表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
プロ野球への天道  作者: 日下田 弘谷
第11章 夢と希望と現実と
120/150

第5話 奇襲作戦

文字数:11918文字(投稿ページより)

ちょうどいい話の切り場所が無かった

『4回の裏、2年4組の攻撃は、1番、ファースト、神城』

 この回の攻撃は先頭に戻って首位打者・神城から。

 左対左ではあるが、バットコントロールは土佐野専トップクラスなだけに、鶴見攻略に期待がかかる。

 神城に向けてマウンド上の鶴見。大きなワインドアップモーションから第1球。

「ボール」

 アウトコースへのスライダーがはっきり外れてボールワン。

『(鶴見相手じゃったら早いカウントから勝負仕掛けたくなるけぇのぉ。そこを読み切っての外角スライダーは悪くない狙いじゃけど、今のはコースが悪かったのぉ)』

 もっとも他のバッターなら振っていたかもしれないが、ここは選球眼のいい神城。そう簡単には手を出さない。

「ボール、ツー」

 2球目。インコース高めへのブラッシング。制球力がいい鶴見は、こうしたものを計算して放ってくることがあることが面倒ではある。こうした高度計算のできる制球力を持つのは2年生であれば鶴見・新本の2人だけであろう。

「ボール、スリー」

『(おや? なんか、コースが外れ気味じゃのぉ)』

 2球目のボール球はさておき、1・3球目はすべて勝負に来た変化球。しかしストライクは入りきらずに3―0と大幅なボール先行。

『(もうちょっとアバウトでよかったかな?)』

 竹中は鶴見の制球力を信じすぎてギリギリを攻めすぎた様子。いくら優れていると言ってもボール1個分の出し入れは不可能であり、抜け球だってないわけではない。

『(ツルちゃん。次、ストライクゾーンいれよう。さすがに神城にフォアボールはNG)』

『(むしろ3―0だから甘い球は放られないと思うけど……大丈夫かな? その竹中(はんべぇ)のリード)』

 竹中のサイン通りに投じた4球目。

 鶴見の予想通り。ストライクを取りに行った甘めの変化球を、神城は3―0から果敢に強襲。打球は一二塁間を破ってライト前へ。鶴見の完全を打ち砕く一打が生まれる。

『(ちょっと、はんべぇ)』

『(OK、OK。どうせ神城に長打はそれほど多くはない。なら出塁確実のフォアボールより、もしかしたらアウトを取れるヒッティングでいい)』

 たしかに神城はホームランも記録しており、ツーベース・スリーベースも打っているのは事実である。しかしながら絶対数自体は多くなく、基本的にはシングルヒット・フォアボールなどの出塁+盗塁で事実上のツーベースを量産しているタイプのバッターである。そういう意味では竹中の読みは間違いではない。そして何より、

『(盗めるものなら盗んでみな)』

 竹中相手の被盗塁企図者は盗塁王・神城など学内トップクラスのメンバーしかいないが、それでも盗塁阻止率は5割近い値を叩きだしている強肩および送球センス。彼から塁を盗むのは簡単な話ではない。

