表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
プロ野球への天道  作者: 日下田 弘谷
第1章 逆境からのスタートダッシュ
13/150

最終話 意味のある努力を

「負けた……」

 ネクストバッターサークルで試合終了を迎えた宮島は、バットを手にしたまま呆然とバックスクリーンに目をやった。

 11―2

 1組との圧倒的な力量の差を見せつけられた大敗。最終回開始時点の10点差から諦めきって開き直った4組の中で、唯一奇跡を、そして勝ちを信じて戦っていただけに非常に悔しく空しい攻撃の終わりであった。

「宮島君。ナイスゲーム」

 ふと背後、やや頭上から声を掛けられ振り向く。するとスタンド最前列のフェンス越しに見知った人影があった。

「小牧、先生……」

「なんだ。ここの教師だって知ってたんだ。意外とあと1年くらいは気付かないんじゃないかって思ってたけど」

「いいんですか。こんなところに来ていて」

「試合なら終わったよ。2年4組とやって5対4。最後はバッテリーエラーでなんとかひっくり返したよ」

 2年1組の監督で元阪神の本格派右腕・小牧長久。彼はバックスクリーンを眺めてスコアを確認すると、宮島の元へと視線を落とした。

「どうだった? 今日の試合は」

「完敗、です。この1週間。自分たちの地力を生かせるように、努力を積み重ねたはずなんですけど、このありさまです……」

「そりゃあ君たちは努力したかもね。でも4組が努力している間にも1組も努力している。だからこそ努力だけじゃ力の差はなかなか埋まらない。時間は有限だからね。そこで差を埋め、時に差を作るのが才能だよ。あいにく、弱小が強豪に勝てる展開なんてフィクションの世界だけさ。データや頭脳で勝とうとしても、相手も策を打ってくるから同じこと。そこで采配や勝負勘に圧倒的な実力があるならともかく、そうでないなら強い者が勝つのがスポーツの摂理だ」

 言い返されて項垂れる宮島。そんな彼にフォローを入れるように、若干ながらあわてて小牧が逆接の言葉から入る。

「でも、努力の効果はあったんじゃないかな。これまでの対戦成績をみせてもらったけど、今日の取られた失点は最小。取った点は最高。得失点差は過去最少で1桁。首位の1組相手に素晴らしい成長じゃないか。それに試合を途中から見せてもらったけど、なかなかにいい終盤だった。君たちはこれからどんどん伸びるよ」

 言われてみればと宮島はスコアボードに目を向ける。

 1年生ペナントレース首位の1組相手に好ゲーム。純粋な得点だけではなく、3、4回における先発・長曽我部の好投。リリーフ新本が4番から奪ったストレートでの空振り三振。エラーを恐れぬ原井―横川二遊間コンビの積極的守備。今日の試合でいえばこの程度ではあるが、少なくともそれらは今までの試合では目にすることができなかったもの。

 勝利を目指して続けてきた努力は、勝利こそ得られなかったものの無駄ではなかったのだ。

 もっとも甘い言葉ばかりかけないのが教師である。

「ただし、大変なのはそれ以降。これからさ」

「これから?」

「スポーツに限らず学問でもそうだけど、低いレベルから普通レベルまでは簡単に伸びる。でも問題なのは普通より先だ。高いレベルに挑もうとした時、かならず多くの壁にぶち当たる。伸び悩むんだ。その壁を破る時に必要になるが『きっかけ』『類まれな才能』『必死の努力』だ。しかし『きっかけ』はほぼ運任せ、神頼みだ。『才能』は先天性のものでいまからはどうしようもない。なんとかできるのは努力のみ。とはいえ、いたずらに練習するだけが努力じゃない。しっかり頭を使って有意義な努力しないと。努力の中には意外と努力とは思えない努力もあると思うし、それも有意義だね」

「努力には思えない努力って言うのは?」

「例えば趣味で読書をしていたら国語の学力が上がった。これは本人にとって読書は趣味であって努力ではないが、結果論的に言えば努力になる。それも『趣味』と言う好奇心を持って自ら進んで行った『質の高い努力』にね」

