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プロ野球への天道  作者: 日下田 弘谷
第11章 夢と希望と現実と
123/150

第8話 夢を与える存在へ

 1組戦も終わった直後の月曜日。

 宮島の部屋にストックしていた3時のおやつを、主に新本とか言う食いしん坊がすべてを食い尽くしたことで近所のコンビニへとお買いもの。いつもならこの手のことは秋原が飛び出していくのだが、「ちょっとウィンドウショッピングしてきま~す」と女子らしいことをしており不在。代わりにジャンケンによって宮島がおつかいである。

「ったく。なんで僕が。だいたい新本が食ってるんだから、新本が行ってこいよ」

 そもそもそのお菓子自体、神城の実家から恵まれたものであるため損はないのだが。

 ぶつくさ文句を口にしながらコンビニへと向かっていると、学校敷地内の附属公園から金属バットで野球をしている音や騒がしい声が聞こえる。

 ただ別に珍しいことではない。土佐野専の附属公園は高いフェンスに囲まれており、ボール使用可および未就学立ち入り禁止とスポーツ推奨区域。学内・一般問わず解放されており、土佐野専の部活や、近所の小中高生が使用しているのはよくあることだ。

 ちょうどコンビニへと道中であるため近くを通りかかってみると、小中学生と思わしき男子、一部女子が軟式球を用いて野球をしていた。

「「「センター、ナイスキャッチ」」」

「懐かしいなぁ。僕も河川敷なんかであぁして野球をしたことが――」

 と見回していると、

「当たり前です。何年、プロでやっていたと思っているんですか?」

 おそらくは40歳くらいの見知ったおっさんが混じっていた。具体的には土佐野専の2年4組監督に似ている。ついでに言えば、

「投げにくくなければ、もう少し踏み込みの幅を小さくした方がいいよ」

 大学生くらいに見えるお兄さんが、少年投手に直接指導中。こちらは具体的には土佐野専の現・1年4組の監督にそっくりである。

 宮島は出入り口にある防球ネットをくぐって公園の中へ。

「何やってるんですか」

「やぁ。宮島くん。なんでもこの前の土曜日は授業参観だったらしく、今日は休みだからここで野球をしよう。ということになったらしいんだ」

「いえ、そういう意味ではなく」

 小牧は丁寧に答えてくれるのだが、あいにく「なぜ平日の昼間に小学生がいるのか」を聞きたかったわけではない。もちろんそれも気になっていた点ではあるが、さほど大事ではないのである。

「ねぇ、小牧選手。このお兄さんは?」

「この学校の生徒さんだよ」

 投手をしていた少年の問いにやさしい口調で答える。

「さ、そろそろ一休みしましょう」

 ハンデのつもりか左利きのグローブを手にしている広川がセンターから帰ってくる。ちょうどキリのいい時間のためここらで一区切り。ここで休憩にするようだ。


 木陰で座って一休みしている広川と小牧は、微笑ましそうに子供たちを眺める。

「長久。プロ野球選手と出会って嬉々としているあの様子、懐かしいですね。いつのまにか、喜ぶ側から喜ばれる側になっていますし」

「ここ最近、子供たちがあぁして野球をする場所がなくなっている。その場所をこうして与えることができたこと。誇りに思いますよ」

「おや。長久はプロ復帰を目指して夜な夜な練習していたそうですが、指導者の道に目覚めてしまいましたか?」

「そういえば、宮島くんがしゃべっちゃったんですよね」

 連戦連敗で行き詰っていた1年4組。そこへと所属する宮島は眠れずに夜歩き。と、練習していた小牧に出会い才能と努力について教えを受けた。それを次の試合前に広川へとすべて話した。もう1年以上も前となる、今となっては懐かしい話である。

「もう、プロへの復帰は諦めました。半端な力でプロにしがみつくなら、その分の選手枠をもと若手に使ってほしい。そして自分のために使う労力を、プロを目指す子供たちのために使いたいとも。自分は、プロ野球選手として夢を与える立場にいましたけど、これからは元プロとして、指導者として夢を与える立場になろうかと」

「長久。実は私は心配していました。仮に復帰できても、怪我を恐れて全力投球できないのではないかと。今まで通りの成績を残せないのではないかと。そして、そのせいで野球が嫌いになるのではないかと」