『2番、ショート、前園』

 なれば確実にバントで送るのが上策であるが、もちろんそんなことはしないのが土佐野専。

 カウント1―1からの3球目。

 1塁ランナー・神城がスタート。

 コースこそストライクゾーンだが、読み切ったかのように速いストレート。竹中の読み勝ちと思われたが、

『(っしゃあ、も~らいっ)』

 前園はヒッティング。一二塁間を破る打球に、スタートを切っていた俊足・神城はノンストップで3塁を盗る構え。

 これで2連打。ノーアウト1・3塁とチャンス拡大。

 その一瞬の期待を裏切る1組守備陣。

「三村っ」

 ライトの斎藤。打球をすくい上げると、ファーストの三村に向けて矢のような送球。オーバーランしそうになった前園が急に走路を変更して駆け抜けるも、送球がわずかに早い。

「アウトっ」

 鶴見相手にノーアウト1塁から神城・前園によるランエンドヒット。

 見事な一二塁間を破るヒット性に対し、ライト・斎藤の好守でライトゴロ。

 目には目を。好プレーには好プレーで返す大合戦。

『(ライトゴロ、ですか。久しぶりに見た気がしますね。しかし、これで1アウト3塁。少なくとも送りバント以上の結果を生んだのは確かです)』

 ランナーは神城。ヒットはもとより、スクイズ、犠牲フライ、ワンエラーやただの内野ゴロなんかでも1点を奪える状況である。好投手の鶴見を前にこの状況を作り出せたことの大きさは計り知れない。

『(そして……)』

『3番、センター、小崎』

『(打順はクリーンアップ。ここで点を奪わなければ、奪う機会なんてありませんよ)』

 1点さえ奪えば主導権を得ることができるのは間違いないのである。しかしその1点の遠さに辛さを感じてしまう。

 ネクストバッターは主砲の佐々木。せめて打順を回すことができればチーム1の長距離砲にこの場を託すことができうるのだが……

「ストライク、ツー」

 小崎にも鶴見の攻略は簡単ではないか。変化球で追い込まれてカウント1―2。

 神城ならば内野ゴロでも生還は可能。ならばここで三振を喫することは最悪の結果でもあるのだが、打率のいい小崎ですらバットに掠りにしない時点で、バットに当てると言う最低限すらも難しい相手が鶴見とも考えられる。そもそもが左対左はバッターが不利なのである。

「ストライクスリー、バッターアウトっ」

 インコースへのリカットボールをバットの根元でカットするも、キャッチャーの竹中が飛びつくように捕球してチップでストライク。

『(ツーアウト……これで、正味ヒットかエラーかしか1点が無くなったのぉ)』

 3塁まで進みながらそこで釘づけの神城。いくら盗塁王でもホームスチールは簡単なものではない。3塁に背を向ける左ピッチャー・鶴見を相手にしているならば『もしかすると』もありうるが、決して計算できるものではない。

『4番、レフト、佐々木』

 一発のある佐々木が右バッターボックスへ。

『(ここで佐々木くんは怖いなぁ)』

 意外な事だが佐々木は鶴見から1年生時に一本、2年に上がってからもリリーバーとしての登板時に一本、ホームランを放っている。1打席目こそ当たりはでていないが、学内無双状態の鶴見にとっては数少ない苦手相手でもある。

 セットポジションに入って佐々木と対峙。

『(何より、あの打ち方が怖いんだよなぁ)』

 顔の高さで構えられたバット。バッティング動作に入ると足を上げながらバットを下げ、レベルスイングで一気に振り抜く。曰く元近鉄のスラッガーに憧れていたらしく、小学生の時にこの打ち方を身に着けたとか。特に会心打の時にきれいなバット投げを見せるところまでそっくりであり、それが投手にとって心臓に悪い瞬間でもある。

「ストライーク」

 ただフルスイングが信条である点も似通っている点であり、少々打率が安定しないのがネックだろうか。それでも打率2割後半あるだけに、元のバットコントロールは甘くみることができない。

『(怖い、怖い。一発浴びたら終わる)』

 心臓の鼓動が早くなるのを感じながら竹中からの返球を受ける。

『(次は……インのフロントドアは?)』

『(それでバットをへし折れたらベストかな?)』

 頷いた鶴見は大きく足を上げての投球。

「ボール」

 デッドボールになりそうな球筋からストライクゾーンインコースに飛び込むも、ここは見切られてワンボール。少し内すぎたようである。

『(今度はもう少しストライクゾーン寄り)』

『(バックドア?)』

 インのリカットを投じた次は、アウトからストライクゾーンに飛び込むスライダー。苦手なバッターは最悪歩かせてしまうのも手ではあるが、いくらピンチでも攻めずに歩かせるのは気が引ける。そこでストライク・ボールのライン上で仕掛け、結果的に歩かせてしまうもやむを得なし。そんな気の持ちようで勝負する。

