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プロ野球への天道  作者: 日下田 弘谷
第11章 夢と希望と現実と
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第2話 学生だから分かること

 練習を終えた野球科生はいったい何をしているのか。時間によるが夕食をとったり、お風呂に入ったり、部活動を行ったり、趣味に打ち込んだり。とにかくいろいろである。

 本日も宮島ら4組生は4時半に練習を終えると、片付けやクールダウンも含めて5時には解散。それからシャワーを浴びた後にかなり早めの夕食。

 さて、そのあとのことである。

 食事前には軽くシャワーを浴びただけだったので、食事後に共同浴場にて入浴を済ませた神部。自室に帰ってユニフォームを洗濯機に放りこんだり、寝ることのできる準備を整えたりしてからいつものように外出。目的地は自分の住んでいる学生寮D棟の3階。

「「こんばんは」」

「あ、こんばんは」

 自室のある最上階フロアですれ違ったのは宮島のお弟子さんと、身長の高い別の女子。2年4組と1年4組は同じ寮の棟なので何も不自然なことではない。特に何もおかしなことも感じずに神部はエレベータで下の階まで降りて目的の部屋へ。

 インターホンを押して鳴らして誰か出てくるのを待っていると、すぐにドアが開いて秋原が姿を現す。

「今夜も来ました。おじゃまします」

「いらっしゃ~い。と言っても、部屋の主はいないけどね?」

「宮島さん、いないんですか?」

 靴を脱いで部屋には行ってみるも、テレビの前で神城と新本が冷戦中なのみ。トイレや風呂の電気は消えているし、ベランダにも出ている様子はない。

「購買とかコンビニとかですか?」

「お買いものじゃないと思うよ。それだったら買い物くらい言うと思うし」

「じゃあどこ行っちゃったんでしょう?」

「分からないけど、遅くなるならメールするって言ってたし?」

「そう、ですか……」



「失礼しま~す」

 広川より練習後に呼び出された宮島。場所はわざわざお客さんと話をするための応接間。いったい何の話かと疑問と恐怖を感じながらノックして室内へ。すると、

「来ていただき、ありがとうございます」

「いらっしゃい」

 その中にいたのは広川と小牧。広川は1人掛けのソファに腰かけたままで、上座である机を挟んで反対側の3人掛けの長ソファを指し示す。宮島はまるで面接かのように緊張した面持ちでゆっくり座って背筋を伸ばす。

「宮島くん。今回は宮島くんがお客様です。楽にしていいですよ。それに君は練習後ですからね」

「そうだ。宮島くん。何か飲むかい?」

 小牧は立ち上がると、部屋の隅にあった小型の冷蔵庫を開く。

「ビールと焼酎はどっちがいい?」

「ワインありますか?」

「楽に、とは言いましたけど、ねぇ……」

 アルコールがこんなところにあるわけもなく、仮にあっても宮島は未成年なわけで。広川の呈した苦言に小牧長久(25歳・男性)は「テヘっ」っと舌を出しながら反応しつつ、あいにくワインではないがぶどうジュースとガラスコップを持ってくる。

「宮島くんにわざわざ来てもらったのは、2年4組キャプテンである君に相談があります。別に小難しい話や、説教の類ではないのでご心配なく」

 説明する広川の横で、小牧は宮島の前に置いたコップにジュースを注ぐ。

「君は1年4組の現状を知っていますか?」

「それは……はい」

 1年4組の生徒とは同じ寮でありいつものように顔を合わせている。そうなると雰囲気から4組の状況が気になってくるわけで、土佐野専の公式ホームページからチェックもしているのである。もちろん理由はそれだけではないが。

「宮島くんは4組を立て直した経験からしてどう思いますか?」

「立て直したって、僕は大したことはしてないですよ?」

「私が野手出身ということもあり、事実上、投手陣は宮島くんに丸投げしていました。その投手陣を立て直したのは宮島くんの勲功の1つでしょう。それに宮島くんは選手としてチームの中にいた分、チームの雰囲気といったものには詳しいかと思いまして」

「そう言われましても……」

 そもそも一生徒である宮島にそうした事を聞こうとすることが間違いではある。

「分かっています。たしかにこうした課題を教員が自力で解決できないことが問題です。ですが、それを承知でお願いがあります。助言や名案をとは言いませんが、生徒目線から『こうしてほしかった』『こんなところがダメだった』と言った感想を頼みます。どんな苦言であっても受け止めるので、正直にお願いします」

