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プロ野球への天道  作者: 日下田 弘谷
第11章 夢と希望と現実と
122/150

第7話 守護神・立川再臨

文字数:10867文字

皆まで言うな。分かってる

 あらゆる人の視線が集まるグラウンド。そこで宮島はホーム後方にしゃがみ込んでミットを構える。

『(僕とあいつのバッテリー。これで抑え込めなけりゃ、だれが来ても抑え込めねぇ。なぁ?)』

 宮島のミットに鋭く落ちるフォークが飛び込む。

『9回の表。2年4組、選手の交代です。ピッチャー、塩原に代わりまして立川』

 1組強力打線を前にリードはわずか1点。その小さなリードを神部―塩原と守り抜いてきたわけだが、やはり最後を締めるのはこの選手以外にいない。

 9回の表を任された守護神はもちろん立川。

 投球練習を終えた宮島は打ち合わせのために彼のもとへ。

「ふっ。結局のところ最後は我なのか。やれやれ。日ノ本一の才能を持つものは大変だぜ」

「なんで日ノ本一の才能を持つ奴が4組にいるんだよ。オイ」

 相手と一緒に味方を挑発し始める立川に、対処の慣れた宮島は独り言のようにツッコミ。そして時間もあまりかけられないため、さっさと本題へと入る。

「で、日ノ本一の才能を持つ天才は何を望む?」

「やはり才能の光るフォーク。それ1球投げておけば何も問題はないだろう」

 かなりイラッとくるが、頭の中で抑え込んで態度には出さない。

 そしてリードについて。フォーク一本を主張するふざけた立川を宮島は説得。本人が投げたいと言うなら投げさせてやるのが宮島流だが、さすがにそこまでのバカは捨て置けない。

「僕は日ノ本一の才能を持つ立川副隊長の、他の才能あふれる球も見てみたいけどな」

「なるほど。では見せてやろう。我が投球を。好きにリードするがよい」

 扱いやすくて助かるが、一言ごとに殴りたくなるヤツである。そもそも宮島は神部相手に拳で一発かましたこともあるため、仮に殴っても今更ではあるが、彼もあれ以降は自重しているのである。耐え切れなかった小村は先週、立川相手に拳骨を落としてしまったが。

「ま、頼んだぜ」

「任されよ」

 立川の見せる敬礼は自衛隊や海上保安庁の類が協力したアニメの影響か、非常にきれいに整ったものである。

『(さぁ、行こうか。立川)』

「プレイ」

 9回の表。最後になりうるイニングの守備が始まる。

『(バッターは6番の小松。ここまで3打数ノーヒットのはず)』

 電光掲示板に表示される現打者の打撃成績。そこを確認してみると、『遊ゴロ』『二併』『三ゴロ』とある。宮島の記憶は正しかったようである。

『(打者のタイプとしては、劣化版・小崎と言ったところか)』

 守備に関しては小崎より上手いのだが、あくまでもここでは打撃に関しての話である。

『(足は速いから塁には出したくない)』

 初球はストレートを通す。そのサインにおだてられた立川は頷きモーションへ。

「ストライーク」

 少し高めに浮いたが様子見として見逃され一安心。さらにそれをストライクとしてもらえて儲けもの。

『(儲け、儲け。ラストはフォークで落としたいけど、どうする?)』

 ラストをフォークと予定しておきながら、2球目にフォークのサイン。ひとまずこれでツーストライクを奪っておいた上で、余裕のあるボールカウントを生かして打ち取る所存。

 しかし、

「ボール」

 立川のフォークは低めにはっきり外れる球。釣られるようなコースにすらならずにボールワン。

『(できればストライクが欲しかったけど、そういうことなら仕方ないよな。じゃあ、次は何がいい? 例えばこれとかどうよ?)』

『(OK、総大将)』

『(お前、なんでもいいのか)』

 判断を委ねる意味で適当なサインを出したところ、予想外に迷いない頷き。それだけ宮島の扇動(クスリ)が効いたとも言えるわけだが、クスリは得てして効きすぎもあまりよくないものである。