「取り越し苦労でしたね。そんな心配は無用ですよ。広川さん」

 彼は隣に立っていた宮島の頭に、まめが潰れて硬くなった右手を乗せる。

「教え子たちが成長していく楽しさを覚えたばかり。この人生、土佐野球専門学校と共に一蓮托生です」

「そうですね。つい1年前まで連戦連敗だった弱小1年4組が、今となっては後輩たちに夢を与える立場にまでなったのですから。長久でも感じる感動です。もっと近くで見ていた私の感動は尋常なものではないですよ」

「きっと、僕も来年はそれを感じることになるんですね」

 小牧は土佐野球専門学校の教員歴は3年目。しかし弱小クラス・4組の指導は今年からである。その点では広川が先輩である。

「時に小牧さん、広川さん。なんでこんなところにいたんですか?」

 先輩にあたるため頭の手を払うわけにもいかず、乗せたままで問う宮島。すると、

「暇だったから、かな?」

「そうですね。暇だったからです」

「ただ、暇だった。だから偶然公園で野球をやっていた少年少女と一緒に野球をした。別に近所の野球好きのおっさんと変わらないよ。あっ、心配せずとも指導OKだからね。彼らは小学生みたいだし、仮に高校生だとしても、僕らはプロ球団の指導講習を受けているし」

「少し前まで教員経験が必要だったみたいですけどね。時代の流れってやつです」

 広川がつぶやいた言葉に、小牧はしみじみとしながら休憩中の少年たちを見つめる。

「時代の流れ……か。宮島くん。後輩たちに夢を与えた事。どう思う?」

「夢を与えた事ですか。実感がないですね。あの試合はただ、鶴見を打ち崩してやろうと必死だっただけです。しいて言うなら、後輩たちにいいところを見せてやろう。って言うかっこつけ精神でしょうか? 最後にボールを投げ込んだのも、結局は自己満足ですし」

「まぁ、そんなもんだよね。プロから夢や希望をもらって、少年野球や中学野球と打ち込み、高校野球では甲子園に出場。ただただ夢にめがけて必死でプレーし、プロのスカウトに目を付けられプロ入り。プロに入ってからはただチームのため、少し本音を出せば給料のため。ただただ全力を尽くしていた。でもそんな行動がいつのまにか夢をもらってするものから、夢を与えるものになっていた。そして、この教員としての行動も」

 小牧は宮島の頭から手をどけると、自分たちへと駆け寄ってくる少年少女たちに目を向ける。

「広川選手~、サインしてください」

「小牧選手~、帽子にサインをお願いします」

 シャツや帽子など。とにかくサインできそうなものを手にしている。

「広川さん。ペンをありますか?」

「長久。そんな都合よくペンを持っているわけ――」

 と言う前振りをしながらカバンの中から、

「あります」

 黒いペンを2本取り出す。そのうち一本を無言で抜き取るなり、少年の手にしていた帽子も受け取ってつばの裏へとサインを書き始める。そして広川は隣の女子のシャツの背中へ、ほどほどのサイズでサイン。そうしているといつのまにやらそこにサインを求める列ができる。

「何も夢を与えるのはプレ―だけではないんだよね。こうした何気ない行動も。宮島くんも、いつしかこうして夢を与えられるように」

 振り返りながらサムズアップ。

「グッジョブ」



「なんだか遅い気が」

「少し遅いかもしれんけど、飛びぬけて遅いってわけじゃないじゃろぉ。ちょっと混んどるとか、モノが見当たらんとか迷っとるとかじゃったら、これくらいになるじゃろぉ」

「先手は事を仕損じるよ~」

「後手ならええんか?」

 正:急いては事を仕損じる

 残された3人は部屋で宮島の帰宅を待ち続ける。

 神部はベッドに寝転がって読書しながら、神城と新本は言うまでもない。

 ただ思いのほか時間がかかっていることに神部は気になっている様子。

「ふぅ、そろそろ疲れたのぉ。ちょっと休もうや」

「さんせ~」

 ずっと連合を組んで戦争(ゲーム)をしていた2人。神城はひとまずゲーム進行をポーズで一旦停止させ、寝転びながらテレビの画面を変える。月曜日の昼過ぎは普通の人なら学校・職場にいる時間。家にいるのは主婦or主夫および一部例外くらいのものであり、番組もそれほど面白そうなものをやっていない。

「なんもやってないのぉ」

「だねぇ~」

 今まで張り詰めていた緊張の糸が緩んでだらける2人。ベッドの上では神部が落ち着きなさそうに転がり回る。

「う~ん、遅いなぁ」

「そんなじゃったら一緒に行けばよかったんじゃないん?」

「なんだか2人で外出と言うのは……」

「今更じゃろぉ」

「それはそうなんですけど」

 神部には神部の複雑な心情があるもよう。その複雑な心境に踏み込んでみようかとちょっとイジワルな事を考えかけた神城だったが、リモコンの選局ボタンを押したままであった。次々に変わっていく番組の中で、新本が見たいテレビ番組を発見する。