『(よし。はんべぇの構えたミット。アウトコース低めへっ――)』

 ボールを切るような指での弾き方から3球目。

『(――あっ、ちょっと内過ぎたかな?)』

 高さとしては十分。しかしやや思ったよりも内側に入ってしまう。ボールはアウトコースいっぱいから真ん中低めへ鋭く曲がりながら沈み、

「あぁ~」

 佐々木に捉えられた。彼にしてみれば手ごたえがあったようで、フォロースルー後に3塁側ファールグラウンドへときれいなバット投げ。それを目にした鶴見も振り返りすらせず、感嘆混じりに天を仰いで首をかしげる。

「う~ん。ちょ~っと甘かったかぁ」

 確信して小さくガッツポーズしながら1塁に駆け足で向かう佐々木に対し、鶴見はせめてどれくらい飛んだか確認しておこう。と、振り返り。

「アウトっ」

 後退守備のレフトがノーバウンド捕球。

「えぇぇぇ」

「と、届かないんだ。助かったけども……」

 あれだけ確信した佐々木にしてみれば気恥ずかしさが増し、鶴見にしてみれば救われた感の強い一打。だがいずれにせよ凡打は凡打であり、そしてツーアウトであったことから犠牲フライにもなりえない。

『(惜しいのぉ。この回、鶴見を捉えはじめたんじゃけどのぉ)』

 一応はホームベースを踏んだが得点にはならなかった神城。下唇を悔しそうに噛みながらベンチまで帰還。

 小崎は苦戦していたようだが神城はヒット、前園もほぼヒット、佐々木もあと少しでホームランと、得点の期待できそうな攻めではあった。しかし鶴見だけではなく守備にも阻まれる形で無得点である。

『(この上位打線で1点が取れんのはキツイのぉ。こうなるともう得点は期待できない……いや)』

 5番以降の下位打線では鶴見相手の得点は難しい。ならばリリーフからの得点を期待するのみ。そのように予測した神城だがふと思い直す。

『(もし下位がチャンス作って上位に回してくれたらまだありうるかのぉ)』

 鍵を握るのは5~8番。先発も次の回で責任イニングを終えるため、次のピッチャーの打席では代打もある。そうなれば大野・大川・小村ら好打者がベンチに控えることからしても、事実上は9番からが上位打線であると言えるからだ。

『(頼むで。鶴見攻略は下位打線(みんな)にかかっとるけぇのぉ)』



 5回の表、2年1組の攻撃。

 先頭の赤坂が凡退も2人目の竹中がレフト前で出塁し、ラストバッター・鶴見が確実に送りバントを決めてツーアウト2塁。ピンチの後のチャンスを相手に作られるが、ここは本崎が抑え込んで無失点。

 続く5回の裏。神城に期待を寄せられる下位を含む打順であったものの、ピンチを抑えて並に乗る鶴見はここも無失点。投手戦をさらに続ける。

「ツル。ナイピッチ」

「ありがとう」

 竹中からの賞賛を受けながらベンチへと戻る鶴見はふとバックネット裏へと目をやる。

「あぁ、くそぉ。鶴見さんから点は取れないか」

「でも4組、いい試合してる」

「ここから、ここから」

 試合に入り込む1年4組の生徒たち。2年4組を未来の自分と位置付けて希望を見出そうとする。言わば現・2年4組生にとっての過去であり、後輩でもある彼らだが、1組の彼にとっても後輩でもある。

「ねぇ、大森監督。せっかくなら、越えるべき壁って高い方がいいと思いませんか?」

 鶴見は笑みを浮かべながら監督に提案した。


 本崎は責任イニングを投げ切り降板。勝ち負け付かずだが、結果としては勝利投手に匹敵する好投を見せた。そのマウンドを引き継ぐは、2年1組監督と同じ苗字であることをいじられている横手(サイドスロー)左腕・大森。

