第3話 大決戦に備えて
宮島の耳にやや大きめのビープ音が入ってくる。
「う~ん。よく寝たぁ」
夜の11時に就寝。7時前に起床とほぼ8時間睡眠。
「すげぇ寝やすかったな」
8月と夜でもなかなかに暑い時期にも関わらず、エアコンによる室温調整はバッチリで寝苦しくもない。ベッドはほどよい柔らかさですんなりと眠りに入り込むことができた。外見や内装から分かる通りつくづくいいホテルである。
昨日の新橋曰く、ここのホテルの社会人野球部に卒業生がいるとのこと。つまりこのホテルは社会人野球部を持てる規模の会社・グループが経営母体にあると想像ができる。とにかく悪いホテルではないことは確かである。
「さてと」
昨夜、コンビニへと行った際に秋原からもらった朝食バイキングのお食事券。机の上に置いてあったそれと部屋の鍵を手に2階のバイキングへ。途中で朝が弱いらしく眠そうな大谷、曰く寝起きに筋トレをしたとかでほんのり汗をかいているバーナード、そして早起きして昨日の野球関係のニュースをチェックしていた三村といろんな人に出会う。
「生きてるか? 大谷」
「ねむぅい……やっぱり夜がいい」
身体の大きな三村にもたれかかりながらの半醒半睡状態。三村は嫌がる様子も無く、身体を支えてやる気遣いを見せる。
「目覚めの一発、いるか?」
「頑張って起きる」
三村やバーナードにとっては何の事か分からない一言だったが、大谷は足にしっかり力を入れて自立。宮島の一発と言えば、対2組戦にて見せた神部への『一発』である。
なんにせよ大谷の覚醒を促したあたりで目的のフロアに到着。出てすぐの場所にある朝食会場入り口にて女性スタッフにお食事券を渡して入室。
「へぇ。さすがいいホテルじゃん。朝食もかなり豪華だな」
5つ並んだ大きな炊飯器には湯気の立つ炊き立て白米。鍋には程よい色合いの味噌汁。さらには厚焼き卵、焼き魚、ハムやサラダにウインナー。飲み物は麦茶、牛乳にジュース。ついでにデザートのフルーツまで。とにかく山盛りになっている。少々一般のホテルにしては量が多すぎると宮島も思ったのだが、
『土佐野球専門学校様 朝食会場』
改めて見てみた入口には、きれいな毛筆でそのように書かれた紙が貼ってあった。つまるところが大食漢集団のためだけの臨時朝食会場。良く言えば貸し切りの専用であり、悪く言えば一般客の迷惑にならないように隔離した。とでも言うべきか。
宮島はお盆を手に取り、茶碗に白米を山盛り。自分としては小さな器に味噌汁を注ぎ、ついでに平皿に好きなおかずを取っていく。
もっともおかわり自由であるため、ここでほしい分を全て取る必要はない。そのためある程度取った後は、プラスチックコップに麦茶を注いで朝食確保終了。
「さてと。それじゃあ席は……」
まだ来ている人が少ない朝食会場。多くある座席はよりどりみどりであり、好きな場所を確保できるわけであるが。
「宮島さ~ん。ここで~す」
早起きの神部が手を振っていた。その正面には味噌汁を静かに飲んでいる神城。
「おはよ」
「おはようございます」
わざわざ椅子を引いて自分の隣の席に導いた神部に、宮島はわざわざ神城の隣に座る必要もないためそこへと腰かける。
「みんなはどうだった? 寝られた?」
「とっても寝やすかったですよ。おかげで気分爽快です」
「僕も寝やすかったのぉ。これなら今日からの練習も大丈夫そうじゃなぁ。まぁ、そこの大谷は死にそうじゃけどのぉ」
チームメイトの村上らと共に朝食を取り始めている大谷。エレベータで会った時と同じく目が開ききっていない。
「あいつは朝が弱いらしいからなぁ。むしろ夜は強いみたいだけど」
「はぁ。夜は強いですか……ナイターゲームは凄そうですね」
「ただの夜型人間じゃろぉけど、珍しくはないのぉ。新本なんかも、基本的には朝が弱いタイプじゃけぇのぉ」
「立川も弱いけど、あいつは案の定……だからな」
深夜アニメ視聴が原因の立川はさておき、大谷・新本らの夜型の原因は思春期特有の体内時計のズレであり、医学的・脳科学的にやむを得ないもの。と、医学に詳しい秋原がいれば説明もしただろうが、あいにくここには彼女の姿はない。
「そう言えば明菜は? 寝坊か?」
「いや。僕がここに来た時、ちょうど入れ違いで出て行ったけぇのぉ。早めに朝食をとって、今は部屋じゃろぉ」
「ふ~ん」