「しろろ~ん。見たいのあったぁ。11チャン、11チャン」

「ん~? 11チャン? なんかやっとったっけ?」

 言われてテレビに視線を戻した神城。すると、

「いいところ、いいところ~」

「おぉ、そういえばもう高校野球の季節なんじゃのぉ」

「あ、たしかにいい場面ですね」

 今まで宮島の帰りの遅さを心配していた神部も、さすがに高校野球の高知県大会へとくぎ付け。

 状況は2―2の同点で迎えた9回の裏。2アウト満塁とサヨナラのチャンス。

 春季大会で大波乱が起きたため、高知県の強豪校が軒並みシード権を得られないことに。それが原因で夏は大会序盤から強豪校同士が潰し合う組み合わせとなった。

 この試合における先攻・高知県立土佐商業高校、後攻・私立土佐特命塾高校もお互いに全国に名の知れた名門校である。

『4番、キャッチャー、天神くん』

『ここで特命塾高校、2年生からレギュラーを張っている、頼れる主砲へと打順が回ります』

 背番号2を背負ったバッターが右バッターボックスへ。さすが名門校の4番だけあって体格はいいようである。

 カメラ映像は1塁側ファールグラウンドからのものだったが、4番が打席に入るなりセンターからのものに切り替わる。

「あれ?」

「どうしたん?」

「い、いえ。なんかあの打ち方、覚えがあるような……」

「あのバッター? 別に神主打法の三村みたいな特徴(クセ)のあるわけじゃないけぇのぉ。どうみてもありきたりな平凡な打ち方じゃし、誰かには似とるじゃろぉ」

「そう……でしょうか」

 しかし神部にとっては非常に気になるところ。今までいろんなタイプのバッターと出会ってきたが、これほどまでに頭に強い電撃の走った感覚がしたのは初めてである。

「新本。なんか似とる打ち方のプロ野球選手っておったっけ?」

「はにゃぁ。せんせ~は違うし~」

 要は思い浮かばないようである。

「誰でしょうか……気になって仕方ないです」

「のぉ、神部。そんなに気にしても仕方な……いぃぃ!?」

 振り返って神部の方を見た神城がのけぞる。

 彼女は目が大きいため分かりやすいのだが、瞳孔ガン開きでテレビ画面に集中。

『(こ、これはあの噂の神部)』

 マウンド上の神部はとにかく目が怖いと噂される。そもそも投球中の目を見る手段があまりないため所詮は噂とされていたが、今の彼女がまさしくそれである。

『(ハ、ハンドル握るとキャラが変わる奴と同類じゃのぉ。しかも瞳孔がガン開きって聞いとったけど、目も釣り合がっとるで。キャラ変わりすぎじゃろぉ)』

 その威圧感に気圧される神城。そしてあまりの怖さに怯えて半泣きの新本。

 と、戦闘状態の神部の人格が曖昧なものを思い出す。

 約18メートル先で構えられているのは宮島のミット。

 そして場所は……


 河川敷



 入学1ヶ月後に比べるとまだ改善されたのだが、それでも暗い雰囲気が漂っていた1年4組。しかしあの2年4組の好ゲームに弱小4組にも希望を見出したのか。明らかに空気は変化していた。

「ショートっ」

 ノッカー・小牧の打球はショート真正面の跳ねるゴロ。

 あの試合。前園によるベアハンドプレーを目の当たりにしたレギュラーのショートは、間に合うか間に合わないか際どい当たりに対し、ベアハンドからの1塁送球を試みる。だが野球を始めた当初からやっていた前園だからきる芸当であり、今までベアハンドなんてそうしない選手ができるものではない。

 打球はその手の下を通り抜けて左中間へ抜けていく。

「おいおい、できもしないのに横着すんなよ~」

 そのプレーに野次を飛ばすファーストだが、

「いや、ナイス判断だ。今のはどうせ普通に捕ってもヒットだぞ」

 小牧は逆に賞賛。

「それに、できないからこそできるように練習するのに、できないからって練習しなけりゃいつになってもできないぞ。よし、それを試合でできるように完璧にするぞ。ショート、もう一丁」

