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プロ野球への天道  作者: 日下田 弘谷
第12章 全員野球で突破せよ
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第5話 みんなで戦うんだ‼

「いや、まぁ、さぁ……部屋に入れたのは自分だけど、なんかすごくくつろいでるなぁ。お前ら」

 マネージメント科情報解析班によるミーティングから帰ってきた宮島を自室で待ち受けていたのは、前に『呉』、後ろに『大和』と書かれたシャツを着ている地元愛溢れる神城。そして布団に寝転がっているのは、胸に『C』『D』を合わせたロゴ、背中に『強竜打線』と書かれた青シャツの神部。愛知を本拠地とする某プロ球団のグッズTシャツである。なんとも個性的な2人だ。

「悪かったのぉ。言うても、自分の部屋おっても暇じゃけぇ」

「ごめんなさい。自分の部屋にいても暇でして……」

「神部は百歩譲って分かるけどさ、神城、お前はなんだよ」

 宮島としては神部が暇なのは納得がいく。しかし神城はと言うと、

「なんなん?」

「どうせ自室でもこの部屋でも、やってるのはゲームだろ?」

 本日も新本と協力プレイ中。つい先ほどまで戦国時代の戦略シミュレーションをやっていたようだが、今ではいつもの第二次世界大戦を繰り広げている。

「人の気配があるかないかで違うけぇのぉ。さっきも、新本とチャットしながら神部と雑談しよぉたし」

「ふ~ん?」

「疑い深いのぉ。別に違う言うとんじぇけぇ、違うでええじゃろぉ」

「文句はねぇよ。別に。で、今日の学内リーグ戦はどうだったんだよ」

 と、宮島は神城に問いかける。

 多くの主力が遠征に出かけている土佐野専2年生だが、あくまでも『教育リーグ』である学内リーグ戦は通常通り行われる。むしろ主力が欠けている分、非主力勢の出場機会が増えるというものである。

「そうじゃのぉ。今は広川先生が選抜チームの監督やっとるけぇ、神部先生が4組監督代理みたいじゃのぉ」

 事務員の神部祐太郎。事務員と言えど元プロ野球選手であり、さほどそこに関して心配することはないだろう。

「で、今日の試合は……怪我人、3組・河嶋」

「またかよ」「またですか」

 河嶋と言えば、4組初勝利の試合にて先発予定だったものの怪我で登板回避。昨年最終戦において打球を受けて序盤で降板。いずれも神部が緊急登板しており、そしてどちらも4組の試合。悪い意味でよく知っている生徒である。

「あと、2組の竹田、それにウチの立川も故障者リスト入りじゃのぉ」

「立川は肩に違和感って言ってたな。軽い炎症らしいし、すぐに治るだろうよ」

 これでも4組投手陣を支える女房役。その手の情報はしっかり押さえているのである。

「怪我人多いのぉ」

「夏は疲労が蓄積される時期ですから……しっかり休んで疲労を残さないようにしないと」

「そうだな。それで怪我をしてしまえば大きなロス。休むのも大事な練習だからな」

 実際に今回のリーグ戦は主力が出ていないだけに、スカウトの目もそれ以外のメンバーに集まるところ。ゆえにここの怪我はプロ入りするうえで大きなマイナスとなったことだろう。

「で、試合は?」

「そうじゃのぉ。4組の試あ……」

「どうした?」「どうしたんですか?」

 唖然とした顔の神城。宮島と神部もPC画面を覗く。


〈4組 先発オーダー〉

1番 センター 寺本

2番 ショート 原井

3番 ファースト 大川

4番 レフト 佐々木

5番 サード 鳥居

6番 キャッチャー 小村

7番 セカンド 横川

8番 ライト 新本

9番 ピッチャー 本崎


「なんだ。いつものオーダ……あぁぁ?」

「え?」


 8番 ライト 新本


 神城はタスクバーに隠していたインターネットブラウザを画面に表示。チャットにて会話中の新本を呼び出す。


シロロン提督:なんで新本、野手で試合に出とるん?


 と、すぐに新本から返答。


ヒカリン将軍:二刀流

シロロン提督:野手転向の間違いじゃろぉ

ヒカリン将軍:そうとも言う


 宮島、神城、神部もなるほどと納得を表す。

 土佐野専2年生所属の女子は、超天才とも言われる神部を除いて全員が女子プロリーグへの入団に考えをシフトし始めている。

 その中で新本。彼女は平均130~140キロの男子との球速差で抑えてきたところがある。しかしながら女子プロで同じ女子の中で勝負をするとなると、女子野球の平均球速は大きく落ち込むため、『球速差』で抑えるのは難しくなる。そこで短距離走では神城クラスとも噂される超俊足を野手で生かそう。と言うわけである。

 多くの2年生は投手から野手への転向を1年の夏前には完了している。それにしては遅すぎる転向だが、それだけ男子プロへの思いが強かったということだ。

 神城は彼女の決断を重いものと受け止めつつ、無機質なチャット上ではあれど、できる限り心を込めた返事。


シロロン提督:まぁ頑張りんさい


 この程度しか言えない自分の言語力を呪いたくなる彼だが、新本は意外にも明るかった。


ヒカリン将軍:野球は投手だけでやるもんじゃないもん。

       私だって、かんぬ~やシロロンがいなかったら、

       もっと早くにピッチャーやめてたし。

シロロン提督:そっか。学校に帰ったら外野の練習、一緒に頑張ろうで?