『(まぁ、お前がそういうことなら僕が好き勝手にリードするだけだがな)』

 事実上の捕手主導リードへの切り替えである。

 3球目。アウトコース高めへの釣り球がストライクゾーンに甘く入るも、やや差し込まれてファールボール。予定とは違ったが追い込んだことには違いない。

「その調子、その調子」

 こうなればボールカウント2つを有効的に使いながら、フォークを武器に三振を取ることができる。またフォークを使わずとも、それを意識させておいて他の球で打ち取ることも可能である。

『(高めの釣り球で三振を狙うか?)』

 2球目の再現とも言うべきサイン。もしこれで見逃されてボールならば、最後は低めのフォークで三振を奪うのもよしである。

「ボール、ツー」

「スイング」

 その意図を持った球は高めに外れるも、バッターが釣られてハーフスイング。球審によるボールコールに宮島は1塁審判を指さし、ハーフスイングのジャッジ要求。

「ノースイング」

 しかしここは空振りを取ってはもらえず。

『(今のを振っている。と言うのは無理があったかな? けどスイング自体はしてきてから、かなりこいつも追い込まれて焦ってるな。やっぱり後輩に見られていることに気付いて、勝とうって思いが先行しすぎているのかもな)』

 宮島の次なるサインにも頷いた立川。

 小松に向けて投じた5球目。

「っしゃ、ナイピッチ」

「ストライクスリー、バッターアウトっ」

 ど真ん中へのチェンジアップ。フォークかと思った小松は完全に体勢を崩され、ボールの遥か下を振り抜いた。これで空振り三振であり、先頭バッターを切ることに成功した。

『7番、セカンド、赤坂』

 次なる打者は7番の赤坂。絵に描いたような守備型の選手。7番を打っているのは正捕手・竹中の打撃が小松より少し上手い程度でしかないゆえ、捕手の負担を考えて打順を下げているためである。つまるところが本日の1組先発野手陣の中では一番の打撃の穴と言っていい打者だ。

『(まずは、変化球でワンストライクもらうか?)』

 とにかくテンポよくストライクを取っていくべし。

 かといって甘くは投げられないため、アウトコース低めに寄ってギリギリいっぱいを待つ。 

 ところが、

「くっ、捕れないか」

 立川の足元を破るセンター前ヒット。テンポのいい投球があだとなった。

『(まずいなぁ。赤坂に出塁を許したか)』

 赤坂は守備の選手で打撃はそれほど得意とは言えない。だがしかし、塁に出せば守備で生きている足が攻撃にも生かされる。

『8番、キャッチャー、竹中』

『(一応、1組ベンチには竹中以上のバッターもいるし、控えキャッチャーだっている。けど、代打は出さない。か)』

 結果的には出塁したが、定石でいえば赤坂にも代打を出すべきであった。ここまでの投手起用に対して、9回の表は追いつこうという意思が感じ取れない。

『(9回裏以降を見据えた采配か?)』

 宮島は分析をしつつ立川に向けてサインを送る。

『(初球は何がいい? って、あんだけ煽ったら、だいたい僕のサイン通りに――)』

『(すまんな、総大将。できれば別の球で)』

『(首振るのかよ)』

 ストレート・スライダーと2連続で首を振られ、最終的にうなづかれたのはフォークのサイン。やっぱり彼も自信のあるフォークが投げたいのだろう。

『(仕方ねぇな。お前が投げたいなら投げさせてやるよ)』

 ミットを下限いっぱいに構えて待ち受ける。

 セットポジションの立川。2球牽制を送った末に、クイックモーションで投球開始。と、

『(走った。初球スチールかよ)』

 宮島の視界の右端で赤坂がスタートを切ったのが見えた。よりによって投球はフォークボール。普通のキャッチャーならばこの時点で盗塁が成功となるが、

『(させるかっ)』

「ストライーク」

 低めのフォークを竹中が空振り。投球はワンバウンドしてしまうも、中腰の宮島は手を添えることなくミットだけで捕球。一歩だけ前に踏み出して送球姿勢に入ると、赤坂が元の塁に戻っているのを見て送球を止める。

