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プロ野球への天道  作者: 日下田 弘谷
第11章 夢と希望と現実と
121/150

第6話 総力解放

文字数:4734文字

加減が下手なのはわかってる

 1点を奪い1アウト2塁の大チャンスであったが、その程度で崩れないのはさすがの鶴見。むしろ気合いが入ったと言うべきか、ラスト2人を連続三振に切り、結果として1失点に切り抜ける。

 しかし虎の子の1点が入った4組。

『7回の表、2年4組、守備の交代です。ピッチャー、大森に代わりまして、神部』

 そしてこの回、ピッチャーマウンドへは神部を送り込む。そしていままでなら引き続いて小村へのキャッチャー交代が告げられるのだが、今日はそのコールがない。

「さぁ、神部。久しぶりのバッテリーだぜ」

「はい。よろしくお願いします」

 神部による宮島への過剰依存はもう克服している。そして何より今日は後輩たちのために勝利が必要である。だからこそ相性のいい2人をそのまま7回の守備に送り込んだ。

 まずは投球練習。

 いつもと同じマウンドだが、まったく違うマウンドである。

 長い間、宮島とこの場に立たなかったからこそ、その空気の違いをより感じる。大きく深呼吸して気持ちを整えてから投球練習へ。

『(あっ)』

 初球。いきなり指にひっかかって叩きつける投球。小村ならばよくて前に落とす、悪ければ後逸となるところであっただろう。しかし長曽我部や立川ら、球だけは速いor変化球のキレだけはいいようなノーコン集団を相手にしていただけに、その程度苦もせず捕球。しれっと球審の方を振り返ってボールの交換をした後、神部へと新しいボールを投げ渡す。

「すみません」

「いいから今みたいにしっかり腕振ってこい。頭の遥か上に放られない限り、最低でも止めてやるから」

 謝るとそれに対して気にしないように声掛けをしてくる。決して気休めや口だけの言葉ではないことが分かるからこそ、その言葉がより自分の気持ちいいピッチングを助長させる。

「ナイスボール」

 次第に投球へと調子が乗っていき、ラストボールは低めいっぱいへ伸びのあるストレート。2塁へと送球練習をしてからマウンドへと宮島が駆け寄る。

「今日は調子いい……かな? 最近、神部の球を受けてなくて調子分からないな」

「絶好調です。ここ数か月で最高潮だと思いますっ」

 自分の調子を伝える神部の表情は満面の笑み。

 記憶に新しいあの試合以降、関係は完全修復。それどころか雨降って地、固まった2人。ひとまず練習始めのストレッチやキャッチボールを以前までのように一緒にするようになったが、宮島への高依存を脱却するために投球練習は神部―小村の組み合わせばかり。宮島にしてみれば神部の『投球』を受けるのは数週間ぶりである。

「だったらいいか。で、配球に要望は?」

「変化球主体。ストレートは3、4割くらいでお願いします」

「気持ち変化球多目ってくらいか。分かった」

 この後のリードを考えながら戻っていく宮島を神部が呼び止める。

「宮島さん」

「ん?」

「しっかり腕を振っていくので、お願いします」

「あぁ、しっかり1点を守ろうぜ」

 宮島のその一言一言に胸の鼓動が早くなる。

『(せっかくのバッテリーです。絶対に抑えて見せます)』

 この回の先頭バッターは7番の赤坂から。1組とはいえ下位打線であり、相性のいい宮島とのバッテリーである。NPB初の女子選手を目指す身としては絶対に抑えなくてはならないポイントだ。

「プレイ」

 7回の表、4組の守備が開始。

 宮島のサインを受けて頷いた神部は、足を上げてから体を時計回りにひねる。リトルトルネード投法から上げていた左足を前に踏み出し、ひねってためた力を一気に解放。

『(さすが神部。出所が見えない)』

 友田、本崎と言った普通のピッチャーなら既にボールが見えている頃。しかし今の神部は関節が不思議なまでに曲がっており、まだボールが見えてこない。そして遅れて飛び出してきた右手からボールがリリース。