 旧・勝利の方程式の一角である新本の失速。それにより急浮上してきたリリーバーであり、その珍しさを生かして成績を残しつつある投手である。

 その大森もさすがに2番から始まる1組上位打線はキツイのか。2番の大津はセカンドゴロに打ち取るものの、3番・伊与田にフォアボール。4番の三村にはインコースに切れ込む変化球をレフト前に運ばれる。しかしそんなピンチで踏ん張るのが、毎度の2桁失点で打撃投手と化した経験から心臓の強い4組投手陣。

 5番・坂谷をセカンドへのインフィールドフライ。

 6番・赤坂をサードゴロに打ち取り無失点。

 1点は絶対に譲らない思いを力に変えて抑え込む。


 そして、普通ならば投手交代となる6回の裏……


 土佐野球専門学校は勝利よりも『野球教育』に力を入れた学校である。そのため今まで多くのリーグ戦が行われたが、完封・完投は0。先発投手の最高投球イニングは6回で、KO・負傷などの緊急早期降板を除けば平均投球イニングは約4.9回と、とにかく先発を引っ張らない特徴がある。

 しかし1組は『教育』のために決断する。

「監督。行ってきます」

 無言で頷く1組監督・大森。

 鶴見誠一郎。6回裏のマウンドへ。

「6イニング目ですか。球数が少ないわけでもないですし、珍しいですね。リリーフ予定の投手にアクシデントが起きたか、もしくは強い志願か。ですね。」

 広川としても意外性を感じざるを得ない。1年生初期は選手の潜在能力を試すために引っ張ることもあった。新本が3イニング投げたのがいい例だ。しかし2年生のこの時期に引っ張る必要なんてない。それも乱調の投手に復活の機会を与えたいならまだしも、好投中の鶴見をである。一度、鶴見は6回までノーヒットノーランしたことあるが、あれは試合のテンポが早すぎて後続投手が準備できていなかったことに起因する。いずれにせよ珍しいことである。

「しかし、きっとこの回で最後。そろそろ均衡を崩しましょう。では先頭バッター。お願いします」

 広川の声に、準備を終えた先頭バッターがバットをケースから引き抜きグラウンドへと踏み出す。この回の先頭は、

『6回の裏。2年4組の攻撃は、8番、キャッチャー、宮島』

「行ってきます」

 打率1割台、本塁打1本の貧打・宮島。鶴見を打ち崩すには心もとない戦力ではあるが、鶴見の球をよく知っている選手でもある。果たしてキャッチャー・宮島の実力を、バッター・宮島へと転化できるのか。

『(この回の先頭は健一くん……)』

 分かって続投志願した鶴見であるが、改めて向き合うと意識せずにはいられない。

 連敗続きの1年4組がこの試合を観戦しているのは知っている。そして彼らに好ゲームを見せようと、メジャー注目左腕の自分に2年4組が必死で立ち向かっているのも気付いた。だからこそ、その障壁たる自分が簡単には逃げるわけにはいかない。

 鶴見誠一郎

 その大きな壁を越えてみろ。

 そう4組に試練を与える続投である。

『(鶴見)』『(健一くん)』

『((いざ勝負))』

「プレイ」

 6回の裏。この試合最後の鶴見VS4組打線の対決が始まる。

『(ネクストには代打の神様・大野。さらにその次は首位打者の神城。ついでにその後はここ最近、打撃好調の前園・小崎に、主砲の佐々木。自分が出れば試合は動く)』

 大きなワインドアップモーションから鶴見の初球。

『(っく)』

「ストライーク」

 インコースへのクロスファイアかと思われたが、そこから鋭く曲がってストライクゾーンへと飛び込む、フロントドアのカットボール。

『(鶴見の奴、本気じゃねぇか。打率1割台に投げる球じゃねぇぞ)』

 宮島が「この野郎」と気持ちを込めて睨んでやると、「文句あっか?」と鶴見には珍しい睨み返し。

 4組がここで結果を出す事がどれほど後輩たちにいい結果をもたらすか。そんなことは敏い鶴見には承知の上。しかし手は抜けない。手を抜いた相手に出した結果よりも、本気の相手に出した結果の方が価値はある。