「ほぉ。本当に宮島くんはワンバウンド処理がうまいですね。今のなんてキャッチャーの捕球の仕方じゃありませんよ」

 さながら内野手のゴロ処理であろうか。ボールを止めることよりもアウトを取ることを重視したその捕球方法は、後逸しないことに自信がないとできないもの。そして何より内野手の捕球ミスはせいぜいワンベースだが、盗塁被企図時の捕手による捕球ミスは下手すればツーベース。さらには内野手と違って『打者』『スイング中のバット』といった障壁もあり自由度が少ない。それであの守備ができるのだから大したものである。

『(しかし、どうしてあの守備ができてキャッチャー以外は守れないのでしょう?)』

 度々練習では他ポジションも練習しているのだが、野手の打球(・・・・・)に慣れていない。という理由で内外野手はあまり上手くないのが彼である。確かにキャッチャーはファールチップ以外に自身に向ってくるゴロやライナーがない点ではの野手の打球(・・・・・)に不慣れかもしれないが、あの守備を見せつけられてからだとまったく理解できないものだ。

『(いえ。そんなことはまた今度、考えるとしましょう。今はここを抑えきることを考えましょう。と、言っても監督にできることなど限られていますが)』

 事実上、選手交代を除く守備時の全権を監督から任されている宮島(キャッチャー)

 その権利をフル活用してここを抑えるべく手を打つ。

『(立川。1回だけウエストさせてくれ。走るなら次あたり来そうな気がする)』

『(総大将がそういうなら仕方ない。その意見、飲もう)』

 立川の投げたいサインではなかったが、盗塁警戒として必要性の高いウエストボールのサインには了承。

『(僕はピッチャーにいいリズムを与えるためにも、積極的にストライクを取るタイプ。もしこれを相手方が知っているなら、ここで勝負を仕掛けないとツーストライク以降での勝負となる。そうすりゃ、実質的にランエンドヒットの問題も絡んできてしまうしな)』

 1組にも高川データベース管理者並の天才はいないにせよ、マネージメント科のデータ解析班は必ずいる。ならば自分のリードのクセを知っていても不思議ではない。との算段だ。

『(さっきのは偽盗っぽかったが、勝負はここだ。頼むぜ、立川)』

 セットポジションの立川は、今度は牽制をせずにクイックモーション。それに合わせて赤坂はスタートを切る。

『(このスタートは……偽盗じゃない)』

 寸前まで赤坂のスタートを見た宮島は、立ち上がって大きくアウトコース高めにミットをそらす。

『(ナイス、総大将。読み通りだぜ)』

 リリース後の立川は2塁送球のためにしゃがんで球道を開ける。

 受けた宮島は迷わず2塁へ。

 ストレートでのピッチドアウト。完全に盗塁を読み切った配球だけに刺せる可能性は高かったが、

「セーフ」

 赤坂はその盗塁警戒を打ち破っての盗塁成功。

『(総大将……)』

『(悪かったよ……)』

 クイックモーションは上手かった。投球もよかった。ピッチドアウトできた。送球まではよかった……

肩が弱い&少し送球のコントロールが悪かったせいである。

『(あ、あれだけ場を整えてランナーを刺せませんか……)』

『(あれは刺さないとダメだぞ。宮島)』

 4組の広川監督はもとより、元キャッチャーの1組大森監督も呆れ顔。せっかく投手主導リードと捕球センスと、並外れた特徴があるにもかかわらず、大事な一歩で台無しになってしまっている。まさしく『画竜点睛を欠く』である。

