第1話 土佐野専選抜
今夏は例年通りの暑さらしく、窓を開け放っていて風通しのいいはずの投球練習場では、練習中の生徒たちの熱気もあって蒸し暑くなっていた。
「よし、ナイスボール」
午前中はキャッチャー防具を付けて練習に参加していた宮島も、午後の気温が上がる時間となっては防具を外して投球練習を受けている。その相手となっているのは、午前中は小村と組んで投球練習をしていた神部である。
「今の球、もうちょっとリリースポイントを降ろせば良くなると思うんですけど。どうでしょう?」
「キャッチャーの僕に聞かれても困る。ただ、そう思うならやってみればいいんじゃないの?」
「はい。やってみます」
どうすればいい投球ができるようになるか試行錯誤。勉強熱心な彼女は教師の2年3組担任・田端、1年4組担任・小牧、職員の桜田など元プロ投手へと話を聞いてもいるようすであり、最近ではスピードこそ大きな変化がないとはいえ、ボールの回転はかなり良くなってきている。
『(うへぇ。こいつ、本当にごっつい球投げるなぁ)』
額面のスピード自体はアンダースロー・塩原よりも少し速いくらいか。言わばオーバー・スリークォーターの投手の中では遅い部類なのだが、スピード以上に速く感じる。これは前々から彼女の特徴でもあるのだが、さらに磨きがかかったようである。
『(高川あたりに言ったら、目を輝かせて嬉々としながら調べそうだなぁ)』
心の内でデータオタクの顔を思い浮かべる宮島。
なお高川はとっくに神部の球質について気付いており、嬉々として調べ上げて大学の卒論クラスの論文を完成させているもよう。因みにその論文を完成させるにあたり1週間で高校物理をほぼマスターし、さらに3日で流体力学も必要なところだけではあるが理解したとか。恐ろしき知的好奇心の塊である。
「そろそろ終わろうか。いい頃合いだし」
「じゃあ、これからラスト3で」
ラスト3球と決めた神部は、宮島がストライクゾーン低めいっぱいに構えたミットに全力投球。わずかに左右にぶれるも、とりたてて文句を言うほどでもない許容範囲内。最後を気持ちよく締める投球がミットに飛び込んだ。
「よし終了。とりあえず、これで全員かな?」
午前中から数えて4組投手陣8人全員の球を受け続けた宮島は、ひとまず以上で本日の投球練習も終了である。
「神部はこれからどうする?」
「少し打撃練習をしようかと思います。たまには左打席に入って、身体の筋力バランスを整えるのも悪くないかと思って」
「そっか。だったら僕はどうするかなぁ?」
そこでクールダウンのキャッチボールを神部としながら、今後の練習予定を考えることに。彼自身も肩を強くするための練習として小村相手に投げ込みをおこなっているため、できれば本日は以降ノースローといきたいところである。
「ただ走るだけってのはどうかと思うし、バッティングかもしくはジムで筋トレか……それかプールにでも行くかな?」
「あ、それもいいですね。無理なくトレーニングになりますし、ちょうど暑いですしから。いいかもしれませんね。私も行こうかなぁ」
トレーニング場に併設された屋内プールを思い浮かべる2人。と言っても遊びにいくわけでも、単純に水浴びしにいくわけでもない。トレーニングの一環である。
「アドミラル立川もどうだ?」
「し、司令。私は泳ぎが苦手であります」
「あっそ」
隣で軽くクールダウンのストレッチをしていた立川。彼にも提案してみるが、曰く泳げない提督らしい。
「なぜ、皆はあのように泳げるのでしょう」
曰く、新本と神城と言った軍事ゲームオタクの布教により、軍事モノのアニメを見始めた立川。つい1週間前までは天界の魔導師だったのに、今となってはアドミラルイソロク・ヤマモトを師と仰ぐ海軍将校である。