「う~ん、感想ですか……」

 悩んだ末にぶどうジュースを一飲み。そしてまた考え始める。その様子を見て小牧が閃く。

「指導の感想を全員に聞くようにすればいいかもしれませんね」

「あ、だったら広川さん。百葉箱を設置しましょう」

「「目安箱」」

 それに便乗しての宮島の提案だったが、教師2人から総ツッコミ。

「しかし目安箱設置ですか。一応事務室には『アンケートBOX』という形であるんですが、知名度は低いんですよね。管理者の経営科曰くほとんどが生徒以外からの投稿だとか」

 学内にはいくつかのアンケートBOX、提案箱と呼ばれるものがある。しかし学生が投稿しているのはほとんどが、マネージメント科附属食堂や経営科附属購買において「こういうメニューが欲しい」「こういうものを売ってほしい」というものばかり。学校制度や教員に対する意見と言えば、神部提案の『クラス間移籍 人的補償立候補制度』くらいのものである。それも直接小牧に訴えたものであるため、そうしたアンケートBOXの対生徒稼働率はかなり低いと見て間違いない。

「あ、そう言えば」

 宮島は手を打っていかにもなひらめいたアピール。それに広川と小牧は注目する。

「自分の時は、なんというか成長した姿が見えなかったです」

「成長した姿……と、言いますと?」

「小牧先生にいろいろな話を聞いて希望は持てたのは持てたのですが、こう、いまいち決定打に欠けたと言うか。例えるならば勝ち越しできてもダメ押しできない。と言うか」

 分かるような分からないような下手な話である。しかし宮島・広川よりもわずかに頭のいい小牧は頭脳をフル回転させて彼の言葉を理解、可能な限りで解釈する。

「自己解釈になるけど、正論である一方で根拠に欠ける。ってあたりかな?」

「根拠……ないわけではないんですけど、なんといいますか……」

「う~ん。じゃあ、『決定的な根拠』に欠けると言ったところ?」

「もしかしたらそうかもしれません」

 小牧としても悩ましい反応である。

 宮島の語彙力・表現力・説明力がさほど高いわけでもなく、小牧も平均に毛の生えた程度の理解力。曖昧な表現に引き続き、『もしかしたら』『かもしれない』とさらに曖昧さを引き立てる言葉を続けられては、話をまとめるのに困るところ。広川に至っては、宮島のそのセリフからそこまで持って行った小牧に感心するほどである。

「国立医学部出身くらい頭のいい人がいれば、この話をまとめられるかもしれないんだけど」

「長久はそんな人、知り合いにいますか?」

「土佐野専附属病院に」

 加賀田医 国立大学医学部出身 元国立大学病院勤務医(外科・整形外科)

 受験偏差値で言えば土佐野球専門学校において最も頭がいいのは彼である。小牧は壊した右腕の件で何度も話をしたこともあり、交友が無いとは言えないのである。

「この程度のことで彼を呼ぶわけにもいきませんね。彼も忙しいですから」

「この程度、ってかなり重大なんですがね。時に宮島くん」

 小牧は空になった宮島のコップにジュースを注ぎながら問う。

「今は成長した姿が見えているのかな?」

「見える、見えないと言うか、成長を実感できた。と言うのは……」

「何かあったのかな? しゃべりにくい事ならいいけど、良ければ聞かせてもらえるかい?」

「連敗を抜けて初勝利を挙げた試合とか、初めてホームランを打った試合とかはあるんですが……」

「ですが?」

「一番大きいのは今年の開幕戦でしょうか。ちょうど1年前は16―0と大敗したい相手。でも今年は序盤こそ鶴見に封じ込まれたとはいえ逆転勝利。あれはかなり成長できたって実感できました。まぁ、結局は最下位ですけど」

「そっか。1年で大敗した1組に、2年で勝つ。か」

 直接生徒から感じた意見だけに『経験』と言う名の生きた意見である。しかし勝とうと思って勝てればこうした話はしていないわけで、1年1組に手を抜いて勝負してもらうのも、1組に悪いし4組方もオーダーや動きを見ればすぐに気付いてしまう。手抜き相手に勝てたところで今の泥沼から抜け出せる理由にはならないだろう。