秋原は早寝早起きの生活リズムが整った子である。野球科勢も7時起きであれば遅くはないが、早起きと言うほどではない。
宮島は適当な相槌を打ちながら朝食を取り始めるが、すぐに周りに目を向け始める。
「他のマネージメント科生や経営科生も見ないけど? 高川とか新橋とか」
「そう言えばそうじゃのぉ」
この朝食会場を見渡す限り、やってきているのは野球科のメンバーのみ。秋原がいたと言うのであれば、他科生は他の会場であるということもないだろう。
「もしかして、こんな早朝から何か仕事があるんでしょうか……」
「かもしれんのぉ」
「なんか悪いなぁ。僕らだけこんなゆっくり食事をとらせてもらって」
できれば手伝った方がいいのかもしれないが、昨日それを新橋に提案して説き伏せられたところである。
「これは意地でも勝たんといけんのぉ。こんだけやってもらって負けようものなら、大失態ってレベルじゃないで?」
「ですね。私も頑張らないと」
基本的に土佐野専では起床時間も原則個人による自己管理なわけだが、朝食バイキングの時間が決まっておりまた練習場へはバスで向かうため、この遠征では野球科全員が7時までに起床となっている。
起きた野球科生は朝食バイキングで食事を取り、歯磨きなどの身支度、練習の準備を終えるとひとまずひと段落。既定の時間に合わせてバスに乗り込むと、後は練習まで向かうのみ。既に早起きしたマネージメント科生・経営科生の連合チームによりバットやヘルメット、キャッチャー用具などは朝方にトラックへ積み込み、ボールなどわざわざ降ろす必要のないものは積んだままにしていたため、滞りなく練習へと向かう事ができた。
そして練習目的に借りている運動公園に来たわけだが。
「いいグラウンドだなぁ。これは天然芝かな?」
普段のユニフォームに着替え終わってグラウンドに出た宮島は、外野の芝に手を触れてみる。そのさわり心地は土佐野専の天然芝とそん色ないものである。
「昨夜に調べてみたけど、ここは天然芝のはずで?」
内野は土、外野は天然芝。センター120メートル、両翼100メートルを誇る土佐野球専門学校クラス別球場よりも数字上は小さいが、その差はわずか1~3メートル程度とかなり広めである。そして使うかどうかはさておき、LED式電光掲示板・ナイター照明完備と環境はバッチリである。
それを見て、遅れてやってきた神部は感嘆。
「よ、よくこんな球場を借りられましたね」
「市民球場もそうじゃけど、地方自治体の持つ球場じぇけぇのぉ。結構安いとは言われるで」
神城の言う市民球場とはもちろん広島市民球場。さらに言えば神城的に市民球場と言えば旧広島市民球場の事である。
「で、でもそれでも高いですよね。阪神甲子園球場とか、大阪ドームとか会社が持ってるものと比べれば安いかもですけど……」
「それだけ学校もこの一戦に賭けとるってことなんじゃろぉ」
いかなる投資もそれ相応の見返りがあるから行うものである。場合によっては大損害を抑えるために小損害で済ませる『損切り』もあるが、それだって行うだけの意味があるからできるものである。教職員が必死でかき集めてきたお金を湯水のように使う今遠征には、それだけ大きな意味があると言えるのである。
適当に雑談をしている間に、野球科全員、監督コーチ陣、打撃投手など練習補佐の事務員、マネージメント科生に経営科生、審判養成科生など。この遠征に帯同しているほぼ全員が、監督・広川を中心にして集まる。
「あれ? 何人か足らなくないか?」
ただほぼ全員であって全員ではない。宮島はまず高川がいない事に、続いてさらに他クラスの何人かがいないこと気付く。
「えっとね」
と、そのつぶやきを耳にした秋原が宮島へと耳打ち。
「関西圏だけではあるけど日本代表のデータ集め」
「データ収集か」
「経営科の先生に車を運転してもらって、いろんな高校を回るみたいだよ」
「ふ~ん」
遠征に来て早々の情報集めとは高川らしい。
「でも関西圏だけか。それ以外の地域から来ているメンバーも日本代表にはいるみたいだし、全員は調べられないか」
「でも、選抜選手のほとんどが全国大会には出るなり、地方大会でも目立つ活躍をするなりしていたみたいだからね。それならデータも残ってはいるだろうし、高川くんなら大丈夫じゃないかな?」
「まぁ、あいつならデータが無いなら無いでなんとかするか」
「しれっとテレビ局とコネを持ってても不思議じゃないもんね」
