第4話 土佐野専選抜のエースは?
遠征は早くも3日目。
「コーチの方々。投手陣の様子はどうでしょうか?」
投球練習場で指導および調子確認を行っていた投手コーチの小牧・田端、バッテリーコーチの大森。そこへ監督の広川が姿を現した。
「いやいや至極順調さ。それはそうと博は選抜チームの監督に慣れたかな?」
投手陣の様子に対して素直に答え、さらに冗談を返す田端。
「自分もこうしたチームを率いるのは初めてですからね。まだ手探りです。ただ田端さん達、優秀なコーチ陣がいてくれる分、普段のクラスを率いるよりは楽かもしれませんね」
「嬉しいこと言ってくれるじゃないの」
「時に広川監督。詳しい話ですが……」
「大森さん。先輩が敬語はやめてください」
「広川さんがそれを言いますか……」
名前こそ呼び捨てだが、普段から敬語を使われている長久は鋭い返し。
「じゃあ、広川。バッテリーコーチ目線での詳しい調子だけど、竹中・西園寺・宮島。いずれも各投手との連携が出来上がっているように思うな。特に宮島が早かったか」
「そうですか。いい徴候ではありますが、保険をかけておいて正解でしたね」
「まったくだ」
広川も大森も安堵。その横で小牧・田端も頷き同意。
連合チームを組む場合、ひとつの問題となるのが選手間の連携である。サッカーなどと違って野球にはある程度で動きの基本形があるため問題にはなりにくいが、それでも基本以外の部分での摺合せは必要となる。
ただ野手はそれだけでいいものの、その点において一番の課題はバッテリー間連携である。ピッチャーはどのような球を投げ、キャッチャーはどのようにリードするのか。そしてお互いの性格・特色は? などと考えるべき点が多く、これを欠かした場合、ピッチャーの能力を十分に引き出せない他、バッテリーエラーに繋がることもあるのだ。
「博のところの宮島。保険としては十分だったか」
「えぇ。彼ならば十分すぎるくらいですよ」
もしも竹中・西園寺両名が試合まで連携を高めるにいたらなかったその時の保険。そのためにメンバーに組み込まれていたのが宮島である。
「宮島くんならば投手主導リード。優れたキャッチングセンスもあるし、ピッチャーに好き勝手やらせてあげれば、それで連携が成立してしまう不思議なタイプ。何よりたまにではあるものの、他クラスのピッチャーと練習することもあって、既にある程度の連携は出来上がっている」
小牧の解釈に広川が頷き。
「えぇ。守備型の竹中くん。攻撃型の西園寺くん。変則型の宮島くん。純粋な総合力上位3人ではなく、毛色の違った捕手3人を集める。策ははまりましたね」
「と、なると宮島くんは?」
「控えスタートですね。ベンチにて控えておいてもらいましょう」
保険は事故が起きなければ、保険料を払うだけの無用の長物でしかない。
だが事故が起きた時にこそその実力は発揮されるのである。
土佐野球専門学校VS高校野球日本代表 壮行試合 3日前
夕食後に首脳陣・選手・帯同教員・生徒など全員が集められる。
「さて、みなさん。運命の壮行試合が明々後日に迫ったわけです」
各守備位置・役割ごとに席へと着いた教職員・生徒の前で、監督を引き受けた広川が告げる。
「そこで予告通り、各選手の大まかな起用方法を発表いたします」
広川はメモ帳を手にする。
「先発投手、2年1組、大原くん」
「は、はい」
「君が土佐野専の先発投手です。お願いできますか?」
広川の質問に不安そうな表情を浮かべる大原。
とりあえず今季は鶴見が中継に回ったことで事実上の1組のエースとなった。しかしそれでも本当のエースは鶴見であると言う意識があったことで、今までずっと2番手としての思いがあった。しかし『土佐野専』と言う大きな看板を背負って、エースとしてマウンドに立つことに。
重みを感じるのも仕方がない事だ。
「大原くん」
そんな彼の肩に手が置かれる。投手コーチ・小牧長久。