「う~ん、分かるには分かるけど対策が立てにくいな」

「それと思ったのが」

「なんだい?」

「それぞれチームに投手コーチとか野手コーチ置いた方がいいんじゃないかなぁ。って思いますね」

 さらに素直に意見した宮島に広川は苦笑い。

「そうですね。私はほとんど野手を見てばかり。投手は宮島くんに任せっぱなしでしたからね……。実際、各クラスに監督以外にコーチを置くと言うのは教職員会議で出た話です」

「自分も野手はあまり、でした。副担任と言う形で、投手監督のチームには野手コーチ、野手監督のチームには投手コーチを入れるべきかもしれませんね。可能ならバッテリーコーチも入れた方がいいかもしれませんよ。広川さん」

「これは経理の方からいろいろ言えますね。間違いなく」

 監督としての自分の力不足を実感する一方で、その宮島の提案に会計的な方面から反論が飛んでくることを難なく予測して額を押さえる。

『(財務諸表を見る限りだともう予算をねん出できる余裕はない。厳密には自己資本にはまだ余裕がありますし、当分は赤字でも最悪の債務超過にはならないでしょうが……)』

 土佐野専は寄付金をメインとした収益減少に加え、附属病院が大きな赤字を出していることでグループでの連結決算は誤差の範疇で微黒字と言ったところ。仮に大幅のテコ入れを行うと赤字転落は免れないが、自己資本(総資産‐負債)にまだ余裕はある。債務超過によって即銀行から圧力がかかることはないが、これが続くことは非常に厳しい。

『(予算に余裕がないのは厳しいですね。内部留保が無い分には規模拡大もできませんし)』

 と言う分析を広川ができるのは、監督・教員業務の傍らで簿記・会計の資格勉強を続けていたからでもある。その実力は虚仮の一念、岩をも通すと言ったところで、勉強1ヶ月足らずで財務諸表が難なく読めるほどになっている。

「早急に、なんとかしないといけませんね」

「ですね。投手コーチと野手コーチの方は急いで。バッテリーコーチは余裕があれば」

「あ、そのことではなく」

「じゃあ、広川さん。何の事ですか?」

「あぁ……ちょっと関係ない事でしたね。すみません」

 ふと口にしてしまったことが偶然、小牧の話とかみ合ってしまう。しかし広川はなんでもないとごまかす。ここまで宮島を呼び出して相談しておきながら言えた義理ではないが、生徒の前で学校の財務状況など話すべきではない。

「しかし、ひとまず宮島くんの意見で生徒側の意見・提案がある程度はくみ取れました。あとはその考えに教職員が考えるべきです」

「ですが広川さん――」

 小牧も土佐野専教職員歴3年の人間。財務状況の厳しさは分かっている。それを口にしようとした小牧を広川が制する。

「夢を持って現実に立ち向かう生徒たち。彼らの夢を後押しし、背負いきれない現実を肩代わりし、さらに大きな夢を見させてあげること。それが私たち教職員の果たすべき宿命です」

 広川は正面に座っている宮島に深々と頭を下げる。それは到底、40の越えた元プロ野球選手の大人が、まだ20にもなっていないアマチュアの若造にするとは思えないしっかりした礼。

「宮島くん。幾度となく迷惑をかけてすみません。そして、本日は意見をありがとうございました。ここからは――」

 顔を上げてしっかりした表情で宮島の目を見る。

「私たち、教職員の戦場です」



「ただいま~」

 メールで確認を取るとまだみんなは部屋にいるとのこと。宮島は広川・小牧からお土産としてもらったみたらし団子を手に帰宅。ドアを開けるとちょうどキッチンにいた秋原が出迎える。

「おかえりなさ~い。お疲れ様。お風呂にする? 夜食にする? それとも、わ――」

「ちょっと汗かいたからシャワー浴びてくる」

「は~い。じゃあ、タオルここ置いとくね」

 先手を打つ宮島に、秋原はあっさりそれまでのボケをなかったことにしてしまう。

「あ、すまん」

「いいの、いいの」

 きれいに畳まれた洗濯済みのタオルを脱衣所のカゴの中へ。ついでに下着や残ったタオルも棚に並べて置く。宮島らしからぬ整理された棚なのは、秋原が部屋に入り浸っているお礼と称して家事全般を行っているためである。