「確かに、みんなしれっと泳ぐもんなぁ。神城は綺麗なクロールだし、新本は犬かきだけどそれで50メートルだろうが、100メートルだろうが泳ぐし」
「秋原さんは背泳ぎですよね」
「首をひねっての息継ぎが下手らしいな」
「私にはつくづく疑問であります」
「僕には、そんなにコロコロ口調を変えられるお前が疑問だよ。しゃべり方とか、気付いたら元に戻ってるだろ。普通は」
秋原も少し前まで博多弁を意図的に使っていたが、気付いたらあまり使わなくなっており、今となっては懐かしく思うほどに使っていない。
「私は普通ではないのであります」
「まぁな」「ですね」
反論の余地が無い完璧なまでの論破である。
「時に、神部嬢は泳げるのかな?」
「私は泳げますよ。体育全般は得意でしたから」
「神部は凄そうだな。体育の授業なんかだと他の女子がついてこれなかったんじゃないか?」
「さすがにその手の部に入っている人には、あまり勝てなかったですよ」
「あまりじゃないにせよ勝てたんだな。僕も同じような感じだったけど」
ピンからキリまでフィジカルエリート集団の野球科では、あまり珍しくもないエピソードである。
と、次の予定を話していた時だった。ブルペン内の放送設備から放送開始のチャイムが流れ、続いて女性職員の声がしはじめる。
『学生の呼び出しです。2年生のみなさま、本日15時、各クラスの教室に集まってください。繰り返し呼び出しの連絡です――』
「珍しいな。緊急集会か?」
突然の2年生に対する呼び出し放送。立川はそれを耳にしながら、ブルペン内の掛時計を見上げる。
「現時刻は13時42分。おおよそ1時間後でありますな」
「片付けや着替えのために30分前に練習を切り上げるとすると、とることができる練習時間は1時間足らずですね。プールは無理でしょうか?」
「だろうな。だったらこのまま何かしらの練習しようか?」
プールに行くとすれば、一旦部屋に帰って水着を取ってくる必要がある。そうして準備をしていれば、実質的にプールにいられる時間は極端に短くなるだろう。それならばもっと別のことをしているのが有益である。
「うむ。本日はそれなりに投げ込んだゆえ、もっと別の練習をすればいいかと思われます」
「後々で明菜あたりにクールダウンを任せるとして、今日はこれからノースローだな。何をしようかな……」
「司令。例えばですがジムに行ってのトレーニング案を提案いたします」
例えなのに提案している件に関してはツッコんではダメである。
「それが一番いい気がしてきた。このままの格好でもできるし」
「プールならいつでも行けますからね。では、今日は体幹トレーニングにでも励みましょう」
宮島・神部コンビwithアドミラル立川はジムにてしばしのトレーニングに励んだ後、少し早めに2年4組の教室へ。来てみると既にそこには午後から守備練習をしていた神城・新本コンビ、そしてマネージメント科の授業を終えた秋原が先着。
「いったい何の話でしょうか?」
「この時期って言うたらなんじゃろぉ?」
「例えばだけど、ドラフトの制度変更とかはどうだろ?」
「でも~滅多にそんなの変わらないよぉ?」
神部、神城、宮島、新本と野球科の4人および秋原は近くの席に陣取り、いったい何の話をするのかと興味本位の会話。立川はと言うと、天川・本崎らアニメ友達と共に来シーズンに期待するアニメについて盛り上がっている。
「そう言えばですけど、高卒メジャーが事実上不可能になったとか。その話でしょうか?」
「別にあれは最近の話じゃないじゃろぉ」
神部の言う高卒メジャーの不可能化とは。海外のアマチュア選手がメジャーに挑戦する際、書類を提出する必要ができた。しかしながらこの書類提出には『プロ関係者との接触』が起こるため、高校野球などの学生野球の規則に抵触してしまう。よって高卒からメジャーに行く道が断たれてしまった……と言う話である。