曰く実質的に中卒の身でありながら、東証一部上場企業に内定をもらっているとか。高校2年生相当とは思えぬハイスペック野郎である。
そのように話をしていると、集まることのできる人間は全員が集まったようで、監督の広川が手を叩いて全員の注目を集める。
「それではみなさん。改めまして、今回の遠征にて選抜チームの監督を務めます、広川です。
これから日本代表戦に備えての練習となるわけですが、慣れない環境でもあります。可能な限り帯同教職員およびマネージメント科で援護を行いますが、みなさんも無理はしないように。学校としては次の試合に勝ってほしいところではありますが、真の目的はプロ入りです。それを念頭に置いたうえで、怪我に気を付けての練習をお願いします」
以降は全スタッフ陣の自己紹介プラス一言、二言。ほぼ最低限の内容で終了。こんなことで時間を使うくらいならば、もっと使うべきところがあるということである。
その後、遠征初となる練習開始。
まずはキャプテン・三村の指揮の下、全選手でストレッチやランニング、キャッチボールをこなす。そこから投捕手と内外野手に分かれての練習となった。
宮島など稀有な例はあるものの、土佐野専ではクラス間で練習することは滅多にない。そのため中継が必要or不必要と言った野手間の連携は特に練習する必要があるのだが、それ以上に問題となるのが投手―捕手のバッテリー間連携である。
ひとまず捕手として出場の予定である竹中・宮島はもとより、指名打者の可能性もあるが捕手登録の西園寺。彼らは他クラスとの投手連携に関しては注意を払う必要がある。
ただ宮島として不幸中の幸いだったのが、投手7人中、鶴見、神部、長曽我部の3人に関してはある程度の連携が成り立っているということ。その他の投手に関してもまったく受けたことがないわけではないと、やや気が楽ではあった。
「やっぱりこの選抜チームに選ばれるだけあって、さすが投手のレベルが高いな」
グループに分かれての練習は、まさしくバッテリー間の連携を高めるための練習主体。午前中は軽めのものだったが、午後からは本格的な投球練習に。ひとまずこれまでは大原、鹿島、加賀の3人を相手し、一時休憩を挟んでから柳川、鶴見、長曽我部の投球も受ける予定である。
と、なるとやや機嫌が悪いのは、女子唯一の代表入り選手。
「宮島さんに受けてもらいたかったんですけど……」
「神部は同じクラスで遠征前に受けてたから後回しな」
宮島と神部の相性は現時点で良好。試合展開次第で誰と組むことになるか分からない以上、他の投手との相性を高めるのが急務である。となれば違うクラスの6人優先。お互いを知っているとはいえ、ここ最近、本格的な投球練習を受けてない鶴見・長曽我部も例外ではない。結果としてはぶられてしまった神部は、果てしなく不満そうなのである。
「前にも言ったろ。僕だけじゃなく、他のピッチャーとも組めるようにしないと。試合だと西園寺や竹中と組むことになるかもしれないしな。まぁ、西園寺はDH予定だからその可能性は低いだろうけど」
「分かってはいるんですけど、欲求不満と言うか、フラスコレーションと言うか……」
正しくは『フラストレーション』である。
「なんか、こう、もやもやするものが」
「今日、時間があったら受けてやる――」
目を輝かせる神部。しかし、
「――とは言いたいけど、神部は今日そこそこ投げてるからな。また明日な」
「大丈夫です。投げられます」
「去年末」
「うぐっ」
故障と言う前科持ちはその前科を指摘されて封じ込められる。
「本当に神部は分かってるのかなぁ?」
「わ、分かってます」
分かってはいるのだが、欲には勝てないと言ったところか。
震えた声で返事する彼女に、果たして本当に分かっているのかが疑問。不安と呆れを同時に感じながら、休憩のために1塁側ロッカールームこと男子更衣室へと戻る。そして神部も着替えは別だが荷物は持ちこんでいるため、同じロッカールームへ。
「ふぅ、疲れた」
「お疲れさま~」
ようやくのんびりできると背伸びしながら椅子に入る宮島。そんな彼に秋原が待っていましたとばかりに声を掛けながら駆け寄ってくる。
「おぅ、明菜。どうした?」
「差し入れだよ」
手にはプラスチック製の容器と爪楊枝。
「秋原さん、宮島さんに気があるんですか?」