『(やべぇ。やらかした。ちゃ、ちゃんと送球の練習しとかないと)』

 やや焦る中で気持ちを落ち着けるように善処し、次なるサインを送る。

『(平行カウントか。打撃の上手くない竹中だけど、油断はできない分ここは悩みどころか)』

 1―1から配球。立川の投げたそうな球を考慮しつつ、アウトコース低めへとストレートを指示。

『(赤坂の足だとヒット1本で帰ってこられかねない。それは意地でも阻止する)』

 とにかく低めに威力のあるストレート。それならそう簡単に長打は打たれないと判断。

 頷いた立川の3球目――

『(しまった。高めに浮いたっ)』

 宮島相手には珍しい高めの浮き球。この程度、パスボールはしないのだがそういう問題ではない。

 竹中は迷うことなく振り切った。打球は高々と舞い上がり右中間へ。

『(嘘だろ。竹中があんなに打球を飛ばすかよ)』

 真芯に当たったこと、追い風であることもあるが打球が異様に伸びる。小崎・天川の強肩外野手コンビが追うも、追いつかないどころかスタンドインの可能性も。

 と、落球に備えて二三塁間でハーフウェイをしていた2塁ランナー赤坂が2塁まで戻る。センターの小崎が手を挙げて捕球体勢に入ったため、タッチアップからの3塁進塁を計ろうとしたのだ。そして打球がゆっくりと落下し、

『(あぶねぇ。3塁タッチアップは防げないけど、同点は――)』

 手を挙げていた小崎の10メートルほど後方。右中間フェンスダイレクト。

「は? お、小崎の奴、凡ミスかよっ」

 いつぞやの走塁ミスに引き続き起こした守備のミス。宮島はホームで頭を抱えるようにして慌て、2塁ランナー・赤坂はもちろんのこと3塁へとスタート。しかし彼はホームを突きはしなかった。というのも――

「ボールバックっ」

 クッションボールを処理した天川が内野に向けてレーザービーム。中継に入った原井が3塁への偽投でランナーを牽制して進塁を阻止。バッターランナーにこそ2塁に進まれたが、2塁ランナーの生還は防いだ。

『(っぶねぇ。ランナーがタッチアップ体勢に入ってくれて助かっ……え?)』

 と、そこで宮島は気付く。小崎が捕球体勢に入った結果、捕られると判断したランナーがタッチアップ体勢に入った。裏を返せば、小崎が捕球体勢に入らなければホームを突かれて生還を許していた。つまり……宮島の目線の先。2塁打を許しながらも、外野ではグローブでハイタッチをかわす小崎と天川。

『(あ、さては今の捕球体勢は演技(ブラフ)か)』

 プロでも使われることのある、外野手が捕球体勢に入ることで走者を混乱させる手。本来ならば一瞬捕球体勢に入り、すぐにクッションボールに備える必要がある。だがしかし、今回は小崎以上の強肩・天川がバックアップに入ろうとしていたため、小崎は終始演技に徹していたのである。

『(何やってんの。あいつ。無駄に頭のいいことしやがって)』

 虚を突かれた好プレーに感心しながら外したマスクをつけ直す。

『2年1組、選手の交代です。9番、菊田に代わりまして、榛原』

 ここで1組は女子の榛原を打席へ。

『(ここで榛原。次が斎藤って事を考えると歩かせられないか。満塁策って意味なら話は別だけど)』

 榛原は女子ではあるが、その100キロを超える巨体から生み出される長打力は男子にも匹敵するレベル。

『(こいつ、女子で唯一のホームラン記録者だからな)』

 2組の白鳥・小浜、3組の山県は長打を放つタイプではない。4組の新本は打撃に関しては非力もいいところ。神部はホームランを量産できる規格外の野球センスを持つが、あいにく投手であるため打席数が少なく、また打撃練習もそれほど行っていないためホームランを記録するには至っていない。実質的な女子最強バッターが彼女である。

『(内野はもちろん前進守備。内野の間を抜かれるリスクは高いけど、ウチの外野陣と2塁ランナー・竹中の足を考えれば2点目のリスクは低い)』

 4組が誇るクローザー。立川ならば榛原を抑え込めると宮島は信じて勝負に出る。そもそも彼女は打率の高いタイプではなく、後ろに控えるは1番の巧打者・斎藤。ここで1塁を埋めるのは悪手であろう。