「君はエースだ。しかし、チームの勝利を一人で背負うことはない。とにかく目の前のバッター、1人1人を確実に抑えるんだ。仮に神経を使い減らして9回を投げ切れなくてもいいじゃないか。だって、君の後ろには優秀な投手陣がいるんだ」
「小牧先生……」
顔を明るくする大原に、広川からさらなる援護射撃。
「長久の言う通りです。中継ぎ投手は加賀くん、柳川くん、鹿島くん、長曽我部くん、神部さん。クローザーは鶴見くん。いずれも各クラスでエースや勝利の方程式として好成績を残す優秀な投手陣です。エースだけにすべてを背負わせるのではなく、全員野球で勝ちましょう」
「「「はい」」」
投手陣からの元気な返事が返ってくる。その中には大原も含まれていた。
「いい返事です。続いて捕手。先発は竹中くん」
「はい」
「大原くんをしっかり引っ張ってあげてください。そして宮島くんは第二捕手として待機。西園寺くんは指名打者として出場ですが、万が一に竹中くん、宮島くん共にベンチへと引く展開となった場合、DH解除で第三捕手となる可能性もあります。心構えだけはしておいてください」
「「はい」」
西園寺・宮島の埼玉トップ2コンビも万全。
「そしてその他、野手陣に関してはまだ詳しいオーダーは未定です。しかしながら前園くんはセカンドを、神城くんは外野を守ってもらう事になるかと思います。準備のほどをお願いします」
次々に選手の予定起用方法が確定。これにより各選手が試合に向けたより明確な練習に取り組むことができる。
大原は先発登板に向けて肩を作っていく。
西園寺は今までの捕手出場を見据えたものから打撃重視にシフトするだろう。
「そして他科生のみなさん」
広川は前に座った野球科とは別に、後ろに座っている審判養成科・マネージメント科・経営科の帯同生徒にも目を向ける。
「ここから決戦に向けてラストスパートとも言うべく状態に突入します。支援の程をよろしくおねがいします」
「「「はい」」」
とても気分のいい返事が聞こえる。
あとは最終日までの大まかな日程および試合日のタイムスケジュールを確認。それでミーティングはお開きとなった。
しかし全体のミーティングはこれまでであり、まだミーティングは残っていた。
竹中・西園寺・宮島と言った捕手陣、三村キャプテンに鶴見副キャプテンの5人がメールにより呼び出しを受けた。向かう先はマネージメント科情報本部こと303号室。
「おじゃましま~す」
ドアは開放されていたため、宮島はひとまずドアをノックのように叩いておいてから入室する。
「おぅ。いらっしゃい。よく来た」
出迎える高川がいたのは野球科生の1人部屋とは違う、複数人で泊まる類の大部屋である。と言ってもその大部屋に1人で泊まっているわけではなく、部屋の端にある荷物の山からマネージメント科・経営科のメンバーで集まって宿泊していると分かる。
「しかしすごい機材だな」
ただ宮島はもっと別のものに興味が引かれる。
座っている高川の右・左・正面と囲むように配置された3つのキーボード。大きなパソコン本体に、主要ディスプレイ3つに補助用のものが2つ。
それぞれのディスプレイには、日本代表選手の練習映像、数字の羅列されたデータベース、ホームベースあたりから外野に向けて線の引かれた甲子園球場のモデル画像などが映し出されていた。絵に描いたようなデータ解析を行っていたようである。
「わざわざ学校から持ってきたんだぜ。貸出申請も設置するのも大変だったな」
さらに彼の指さす先。
テレビ中継なんかで使っていそうな高そうなカメラまである。マネージメント科の総力を結集した果てである。いったいここにあるものでどれほどの費用がかかっているのか。
「さてと。全員集まったかな。それじゃあ早速だけど始めようか。野球科生のみんなも、やること終わらせて早く休みたいだろうし」