「う~ん。否定はしないけど~、これはマネージメント科からの差し入れだよ。神部さんにもあるよ」
「否定はしないんですか……」
「いつものことだぞ。なんなら結婚するとか冗談で言いまくってるし」
その手の話を冗談でしている宮島と秋原の2人にしてみれば、気があるとかないとか、そんな話は戯言の範囲内である。
「ふふ。そうだね。あ、それと、これ差し入れね」
秋原がフタを開けて中を見せる。そこにあったのは、
「梅干し?」
「そうだよ。1人1つずつね。こっちにある爪楊枝でどうぞ」
目の前まで出された宮島だったが、のどが渇いていたため先に水分補給。それを済ませてから爪楊枝を1本もらって、それで梅干しを1つとる。そして神部も同じく1つもらう。
「種は?」
「全部取ったから無いよ。そのまま食べてOK」
言われた宮島は口に梅干しを放り込む。
「すっぺぇ」
「だって梅干しだもん」
宮島の反応がよほど面白かったのか、微笑みながら返す秋原。彼の隣に座る神部も同じようにすっぱそうな表情。
「でも、なんで梅干しなんですか?」
「汗で水分を失うから水分補給をするのは大事なんだけど、ミネラルやナトリウムも汗で出ちゃうんだよね。で、梅干しにはミネラルとナトリウムが含まれてるってわけ。熱中症対策だね。それと梅干しにはクエン酸も含まれているわけだけど、クエン酸って疲労回復効果があるんだよね」
「そうなんですか?」「なるほどな」
神部の疑問に理路整然と答える。が、2人の頭では熱中症対策と疲労回復効果の2つのワードしか理解できず。つまるところが汗をかいており疲労も溜まりつつある練習後の野球科生に、マネージメント科からの援護射撃である。
「さぁ、今日の練習もあと少し。頑張ってね」
両手でガッツポーズしながら励まし。
「そうだな。今日は居残り練習ができないし、しっかり時間いっぱいやろうか」
練習場と宿泊所に距離があるためバスで行き来となる。そのため全員の練習時間を統一する必要があるのだ。どうしてもというのであれば、マネージメント科・経営科が個別で持ってきている乗用車で拾ってもらうこともないではないが。
「やぁ、宮島くん」
「どうした?」
そうして決意を新たにしたあたりで鶴見が現れる。口を動かしていることからして、彼も秋原から梅干をもらったようである。
「今日は変化球の調整を念入りにしたくてね。少し多めに受けてもらえるかな?」
「いいけど、それなら輝義の後な。あいつ、待ってるし」
「あぁ、それなら彼には了解は取ってるよ」
「だったらいいぞ。ただ、無理しない程度にな。プロ入り前に体を壊したら馬鹿みたいだし」
「それなら安心してよ。怪我にだけは敏感だから」
むしろ敏感すぎるくらい。神部に鶴見の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいところである。
「さてと、練習にいこうか。次の投球練習は柳川だったな」
「彼ならブルペンにいたよ。小牧先生に投球フォームをチェックしてもらっていたかな?」
「ありがと。じゃあ、行ってくる」
鶴見に礼を言うなり、忙しくロッカールームを出て行こうとする宮島。
「私も受けてほしいです」
「どうせ最低でも調整や打ち合わせは必要だし、いつか受けてやるよ」
投手・捕手陣が連携を高めるべく練習している間、捕手を除く野手陣。守備連携やポジション調整のために守備練習。
外野陣は広川監督兼外野守備走塁コーチのノックを受ける。
「初めのうちのフライは、少し後ろすぎるくらいがええべ」
「でもそれじゃったら、前に落ちてヒットになるじゃろぅ?」
「外野は後ろおらんじゃんか。後ろに逸らすのが最悪だべ」
「確かにそれもそうじゃのぉ」
「それと気持ち横に逸れてた方が、打球の伸びが分かりやすい捕りやすいべ」
東京都のど真ん中出身ながら、中学時代のクラスメイトが複数地方出身による混成部隊だったとかで、しゃべり方がパワフルな1組・斎藤外野手。そのため広島弁もそこそこ通じるようで、神城相手に問題なく外野守備について教えることができている。 外野に対してこちらは内野。
ノックをしているのは1年1組担任である平原内野守備走塁コーチ。
「はい、ショートっ」
「あい、ゾノッチ」
「任せろ、サッカ」
ショート真正面の打球を捕球後グラブトス。2塁カバーの前園がベアハンドで捕球後、1塁へと矢のような送球。