ヒカリン将軍:うん。でも、シロロンは先に日本代表戦を頑張って

       みんなで頑張って応援するから


「戦ってるのは僕らだけじゃないんよなぁ」

「そりゃあな」

 新本の反応にしみじみ思う神城。最前線で戦っているのは自分たちであり、学校の残留部隊は直接的には何もできはしない。しかしながら長い距離を越えて応援をしてくれている。そして戦う舞台も相手も違えど、プロを目指して戦う球友である。

「勝ちましょう。選抜メンバーには選ばれなかった、みんなのためにも」

「当然じゃろぉ」

「言われずとも」



 土佐野球専門学校の学生の問題点は、プロ野球のスカウト、教職員たちによって明確にされている。

 マスコミの過剰報道や、一般人による暴言・ヤジのようなものを防ぐため、プロ野球関係者を除く部外者による学内リーグ戦の観戦は規制がかかっている。そしてプロ二軍、独立リーグ、社会人野球部などを相手にした対外試合に関しても、あまり多くの客が入っているわけでもない。つまるところが、観客の入った試合に土佐野専のメンバーは慣れていないのである。


 試合当日の午後。

 ナイターゲームに備えてバスに乗って阪神甲子園球場までやってきた一同。

 いざ球場まで来て見ると、『高校野球日本代表VS土佐野球専門学校』と書かれた大きな看板があり、入場ゲート付近には大勢の人。テレビや新聞社の車があたりを通りかかるのもよく目にする。

 高校野球は日本の伝統。

 それに立ち向かう土佐野専は言わば日本への挑戦者。

 完全なアウェーであり、それが今回の遠征帯同教職員による唯一の懸念だった。

 土佐野専の首脳陣・選手たちの登場にマスコミのカメラが近寄ろうとするが、そこはマネージメント科が予想しており、経営科が予算を割り振ってくれていたおかげ。依頼しておいた警備員が現れ、入口への道を作ってくれる。

「す、すごいのぉ。これ」

「甲子園が?」

「甲子園もじぇけど、マスコミも。すげぇ集まっとろぉ」

 元プロのスター選手でありマスコミ慣れしている首脳陣はいつも通りだが、ほとんどのメンバーは空気に呑まれかけている。アメリカ遠征などで注目されマスコミ対応の経験もあった鶴見ですらも、いつものような明るい表情はない。

「こんな中で試合するのか……」

「な、なんだか私も胸がドキドキしてきました」

 胸を抑えて俯き深呼吸する神部。

『(ヤバいな。神部は元からメンタルが強いタイプじゃないけど、神城や鶴見ですらも気圧されてるな。でも、三村はさすがか)』

 宮島も自分の胸の鼓動が早くなるのを感じながら、いつもは怖い敵のチームメイトに目を向ける。さすが1組の主砲・三村は堂々たる雰囲気。背筋を伸ばして手をしっかり振って――

『(あいつ、手と足が同時に前に出てる)』

 やはり緊張しているようである。

「どるる~ん。どるる~ん」

 完全アウェーの空気に押しつぶされそうになっていた選手一同。

 そんな彼らの降りたバスのすぐ近くに、エンジン音のような声を出すライダーが現れる。しっかりしたライダースーツに黒いヘルメット。そのままではいったい誰なのかは分からなかったが、外されたヘルメットの下から見知った顔が現れる。

「かんぬ~、しろろ~ん。それととぅるみ~。おまけにかんべぇ。やっほ~。マスメィディアがベリー多いねぇ~」

「「に、新本」」さん」

 バイクにまたがったままで手を振るのは新本ひかり。いつものグループの中で唯一選抜チームに選ばれなかった彼女が、こつ然と甲子園に姿を現したのである。その姿に驚きながら駆け寄る宮島たち。

「なんで新本がここにおるん?」

 目を丸くする神城に新本はサムズアップ。

「私だけじゃないよ?」

「他にも誰かいるんですか?」

 彼女の私だけじゃない発言に反応する神部はあたりを見回す。新本は頷きながら、

「私はバイクがあるし~、大阪出身で土地勘があるから早着。他にも何十人。ううん。100人以上がバスで来てるよ」

「マジでか」

「土佐野専の名前を背負って戦う役割は、かんぬ~達だけにはさせないもん」

 ライダースーツのファスナーを降ろす新本。その下には2年4組のユニフォーム。

「土佐野専吹奏楽部で応援団も結成したし、甲子園をアウェーなんかにさせないもん。かんぬ~達だけじゃなくて、みんなで戦うんだ‼」

「やったぜ、新本」

「えっへん。もっと褒めてもいいよ」

 興奮した宮島は新本に飛びかかって抱きつき、

「うらぁぁぁぁ」

「にゃあぁぁぁぁ」

 いつぞやの煽りの分も含めての暴力的歓迎(スキンシップ)

「しかし、これはよかったで。甲子園は言わば、高校野球の聖地。日本代表にとってはホームグラウンドじゃけぇのぉ。新本らのおかげで相手に呑まれんで済むで」

 神城も歓喜しながら他の生徒の中へ。

「皆の衆、本校より援軍来たり~、援軍来たり~」

 いったい何の事か理解ができないほとんどのメンバー。

 しかし彼らは知ることとなる。

 強力な援軍の存在に。


次回投稿予定

2月25日(木) 20:00

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