 鶴見も夢や希望を与えるものとして、全力勝負には全力勝負で応える。

『(ストライク、ツー)』

 アウトコースへのスライダー。読み切った宮島だったが、バットに掠りすらしない。

『(そう簡単には打たせないよ)』

『(メジャー注目はだてじゃねぇ。ってか? つくづく打てそうにないな)』

 上位打線ですら、そしてあの神城すらも打てない鶴見の球。どうして8番の貧打者が攻略できようか。

『(くそっ。これは打てない。絶対に打てない)』

 打てないという確信が頭をよぎる中、鶴見がワインドアップモーション。遊び球はない。3球勝負で決めにいく。

『(これで――終わりだよっ)』

 ボールをリリース。と、

『(えっ)』

 完全なストライクの球を宮島は打ちにこなかった。

 かといって見逃したわけでもなかった。

『(セーフティバントっ)』

 バントの構えを取った宮島に、鶴見、そしてファースト・三村、サード・坂谷が猛チャージ。1組は打も優秀なら守も優秀。鈍足の宮島にこの内野陣からセーフティバントを決める術などないように見える。しかし素材型クラスこと4組の宮島は野球脳が優秀である。

『(おらぁっ)』

 鶴見の変化球を走り出しながら真芯に当てる。芯に当たったことと、走りながらでバットに押す力が加わったことで勢いの速くなった打球は、

「よし、抜けたっ」

 猛チャージをかけた投手―一塁手間を抜ける。

 意表を突いたプッシュバント。1塁ベースカバーに回っていたセカンド・赤坂がバックアップ。打球を処理してアウトのタイミングも、1塁はがら空きで投げられない。そこを宮島が悠々と駆け抜ける。

『(真芯を食らわせてバントシフトの穴を突く。宮島らしい作戦じゃのぉ)』

 宮島が今まで行っていた謎のバント練習の意図に気付いた神城。打率1割台の彼ではあるが、彼なりに考えて努力をしているのである。

「よぉし。よくやりました。さすが宮島くんです」

 鶴見からついに先頭バッターを出塁させた。ならばあとはこのランナーをいかに返すかである。広川はすかさずベンチから出て選手交代のコール。

「タイム。代打、大野」

 ノーアウトで1塁。代打の神様がバッターボックスへ。

「祐太郎さん」

「はい?」

 タイムのついで。1塁ランナーコーチに入っている神部祐太郎へ、打撃用のレガース・プロテクターを渡しながら質問。

「盗塁いけると思います?」

「鶴見―竹中バッテリー。行けると思う?」

「無理だと思います」

「それが答え」

 ゲッツーが怖いこの場面。盗塁も作戦として頭に浮かんだ宮島だが、祐太郎の意見からあっさり考えを曲げる。

『(広川さんの指示は……一応はグリーンライトのノーサイン。そりゃあバントはねぇわな)』

 右バッターボックスに大野。マウンドの鶴見がセットポジションに入ってプレイ再開宣告がかかるなり、宮島は気持ち大き目のリードを取る。

『(クセとかないかな)』

 キャッチャーからは鶴見の投球フォームを嫌と言うほど見ているが、この位置から見ることは滅多にない。もしかしたらクセがあるかもしれないと淡い期待を持つ。

 まずは牽制。はっきり牽制と分かるそれに、宮島は足から余裕の帰塁。

 そして次はクイックでの投球。アウトコースに外れた変化球に、鶴見は首をかしげて不満顔。

『(クセは見当たらないか)』

 仮に見つかったところで、1組の正捕手・竹中から盗めるほどの足はない。

『(だとしたらちょっとキャッチャーが球を弾いたくらいでも、隙があったら次の塁を狙う)』

 できることは、一寸の隙間を無理やりにでもこじ開けること。博打じみた行動かもしれないが、あのバッテリーから点を取る方法に安全策はない。

 普段は堅実な走塁の宮島だが、ここは思い切って大きなリードをとる。

 もちろんその状況を鶴見が無視するわけがない。あたりまえのように放られてきた牽制にギリギリの帰塁。あまりにも間一髪のプレイに、ベンチやスタンドからは驚愕の声があがる。