だがしかし、
「でも、土佐野専にとっては今更だよね?」
「まぁな」「まぁのぉ」「そうですね」「うん」
秋原の言う通り。スカウト接触、元プロからの指導などに対して一切のしがらみのない土佐野球専門学校。もちろんメジャー挑戦における書類提出も問題なく可能であり、1組・鶴見は既に提出済み。それどころか入団交渉も水面下でほぼまとまっているくらいである。
「じゃあ、何の話でしょうか?」
「もしかして私がこの学校の広告塔的存在に?」
「それはないな」
「それはねかろう」
「新本さんに限ってそれはない」
「新本さんで成り立つなら、私にもできるかと……」
「にゃあぁぁ。かんべぇがしれっと一番酷い」
実際問題として土佐野専の広告塔を選ぶ場合、新本と神部の二者択一ならば神部一択であろう。
「とりあえず新本の言うような事はないだろうな。その手の話なら個人に対しての話であって、全員に話をしたりはしないだろうよ」
「そうだね。それも野球科だけじゃなくて、マネージメント科や他の科も招集を受けているくらいだもん」
招集を受けた指定時間。15:00が刻一刻と迫る。ちょっとした用事であれば翌日の朝会で事足りる。だがわざわざ練習中に2年生全員へのメール一斉送信および、校内放送設備を使用しての招集指示。そのうえで指定時間が放送から1時間ちょっと後というのだから、これはかなりの緊急事態である。
最初はその緊張感からやや静かだった教室内も、次第に耐え切れなくなったメンバーによって騒がしくなってくる。
その時であった。
「みなさん。お呼び出しして申し訳ありません。全員いますか?」
担任の広川が指定時間の3分前に登場。
教卓の上に手荷物を置くと、教室の端から端まで生徒数を数え始める。
「よし。いますね。では、少し早いですが……」
彼の表情は切羽詰まったものではなかったが、あまり晴れやかなものではない。
「みなさん少し静かにしてください」
統率は執れている4組。広川の一声に教室が静まり返る。
そして全員が視線を集める中、彼がゆっくりと話し出した。
「えぇ……いきなりですがみなさんに頼みがあります」
そんな一言による始まり。珍しい広川からの頼みに、いったい何事かと教室がざわめき始める。しかし直後にもっと驚愕することに。
急に彼が頭を大きく下げたのだ。
「皆さんの力。私たちに、この学校に貸してください」
ざわめく教室の中で、クラスの中軸を担っていると勝手に思っている立川が彼へと視線を向ける。
「監督。顔をあげてくれ。いったい君に何があったと言うんだ」
「立川。そのしゃべり方。むしろお前にこそ何があったんだ。さっきまでアドミラルだったろ」
「別のアニメの影響じゃろぉ。そもそも、そんなこと言うたらもっと口調が変わる人もおったじゃろぉ」
宮島のツッコミに説得力抜群の神城の意見。
この3人のおかげで焼け石に水であろうが、気持ち程度には空気が緩んだ教室内。広川はゆっくりと頭を上げて生徒と対面する。
「高校野球日本代表と壮行試合を行います」
「えっ、壮行試合……ですか?」
宮島が驚いた顔で説明する広川に聞き返す。
「はい。高校野球世界大会。夏の甲子園大会が終わった後、日本は代表チームを組んで挑むことになるのですが、その壮行試合として土佐野球専門学校選抜チームが相手をすることになりました。プロのスカウトも多く集まり、アピールには絶好の場ではあるのですが……」
広川はどうも歯切れが悪い。やや言いにくそうにしたのち、唇を噛んで話し始める。
