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プロ野球への天道  作者: 日下田 弘谷
第10章 信頼と依存
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第6話 『ミニキ』 闘魂注入

「タイム。代打の小村がそのままキャッチャー。宮島に代えてピッチャーへ神部」

 7回の裏に宮島は代打で引き、代わりに新本の代打・小村がマスクをかぶる。そして8回表のマウンドにはもちろんこと神部。

 選手交代宣言より先に神部も小村もグラウンドへ。その2人の背中を見送りつつ、広川は物思いげにベンチへと戻ってくる。

「広川さん。不安そうですね」

「クールダウンはいいのですか?」

「せめて神部(あいつ)の行く末だけは見届けてやります」

「そうですか……静かに見守ってあげてください」

 すべてを知る広川と宮島はそうとだけ言葉を交わして神部の投球練習を見つめる。

 その投球練習は良きも悪きもおとなしく思える投球が続き、規定の数を終えるとプレイがかかる。

 この回の先頭バッターは代打・女子枠の白鳥。

 女子対女子であるが、男子に匹敵するスペックを誇る神部。この勝負は神部優勢と見るのが妥当であるが。

「ストライーク」

「しかし、どのピッチャーも宮島くんがキャッチャーの時と、小村くんがキャッチャーの時で球質が格段に違いますね。宮島くんの時の方が遥かに上ですよ」

「そりゃあ広川さん。僕と小村で球質が同じなら、なんのために配球の権限をピッチャーに渡しているのか分からないですよ。そのためのピッチャー主導リードなんですから」

 とにかく相手の待っていないコースや球種を突いていく、典型的なキャッチャー主導リードの小村。

 リードは結果論。コントロールも百発百中ではないと開き直り、『ピッチャーの球質が良ければ打たれない』と信じ、好きな球を投げさせることでピッチャーの調子を上げていくピッチャー主導リードの宮島。

 どちらも一長一短があるが、『球質』と言う面ではどちらが上かなど言うまでもない。

「えぇ。キャッチャー主導が主流の日本球界に新たな風を吹かせるような、たしかに面白いリードです。ですが、ちょっとそれに慣れ過ぎるのも問題です。宮島くんがではなく、ピッチャーがです」

「僕のリードは特に異端ですからね。宗教裁判ものですよ」

「確かにそうですね。それにしても、宮島くんが宗教裁判を知っていましたか」

「神城と新本がやってるゲームでその手のイベントが……はい。たしか、電球を発明したガリレオ=ガリレイが裁判にかけられたとか」

「宗教裁判は地動説を唱えたガリレオ=ガリレイです。電球はたしかエジソンだったかと」

 小中学校の社会科で習ったわけではなく、ゲームの知識。それも傍で見ていて覚えた知識である。その知識の精度はそれほど高くないのである。

「時に宮島くん、どうしましょうか」

「う~ん……」

 2人の目の前で1―1と平行カウントからの甘い球を右中間に運ばれ、あっさりとツーベースヒットで先頭打者を塁に出す。

「受けて見ないと分からないですけど、全体的に球が真ん中に集まっているように見えますね。ベンチからなので高さしか分かりませんけど」

「暴投が怖い、でしょうか?」

「それで打たれてはもともこもないんですけどね」

 続く大谷にはレフト前ヒットを許してノーアウト1・3塁とチャンスメイク。

「この調子で大谷相手に単打なら上出来なんですけどね」

「その調子なのが問題ですがね」

 さらに続く竹田のセンター前ヒットで1点を返され、ランナー入れ替えノーアウト1・3塁。バッターは3番の村上。ここで点を奪われれば同点、それどころか逆転の可能性も浮上してくる。

「今日もダメですかね……藤山くん。行けますか?」

 まだバッターにして3人目だが、ここ最近はずっとこの調子だ。いくら勝利度外視と言っても、負け続けてはチームの士気にも関わる。ここは心を鬼にして神部を降ろすべきだろうか。そう考えて準備中の藤山に確認をとろうとした広川。