主要メンバーを集めたのは他でもない。マネージメント科の情報班はこれまで日本代表候補メンバーの練習・試合を見て、情報収集および解析を行ってきた。そのデータが一通りまとまったため、主要メンバーに『野球経験者』の観点から意見をもらい、対策を固めようということであった。
パソコンの操作を行うのは引き続き4組・高川。司会を行うのは3組のデータ処理主席・新発田である。因みに同クラス野球科には『柴田』がいてややこいいことが彼の悩みの種とか。それはさておき、彼はプロジェクターから射す光で目を傷めないよう、サングラスをしながらの解説。
「――と、言うのが打撃面の話ッス」
まずは攻撃面の話からとなったのだが、煎じ詰めて言えば日本代表の攻撃面はこうである。
おそらく主砲に据えるのは、4組・秋原明菜の兄・秋原明伸。それを中心にした打線であり、各有力校の上位打線のメンバーが名を連ねている。
言わば重量打線にも見えるわけだが、マネージメント科の解析結果は違った。やはり名門校の有力選手はプロを見据えて木製バットで練習をしていたようだが、いかんせん、基本は金属バットの高校野球である。常時木製の土佐野専に比べて慣れているわけではなく、言わば長打力は『不慣れ』によって抑えられている。
つまるところが……
「公式戦での成績ほどの長打力はない」
「まさしくそういうことッス」
竹中の要約に新発田が頷き肯定。
トーナメント方式ゆえに堅実野球の多い高校野球に対し、リーグ戦方式ゆえにミスを恐れぬ豪快野球を展開する土佐野球専門学校。元々が長打力に関して差があるにもかかわらず、木製バットへの慣れと言う点で大きく土佐野専へと天秤が傾く。
「そして次に守備ッス。土佐野専の圧勝ッス。野手に専念した成果は伊達じゃないッス」
さらにこちらについては打撃以上に自信満々。確かに竹中クラスのキャッチャーはアマでも珍しいだろうし、前園クラスの内野守備はプロレベルで見ても目を引く程。バーナード・村上両外野手も武器は打撃だが、守備力も及第点どころか十分にプラス評価できるレベルである。
それ以降も土佐野専の守備を基準に日本代表の守備に関しての話となったのだが、全体的には土佐野専に分があるとの話で決着が着いた。
「ただそれでも注意すべくは、4番の秋原ッス。長打が無いと言っても、打力はなかなかのもんッス。要注意ッス」
「ちょっといいか」
と、そこで宮島が挙手。
「秋原……妹の方が言うには、兄の所属高校は1回戦敗退の弱小校だったらしいけど?」
それを聞いたのは1年前の春。初めて彼女にマッサージしてもらった時に聞かせてもらった話である。彼女曰く、球児である兄の所属は1回戦敗退をするほどの弱小校。甲子園に出るような全国クラスとは思えないのだが。
「とんでもないッス。関西聖王館は日本屈指の強豪ッス」
「じゃあ、あいつが嘘をついてたってことか? 明菜に限って?」
秋原は戦略的な嘘ならまだしも、こんな意味のない嘘をつくタイプじゃない。だとすればそもそも彼女が関西聖王館を勘違いしていた可能性はあるのだが、なぜ日本屈指の高校を弱小校と間違えるのか。
「それは秋原があまり高校野球に詳しくないからだろう」
すると高川。メガネを押し上げながら顔を宮島に向ける。
「関西聖王館は秋原が中3の時、言い換えれば兄さんが高1の時、夏秋共々、くじ引きでいきなり大阪の名門校とぶつかって負けている。それだけを見れば、関西聖王館を1回戦敗退レベルと見ても不思議じゃない。特にそれが昔の秋原なら特に」
「明菜ってそこまで野球に詳しくないっけ?」
「昔はな。あいつ、最初はプロ12球団を全部答えられないレベルだったし」
「な、なるほど。じゃあ、あいつの意見はあまり参考にならないと?」
宮島の考えに高川は表情を歪める。
「それは極論というものだ。実際にこの学校に来て、野球に関しての知識は成長しつつある。だが、秋原明伸については参考にならないだろうな」
「なるほど……」
