホームイン」

 そこへ大谷が滑り込み同点のホームイン。奪われた1点をわずか5球で取り返す。それもノーアウト1塁で、ランナーは土佐野専学内リーグ盗塁王・神城。

「うわぁ。嫌だ、嫌だ。僕もあんな2番バッターは相手にしたくないね」

 さすがの鶴見もこの状況にやや引き気味。なにせその上これからクリーンアップへと打順は回る。バントなど必要のない超強力上位打線である。

『3番、ライト、村上。背番号31』

 クリーンアップの先陣を切るは左の村上。一応、監督・広川に視線を向けるのだが、

『(手を打つ必要などありますか?)』

 神城へはグリーンライト。村上へはノーサイン。

 作戦の選択権を現場に移譲する。

『(ほらほら、走るけぇのぉ)』

 そこで神城は巨大リードを取って相手投手にプレッシャーをかける。そのリードを無視するわけにはいかない日本代表バッテリーは、タイミングを計って1塁へと牽制。しかしあろうことか、かすかに動いた瞬間に神城は1塁へと帰還。

「おや? こう見ると、神城くんは反応が早いね」

 その動きに鶴見は驚きの反応。

 並のランナーであれば、もっと反応が遅いはず。いや、プロでもあれほどの反応速度を誇る選手はいないだろう。

「ま、トリックがあるけどな」

「健一くんは何か知っているのかい?」

「あいつ、投球でも1塁に戻っていたぞ。もっとも、あの場では牽制するしかないけどな」

 土佐野専では高度情報解析班がいる他、リーグ戦ゆえに同じ投手と対決することが多い。そのため彼のそうした行動は珍しいのだが、初対戦においてはこうした行動をとることは珍しくないのである。

「あんな巨大リード、放ってはおけない。つまり、九分九厘牽制が来る」

「初めから戻ると決めていたリード……相手の牽制のクセを見る。と?」

「鶴見は野球脳が良くて助かる」

「経験則であって頭の良さじゃないよ」

 その次のリードは先ほどに比べて小さなもの。相手方から見れば、牽制の上手さゆえに警戒した。とも見られるわけだが、蓋を開けてしまえば「もう牽制のモーションは覚えた」と言う意思表示でもある。あとは通常投球時のモーションを覚え、その2つの動きの中からクセを見出すのみだ。

 マウンド上の兵藤は神城に横目で牽制を入れて、今度はバッターへと投球。盗塁を警戒したか、アウトコースへストレートをピッチドアウト。

 1塁ランナーの神城はいつも通りの無表情。

 しかし、『牽制モーション』『投球モーション』の2つを見た。

 神城の目と記憶力はずば抜けており、神城に「モーションを盗めない」と言わせたのは新本くらいのもの。ただ彼女は球速が遅く変化球重視のため、モーションを盗めずとも盗塁はできなくもないわけだが。