 つい宮島は小牧の話に聞き入ってしまう。

「本題に戻ろう。まったく努力していなように見えるのに天才の人っているだろ。例えば授業をちょっと受けただけで物事を理解しちゃう人。勉強していないのにテストで点が取れちゃう人」

「中学でいました。そう言う人。才能の力と言うべきか……」

「そう言う人だって努力してる。例えば授業をしっかり聞いて、覚えるのではなく理解しようとしているとか、さっきの努力と思ってない努力をしているのかもしれない。一方で努力しているのにできない人って努力している気になっている人が多い。しっかり板書しているものの、板書することに集中して頭に入っていない。数学で言えば、公式を丸暗記したせいで理解していなくて、ちょっとひねった問題では応用できない。時間だけ過ぎる意味のない努力になっている」

 宮島の視線が自分からぶれないのを確認して続ける。

「決まってそう言う人は、時間や回数で努力を評価するんだ。どれだけ集中して努力したかではなく、どれだけの時間、どれだけの回数の努力をしたか。だがそういう類の努力に大きな意味は無い。もっとも、大多数の人はそれで評価するから仕方ないと言えば仕方ないけどね」

小牧は立ち上がって背伸びをすると振り返った。

「さて、君たちはどちらかな。中身の詰まった意味のある努力をする人間か。それとも時間だけ使って満足して、意味のない努力をする人間か」

「僕らは……」

 答えなど決まっている。

 意味のない努力をする人間。そんなものであるはずがない。あってはならない。

 では意味のある努力をする人間か。そうであればいい。だがそれが最善ではない。

 ここで答えるべき最高の一言。

 小牧が作った2つの選択肢にはない、しかし小牧の教えてくれたもう1つの新たな選択肢。

 宮島の目は小牧の顔をしっかり見据え、口ははっきりと伝える。

「僕らは……努力には思えない努力をする人間です。なぜなら僕は野球が『趣味』(だいすき)ですから」

 それを聞いて驚いた小牧は「そう来たか」と静かに吹き出しながらも、無駄な事はそれ以上言わず出口へと向かう。その後ろ姿を見送る宮島は、彼の背が見えなくなった後で自軍ベンチに駆け込んだ。そこでは試合が終わって帰ろうとしているメンバー。