「現在、土佐野専は高校野球とレベルを争う立場にあります。もしこの試合で負けて高校野球のレベルの高さが世間に知れ渡れば、学校の存続にかかわる問題となります。対して勝って土佐野専のレベルの高さをアピールできれば、学校の広告にもなります」
隠しはしない。本当の事を包み隠さずに話してしまう。
「皆さんを商業的に使うことになってしまったのは、我々、教職員の力の無さゆえです。ですから強制はしません。いえ、強制なんてできません。もしも可能な事ならば、できることならば、私たち無力者に皆さんの力を貸してほしいのです。お願いします」
今一度頭を下げる広川。
一気に物音1つ聞こえないほどに静まり返る。
いったい誰がこの無音を打破するのか。
いったい何と答えるのか。
そうした思いが全員の中に蔓延し続けた中、1人が口を開いた。
「商業的だとか、学校の宣伝広告とかそんな事、頭が悪いんで分からないです。けど、ひとつ確認したいことが」
宮島が立ちあがって広川を見据える。
「プロのスカウト。本当に来るんですよね?」
「それはもちろん。高校野球日本代表クラスの選手。土佐野専のプロ入り確定レベルの選手が一堂に会する舞台です。プロのスカウトにとってはここぞとない機会ですから」
「だったら異論はないです。僕は力を貸します」
「宮島くん……ありがとうございます」
広川が感謝の再お辞儀。そこへ次々と他のメンバーも続く。
「司令。なかなか粋な事を言います。しかし私も同意見。私も微力ならが力をお貸しいたします」
「私も力を貸します。女子にこれだけ高いレベルで野球をする場所をくれたこの学校に恩返ししたいです」
「ほんと、面白い話じゃのぉ。そういうの好きで?」
「私も好き~」
宮島、そしてまた口調の戻った普通じゃない立川。さらに神部や神城、新本と連鎖し、その輪は野球科全員に広がった。そしてその輪は野球科のみにとどまらない。
「ふむ。だとしたら相手の分析も必要だろう。先生。マネージメント科・高川。情報解析班として力を貸します」
「なら、体調管理も大事だよ。きっと大遠征になるもん。私も行くよ」
マネージメントから高川・秋原らも賛同。
彼ら彼女らを筆頭に他科も賛同を示し、結果として4組全員が壮行試合への参加を表明した。
「ありがとうございます。内容に関しては決まり次第すぐに全員へ向けて報告いたしますので、よろしくお願いします」
「「「はい」」」
4組だけではない。2年生全クラス全員が賛同を示したとのことで、すぐに総勢160名の内から教職員によって遠征チームが組まれることになった。その結果、対高校野球日本代表選抜チームのスタッフがまず決定。
・監督兼外野守備走塁コーチ 広川博(2年4組担任)
・投手コーチ 田端雅也 (2年3組担任)/小牧長久(1年4組担任)
・バッテリーコーチ 大森浩三(2年1組担任)
・打撃コーチ 高村祐平(2年2組担任)
・内野守備走塁コーチ兼1塁ベースコーチ 平原昭宏(1年1組担任)
・3塁ベースコーチ 桜田誠太(リーグ戦3塁コーチ・用具係・車両運転手)
スタッフ7人全員が元プロ野球選手で、内6人が1軍でレギュラー級の成績を残した選手と、かなり濃い面子。全員を担任で揃える案もあったが、そうすると学校に残る担任が少なくなると言う問題があったことで、最も3塁コーチの上手いと言われる桜田を加えることで決まった。
そして選手もスタッフに続いて決定。
・投手7人 鶴見(1組) 大原(1組) 鹿島(1組) 加賀(2組)
柳川(2組) 長曽我部(3組) 神部(4組)
・捕手3人 竹中(1組) 西園寺(2組) 宮島(4組)
・内野手6人 三村(1組) 坂谷(1組) 大谷(2組) 仁科(3組)
神城(4組) 前園(4組)
・外野手4人 斎藤(1組) 小松(1組) 村上(2組)
バーナード(3組)