『(いや、ギリギリ間に合う。これなら牽制死はない)』

 鶴見は非常に野球の上手く、常にベストの牽制をしてくる。言い換えればこれ以上の牽制球は放ってこない。

『(正気なのかい? 健一くん)』

 その攻撃的な構えに鶴見はやや心が揺らぐ。

 しかしその心の揺らぎ程度で打てるようになる鶴見ではない。

「ストライーク」

 際どい所へと変化球を決めてくるそのピッチングは変わらない。

「祐太郎さん」

「次はなに?」

 あまりの変化球に手が出なかった大野。彼がタイムを掛けて一呼吸置いている間に、宮島は祐太郎を呼ぶ。そして、

「         」

「そ、そんな無茶な」

「一応、広川さんに聞いてもらえます?」

 無茶ぶりをされた祐太郎だったが、宮島の真剣なまなざしについに折れる。ベンチの方を向いた祐太郎は広川と目が合ったことを確認するなり、宮島を指さしてブロックサインを送る。そのサインに広川は一瞬戸惑ったものの、しばし考え込んだのちにいつも通りにサインを全員に向けて発信。

「と、言う事だけど?」

「ありがとうございました」

「勝機は?」

「勘が正しければ5割、外れていれば0割」

 鶴見がセットポジションへ。宮島も大きなリードを取り始め、大野ももちろんのこと右バッターボックスで構える。

 鶴見の右足が浮く。と、その瞬間。

『(盗んだっ)』

 鈍足・宮島がスタートを切る。牽制なのか投球なのかはまだ分からないタイミングで飛び出した。明らかなフライングスタートだったが鶴見は牽制できない。もう投球する意識でいる。たとえ牽制をすべきでも、ここから牽制に切り替えることはできない。

『(スタートはベストタイミングです。ですが……大野くんは対応できますか?)』

 鶴見の投球をしっかり見定めた大野はスイング始動。しかし大きく曲がるスライダーに空振り。低めの投球を受けた竹中は、その強肩を生かして座ったままで2塁へボールを放る。しゃがんだ鶴見の頭の上を通すように送球したが、

「セーフ、セーフ」

 宮島が2塁へと滑り込むのが一瞬早かった。

『(ちっ。変化球じゃなかったら刺せたのに)』

 竹中としては鈍足に盗塁を決められたのが悔しくてたまらない。

 貧打の宮島が鶴見を攻略し、そして竹中相手に盗塁を決める。そのあり得ない展開に湧き上がる4組ベンチの中で、広川はその英断に感心するのみ。

『(変化球を読み切ったスチール。鶴見くんほどの鋭い変化球では、宮島くんほどのバカみたいなキャッチングセンスがない限りは、そう早くに送球体勢には移れない。実際に受けていたからこそできた判断ですね。ヒットエンドランそのものは失敗したわけですが、まぁいいでしょう)』