「ストライーク」

 低めギリギリいっぱいへのストレート。

『(っくう。惚れ惚れするストレートだなぁ。こいつ)』

 自分の投手主導リードの集大成と言っても過言ではない球である。球速自体は遅いが、球質が明らかに他のピッチャーとは違う。そのイレギュラーへの慣れを長曽我部は恐れたわけだが、実際問題こうした力を持つのはひとつの事実である。

 続くアウトコースへと逃げるスライダーのサイン。

 頷いた神部は続けてリトルトルネードからのスライダー。

「ストライク、ツー」

 空振りを奪いツーストライク。

『(なんつうか、受けていない内に一皮むけたな。今のもスライダーと言うよりは高速スライダー。確実に球速が上がってる)』

 ストレートに近いスピードの球だった。だからこそバッターの赤坂はストレートと見間違えて、ボール球のスライダーに手を出してしまったのである。

『(さて3球目だけど、どうする? ストレート、続いて実質的に高速スライダー。神部の持ち球の中でも速い部類を続けたと思うけど、チェンジアップでタイミング外すか?)』

『(いえ、3球勝負で)』

『(じゃあ、ストレートで外に1球置くか?)』

『(う~ん。合わない……です)』

 3球勝負の思いは伝わらず。2球連続の首振り。

『(布石を置かずってことは、低めに沈めて三球三振狙うか? 球種はスプリットあたりで)』

『(ようやく来ました。それです)』

 3度目のサインにして神部の頷き。宮島も胸をなでおろす。

『(すまんな。最近、お前と組んでないせいで投げたい球が読めないんだよ)』

 ちょっと神部と距離を置きすぎたか? とやや後悔しながらミットを構える。

 3球目。

「ボール」

 アウトコース低め。左バッターボックス上に叩きつけられるスプリット。暴投確実の球を宮島は左手を伸ばして逆シングルで止める。

「審判」

 もちろんボールを交換して神部へと投げ返す。

「ありがとうございます」

 神部としては好きな球を好きなだけ放らせてくれるリードもそうだが、ワイルドピッチを恐れずに思いっきり腕を振れるキャッチングも投げやすさと安心を与える。今も小村がキャッチャーならばワイルドピッチ。バッターがすぐに空振りしようものならば振り逃げ成立である。

『(やっぱり、宮島さんと組むと投げやすいですね)』

『(なんであいつにやにやしてるんだよ)』

 笑みを浮かべるマウンド上の神部に宮島はやや引き気味に次なるサインを送る。

『(ここまでアウトコースや低めを攻めてきたから、インハイあたりで仕掛けたいんだけど。どうしたい?)』

 三振を狙った宮島のサインに、神部も一発で頷きセットポジションへ。中腰で構えられたミットへと普段の投球モーションで投じた4球目。

『(あっ、合わせられたっ)』

 外で振って内で勝負というベタすぎた配球だけに読まれたか。インコース高めを簡単に読み打ちされて打球はレフトへ。ただ飛んだ場所が良かった。レフト・佐々木の正面へと飛んでいきレフトフライ。

 先頭を抑え込んだ神部は調子上々。

 8番・竹中をショートゴロに打ち取る。9番の代打・工藤にフォアボールを許してしまうが、先頭に戻って斎藤は、

「よし、任せろ」

 カウント1―1から高めストレートを打ち上げる。打球はちょうどホームベース付近に舞い上がり、マスクを外した宮島が落下地点へ。

「アウト、チェンジ」

 危なげなく捕球してスリーアウト。

 この回も無失点と4組が華麗なリレーを見せつける。

「よっしゃ。神部、ナイスピッチ」

「ありがとうございます」

 ベンチへの帰り際に走って近づいてきた神部に、宮島はしっかり声を掛けてアフターケア。

「かなりいい調子だったな。5月頃の不調が嘘みたいだな」

「今日は宮島さんに受けてもらったのでなおさらです」

「あぁ……またか?」

「い、いえ。そういうことじゃないです。小村さんの時でも普通には投げられますけど、宮島さんに組んでもらえればそれ以上に調子よくて。相性、そう、相性がいいんです」

 以前のように宮島と組めないように謀られても困るところ。つい口を滑らせて語弊のある素直な事を言ってしまったため、神部は必死で釈明を続ける。その神部に対して「本当か?」と疑心暗鬼を装っていた宮島だったが、ベンチまで帰ってきたあたりで様子を変える。