投手としては各クラスのエース・勝利の方程式が名を連ねる。
またキャッチャーには学校ナンバー1の守備型捕手・竹中および、同じくナンバー1の打撃型捕手・西園寺。そしてその2人からは遥かに格落ちだが宮島。
そして内外野に関しては三村・神城両一塁手をどう起用するか。神城を外野に回すなら、どんな外野陣を組むかなど未知といえる部分も多い。だがこのメンバーは組めるベストと言っていいだろう。
さらに選手の体調管理・補佐や情報解析にマネージメント科生8人がチームを組んで帯同。経営科は教員1人と生徒6人で帯同し、遠征に関する予算管理を任された。さらに審判養成科も各クラス1人ずつ、計4人が練習協力に帯同と決定した。
合わせて40を超える大所帯である。
「まさか、僕が選ばれているなんて意外だったな」
夕食後。いつものように宮島の部屋に集まった一同は、7時学内ポータルサイト上での発表となった選抜メンバーに目を通していた。中でも選ばれていたことに驚いていたのは宮島。キャッチングと投手主導リードくらいしか能がないにも関わらず、3人のキャッチャー入りとなっていたのである。
「自分が選ばれたのは予想通りじゃったのぉ。問題は三村とのポジションの兼ね合いじゃろぉけど、首位打者を弾くようなことはせんじゃろぉ」
こちらは自信満々の神城。ただ調子に乗っているわけではなく、実際に結果を出しているのだから当然の反応でもあろう。むしろこれで宮島のような反応をしようものならば、それは逆に皮肉ものである。
「ま、まさか私もですか? 嘘じゃないですよね?」
対高校野球日本代表。そんな真剣勝負の舞台に、女子の身でありながら選抜された神部。狂喜乱舞と言うよりは宮島に似たようなもの。夢を見ているかのようで信じられない様子だ。
「私もマネージメント科として遠征軍に選抜されてたよ。しっかり援護するから、一緒に頑張ろうね」
4組マネージメント科としては高川と共に選抜された秋原。こちらは両手でガッツポーズしながら、遠征に向けての決意を新たにする。
その一方で……
「新本。しれっと他人の家の食糧棚を漁るんじゃない」
「むきゅ?」
いつもの仲良しグループ+鶴見+長曽我部の中で唯一、遠征軍に選抜されなかった新本。こちらは棚から大量のお菓子を持ち出しやけ食い中。神城の持ちこんだものもあるため「食うな」とは言えないが、一応は宮島の部屋に置いてあるものだ。
「仕方ないじゃろぉ。このメンバーの中で選ばれんかったのは新本だけなんじゃけぇ、そりゃやけ食いもしとぉなるで?」
と、神城の説明に新本は頬食べ物を詰めたまま顔をしかめつつ、さらにテレビを指さしながら、
「むきゅきゅぅぅぅぅ」
訳:ちょっと来い。戦場で決着をつけようじゃないか。
「おぅ、ええで。ミッドウェーだろうがソロモンだろうが、なんならレイテでもええで。どこでだって勝負しちゃる」
どこででも、と言いながらそれとなく海戦を所望。
それに対して釣られない新本はインパール作戦(陸戦)を提案。神城敗北の気配である。
その果てしなくいつも通りの日常すぎる日常を耳に入れながらも、視線はパソコンの画面から離れない宮島。
「しかし……なぁ?」
「どうしたの?」
「神城は首位打者。輝義は速球王。鶴見は言うまでも無く、明菜はマネージメント科次席」
「う、うん」
つらつらと並べられる名前に自分があり、少し照れ臭く思う秋原。
「僕と神部は?」
「かんちゃんは4組の正捕手だし、神部さんは元3組、現4組の勝利の方程式じゃない?」
「もっと上のレベルがいると思うんだけど」
宮島は投手主導リードとキャッチングセンスはプロレベルとも言われる捕手である。だが総合的に見た時、1組正捕手・竹中、2組正捕手・西園寺に次ぐレベルかとそうではない。守備面ではフィールディングや盗塁阻止力、攻撃面では打撃や走塁など総括すると、1組・時田、2組・田川、3組・和田部&柴田の方が上である。