 祐太郎から送られたサインはヒットエンドラン。さすがの宮島も変化球であるという確信に欠けたのか、ストレートを放られた時の予防線を張っていたようである。

『(竹中くんも名捕手とはいえアマチュア。鶴見くんの絶大すぎる力が仇となりましたね)』

 これでノーアウトランナーは2塁。当たりにもよるがワンヒットで1点を狙える状況になったほか、なによりゲッツーの可能性がほぼ消滅した。

 そして案の定、この盗塁成功によって盛り上がらないわけがない4組。

「はい、せ~の」

 立川の掛け声により、

「「「みやじまさんの神主が~、ヘイ‼ おみくじ引いて申すには、ヘイ‼」」」

 しかもほんのりアレンジが入っている。

「「「きょう~も4組は勝~ち、勝~ち、勝ち、勝ち。あ、そ~れ、みやじまさんの~」」」

 ついでにもういっちょアレンジ加えてもう一周。

「「「ヘイ‼」」」

 その盛り上がりに惑わされず、広川は冷静に指示を送る。と言っても打つ手は1つ。

『(さぁ、大野くん。あとは打つだけです。追い込まれましたがお願いします)』

 大野とすれば後ろに神城が控えている挙句、ゲッツーが無くなったことに気がかなり楽にはなった。ただ鈍足の宮島を進塁・生還させるには並みの当たりではいけないことは、未だ残る懸案事項だろうか。

『(頼むぜ。大野。せっかく5割の可能性を引き当てたんだから)』

 仮に予想通りの変化球でも、宮島の打算で成功確率5割だった盗塁。もちろんその5割を引き寄せるだけの『何か』があったのは間違いないのだが、もう一度やってみようと思ってできるものではないのは確かだ。とにかくそんなギリギリのラインを切り抜け呼び寄せた大チャンス。宮島はセカンド、ショート、鶴見と牽制に関する3人の動きに警戒しつつ、一打で本塁を突く意識。

 1―2からの4球目。

「ボール、ツー」

 アウトコース高めに浮いたストレートのボール球。鶴見には珍しく、見て明らかなコントロールミスである。

『(ふぅ。まさか最後の最後でこんなピンチを背負うなんてね)』

 竹中からの返球を受け取った後、帽子を取って袖で額の汗を拭う。肉体的な疲れからくる汗ではなく、ピンチを背負ったことによる精神的な疲れの汗だ。

 一息ついてからセットポジションへ。ちょうど死角になる位置へと2塁ランナー・宮島を置いて第5球目。

『(しまっ――)』

 リリースする瞬間に感じた。完全なコントロールミス。

 スライダーを投げるつもりで投じた球は、真ん中やや低めのストレート。その球を代打の神様が見逃すわけもなく、真芯で捉えてピッチャーの左足付近を襲う打球を放つ。

 完全に抜けた。失点を覚悟して振り返る鶴見だったが、彼がいるのは最強クラスたる1組である。

 本日、セカンドに入っている赤坂。逆シングルで捕球した彼はジャンプしながら上体だけで1塁送球。不安定なジャンピングスローながらも送球は申し分ないもの。やや高めに浮いただけで、ファースト・三村のミットに収まる。

「アウトっ」

 ヒット性の打球も赤坂の好守に阻まれセカンドゴロ。ただこの間に宮島は3進に成功。1アウト3塁となり、ヒットだけではなく、バッテリーエラーや犠牲フライ、スクイズ。当たり次第で内野ゴロなどでも生還可能な状況となった。そしてこの場面で、

『1番、ファースト、神城』

 首位打者が左バッターボックスへ。

『(しっか帰しちゃるけぇのぉ。隙あらばホーム突きぃよ)』

 いくら神城と言えど鶴見相手にヒットを放つのは簡単ではない。しかし1アウト3塁と言うちょっとしたことで点が入る状況だけに、後続に任せようとはしない。絶対に自分で1点を奪い取ると思いを強くする。