「ストライーク」

 長打を恐れないインコースへのストレートが決まりワンストライク。

『(さぁ。僕は3塁にランナーがいても容赦なく低めに落とすぞ。榛原、どう立川を攻略する?)』

 続いてのサインはアウトコースへのカーブ。

『(もしもラストのフォークを警戒しているならば、次のストライクは必ず打ちたい。ならばここは際どいコースで空振り。あわよくば打ち損じさせる)』

 キャッチャー主導的なリードではあるが、イニング始めに上手く乗せられた立川は満足げな表情で頷き。セットポジションに入って2塁・3塁ランナーとにらめっこしながら投球モーションへ。

「ファール」

 やや内に入ったカーブを榛原はバックネットに叩きつける。本当はボールゾーンまで曲げたかったが、この程度のコントロールミスならば仕方ない。

『(さぁて。ツーストライク。待ちに待ったあの球ですぜ)』

 球審から新球をもらった宮島は立川に投げ渡しながら、彼に向けて意味ありげな指さし。

『(OK。我がビクトリアフォールズの出番というわけですな?)』

『(3つボールに余裕があるんだ。ここからはフルカウントまですべてボールゾーンに逃げる球。伏線無しのすべてが勝負球だ)』

 ランナーが3塁にいる場面としてはあり得ない低めフォークのサインを出した宮島に、立川はこれ以上ない納得の態度で了承。その様子に1組の攻撃陣も立川のフォークを警戒する。

 立川のフォーク、『自称:ビクトリアフォールズ』は、土佐野球専門学校2年生投手陣でも屈指の変化球。鶴見のスライダー・カットボールも凄いが、立川に関してはこの球種1つが彼の価値とも言えるほどのもの。

 まさしく分かっていても打つのは難しい球。

 もっとも分かっていても捕りにくい球であり、安定して捕球できるのは宮島くらいと言う問題点もあるが。

 モーション始動。榛原はフォークの軌道を頭に描きながらバットを引く。彼女の目の前で思い切って腕を振りおろし、立川によって放たれたボールは、

『(少し高いか?)』

 最終的には低めワンバウンドしそうだが、思ったよりは高い球。打たれる可能性も出たが、逆に言えば相手も振らなければ見逃し三振の可能性が出た。榛原は待っていたかのようにフォークの落ちた先を読み、さらにそのボール1個、2個下を意識してスイング。

 しかし、

「前園っ。ボールバック」

 それでも立川のフォークはその下。榛原のバットはフォークボールの頭を叩いてショートゴロ。

 真正面のゴロを捕球した前園は、一瞬すらも惜しんでランニングスローでバックホーム。受けた宮島は3塁ランナーを確認するも、ランナーは三本間の真ん中でストップ。すぐさま3塁へと折り返す。

「三本間。ランダンだ」

 その一声にファーストアウトはないと判断した神城もホームバックアップへ回る。

『(2塁ランナーは3塁に来てるか)』

 3塁ランナーが帰塁して来る可能性も消えてはいないが、2塁ランナーが仮に2塁にいて3塁ランナーが死んでしまった場合、続くケースは1・2塁。しかしこの状況なら3塁ランナーが死んでも、2塁ランナーの3進は認められる。有効な手段ではあるが――

『(だったら3塁まで追い込める)』

 同一の塁に2人のランナーがいることはできない。ならば3塁まで追いつめてしまえば、2塁ランナー・3塁ランナーのいずれかは殺すことができる。

 そして3塁まで追いかけた宮島は、3塁ランナーの赤坂、2塁ランナーの竹中をまとめてタッチ。

「アウトっ」

 そこで3塁審判は2塁ランナー・竹中を指さしアウトコール。同一塁上にランナーが2人以上いた場合、前の走者に占有権があるためだ。

 ひとまずアウトをひとつ奪い一安心……と、

「ボール、セカン」

 立川の声が響く。

 思い出してみてみると一二塁間には榛原。挟殺の間に2塁を狙おうとしたようだが、思いのほか三本間で粘れなかったためにこうなってしまったもよう。もちろんのこと宮島は2塁の原井へと送球。受けた原井が榛原を一二塁間で挟むも、ここでまたしても問題が。