 次なる兵藤のセットポジション。神城のリードは先ほどよりも大きいもの。

 クセは見切った。あとはキャッチャーとの読み合い。どこで球速の遅い変化球を投じてくるか。どこで盗塁警戒のウエストをしてくるか。

 ピッチャーの顔がわずかに動く。

『(ここと見たっ)』

 神城がスタート。

 まだ投球モーションに入っていないピッチャーに、「ランナーが走った」との声が飛び込む。ここからプレートを外せば挟むことはできるのだが、

『(やばっ)』

 脳からの指令はすでに出ている。行動の上書きは不可能であり、ここからプレートは外せない。

「ストライーク」

 アウトコース低めへのストレート。受けたキャッチャーは2塁に投げる素振りを見せることすらできず。

「こ、こう見ると彼はすごいね」

「いや。あれはおそらくピッチャーが下手なだけ。僕もあんなフライングスタートは見たことが無い」

 日本代表投手を下手と一蹴。実際、神城のあんな盗塁は土佐野専では見られないのだから当然でもある。

「ウチは牽制、クイックはしっかりやるからねぇ」

「そりゃあ、しっかりやらないと走られ放題だからな」

「しっかりやってても、走られる時は走られるけど。ねぇ、健一くん?」

 牽制・クイックが上手い鶴見。

 盗塁阻止率学内最高の竹中。

 そのバッテリーから盗塁を決めた鈍足・宮島。

 盗塁阻止は1つ、2つのもので成否が決まるほど簡単なものではない。盗塁を決められる人間というのは、その数多くの要因から弱点を見出しこじ開けることができる人。神城が今決められたのは『投手のクセ』をこじ開け、宮島が以前決めた盗塁は『配球』『油断』の穴をこじ開けたものである。

 2塁に到達した神城は、神子のセットポジションと同時にリードを取る。ノーアウト2塁となればゲッツーもないし、これからクリーンアップとあれば危険を賭してまで進塁を狙うべきではない。だがワンヒットで帰ることができるリードは必要なわけで、要するにそこそこ大きなリードである。

 その神城へと目で牽制を入れた、1―1からの3球目。兵藤の投じた変化球を村上は思い切って引っ張る。真芯で捉えられた会心打は勢いよく一塁線を襲うも、ファーストの立ち位置がよかった。ファーストがノーバウンドで捕球してファーストライナー。

「くぅ、惜しい」

「抜ければ1点は間違いなしだっただけにもったいないな。けど、鶴見」

『4番、ファースト、三村』

「次はウチの主砲。1点くらい入るだろ」

 逆転打を防がれて悔しそうな鶴見の一方で、宮島は余裕綽々。敵として何度かまみえているから分かるが、三村は普通のバッターじゃない。

「ボール」

 ストライクゾーンにバットや腕がかぶさる神主打法。ピッチャーは投げにくそうにしながらアウトコースに変化球を外す。そしてさらに返球を受けた後、足元のロージンバックに手をやりながら深呼吸。その上で間を空けるように、ランナーを刺す気のない牽制球。

「明らかに集中力を切らしにきてるな。僕はあぁいうの嫌いだなぁ」

「宮島くんもかい? 僕も打席に入ってる時にあれ、やられると面倒だね。あれだけ長々と間を空けられるとどんなバッターも嫌だろうさ。もっとも――」

 兵藤の2球目は外に逃げる変化球。それを、

「彼はそれで打てなくなるほど甘いバッターじゃないけどね」

 ややボールくさい球だったが、それを三村はいとも簡単にライト方向へ。痛烈な打球はファースト・セカンドが反応できないほどの打球で一二塁間を破る。

『(やばっ。けど打球が速い。これなら2塁ランナーの生還は――)』

 キャッチャー・天神はライトの位置・肩を含めた守備能力・打球の速さを総括して2塁ランナー生還を阻止できると判断。その上で一応、3塁の方を確認してみると、

『(うそっ。回してるっ)』

 3塁ランナーコーチ・桜田は、迷いなく2塁ランナーへと突入指示。神城も一切スピードを落とさずに3塁を蹴る。

『(な、なんだ、あいつ。はえぇぇ)』

 天神は先の盗塁はタイミングを盗まれたからだと思っていたが、神城はそもそがかなりの俊足。それに加えて飛びぬけて走塁が上手く、他の人と比べれば直角に見えるほどのコーナリングで塁を回る。

「へい、逆転」

 ライトからの送球は中継のセカンドに届くのみ。その時、既に神城はホームへと悠々滑り込んでいた。

 あっという間の逆転劇であった。



 土佐野球専門学校は異常である。

 とにかく「スモールベースボールなんて知るか」と言いたそうな豪快な打撃を見せつけ続ける。1回は神城・三村のタイムリーによる2得点で終わるが、2回には打順が一回りし、1番・大谷のホームランで1点を追加。バントで繋ぐ野球が多い日本では意外性を思わせるパワフルなものであった。

