最終話 水面下での開戦
東京都にある国立工業高校。その名前から国立だと勘違いされるが、れっきとした私立高校である。その高校野球部は今までに何度も全国制覇の経験を持つ。また去年・夏の甲子園大会を制し、さらについこの前の春のセンバツでも優勝を果たし、その力は健在であると世間に知らしめている。
ところがその学校は現在、非常に大きな問題を抱えていた。
「監督。お電話です」
「今いく」
この名門野球部を率いる名将は、秘書兼スカウトの女性に呼ばれて野球部寮内にある監督室の電話を受ける。
「はい」
『私だ。と言えば分かるかね?』
「も、もちろんですとも。はい」
監督は近くに控えていた秘書を手払いで追い出すと、やや抑え気味に会話を続ける。
『どうも君の高校は課題を抱えていると聞いてね』
「は、はい……実は」
『なに。言わずとも分かる。次世代、2年生が小粒ぞろいと言ったところか』
「よく御存じで。例年のようにスカウト活動は欠かさなかったものの、きれいに逃げられまして。大阪が誇る大エース・大原。高知の速球派右腕・前園。埼玉ナンバー2・宮島。滋賀のリーディングヒッター・大谷、信越の主砲・村上。そしてなにより中学野球最強とまで言われた三村。しかもその全員が……」
『あぁ。君の挙げた全選手、入った学校はあの土佐野球専門学校だ』
土佐野球専門学校は2期生が屈指の実力を誇ると言われる。入学後に成長した例もあるが入学以前に名の知れた選手も多く、メジャー行きが実質内定している鶴見を筆頭に1組の主砲・三村。2組の核弾頭・大谷。3組の主砲・バーナード。4組の首位打者&盗塁王・神城と、1位競合必至の選手が多く名を連ねている。さらに2位以降で指名候補となっている選手や育成指名候補も含めれば、場合によっては土佐野専1校から30人のプロ一斉輩出もあると噂されているのである。
そしてその割を食っているのは高校野球。
それだけの選手が土佐野専に流れたということは、それだけ土佐野専2期生の同期、現高校2年生の選手層が薄くなるということを意味する。またそれだけプロ入りを輩出されれば、今現在だけではなく将来的にも厳しさを増す可能性があるのだ。
『鉄は熱いうちに打つ必要がある。ぜひ君にも協力してほしい。もちろん労働に対する十分な報酬は支払う』
「……そのようなこと、マスコミにばれたら不祥事ですね」
『何を言う。私は高校野球連合会の会長として守るべきものがある。それを成すためには必要な経費だ』
「そういうことでしたら、ぜひ協力いたしましょう」
『よし。詳しい事は追って連絡する。君の力、期待しているよ』
「はい。お任せください。失礼します」
その監督はしずかに受話器を降ろした。
所変わって高校野球連合会の本部。
「まったく。面倒な事をしてくれた。土佐野球専門学校」
先ほどまで電話の先で聞こえていた声が、立派な部屋の中に響く。
「しかし、私には守るべきものがあるのだ」
高校野球は日本において長い歴史を持ち、国民にとってはひとつの娯楽となっている。となるとそこから生まれるのは名声や利権というものである。もしも高校野球が失速をすれば、それはマスコミから手を切られることになったり、国民からの注目を失ったりしかねない。それを防ぐためにも土佐野球専門学校からブランド性を奪う必要があるのだ。
「きれいごとでは社会を渡ってはいけない。土佐野球専門学校も同じはずだ」
そしてその男の一言は確信を突く。
プロになりたい。その少年少女の思いを支えるために、土佐野球専門学校にて金策に走っているのは事務員や教職員である。組織である以上、赤字では経営が成り立たない。夢や希望を支えるためには、それ相応の現実を誰かしらが支える必要があるのだ。
「だからこそ私は、あんな新参者ごときに負けられないのだ。高校野球のすべてを守るために」
これでひとまず新章終了です
これからの投稿ですがまだ書き終えてないので未定です
しかし考えているのは、
・プロ野球への天道 短編集
・プロ野球への天道 最新章(要はいつも通り)
・蛍が丘高校野球部の再挑戦 最新章(気分の切り替えに再始動)
そのうち進展は報告いたします