「みんなぁ、ちょっと待てぇぇぇい」

 突然に出した大きな声に全員の視線が彼へと集まる。

「これから練習しようぜ」

 そんな彼の提案にベンチ内から非難が上がった。

「試合後だぞ。休ませろ」

「練習しようなんてどこの熱血だ」

「今時根性論ははやらねぇぞ」

 と。そこで彼は間違ったと頭をかいて言い直す。

「言い直させてくれ。みんな……」

 息を吸い込んで大声で吐き出す。

「『野球』しようぜ」

 まさかの言い直しに目を丸くする一同。

 その言い直しの深い意味は詳しくは分からないが、熱血的雰囲気に後押しされて腕まくりする人が現れる。

「おもしれぇ。よっしゃ、神主。『野球』しようぜ」

「いや、輝義。さすがに5イニング投げたお前は帰れよ。まだいたのか」

「緩急をつけるためにカーブを覚えたい」

「まずは人の話をちゃんと聞くことを覚えようか」

 とっとと帰れよ、敗戦投手。と冷たい視線を向ける宮島に、輝義は落ち込みながらベンチ裏へと消えて行った。

「よ~し、練習、じゃなくて野球するぞぉぉぉぉ」

 試合が終わったばかりのグラウンドに飛び出していくは、投げる燃え要素・新本。それを秋原と神城が呼び止める。

「ちょっと新本さん? アイシングしないと。だ、誰か? 新本さん捕まえてきて」

「待て、新本ぉぉ。じゃけぇ新本、待てって言うとろぉが。3イニング投げたんじゃけぇ、ちゃんとアイシングせにゃあいけんじゃろ」

 相変わらず広島弁強めの神城が追いかけて行く。しっかりグローブを手にしている所からして、宮島に触発されて野球をしようとしていたもよう。

 そんな光景を見て和んでいた宮島だが、すぐに気を持ちなおす。

「誰でもいいからバッティングピッチャーしろ。ただし今日、登板してない奴に限る」

「っしゃあ、なら俺に任せろぉぉ。その代わり後で受けてくれ」

「なんだと、僕が投げる。その代わり後で受けてくれ」

「ふざけんな。ワイが投げる、その代わり後で受けてくれ」

 とにかくボールを受けてほしい投手陣であった。掴み合い殴り合いには発展しないものの、口論には発展している。

「ったく。バッティングするなら守備をする奴が必要だろ? 仕方ないから行ってやるか」

「お前、行くの? じゃあ一緒に」

「まったく野球バカばっかりだな。俺もバカだけど」

「「「なんだ、その、かっこつけた回りくどいセリフは」」」

「何だとこのぉぉぉ」

 なにせプロを目指す野球大好き集団。なんだかんだ言っても野球に関してはノリのいい連中である。

「行くぞ、みんなぁぁ。野球開始(プレイボール)だぁぁぁぁぁ」

「「「おぉぉぉぉぉぉ」」」

「選手が頑張ろうって言っているんだから俺もやらなきゃダメですね。よし、久し振りに俺も外野の守備につきましょうか」

 気合十分。1組がまだ相手ベンチに残っている中、意気揚々とベンチを飛び出す選手たちと、ですます口調になったキャラ未確定監督・広川。しかし彼らの先陣を切ったつもりの宮島の首根っこを秋原がしっかりと掴んだ。

「はいはい。待って~。キャッチャーも肩のアイシングね~」

「えぇぇ。プロ目指してものすごいやる気満々なんですが……」

「先生に怪我しないようにって言われたでしょ?体調管理もプロに必要な事だよ」

「……はい」

 そして相変わらず締まらない男である。

「ほら。まずはアイシングだから服を脱ぐ。そのあとマッサージね」

「新本はいいのか?」

「あ、そうだった。まずはかんちゃんのアイシング。で、新本さんのアイシング。で、かんちゃんのマッサージね。ほら、腕を伸ばす。アイシングできないから」

 彼女は彼の背後で袋に氷を流し込み、それをアイシング用のベルト右肩へと巻きつけようとする。そこで宮島は思い出す。

「待った。クールダウンのキャッチボールしないと」

「あ、そうだね。それじゃあ、ちょうど神城君が新本さんを捕まえてきたし、一緒にやってきたらどう?」

 秋原が指さす先には、神城に首根っこを掴まれ、子猫のようにベンチまで連行される新本。

「そうだな。おいこら新本。クールダウンのキャッチボールの後にアイシングな。逃げんなよ」

「にゃははぁ。キャッチボール~」

「聞いてんのか。こいつは」



 『野球』をし始めたプロ野球選手のタマゴ達と先輩を影から見ながら微笑む者が1人。

「高校野球とプロ野球の決定的な違い。今日負けたら明日が無いのが高校野球。今日負けても明日があるさがプロ野球。1敗から何かを学びながらも、たかだか1敗ごときを引きずらないのがプロにとっては必要だ。そう言う意味では2年も1年も、4組はすべてのクラスの先を行っているな。それにしても……」

 マネージメント学科の秋原に呼ばれている宮島へと目をやる。

「努力に見えない努力をする人間です。なぜなら僕は野球が『趣味』(だいすき)ですから……か。なかなか面白い事を言う子じゃないか」

 小牧は左手に握った硬式ボールを悔しそうに見つめる。

「でも努力に見えない努力も簡単じゃない。忘れてないかい?その努力に見えない努力も才能に沿ったものでなければいけないんだ。努力無き才能は宝の持ち腐れだけど、才能無き努力はまったくの無意味だからね……」



〈1年リーグ・翌日の試合結果〉

 1組 11 ― 1 4組

 2組 5 ― 3 3組


〈順位表〉

1位 1組 7勝 1敗

2位 2組 6勝 2敗

3位 3組 3勝 5敗

4位 4組 0勝 8敗


1年4組、8試合終わって8連敗し首位と7ゲーム差 残り試合数46試合

開幕スタートダッシュ大失敗も優勝可能圏内

ペナントレースはまだ始まったばかりである


以上が投稿作(ほぼそのまま)です

一応、続きも書いていくつもりですが、

もう一方のサブ的な進み方になると思われます


※5/6 ルビを修正しました

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