「これ、お土産」

「お土産? あ、これ高かったんじゃない? てか、どこまで行ってたの?」

 秋原は手渡されたビニール袋の中を確認。宮島はわざわざ中を確認していないのだが、近所のスーパーで買ったようなものではなく、和菓子の専門店で買った贈り物として使えそうな部類のものである。この手のものを買おうと思えば、市街地まで出る必要があるはずだ。

「ん~、もらった」

「そっか」

 詳しくは話さない宮島に、秋原はそれ以上を聞こうとはしない。

「じゃあ、温かいお茶を入れて待ってるから。寝間着持ってくるから先に入ってて。じゃあ、ごゆっくり~」

 ついでに宮島からカバンを受け取って部屋に戻っていく。すると、神城と新本はifストーリー・第2次世界大戦にて第3次バグラチオン作戦を発動中。宮島の帰宅を知ってはいるが、相変わらずゲームの方に集中。

 一方で神部は今までベッドに寝転がって読書していたにもかかわらず、宮島が帰ってくるなり起き上がって正座して待機。風呂に行ってしまったのを知って、わずかにしょんぼりした様子を顔に出す。

『(なんだか、御主人様の帰りを待つ子犬みたいだね)』

 きっとドアが開いてから今まで尻尾を振り続け、まだ会えないと知って耳を垂らしていたことだろう。

「お土産だって」

「宮島さんは?」

「お風呂」

 分かって入るのだがあえて聞く神部に簡潔に回答。

「新本、どうするん? 一旦停止?」

「第4次バグラチオンやってから」

「まだやるん?」

 第1次(史実・失敗)、第2次(架空・失敗)、第3次(架空・敗色濃厚)と3度も続けた同じ計画を再度敢行するらしい新本。大日本帝国を率いる神城も半分呆れ顔。

「じゃあ、その第4次バグダッド? 終わったらお茶にしよう。お茶入れてくるから」

 いったい秋原は戦線をどこまで広げるつもりなのか。

「そういえば秋原さん。宮島さんはどこに行っていたんでしょうか?」

「さぁ? まぁなんとなく方向は思い浮かぶけど、あまり聞かない方がいいと思うよ。言いたいなら話のネタにでも話すと思うし」

 こんないいお土産をもらえると言う時点で、鶴見や長曽我部ら同じ学生に会ってきたとは考えにくい。そして賄賂・裏金の類になりかねないため、プロ野球関係者でもない。となると本命は教職員と言ったところ。だと秋原は予想。

「う~ん。でも気になりますね。聞いてみようかな?」

「かんちゃんにも聞かれたくないことあるかもしれないし、あまり深く踏み込んじゃうと嫌われちゃうよ」

「うぅぅ、そんなぁ」

 宮島とは一度溝ができたゆえに、また溝ができてしまうことに抵抗感を覚える神部。実際のところ口は災いの元とも言うように、余計な事は言わないのが吉であろう。

 また秋原は神部絡みのことで宮島を探ったことがあるから分かるが、彼は洞察力に関しては飛びぬけているところがある。直接的に踏み込むことのみならず、遠回しに聞こうとしても読み切られることもないでもない。

『(教職員でかんちゃんに用件がありそうな人……う~ん。予想付かないなぁ)』

 宮島だけに用件。となれば広川・小牧、もしくはキャッチャー技術の指導ということで関係のある2年1組・大森元プロ捕手。さらに深読みすれば、何らかの理由で宮島路線から神部友美の件を探った神部祐太郎。ある程度は絞ることができる。

 しかし宮島は何も言ってはいなかったため、他の生徒も一緒にいた可能性は否定できない。例えば教職員から各クラスのキャプテンたちなど。そうなればもう教職員の大将は絞りきれない。

 秋原としては最も気になるのが何の用があったのか。

 宮島は秋原に対してはかなり気を許し、やや甘えがちなところはある。だがそれは体調管理に関することだけ。やはり『野球』に関しては秋原に頼ることができず、自分で抱え込む節がある。

『(大丈夫だと思うけど……抱え込んじゃってないかなぁ?)』


<次回投稿予定>

12/6 20:00

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