表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
プロ野球への天道  作者: 日下田 弘谷
第12章 全員野球で突破せよ
131/150

第6話 夏の夜の甲子園

 1塁側ベンチに入った一同。すると頭上の1塁側スタンドから下手な演奏が聞こえ始める。何事かとベンチから飛び出しグラウンドから見上げるとそこには。

「みんなぁ~、お待たせぇ~」

「日本代表なんてぶっつぶせぇぇぇ」

 指揮棒を手にした2組野球科の白鳥。その横では3組・柴田が大きな土佐野専の学校旗を振って応援。その近くには土佐野専吹奏楽部が応援歌演奏の準備を整え、さらにそれ以外のメンバーもメガホンなど自前の応援グッズで声援を送ってくる。

 その数、新本の言った通り100人以上。それどころか、200人を越えそうなほどである。その中には立川ら4組の見知った顔、さらには松島ら1年生の姿もある。

「これほどの数が来ていましたか……」

「広川さんも知らなかったんで?」

「えぇ。少し来るくらいの話は聞いていたのですが、これほどとは」

 広川も小牧もまったくとは言わないが知らなかったこと。

 かなり急な話である。

「これは負けられませんね。広川さん。采配、期待していますよ」

「投手起用は投手コーチにお任せするので、そちらこそ」


 やや曇りも目立つ阪神甲子園球場

 バックスクリーンに両チームのオーダーが表示される。


〈後攻・土佐野球専門学校〉

1番 サード 大谷

2番 センター 神城

3番 ライト 村上

4番 ファースト 三村

5番 レフト バーナード

6番 指名打者 西園寺

7番 ショート 坂谷

8番 セカンド 前園

9番 キャッチャー 竹中

   先発投手 大原


〈先攻・高校野球日本代表〉

1番 レフト 神子(みこ)

2番 センター 野上(のがみ)

3番 ファースト 大須(おおす)

4番 サード 秋原(あきはら)

5番 指名打者 湯川(ゆかわ)

6番 キャッチャー 天神(てんじん)

7番 ライト 高崎(たかさき)

8番 ショート 野木(のぎ)

9番 セカンド 弓浜(ゆみはま)

   先発投手 兵藤(ひょうどう)


「こう見ると土佐野専ってすげぇ打線だなぁ。上位打線は鶴見ですら抑えこめないんじゃないか?」

「大和打線。誰がいったか分からないけど良く言ったものだね」

 先発捕手が竹中、DHに西園寺ということで、第二捕手としてベンチスタートとなった宮島。彼がベンチに腰かけてオーダーに恍惚としていると、リリーフで出場予定の鶴見も近くに座って同じ方向を見つめる。

「かと思えば投手陣も頭おかしいだろ? MAX155の輝義や、メジャー行き内定の鶴見がリリーバーって」

「なんでも今年の高校野球は2年生が不作って言われるくらいだからね」

 つまるところが、本来なら高校野球に流れるいい人材が土佐野専に流れてしまったのである。

 しかし一概に優勢とも言えない実情がある。

 秋原の兄がいることで分かるが、高校野球日本代表のメンバー18人中17人が高校3年生。対する土佐野専は全員が高校2年生相当。若い時の1年の差はとにかく大きい。その差があるのである。

 一方で不利とも言えない点も。世界大会は木製バットを使う事になっているので、日本代表もそれに準ずるように木製バットを使用する。となると今まで金属メインで木製バットは練習でたまに使う程度の日本代表に対し、土佐野専は練習も試合も木製バット。そもそも金属バットなど2年前に触ったきりでそれ以降見たこともない。なんて人も珍しくないほどだ。

 そしてもうひとつ。土佐野専の先発オーダーは言うまでも無く投手登録1名、野手登録9名の構成。これはプロに入ってどちらかに絞るくらいなら、若いうちから専念すべし。と言うよりも、鶴見や友田クラスほどの打撃巧者でも二刀流が難しいほどハイレベルな環境にあることが挙げられる。

 対して高校野球日本代表の先発オーダー。先発・兵藤、1番・神子、3番・大須、9番・弓浜と先発オーダー10人が、投手登録4人、野手登録6人となっている。

 これはつまるところが、投野手双方に才能のある人間が、土佐野専では投手・野手いずれかに専念。高校野球側は打って投げての二刀流を行っている。どちらが強いかなど、ましてや投野手いずれかに専念できるDH制の下では特に優位性がどちらにあるかなど言うまでもない。