そして話がひと段落した当たりで新発田の目つきが変わる。
「さらに気になるのが投手ッス」
「投手?」
「どういった風に、かな?」
打者として対戦する三村、同じ投手の鶴見は特に身を乗り出して問う。また指名打者での出場が決まっている西園寺も、彼らほどではないが集中して耳を傾ける。
「おそらく今回の両陣営で最強の投手は鶴見ッス。メジャー内定投手は規格外ッス。けど、問題はそっちじゃないッス」
スクリーンに映し出される背番号1の右腕。ユニフォームは打撃陣の話においても話題になっていた秋原明伸と同じ『関西聖王館学園』のもの。
「夏の甲子園優勝投手か」
宮島がつぶやくと高川も頷き、新発田も「そうなんすよ」と残念そうな表情。
「情報解析班の推測では先発投手ッス。その実力は大原以上……ッス」
打撃陣はバットの差、守備陣はプレースタイルの差や野手の才能の差が如実に現れているが、投手陣に関してはそれほど大きな差がでていない。むしろ規格外の鶴見を除けば、歳の差で日本代表の方に分があるくらいである。
「それでも土佐野専は打撃面で優勢。なら大丈夫なんじゃないんかいねぇ」
「それは否定できないッス。なんなら点を守るのは投手だけじゃないッス」
竹中の指摘に新発田も同意。
野球の勝敗は投手力だけで決まらないし、また点は投手VS打線で取り合うものでもない。
投手&守備 VS 打線
相手の投手力が高くても、こちらの打撃力がそれ以上に高ければ点は奪える。
逆にこちらの投手力が低くても、相手の打線がそれほどでもない、さらにはこちらの守備力が高ければ守り勝つことはできる。
「あるとすれば投手戦ではなく防衛戦ッス。少なくとも投手1人で勝負が決まるような展開にはならないと思うッス。あえてその可能性に例外を除くなら……」
彼の目線は1人の左腕に向く。
「鶴見が緊急先発する場合のみ、と」
「その通りッス」
曰く日本代表以上の打撃力を誇る土佐野専大和打線、さらには二軍とはいえ現役プロ野球選手ですら苦戦したのが鶴見。そんな人間が日本代表相手に投げれば、一方的な虐殺ともなりうるだろう。
「でも、なんで広川さんはそんなピッチャーを先発させなかったんだろ?」
そんな中での宮島の唐突な疑問。学内リーグでは練習の一環として1組リリーバー、時々先発の鶴見だが、勝利を目指す今回の試合ではそうする必要もないはずである。むしろいいピッチャーはとにかく先発させるのが鉄則ではあるのだが。
「俺には分からないッス。高川は?」
「ピッチャー心理に詳しくないから信憑性について問われても困るが……」
そう前置きしながらパソコン画面から目を外す。
「おそらく全員が土佐野専のエースは鶴見だと思ってる。だからこそかもしれない」
「だったら先発は鶴見だろ」
鋭く指摘する宮島に、高川はメガネレンズを拭きながら答える。
「エースが後ろに控えているから安心できる。とは考えられないか?」
「心理的支柱と?」
「再出場のあるソフトボールとは異なり、野球は一度引いた選手を再び試合に出すことはできない。先発で出すと言う事は、一度降板してしまえばもう出場できないこと。応援も無いアウェーで、不慣れな球場。気圧されそうな空間において、背中に心理的支柱が無いことは大きい心的負担を与える」
「じゃあ、鶴見に登板機会はない。と」
「だからこその最終回限定だろう。もしくは点差が大きく開いて試合を処理するパターンに入るならばもしくは」
実力でもって抑えるわけではない。実力ゆえの信頼感から、他の投手の心理的負担を減らして抑えさせる。
「以上。新発田、続きを」
「任せるッス」
あとはリリーフ陣の情報を公開するとともに、竹中からの質問である機動力についての問答も行われた。その得られたデータ量は、1試合で使いきるにはもったいないほど。さすが土佐野専が誇るデータ解析班である。
次回投稿予定
2月23日(火) 20:00