「はい」

 またショートに打球を放つ小牧。今度は緩い球だけに合わせて捕球ができるが、不慣れな体勢からの送球に暴投となってしまう。

 その光景をバックネットから眺めていた薄いサングラスを掛けた女子。おもむろに携帯電話を取り出して電話をかけ始める。


「なんでわざわざ僕に?」

『かんちゃん、気になってたんじゃない?』

 練習合間の休憩時間にロッカールームへ戻ってみると、秋原から着信あり。折り返して電話してみると、なんでも1年4組の練習を見てきたと言うのである。

「べ~つに」

『それならそれでいいけど』

 宮島はどうも興味がなさそうな様子である。

『ウィニングボールをスタンドに放り込んだ人と別人みたい』

「あれは自分の試合をわざわざ見に来ていた奴に応えただけ。もう自分の眼前から消えたらまったく興味ねぇよ」

『ふ~ん』

 面白くなさそうな相槌の秋原。宮島も取り立てて話すこともないため、そろそろ携帯電話を切ろうとしたが、ちょうど近くで休んでいた神城が手を出してくる。携帯電話を貸せ。ということらしい。

「秋原ぁ。僕じゃけど、後輩さんはどうなっとん?」

『神城くん? 気になる?』

「そうじゃのぉ。4組での事は自分らが一番よぉ分っとるけぇのぉ。気にならんことはないじゃろぉ」

『言っても、前までの1年4組がどんな感じだったかは知らないから比較できないけど、空気はかなりいいみたいだよ。ショートの子なんて前園くんみたいなベアハンドに挑戦し始めたし』

「前園の? あれはかなり難しいで?」

 神城も苦笑い。少なくとも一日そこらでできるものではない。

「しろろ~ん。私も~」

「あとでな。もうちょっと聞きたいことあるけぇ」

「私もあるのぉ。早く、早く」

「それともうひとつあるんじゃけど」

『うん』

「投手陣の様子――」

「早く~、早く~」

 急かす新本に、ついに神城がキレる。

「うるさいで、新本っ。伊勢や日向と一緒に瀬戸内の海に沈めちゃろかっ?」

「私は響のごとく沈まない」

「それ、外国に連れてかれとるじゃろぉ。何ならもれなく改名で?」

「そう。私は『新本=アルティメット=ひかり』として米国(メジャー)で活躍するんだ」

「『新本=べールヌイ=ひかり』の間違いじゃろぉ。それに連れて行かれる先はソ連で?」

「あのさぁ、どうでもいいから携帯電話返せよ。充電忘れたせいで電池カツカツなんだって」

「うるさいっ。坊の岬沖で大和と一緒に沈めや」

「なんなら、一、二航戦と一緒にミッドウェーを墓場にしても可」

「あぁん? 誰の携帯電話だと思ってやがる。東京湾に沈めんぞ」

『あはは……あの1年生たちも、1年後にはこんな雰囲気になるのかな?』

 直後に携帯電話の充電が切れて、秋原との通信も遮断。


「そう言えば、まだ見ていないところあったなぁ」

 後半は第二次世界大戦シミュレーションゲームの知識をフル活用した神城・新本連合軍VS宮島の口げんかだったが、神城が最後に言っていた『投手陣』を聞いて思い出した秋原。よくよく考えると、宮島のお弟子さんに会っていなかったのである。

 4組のグラウンドには不在。しばらく練習を見ていたがいなかったことからして、休憩のために一時的に裏にいることは考えにくい。だとすると同じくキャッチャーである宮島を思い浮かべ、向かうべきはブルペンである。大方、投手陣に練習の相手をさせられていることだろうと推測したのである。

 案の定、1年4組の投球練習場へと向かうと彼女の背があった。今は140キロを超えるストレートを誇る速球派右腕の球を受けている所であった。

「ナイスボール」

 しっかり腕を伸ばしながらミットの芯で、いい音をさせながらストレートを捕球。威力のある球にも関わらず、ミットはその力を受けて流れることはない。むしろその力に反して受けた場に制止している。

『(うわぁ。あんな速い球を……あれでも私と同じ女子なんだよね)』

 130キロ近い球を投げたり、打撃練習でスタンドに叩き込んだりする「男子の様な女子」をよく見ている秋原。しかしまだ女子っぽい印象を持つ松島があれだけのストレートを受けていると、自分と同じ女子でありながら、自分と違う女子であるとも認識を改めるに至る。

『(1年前のかんちゃんの左手も凄かったけど、あんな球を受けていればあんなボロボロにもなるよね。それにあの手でキャッチングだけじゃなくてバッティングもしないといけないし)』