 三本間での挟殺を見据えてファースト・神城はホームバックアップへ。つまるところが1塁はがら空き。みすみす榛原を生かすことに……

「させないぜっ。俺に任せなっ」

 ライト・天川。挟殺プレーに介入。そこで原井は戻りつつある榛原を挟むために1塁バックアップの天川へと送球。受けた天川がさらに2塁方面へと追い込むが、

「バックホーム。はよせぇ」

 広島弁でのバックホーム要請。

 鈍足の榛原では挟殺を生き残るのは不可能と考えた赤坂3塁ランナー。ホームに向けて突入を敢行。

「うらぁぁぁ。必殺、ギガンテスマグナムショットぉぉぉ」

 そこを非常に痛いネーミングの強肩バックホーム・天川。

 ホームにいたのがキャッチャー・宮島ならブロックできるが、今いるのは防具の無いファースト神城。ブロックはできないため、ホームに滑り込むが早いか、タッチが早いかの競争。

「回り込めっ」

 ネクストバッター・斎藤の指示を受けて神城の背後にタッチを避けるように回り込む赤坂。

 させまいと送球を受けるなり、飛び込むようにタッチに向かう神城。

 2人のプレーが交錯した。

「「球審」」

 ホームをタッチした赤坂。

 対して赤坂をタッチし、ボールも落としていない神城。

 お互いに証拠を見せながらアピール。

 1組ベンチも4組ベンチも、そしてバックネット裏の1年4組の生徒たちも、1人の球審の判定に注目する。

 険しい表情をしていた球審は、ワンテンポ間を置いて右手を動かす。

「アウトぉぉぉぉぉ。ゲームセット」

 一瞬、ほんの一瞬だけ静まり返ったグラウンド内にこだましたその一声。

 直後、2年4組ベンチが沸き立った。

「よし。さすが守護神の私だ。このピンチを切り抜けられるとは」

「ピンチ作ったのもその守護神じゃけどのぉ」

 悪送球に備えてホーム後方にいた立川は自慢げに、ウィニングボールを手にした神城は皮肉交じりのツッコミを入れる。

「宮島よぉ。最後のプレーはなんだったんだ?」

「知らね。ただ、えらく混沌としてた。」

 そしてこちらは3塁周辺の前園と宮島。

 因みに最後のプレー。

 ショートゴロ―バックホームから3塁に追い込みランナーアウト―2塁送球をセカンドが受ける―1塁送球をライトが受ける―バックホームを受けたファーストがクロスプレー

 数字で表すと、


 6―2―4―9―3 (ダブルプレー)


 非常に混沌としていた。

 そしてベンチも、

「勝った、勝った、勝った~」

「やりました。下剋上です」

 狂喜乱舞の新本と、好リレーを見せた神部。

「俺の勝ち」

 そして右手を突き上げアピールしているのは、しれっと勝ち投手となった2番手・大森。

「勝つのも慣れてはきたはずじゃけど、やっぱり首位に勝つと気持ちええのぉ」

「だな。ま、神城。ラストはナイスプレー」

 そんなベンチに引き揚げる神城と宮島だったが、宮島がふと気付く。

 バックネット裏。1組を下した4組を見て唖然としている者、驚いている者様々な1年生4組の生徒たち。

「神城。ボール貸して」

「ん?」

「秋原。ペンある?」

「あるけど……どうするの?」

 ミットを外した宮島は左手にボール、右手にペンを持ち、

「球審。ボール、もらっていい?」

「あとで審判養成科に千円」

「はいはい」

 球審に確認を取ってから文字を書きはじめる。

『2年4組 

 1―0 

 1組勝利紀念』

 記念の『記』を間違えていることに気付かず、宮島は満足そうな顔でペンを秋原に返す。そして、

「はい、そこの1年4組」

 スタンドの生徒の視線を集め、ベンチ前からバックネット裏にボールを投げ込む。

 そのボールについて謎の争奪戦が始まるわけだがそれは宮島の知った事ではなく、何事も無かったかのようにベンチへと戻る。

「宮島くんはまた、粋な計らいをしますね」

 その宮島を笑顔で出迎える広川。

「いえ。自分がもしこれをやってくれたら嬉しいだろう。と、思ったことをやったまでです」

 彼は自分の足からレガースを外しながら続ける。

「もしかしたら、1年4組の連敗はまだ続くかもしれません。それでチームの意気は下がるかもしれませんし、自信も失うかもしれません。でももし、今日の『最弱4組でも最強1組に勝つことはできる』ということを思い出してもらえれば、それがまた違った明日に繋がるかもしれませんから」