『(さすがにホームスチールはないしなぁ。神城に任せるしかないんだよな)』

 宮島もこうなっては何も打つ手はない。ただ流れに身を任せるのみで、鶴見がセットポジションに入るなり小さめのリード。

 4組で一番信頼のおけるバッターにすべては託された。

 土佐野専最強ピッチャー・鶴見 VS 土佐野専首位打者・神城

 試合を分ける頂上対決の初球。

「ボール」

 アウトコースにスライダーが外れてボール先行。

 そして2球目は、

「ファール」

 インコースへのカットボール。神城は詰まらせながら3塁側へのファールにする。

 お互いに投げにくそう、打ちにくそうな勝負。

『(内野はもちろんバックホーム体勢か。そりゃあ、そうだよなぁ)』

 その中で宮島は冷静な状況整理。守備陣形は前進シフト。宮島の生還を阻止する他、俊足・神城のセーフティバントを警戒した構えである。

「ボール」

 平行カウントから3球目をはっきりアウトコースにウエスト。

『(普通に考えればフワッと上げて前進守備の後ろに落とせばええじゃろぉけど、鶴見相手じぇけぇのぉ。相当難しいじゃろぉなぁ)』

 2―1とボール先行。鶴見の性格からして歩かせるなら潔く歩かせているだろうし、と言う事は歩かせる気はないということ。つまりここは勝負であり、それなら次はストライクを入れたい。

 3塁ランナー・宮島に背を向けて、セットポジションから鶴見の第4球目。

『(じゃったら――)』

 右足を踏み込みながら左腕を振り下ろす鶴見に、神城は動きを見せる。

『(こうするしかないじゃろぉ。宮島、十八番をもらうでっ)』

 アウトコース低めへのチェンジアップをバント。

『(ス、スクイズっ)』

 鶴見は急いでマウンドを降りて打球処理に向かう。その途中で3塁を確認。

『(健一くんは走っていない、ということはセーフティースクイズ)』

 やや宮島のリードは大きい気がする。しかしショートの3塁カバーが遅れているため投げられないだろう。

「サード、ボール1つ」

 宮島の足ではセーフティスクイズは成功しない。そう考えた竹中はサードへ処理の指示を出すと同時にすかさず1塁へと送球指示。突っ込んできていた坂谷はボールを素手で拾い、振りかえらずに1塁へと送球モーション。と、

『(博打でもしねぇと、あの化け物投手から点なんて取れねぇよっ)』

「まずっ。3塁ランナー突っ込んだっ」

 宮島は迷わずホームへと突入。

「させっかっ」

 1塁カバーに入ったセカンド・赤坂。1塁から前に飛び出していち早く送球を受ける。ベースから離れてボールを受けたため神城はセーフだが、1点を防ぐには仕方ない。一瞬たりとも無駄にしない素早いプレーでバックホーム。

『(後ろ空いてるっ)』

 ばっちり一角を空けている竹中に、宮島はそこを狙いすましてスライディング。もちろんそこへ滑り込むよう誘導するため一角を空けた竹中は、待ってましたとばかりに捕球してタッチへ向かう。

「セーフ、セーフっ」

 宮島のスライディングによって砂をかけられながら、球審は両手を横に開いてのセーフコール。竹中は間違いなくタッチはしたがやや追いタッチ気味。それよりもわずかに宮島の左手によるホームベースタッチが早かった。

「竹中。ボールセカン」

「しまった」

 そのクロスプレーで忘れていた。バッターランナーは走塁巧者の神城。ショートは3塁、セカンドは1塁ベースカバーに入り、がら空きとなった2塁へと悠々到達。

「くっ、あの鈍足にしてやられた」

 先ほどの盗塁に引き続き、またも足でしてやれらた。それも神城のように足の速い選手ではなくチーム野手屈指の鈍足である。

「宮島くん。ナイス判断です。かなりギリギリでしたが」

「結果論です。いい意味で」

「結果論でしょうが狙いはよかったと思いますよ。前園くん、小崎くんらに期待していないわけではありませんが、ツーアウトとなっては鶴見くん相手に点を取るのは難しいでしょうから」

「でも、本当に結果論です。もう1回この回の攻撃をやれって言ってもできませんよ」

「私も、もう1回この攻撃をやれとは冗談でも言えません。それはそうと……」

「はい?」

 広川はベンチにいる選手たちの方を向く。

「「「みやじまさんの神主が~、ヘイ‼」」」

「好きですね。みなさん」

「そうですね。4組の公式ソングにしましょう」

「本家に怒られます」


<次回投稿>

12/12 20:00

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