「さて、時間もそろそろですかね」

 土佐野球専門学校を率いる監督・広川は腕時計を見ながら時間をチェック。球審にアイコンタクトをとってから一歩、ベンチの外に踏み出した。

「では、そろそろ行きましょうか。我らは後攻です。まず相手を無失点に抑えこみましょう」

「「「はい」」」

 1塁側からスターティングメンバー9人が飛び出しグラウンドに散る。

 いずれもドラフト上位指名有力候補の選手たち。スタンドのプロスカウトの視線もよりいっそう強くなる。

「頑張れぇ~」

「応援してるぞ~」

「絶対勝ってよぉ~」

 グラウンドに散る彼らの背中を押す声援。さらに土佐野専吹奏楽部によって応援歌風味の校歌が演奏され始める。もっともかなり地味な存在であるため、ほとんどが歌詞を覚えておらず、まさしくインストルメンタルだけであるが。

 土佐野専の先発投手は1組の大原。鶴見という規格外に隠れてはいるが、彼もドラ1候補と言われる本格派右腕。それを受けるは1組正捕手・竹中。肩は西園寺、キャッチングは宮島と言われるが、総合的な守備の評価であればトップと言っても過言ではない守備型捕手だ。

 プロとして目指していた甲子園の舞台。

 しかしまさかこうしてプロ前に立つことになろうとは。

 マウンド上の大原は規定投球数を終わらせると、バックスクリーンの方に体を向け、右手を胸に天を仰ぐ。そして静かに目を閉じると、研ぎ澄まされた聴覚に試合開始を告げるアナウンスが入ってくる。

『1回の表。高校野球日本代表の攻撃は、1番、レフト、神子。背番号2。東北中央大学附属盛岡高校』

 先頭バッターが左バッターボックスへ。ゆっくり振り返った大原は両足をプレートに掛ける。

 球審が軽く手を挙げて前を指さす。

「プレイ」

 ついに最強を決める戦いが始まった。

 ノーワインドアップから開幕を告げる大原の一球は、

「ストライーク」

『145㎞/h』

 アウトコース低めに決まるストレート。

「調子はどうなんだろ? 鶴見目線から見てどうよ」

「健一くんは彼の球を受けたことはないのかい?」

「そりゃあこの前の合宿で受けはしたけど、同じクラスの鶴見の方が詳しいかなって」

「そうだね……まぁまぁ。悪くはないってとこじゃないかな?」

「ふ~ん」

 悪くはないのならそこまで散々なことにはならないだろう。何よりも、仮に炎上しかけた場合は豊富なリリーフ陣がものを言うはずである。

「しかし、外野守備は浅すぎないかな」

 鶴見は外野を見ながら首をかしげる。現在、土佐野専外野陣が敷いている守備シフトは、バックホーム体勢よりもまだ浅いシフトである。

「これが高川データベースの弾きだしたシフトらしいからな」

 土佐野専の生徒的にはかなり浅い守備シフトだが、これには高川がわざわざ代表合宿に赴いて調べたデータの裏付けがある。と言うのも土佐野専は木製バットに慣れており、『大和打線』と呼ばれるだけに長打力のある選手が多い。

 対して日本代表は土佐野専ほど木製バットに慣れていると言えず、選手のタイプも全体的に繋ぐ選手が多い。ゆえに普段の土佐野専標準シフトでは内野と外野の間のヒット範囲を広げるだけ。との高川データベースの判断だ。

「はてさて、それがどれほど信用できるものか」

「あいつのデータは割と信用できるぞ」

 そう宮島が言った矢先、大原は2球目の変化球をセンター方向に打ち返される。セカンド・前園、ショート・坂谷、センター・神城が追いかけるが、

「フェア」

 その3人の間に落ちるテキサスヒット。

「詰まり気味にヒット。運が悪かったね」

「運……かな?」

 宮島はやや疑い気味に首をかしげる。今のは打ち損じが内外野の間に落ちたように見えたわけだが、宮島にはそう単純なものでもないような気がした。あくまでも直感であり根拠に基づくものでは決してないのだが。