「それでボールを?」

「えぇ。4組のみんなにとっても衝撃的な1日だったでしょうからそう簡単には忘れないでしょうが、忘れかけた時もあのボールがあれば思い出してくれるかもしれませんからね」

「後輩思いですね」

「いえ。僕は決して後輩思いなんかじゃないです。ただ自分のためにしただけです。だって、1年前にも言ったじゃないですか」

 レガースを外し終え、バットやグローブを手に片付けに入った宮島は広川に目を向けて答えた。

「『僕は野球が大好き』だって」

「言ってましたっけ?」

「言ってなかったですっけ?」

「言ってないと思いますよ?」

「あれ?」

 宮島と広川の記憶に食い違いが生じる。

 なお事の真相は、宮島は確かに『野球が好きだ』と言っていた……小牧長久に向けて

「まぁいいです。とにかく僕は、野球の楽しさを後輩たちに伝えたかった。あくまでも自分のためにやった。それだけです」

「しかしそれが後輩たちにとって希望に繋がるのは紛れもない事実です。大したことはできませんが、宮島くんが放り込んだボール代に関しては私がなんとかしておきましょう。1球2千円ちょっとくらいですし、なんとかなるでしょう」

「千円って言ってましたよ?」

「値段自体は二千円くらいだったかと。おそらく生徒が記念なんかでもらう時には千円で買い取りだったと思います。だいたいは試合で使った中古ですし」

「中古ならタダでいいのに……」

「大量にパクって外部で売りさばいたアホが一昨年いたそうです」

「なるほど」

 そのアホは厳重注意を受けた一方で、その商才を見込まれて有名商社に入社できたとか。どうでもいい話である。



「さぁ、みんな帰ろうか」

 漁夫の利を得るという諺がある。

 ざっくり言えば2人以上の人間・勢力が争っている合間に、第三者が利益をかすめ取っていくというもの。二虎共喰の計のような話だが、リアルにも存在する。

 どういうことかと言えば、こういうことである。

「監督~、ボールを奪うなんて大人げないですよぉ」

「そうだ、そうだぁぁ」

 要するに4組の生徒たちが争っている間に、そこらに転がってきたボールを小牧が拾ってしまった。と言うわけである。

「宮島くんのサインくらい、頼めばいくらでも書いてくれると思うけど? 自分のサインを持っているかどうかしらないけど」

 せいぜい楷書で『宮島 27』と書いて終わりであろう。

「と言っても、これを自分がもらうのもなぁ……4組のロッカールームにでも飾っておこうか。クリアケースにでも入れて。パクるなよ」

 小牧も宮島の伝えたいことは分かる。

 4組でも1組に勝つことはできる。

 4組の彼が後輩の4組に与えたかったのはこんな数千円のボールではなく、明日以降への希望ともなるその可能性。そして彼がボールを投げ込んだのは、その希望を忘れないようにと具現化したもの――ウィニングボールを彼らの手元に置いておきたかったから。

 だからこそ小牧はその手に入れたボールを誰か1人の物ではなく、みんなのものとする選択をしたのである。

「ほら。さっさと帰ろう。明日は朝からゲームだぞ」

「「「はい」」」

 不満を口にする者もいながら、多くの生徒が大きく返事。

 その大きく返事をした人の中で松島は次々と選手が引き挙げていく4組方のベンチを見つめる。

『(お師匠様。私たちに希望をくれてありがとうございます。次は、私たちがそれに答える番です。頑張ります)』


<次回投稿>

12/15 20:00

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