 そして何より異常性を際立たせるのが守備である。

 3回の表はそれが特に顕著に表れる。

 先頭は9番の弓浜。

 彼の一打は高くバウンドするセカンドへのゴロ。これは九分九厘内野安打であると確信できるような一打であるが、果たしてセカンド・前園がそのようなことをさせるだろうか。いや、させない。

「あいよっと」

 素手でのベアハンドキャッチからスローイングまで、流れるような打球処理&ファースト送球。ボールの握り替えや体の向き転換などが無い分無駄な時間が省略できた結果、なんなくセカンドゴロが成立。

 基本も堅実性も無い、エラーの可能性が格段に高い一方で『アウトを取る』ことにすべてのステータスを振ったような変則守備。

 さらに、1塁にはフォアボールで出塁した1番の神子。

 彼は2番バッターの時に大原の隙を突いて2塁へとスタート。

『(よし、行ける)』

 キャッチャーの竹中はよほど油断していたのか、低めの球を要求していたのか左ひざが地面に付いている。ここから立ち上がっての送球は難しい事から、十分に盗塁が成功した。かのように思えた直後だ。

『(竹中。任せた)』

『(しゃんと、しゃがめや。しゃがまんと当たるでぃ)』

 立ち上がっての送球が難しいなら立ち上がらなくてもいい。

 高めのストレートを受けた竹中は、あろうことか左ひざを地面に付いたままで、しゃがんだ大原の頭上を通すように2塁へと送球。ノーバウンドでのストライク送球がショート・坂谷のグローブに突き刺さり、そのまま神子の足をタッチするに至る。

「ア、アウトっ」

「はいはい。ツーアウト」

 馬鹿みたいな強肩を誇る竹中はそれを平然とやってのけた。1回の1塁牽制に続いて、2塁への盗塁阻止もしゃがんだまま。一見すればパワープレーだが、その真髄はパワーがあるからこそできる高技術(テクニック)プレー。

 普通であれば投手をやっているレベルの選手。それが高いレベルの投手陣の中で淘汰された結果が、この恐るべき守備力を誇る結果となっているのである。

 ただでさえ実戦経験の少ない木製バットに苦戦しているにも関わらず、ポテンヒットを封じる外野前進守備に、クリーンヒットを封じる高い内野守備能力。そして辛うじて出すことができたランナーも、竹中の肩によって動けない。

 立ち上がりを捉えた1回の1点以降、なかなか点が奪えない日本代表。さらにこのチームに絶望の一撃が飛び出す。

ypaaaaaaaa(ウラーーー)!!」

 拳を突き上げながらロシア語で歓喜を表すアメリカ人・ルーク=バーナード。

 甘く入った厳しい低め(・・・・・・・・・・)をすくい上げて一閃。打球は定位置にて守っていたセンターの頭を軽々越えて、バックスクリーンにて跳ねてしまう。4点目となるバックスクリーンへのホームラン。

「のぉ、新本」

「なぁに?」

 その大飛球を横目に、ベンチから頭を出してスタンドに顔を向ける神城。その先にはいつのまにやら『猛虎魂』と書かれたハチマキや、縦縞ハッピを装備した新本。

「つくづくバーナードの打球はすげぇのぉ。なんというか、あれじゃのぉ」

M1A2(エイブラムス)の主砲くらい?」

「いいや。KV-2の主砲くらいじゃろぉ。ちょうど万歳言うとったし」

「さすがシロロン。上手い」

「お前ら、訳の分からないたとえ話はやめろ」

 あまりにも謎の会話であったため宮島に水を差されたわけだが、神城は先の「ypaaaaaaaa!!」に掛けてかソビエト軍の戦車を引っ張り出したもよう。新本はそれに気付いたものの、宮島はもちろんのこと気付かず。


 この一撃で夏の甲子園優勝投手・兵藤

 甲子園のマウンドにて撃沈


次回投稿予定

2月28日(日) 20:00

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