『2番、センター、野上』

 もちろんのことその答えが出るわけもなく、次のバッターがバッターボックスへ。すると早くもバントの構えを取り始める。その様子に竹中は内野への指示を考える。

『(マネ科の情報によると、日本代表の監督はバント多用の戦略とか……)』

 相手監督の所属高校は、バントを駆使するスモールベースボールで全国制覇を果たした経験のある名門校。その高校野球部と日本代表では陣容が異なるため、普段と同様に送りバントを駆使するかどうかは不明である。しかし使ってくる可能性はある。現・2年生を率いる土佐野専の監督陣も、今でこそ実質的な送りバント禁止采配であるが、就任直後は使ってしまっていたことも多い。

『(1球、外そうか)』

 アウトコースへボール球を要求。頷いた大原は牽制球を挟んでから投球。バッターは外へのボール球であることを確認してからバットを引いた。

「ボール」

『(この引き方のタイミングは送りバント――それに)』

 投球を受けた竹中は、ひざを地面に付けたままで1塁へと牽制。まさか座ったままで牽制をしてくると思わなかった1塁ランナー・神子は急いで帰塁。頭から飛び込むところへ、送球を受けた三村がタッチ。

「セ、セーフ」

『(このくらいのリードってことは、盗塁もない。かな?)』

 そもそもこの鉄砲肩を見せられてなお盗塁をしてくる者は早々いないだろう。早々いないだけでまったくいないわけではないが。例えば今は土佐野専側のベンチで試合を見ている、4組の某鈍足キャッチャーなんかがいい例である。

『(送りバント。やらせるぞ)』

 竹中から飛び出すバントシフトのサイン。バントの極めて少ない土佐野専ではなかなかすることがないわけだが、一部の投手やセーフティおよびスクイズ警戒はあるため、まったくの不慣れではない。

「サード。ボール1つ」

 2球目をバントさせると、打球はサード・大谷の真正面。処理した大谷は1塁へと送球してバッターアウト。ランナーを2塁に進めてしまう。

 得点圏にランナーを置いて続くバッターは3番の大須。

 この大須は大原の1―1からの3球目をレフト前に落としてヒットで繋ぐ。外野の前進シフトが功を奏して1点は入らないが、1アウト1・3塁となってピンチを背負う。

「うわぁ。いきなりチャンスなんて強いなぁ。日本代表は」

 このヒットやバントで繋ぐ日本代表のスモールベースボールを見て感心する鶴見。しかしながら一部の人間はそう素直に受け取ってはいなかった。

『(これは予想以上か?)』

 ベンチ裏でテレビを介して映像を見ている高川。

『(まさかと思うけど……でも、4番でそんな手は打ちづらい)』

 扇の要・竹中。

『(高川の情報分析ミス。いや、読み違えか)』

 4組現場の頭脳・宮島。そして、

『(日本代表は思ったほど……)』

『(強くない)』

 広川・小牧を筆頭とする首脳陣。

 彼らにしてみればピンチを背負って、言い換えればチャンスを作られてなお相手は弱いと判断していた。

 このチャンスでバッターは秋原明菜の兄・秋原明伸。

 その4番・秋原が打球をライト前に落として3塁ランナーが生還。送りバントを挟んで3連打であっさり1点を奪われる。

「タイム」

 先制点を奪われてついに土佐野専・広川が動いた。

「うわぁ。まさかこんなに苦戦するなんてね」

 苦言を呈する鶴見だが、宮島は安心して足を組みながら座ってリラックス。

「なぁに。次からは抑えられる」

「そんなに余裕を気取って大丈夫かい?」

「大丈夫。僕が気付くくらいなら、広川さんや竹中なら間違いなく気付いてる」

 マウンドまで上がった広川は、バッテリー・内野手はもとより、外野手まで集めての円陣。初回とは思えない守備のタイムに、日本代表側は押せ押せムードが高まる。

 だが、事態は急変する。

「球審。OKです。始めましょう」

「プレイ」

 選手がグラウンドに散り、竹中の要請に応じてプレイ再開。

 だがそのシフトはタイム前と大きく違った。

「なっ、なんだ。あの守備はっ」

 鶴見が驚くのも無理はない。今まで土佐野専はバックホーム体勢以上の外野前進シフトを敷いていたのだが、タイム後に敷かれたシフトはそれ以上の前進シフト。外野の頭を越されればランニングホームランは免れないトンデモシフトである。