「分かってるって、さすがにさぁ」

「み、宮島さん……」

 もてあそばれた神部は脱力しながらベンチに戻る。

「明菜。さっさとこいつのクールダウンな」

 やや怒り気味の神部を秋原に押し付ける。

『(さ~て。追加点を入れたいところだけど……どうかな?)』

 さらに追加点を入れて突き放したい4組。4番・佐々木からの攻撃に希望を持つが、リリーフ・城ヶ崎によって4、5、6を三者凡退に抑え込まれる。

 ここで追加点を挙げられない4組の次の攻撃は7番から。6回は8番の宮島から1点を取ったとはいえ、基本的には追加点を期待できない打順である。もちろんのこと4組はこの1点を守りきるべく、アンダースロー・塩原を投入。

 2番・大津からの攻撃で、土佐野専最強打者の呼び声高い三村まで打席が回る打順。ここを乗り切れるかどうかがカギであったが、塩原―宮島バッテリーはその1組打線にも臆さずいつも通りに立ち向かう。

 先頭の大津をファースト真正面のゴロに打ち取りワンアウト。続く3番の伊与田にレフト前ヒットを放たれ1アウトで1塁にランナーを置く。そしてバッターは、

『4番、ファースト、三村』

 率も残せ、一発もある三村。首位打者・神城と、本塁打王・バーナードを足して2で割ったような打者が一発逆転の場面で立ちふさがる。

 しかしそれでも屈しない。

 地面から10センチ前後の位置から放たれるストレート。浮いて見える、もとい途中までは実際に浮くその球に、三村もそう簡単には攻略できない。が、いずれ対応してしまうのはさすがである。追い込まれてなおファールで粘り、2―2となってからの7球目。三振を狙ったインコース低めのスクリューを確実に合わせ、内野の後方に落とす意図の見える軽いスイング。打球は狙ったようにショートの頭上へと飛んでいくが、これを前園がジャンプしながら捕球しツーアウト。

 ツーアウト1塁としてから5番・坂谷を投手ゴロに打ち取りスリーアウト。1組の強力上位打線を出塁1に抑える好投を見せる。

『8回の裏。2年1組、選手の交代です。ピッチャー、城ヶ崎に代わりまして福山』

 手加減無用。2年1組の大森監督も1年4組の生徒が見ていること、そして1組を4組にとって超えるべき難敵とするために本気の起用。惜しげもなく勝利の方程式をつぎ込んでくる。

『(ひぃぃぃぃ)』

 福山の長曽我部に迫ろうかというストレートに天川は空振り三振。

『(ビハインドの投手起用じゃねぇぞ)』

 宮島は1打席中で一度もバットにかすりもせず、最終的には見逃し三振。

『(当てるだけ、本当に当っただけ……)』

 代打・三満はここまでの2人の凡退を見て、コンパクトにヒット狙い。しかし本当に当てるだけに終わり、サードゴロで三者凡退。

 結果、鶴見―城ヶ崎―福山と恐怖のリレーで8回をわずか1失点に乗り来った1組。さらにはまだ守護神・鹿島が残っており、同点・逆転となった場合の9回の裏の守備に関しても備えは十分である。

「かんちゃん。逃げ切れる?」

 この本気の投手起用に、宮島の防具装着を手伝っている秋原も戸惑い気味の声。だがこれから戦地(ラストイニング)に赴く宮島はハッキリした気合のこもった声を発する。

「逃げ切れる、逃げ切れない。じゃなくて逃げるしかねぇんだよ。苦しんでいる後輩が見ている前で、先輩が夢を見せないでどうすんだ」

 レガースも準備OK。プロテクターやヘルメットも準備が整い、ミットとマスクを手にグラウンドへと飛び出す。

『(かんちゃん、いつも通りって言ってたのになぁ。結局は後輩思いなんだね)』

 その宮島に肩の力を抜かされた秋原は落ち着いてからグラウンドへと改めて視線を向ける。

『(ラストイニング。絶対に抑えてよ)』


<次回投稿>

12/13 20:00

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