また神部に関しても、純粋に神部以上の投手はザラにいる。4組には守護提督・立川がいるわけで、他のクラスに関しては言わずもがな。
「神部に関しては広告塔じゃろぉ。もしくは、女子野球が男子野球で通用するかの指標石にでもするんじゃろぉなぁ」
「試金石、ね」
秋原のいつもの訂正はさておき、インパールにて連合軍を率いる神城は余裕の表情で宮島らの話に介入してくる。
「って言うか、かんちゃんと神城くん、しれっと神部さんに酷い事言ったよね。実力を認めてあげないなんて」
「いいんです。秋原さん。いくら男女平等と言っても、私が女子なのは違いないんですから」
まだ野球界にて男女不平等があるのは、実績がないのだから仕方のないことである。
「神部がその試銀石で選ばれたとして――」
「試金石」
「なんで僕が選ばれたんだ?」
「知らん」
「私に聞かれても困るけど?」
宮島の選抜理由には神城・秋原が不明と発言。
「辞退しよ。どうせせんせ~のミスだし」
選抜不相応と新本は宣言。
「ピッチャーからの信頼じゃないでしょうか? 私は宮島さんが選ばれていて安心しましたよ?」
そんな彼女に反するように神部は選抜相応を主張。嫉妬心があふれて仕方のない新本としては当然の反応だが、全幅の信頼を置いている神部もまた当然の反応である。
「ありがと」
宮島のありがたさの欠片もない心のこもっていないお礼。あまりその内容については信用に欠けるようで、宮島はもとより秋原、新本も釈然としない反応。むしろ彼女の下心を読んで総叩きの構え。
「神部さん。いくらかんちゃんが好きでもそこまで露骨なのは……ね?」
「好きなの? LOVEなの? 高感度上げたいの?」
呆れる秋原に、彼女の柔らかい頬を突っつく新本。神部は相も変わらず顔を赤らめながらそっぽを向いてしまった。太平洋戦争末期の大日本帝国並みに四面楚歌の様相を呈してきたが、そこへ神城が援軍を差し向ける。
「ただのぉ、宮島が選ばれる理由言うたらピッチャーからの信頼が一番の理由じゃろぉ。ウチのメンバーは連合チームにも遠征にも慣れとるわけじゃないけぇ、その中でピッチャーの心理的負担が減らせるのは大きかろう」
「言うほど遠征に慣れてないかな? 春季キャンプの時にはプロ2軍とか、独立リーグとか。それ以外でも時々社会人チーム相手に試合してるよね」
「ありゃあ、遠征じゃのぉて対外試合じゃろぉ」
何度か試合のために外泊をしたこともあったのだが、それほど大それた遠征と言うほどのものでもない。4組の場合は1年生の時に夏合宿を決行したが、それ以外で遠征らしい遠征の経験はないのである。
「でもそう考えたらかんちゃんが選ばれた理由も分からなくもないよね」
「つまるところが、新本以外が選ばれたのは相当の理由ってことじゃのぉ」
さらに新本を煽るスタンスの神城に彼女がついに激怒。
「ゲーム上だけでも殺す」
「やれるもんならやってみぃや。インパールの悲劇は覆せな――」
「はい。空爆開始~」
「ちょっ」
「はい。チハ軍団突撃~」
「え、ちょっ、待――」
「はい。補給線断絶~」
「うそぉぉぉぉぉ」
大日本帝国。インパールにて連合軍前衛部隊を突破。
「に、新本さんが輝いてる……」
「鬱憤をはらしまくってるね」
「新本らしいっちゃあ、新本らしい反応だな」
インパールの悲劇は覆され、大新本日本帝国が大勝。神城相手に果てしなく意味のない形で報復い成功した形であった。
次回投稿は
2/14 20:00です
『ベースボールDAY』です(第8章・第2話参照)
え? バレンタイン?
昔の千葉ロッテの監督のことですかね?