「鶴見は気付いたかな。1、3、4番の打球。全部詰まって外野の前に『落ちていた』って」

「そう言われれば……」

 宮島の指摘に思い返す鶴見。言われてみれば、2番の送りバントを除いて全ての打球はポテンヒットである。

「要するに、今までの前進守備は深すぎた。って事だよな。一応は木製バットに多少の慣れがあるようだけど、比較対象が土佐野専なら分が悪いわな」

 予想以上に日本代表側に長打力が無かった。とも考えられるわけだが、実際はそういう裏があったわけではない。


「高川くんにしては読み違えって珍しいね」

 ベンチ裏で試合中継を見ながら作業をしているマネージメント科。唇を噛む高川に秋原が問うて見ると、彼は悔しそうにつぶやく。

「あぁ……そりゃあそうだよな。打撃練習の飛距離データと、試合の飛距離データは違う」

 高川の集めた打撃データは、基本的に打撃練習を視察してのデータ。しかし試合では投手のレベルも、慣れを含めた持ちうるデータも違う。それに多少、打たせてくる練習に対して、試合では本気でコーナーを突いて抑えに来るのだ。そうともなれば飛距離は練習以上に落ち込むのが当然である。

「まさかこんなことでやらかすとは自分らしくもねぇ。精進が足らねぇな」


 高川が悔しそうに自分を改めている一方で、試合は早々に指揮官が気付いたことで立ち直りを見せる。

 1アウト1・2塁のピンチで5番の指名打者・湯川。

 大原の2―1からの4球目を打ち上げた。これは先ほどまでならレフト前に落ちていた打球だが、外野が超前進守備シフトを敷いているため守備範囲内。凡フライである。

「レフト、任せた」

 サード・大谷、ショート・坂谷共々、レフトのバーナードへと任せる。

『(ん? 待てよ?)』

 そこで賢しいバーナードは気付く。

 前進守備を敷いている結果、かなり浅い位置のフライである。

 2塁・1塁と距離が近いため、ランナーは無理にリードしていない。

 そんなことを考えていたバーナードは、まるで落下地点を読み違えたかのように打球を眼前で落としてしまう。

「なぁぁぁぁぁぁ」

「うそぉぉぉぉ?」

 大ボーンヘッドエラーに頭を抱えて膝を着く大原と、目を丸くして驚く竹中のバッテリー。だが焦るのは気が早すぎであった。

「ヘイ。大谷っ」

 まるで落とすことが予定通りと言わんばかりの素早い反応で、打球をショートバウンドさせて拾ったバーナード。すぐさま3塁へと送球。スタートを切っていなかった2塁ランナーはもちろんのこと封殺。さらに、

「ヨッと、セカン」

 大谷もその状況を理解して2塁へと送球。こちらも1塁ランナーがスタートしていなかったために封殺。

「あ、アウト、チェンジ」

「なぁぁぁぁぁぁ」

「うそぉぉぉぉ?」

 レフトダブルプレー。予想外の結果に、大原は頭を抱えて、竹中は目を丸くしてまたも同じような驚き。

 日本代表方の監督は急いで飛び出し猛抗議。なにせ1アウト1・2塁での非常に浅いフライである。インフィールドフライが宣言されても不思議はないはずだ。もっともそれは先ほどの打球が内野守備範囲内となる通常シフトなら、の話である。

「外野フライはインフィールドフライ対象外。ウチが超前進守備を敷いているおかげで、『内野守備圏内』も後方が狭くなっていますからね」

 監督・広川はルールの勉強も欠かしていないだけに冷静。

 たしかに先の打球は内野の守備圏内と言われればそうである。だが、内野は完全にレフトへと任せ、レフトも捕球体勢に入っていた。言わば守備シフト上は完璧な外野フライであり、審判としてもインフィールドフライを宣告するわけにはいかないのである。

「ナイス判断でした」

「ありがとうございます。審判科にルールを習っててよかった」

 暇つぶしに審判養成科から習っていた野球の公式ルール。10年近く野球をしていても知らなかった重箱の隅を突っつくような話に「へぇ」「ほぉ」と、興味深く相槌を打っていた程度だったが、意外に早く試合に生かすことができた。

 この好プレーによってチェンジにはなったものの、許してしまった先制点。しかしながら広川はメンバーの気持ちをすぐに切り替えさせる。

「よく1点に抑えましたね。言い換えれば1点を取られてったわけですが、野球は相手よりも多く点を取るゲーム。1点取られたなら2点以上を奪い取るまで。さぁ、はりきっていきましょう」


次回投稿予定

2月27日(土) 20:00

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