「監督。待ってください」

 それを宮島が制した。

「僕に行かせてください」

「……ダメです。以前話した通り、それでは彼女のためになりません」

「監督。キャッチャーに行かせてほしいんじゃないです。マウンドに行かせてください」

「ど、どういうことですか? 宮島くんがリリーフに上がると?」

「伝令に、です。だいたいキャッチャーにしろリリーフにしろ、さっき試合から引いたばかりじゃないですか。そろそろあいつには一発、ビシッと決めてこないと」

 宮島の真剣な目が、広川の真面目な鋭い目を捉える。

 自分の判断を信じて神部を降ろすか。

 キャプテン・宮島を信じてマウンドに送るか。

 彼の目からその思いを感じ取り考えた広川は、

「タイム。球審、伝令」

 マウンドを指さしコールする広川に、球審は頷いてタイムを掛ける。

「宮島くん。お願いします。彼女に一発、ビシッとお願いします」

「はい。分かってます」

 監督がマウンドに行くのは珍しいことではない。しかしタイムを掛けてマウンドに向かうのは選手である宮島。高校野球の様な光景である。

 ひとまず神城・原井・鳥居・前園、そして小村は一足先にマウンドへ集まる。

 内野手6人がマウンドに集まった後、宮島がマウンドに近づくと、俯いていた神部が気付いて顔を上げる。

「宮島、さん……」

 はたして彼は自分に何を言うつもりなのか。

 どんな励ましをしてくるのか。

 それともアドバイスか。

 様々考えながら彼へと視線を合わせると、その時は来た。

 宮島は左手で彼女の胸ぐらを掴んでひねりあげると、右手の拳で彼女の左頬を思いっきり殴りつける。

『(えぇぇぇ……)』

 監督・広川、唖然。

『(い、一発ビシッと。って……そういう意味で?)』

 てっきり「一発ビシッと『言ってやる』」という意味かと思っていたが、宮島は「一発ビシッと『殴った』」わけで。

「オイ、コラ。お前、何しょうもないピッチングしてんだ」

 さらに彼女のかかとが少し浮くくらいに胸ぐらをひねりあげる。

「そんなんでよく4組のエースになりたい。なんて馬鹿げたこと言えるな。お前程度でエースになれるなら、僕なら学内リーグの最多勝とれるぞ」

 普段の神部とマウンドの神部は違うように、普段の宮島と今の宮島もまったくの別人。いや、その違いは神部以上だろうか。

「4組投手陣を去年の最下位だからって甘く見てんだろ」

「そ、そんなことは、ない、です」

 ちょっとずつねじ上げられて苦しさも感じる。なんとか脱出したいが、男女のパワーの差は歴然である。

「わ、私だって、み、宮島さんと組んだら――」

「僕が野球辞めたらお前も辞めんのか? 僕が移籍したらお前も移籍すんのか?」

 さすがの緊急事態に審判団も止めようと動きを見せるが、広川が審判養成科の監督教員もろともそれを制す。

「それとお前、よく『宮島と組んだら』って言ったな。それ、『自分は悪くない。小村が悪い』って意味だよな」

「その……」

「僕はそれで構わん。手柄はピッチャー。責任はキャッチャー。それで気持ちよく投げてくれるならそれでいい。けど堂々と正面を切って自分の責任を、それも無援護や怠慢守備ならまだしも、自分の不調の責任を他人に押し付けるような奴なんかこっちから願い下げだ。貴様となんか二度と組むか。このヘボ投手が」

 自らが追いかけてきたその背中。しかし皮肉にも自分を追いかけさせたその強い思いが、その背中から自分を遠ざけさせた。

「文句があったら小村(こいつ)とこの場を抑えてから言い返してみろ」

 さらに左頬をもう一発殴ると、彼女をその場に放り捨ててマウンドから降りる。

「だ、大丈夫なん?」

「は、はい」

 彼女はほんのり赤くなった頬を撫でつつ、神城の手を借りて起き上がる。

「宮島も何を考えとんな。女子をガチで殴るとか、正気じゃなかろう」

「神城さん。いいんです。あれで」

 彼女はゆっくり顔を上げ、ベンチに引き揚げる背中をみつめる。

「広川先生はおっしゃっていました。『過剰な弱者救済は、その立場にあぐらをかかせることになる』と」

 広川が現・1年生の入学試験時に言ったこと。正しくは『過剰な弱者救済は、その制度(土佐野専女子枠)にあぐらをかいて努力を怠る理由にもなる』だが、神部の言っていることはそれほど的外れというわけでもない。

「女子を殴るべきじゃない。そんな弱者保護的な考え方に、わたしはあぐらをかきたくないです。むしろ、本当に男女平等に接して、私を平然と殴ってくれる宮島さんが大好きです」

 そして右袖で、口から垂れる一筋の血を拭う。

「それに、宮島さんの言う通りなんです。プロに入って宮島さんと組めるとは限らない。にも関わらず、宮島さんとしか組めない。なんて言ってたら首を切られるだけ……だからだと思います。ここ最近、宮島さんがピッチャーとしての私を避けて、監督が私と宮島さんを組ませないような采配をしたのは。きっと私が宮島さん以外の人と組んで実力を発揮できるように、場を整えてくれていたんだと思います」

 言いながら、右手で小村の左腕を掴む。

「小村さん。さっきは失礼な事をいってすみませんでした。もし嫌じゃなかったら、私とバッテリーを組んでもらえますか?」

「嫌とは言わへん、言わへん。だいたい、み~やんに言われんかったら、とかやんが責任押し付けしてるとか気にせへんかったし」

「ありがとうございます」

 頭を深々と下げる神部に、野手キャプテンである神城が気合いを入れる。

「よし。しっかり投げぇよ。僕らがしっか守っちゃるけぇのぉ」

「はい」

 内野陣が解散してグラウンドに散る。

 その宮島による神部への喝によって、彼女だけでなく内野陣もたるみかけた気持ちを切り替えられたわけだが、かえって落ち着きをなくしてしまったのは4組ベンチ。

「あ、あの……か、かんちゃん? 普通、殴る?」

「あそこはしっかり闘魂注入してやらないと、絶対にだらだらいくからな」

「え? デニー宮島?」

 その某デニー氏もせいぜい胸を小突いたりビンタしたりにとどまるわけで、すくなくとも胸ぐらを掴んで締め上げた挙句に、頬へ2発こぶしを叩き込むようなことはしないのだが。

「むっ、総大将は宮島アニキことミニキか?」

「それ、どう考えても小さいアニキなんだけど……」

 秋原もこの空気に逆行した発言をする立川にあきれ返る。

「その、なんでしょう。宮島くん? とりあえず、穏健にお願いします」

「広川さんがそう言うならそうしますけど、これが僕の表現方法です」

「あとで私から釈明はしておきますが、プロのスカウトが来ていることもお忘れなく」

「あっ」

 本気で忘れていたようである。さらに2年生となりドラフト候補生ということで、今年は去年以上に注目も集まっている。その中で暴力沙汰など起こしては笑い話では済まされない。


宮島アニキ

略して『ミニキ』


次回投稿予定日

10月3日20:00

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