「よし、ナイス二遊間」
ファーストで受けるは実力的にスタメンが決まっている三村。
「「ナイスキャッチ、ミムラー」」
「なんか違和感があるぞ」
ただ伸ばしているだけではなく、『+ er』のような呼び方である。さしずめスペルはMimurerか。
『(さすが優秀な生徒たちです。不慣れな選手間の連携もすぐに構築しますし、なによりアドバイスをすぐに反映できる)』
広川はレフトファールグラウンドからセンターにノックを打ちつつ、内野の様子も確認。
前園・神城両名には広川・平原両守備コーチからポジション変更の可能性を示唆されており、寸前での変更はかなり厳しいかと思われた。ところが早くも前園―坂谷の二遊間は盤石の様相を呈しており、神城も遠征前には初々しかったフライ処理が初日にして早くも目に見えて上達しつつある。
『(これだけの盤石な守備力を併せ持つ、大艦巨砲主義の大和打線。もしこのチームに投手力が加われば、例え相手が平均1歳年上の日本代表でも勝てるでしょう……あくまでも投手力が加われば、ですが)』
関西聖王館学園。
直近である今年の夏の甲子園大会で優勝した強豪校であり、日本代表へはエース・兵藤、主砲・秋原を派遣。言わば日本代表の中心選手2人を擁する学校である。
その学校へとやってきたマネージメント科情報班。
入校時には『土佐野球専門学校』と書かれたステッカーの張ってある車に、学校内にいた部活中の学生や、教職員・警備員などの注目を集めたものである。しかしながらプロのスカウト、OBなども多いためか誰でもウェルカムな空気であり、入構・駐車手続きだけで済んだのは幸いであった。
「ふ~ん。あれが秋原。秋原明菜の兄ちゃん、ねぇ」
そのため、誰にも止められることなく簡単に視察ができる。
投手の兵藤は他のメンバーに任せて、高川は秋原明伸のデータ集めに尽力。
『(大きな体。さすが、ウチの面子より1つ上なだけあるか)』
今回の試合は両チームほとんどが最上学年によって構成されているが、土佐野専は2年制で、高校は3年制。同じ最上学年でも1年の差がある。若いころの1年は大きいものである。
「ただ、打力は思いのほかでもない……な」
公式サイトに公開されていた高校野球大会の記録、動画サイトにおけるプレーなども確認していた高川。しかしながらそれらのデータにしてみれば、秋原の打撃はかなりおとなしいものがある。
打球ひとつひとつに対し、打球方向・飛距離などについて目視で確認。手元のノートへと書き込んでいく。そうしてデータ化していくとさらに分かるが、やはり事前情報以上におとなしいものがある。
「木製バットに慣れていない?」
普段金属バットを使っている割には、いい打球は飛ばしているのである。ただ高川の比較対象となっているのは、普段から木製バットを使っている土佐野専野球科生。彼らに比べると打球の勢いがかなり弱い。
『(データ的には1組の三村クラスと想像していたけど、それほどじゃないか)』
事前データと目視確認によるデータの差はかなり大きい。
この差の大きさは何なのか。
高川データベース管理者は早々に結論を導き出す。
『(玉石混交の高校野球……)』
高川の見ていた事前データは、地区大会・甲子園大会に総合データ。
ハッとして高川は急ぎ、高校野球の大阪予選の試合内容をネットで確認。見てみると関西聖王館学園は、1回戦では部員数11人の野球部相手に28―0のコールドゲーム。2回戦では『1回戦突破が目標』と言う弱小校を相手取り、26―0とやはりコールド。3回戦はそこそこ強い学校であったものの、14―0と圧勝している。
『(大会記録は役に立たない、か)』
玉石混合。言わば『玉』たる関西聖王館学園は、『石』たる弱小校相手に数値を荒稼ぎしていた。つまるところが公式サイトにて公開されていた記録は、その荒稼ぎによって実力以上の数値が出されていると見ていいだろう。
「むしろ大会記録が役に立たないなら立たないで、先入観がかからなくていい」
客観的に見ることができる数値データならいいが、野球はそのすべてが数値データで表されると限らない。言わばその数値データで表せない部分は主観で評価するしかなく、そうなると先入観は事実を歪める原因ともなりえてしまう。
「さて、まずは1つ解明。ここから着実にデータを集めていくぜ」
次回投稿予定
2月21日(日) 20:00