「ラスト5球です」

 その投球練習も残り5球。そこから続くラストスパートにおいても、140越えのストレートをミットの芯で捕り続ける。何も知らずに傍から見ている分には気持ちのいい音がしているのだが、彼女の手の現状を知っている者にしてみれば痛々しい事このうえない。

 ひとまず投球練習を終えた彼女は、今までボールを投じていた彼とキャッチボールしてから引き揚げてくる。

「お疲れ様」

「あっ、えっと……あ、あ、あきなさん」

「『秋原』明菜、ね。かんちゃん、宮島くんのお友達」

 姓よりも名で呼ばれることが多いため、『明菜』と呼んでもらっても構わない。が、どうも苗字が『あきな』だと思われていると感じた秋原は訂正しておく。

「どう? あれからチームは変わった?」

「かなり変わったような気がしますよ。表現の仕方が分かりませんけど……こう、いろいろ」

 この手の事は表現が難しいため、そう言葉に詰まるのも仕方ないだろう。

 松島と秋原はひとまずブルペンのベンチに腰掛ける。

「左手、見せて」

「はい」

 ついでに左手のチェックもしてみる。秋原の処置で部分的に少しは良くなっているように見えるが、一方で以降の練習によって悪化しているようにも見える。差し引き、わずかに悪化である。

『(できれば治してあげたいけど、私、お医者さんじゃないしこれ以上は無理かな? それに、もしかしたらこれは仕方ないのかも)』

 女子の手だからと可哀想に思っていた秋原だが、よくよく考えれば宮島と同じ捕手。そして野球人である。それも趣味でやっている程度ではなく、野球の専門学校に入って本気でプロを目指すほどのレベル。既に何度も肉刺が潰れて硬くなった宮島の左手も、彼女ほどではないが1年生の頃の酷使でかなりボロボロとなっている。もし彼女が彼と同じ世界の人間ならば、この手は無理に治す必要はないのかもしれない。

 秋原は気休め程度に軽く撫でて労わってあげてから彼女の方へ目を向ける。

「そろそろ勝てそう?」

「どうかは分からないです。ですが、勝てるように力は尽くすつもりです」

「そっか。きっと勝てるよ。きっとね」

 4組は力がないわけではない。

 優れた力の使い方を分からないだけ。

 優れた力を効果的に使えないだけ。

 その力の効果的な使い方を学び、雄飛する準備が整った時、飛び立つために必要なものはあと1つ。

 希望と共に入学してきた時に持っていたそれは、序盤の大幅連敗で確実に失われる。それは第1期卒業生、現・2年生と2世代の4組が証明している。しかしそれを我が手に戻した時に、それまで学んできた『効果的な力の使い方』と共に強敵を打ち破る力となる。


 自信


 自分たちは勝てる。勝つことができると信じる心。

 第3期生1年4組は飛び立つために必要な力と、大空に飛び立つための自信は手に入れた。

 きっと、1年4組の今いる長いトンネルの出口はすぐそこにあるだろう。

「できれば、お師匠様に見ていてほしいですけど……」

「宮島くん、4組には興味ないって言ってたからね」

「そうですか……」

「もしかしたらだけど、宮島くん、4組は勝てる。そう気付いているのかもね」

「かもしれませんね。お師匠様らしいです」

 秋原は今まで握っていた彼女の手を離してベンチから立ち上がる。

「それじゃあ、練習邪魔しちゃ悪いしそろそろ帰るよ。宮島くんに、試合を見に来てほしい。って、伝えておいた方がいい?」

「いえ。勝って、私から伝えに行きます」

「そう? だったら……頑張って。あとは勝つだけ」

「はいっ」


ど~でもいい話

神城が『響(大日本帝国・駆逐艦)』はソ連に持っていかれて改名される

と言ってます。

その艦は

『響』⇒(ソ連譲渡)⇒『ベールヌイ』(『信頼をおける』の意味)

⇒『デカブリスト』⇒除籍後処分

と言った名前を辿っているわけですが……

『ベルヌーイ』って学者さんでいましたよね?

流体力学の人です。

ロシア語の『ベールヌイ』と、苗字の『ベルヌーイ』って

発音は違いますけどほぼ同じ

由来は同じなんでしょうか? 偶然の一致でしょうか?


……と言う、

宇宙戦艦ヤマト&乙女たちの戦場から中途半端に軍事知識を広げた

日下田弘谷の疑問。知ってる人、いませんかねぇ?


<次回予告>

12/17 20:00

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