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プロ野球への天道  作者: 日下田 弘谷
第10章 信頼と依存
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第5話 援護砲撃

 1回の表。先発の友田は宮島のリードの下でエースらしい堂々たるピッチング。3番の村上にはショート正面へ勢いが死んだ内野安打必至の打球を放たれるも、これを前園が逆シングルからの1塁サイドスロー送球を見せて出塁阻止。堅実主義のこの日本でこうした守備ができる前園は貴重な存在である。

 続く1年4組の攻撃。

 マウンド上の本格派右腕、2組エースの古蔵に対し、先頭は俊足の寺本。彼はいきなりサード正面へとセーフティバントを敢行も、サード・大谷の好守に阻まれ出塁できず。2番は先ほど好守を見せた前園。その前園は成長著しい打撃で、センター前ヒットを放ち出塁。

 1アウト1塁。先制のチャンスでバッターは、

『3番、ファースト、神城』

 珍しくクリーンアップに座る首位打者・神城。その神城は古蔵のキレのあるストレートや変化球を前に、得意のファール打ちでタイミングを合わせる。そしてカウント3―2からファールで粘った末の8球目。

 前園は古蔵の投球モーション始動と同時にスタート。ストライクなら打ってエンドラン、ボールなら見逃してフォアボールのランエンドヒット。そこで甘く入ったストレートを神城は痛打。打球は右中間へ一直線。と、思われたが、

「アウトっ」

 セカンド・竹田がジャンプしてキャッチ。さらにボールは1塁へと転送され、飛び出していた前園はアウト。上位3人によるヒット性3連発も内2つが好守によって防がれ、結果として3者凡退に終わる。

「ええ当たりじゃったんじゃけどのぉ」

「捕ったセカンドが上手かったな。ドンマイ。切り替えて守っていこう」

 ダブルプレーの神城に声掛けをしつつ、マスクを手にグラウンドへ出て行く。とにかく点を取るのは上位打線に任せ、打撃で役に立たない下位打線は守りに集中するだけだ。

 ただその下位打線に対して好機が訪れる。


 

 初回に上位打線を三者凡退に抑えこまれた4組打線は、1アウトから5番・天川のフォアボール、そして7番・原井のレフト前で2アウトながら1・2塁とチャンスメイク。ここで迎えるバッターは、

『8番、キャッチャー、宮島。背番号27』

 打率は相変わらず低迷している8番バッター。今シーズンに関しては機会がまだ少ないのもあるが、それほど得点圏打率も飛びぬけているとは言えない。安全牌と言われるような存在である。まだ9番の友田の方が怖いところだろう。

『(なんとかこのチャンスを生かしたい。けど、今日の古蔵は調子が良さそうだな……)』

 天川に出したフォアボールは勝負に行ってのフォアボール。さきほどの原井のヒットは打った原井が上手かった。決して古蔵の調子が悪いわけじゃない。

『(さぁ、どう攻略する?)』

 足元を均しながら右バッターボックスにて構えた宮島。本気の目でピッチャーを注視しつつ投球を待つ。その初球。

「ストライーク」

 アウトコース低めへのストレート。ここはバットを動かして打ち気を見せながら見送り。

『(速い。けど、長曽我部や神部とは違う速さだな)』

 長曽我部は純粋な球速的な意味での速さ。神部は出所が分からない投球モーションや球持ちなど、投球技術での速さ。対して今、マウンドにいる古蔵はまさしく伸びるストレート。

 チャンスは生かしたいが、打撃の苦手な彼が簡単に打てるような球じゃない。

 2球目。

「ストライク、ツー」

 ど真ん中へ入ってくるスライダー。バッテリーは一瞬ヒヤリとしたが、逆に虚を突かれた宮島は手が出ず。またも見逃して2球で追い込まれる。

『(これはコントロールミスのストライクだろうけど、こうもあっさり追い込まれるとはまずいな。次は何をどこだ……)』

 1球ボール球を挟んでくるか。それとも3球勝負か。

『(僕がリードする側なら、相手は貧打の打者。なれば三球三振でピッチャーの調子を上げていきたいと思うけど)』

 今、リードしているのは宮島ではなく西園寺。

 サインに頷いた古蔵はセットポジションから、2塁ランナーを一瞥して目で牽制。それからはランナーに構うことなくモーションを始動。

 はたして投球は、

『(まずっ)』

「ストライクスリー、バッターアウト。チェンジ」

 インコースからストライクゾーンに入ってくる変化球(フロントドア)。これを宮島はまたも見逃してストライク。見逃し三球三振でチャンスが消滅する。

『(1回もバットを振らずに三振……ですか)』

 広川もなんと声を掛けたらいいものか悩む打撃結果だ。腕組みして堂々たる雰囲気を醸し出しながら、宮島が帰ってくるのを待つ。その間に考えた結果、

「終わったことをとやかく言っても仕方ありません。切り替えていきましょう」

「はい。明菜。防具付けるの手伝ってくれ」

 月並みな回答に落ち着く。もっとも何度も訪れるこのようなケースに置いて、毎度毎度新鮮な反応を期待するのも酷なものである。



 お互いにエースの投げ合いとなるこの試合は投手戦となる予感が流れ始めていた。厳密には双方共にそこそこの出塁はできているのだが、チャンスとするための繋がりが足らない、もしくはチャンスにしても決定打に欠けると言ったところ。

 そして4組・友田は先発としての責任回数を投げ切り、既にイニングは5回の裏。

『(厳しい展開ですが、そろそろ古蔵くんも降板。寸前ですし、気を抜いてもらえれば……)』

 自軍の実力ではなく相手の失策を待って道を切り開くのは勝負師として肯定しがたいところもあるようだが、相手の失策に付けこむことだって立派な実力である。

「ボールフォアボール」

 その広川の予想通り気が抜けた。と言うわけではなく、単純に厳しいコースを突きすぎた結果、古蔵はノーアウトから原井にフォアボールでの出塁を許す。2回以降、久しくチャンスらしいチャンスを作り出した4組。そこで打順が回ったのは、

『8番、キャッチャー、宮島』

 前打席、チャンスで見逃し三球三振だった宮島。次のバッターがピッチャーであるため、わざわざバントすることはない。あってもセーフティバントくらいのものである。

『(おそらくこの打席がラスト)』

 心の内で気合いをしっかり入れて本日2度目のバッターボックス。本人が本日最後と予想する打席である。

『(せめてランナーを進める)』

 より集中力を高めてマウンドの古蔵を凝視。相手のわずかな動きも見逃さない強い目が古蔵を捉える。

「ストライーク」

 この打席も初球は見逃し。

『(せめてバントのサインを出せれば、最低限の結果は出せるでしょうが)』

 そのサインは出せない。勝利は二の次であるリーグ戦においてそんな手を打つ必要なんてない。

『(君の打撃……見せてください)』

 2組エースを前に千載一遇のチャンス。ここまでたったの1回もバットを振っていない宮島に対して、広川の期待が募る。きっと彼ならやってくれると。

「ボール」

 高めに浮いたボール球。宮島はバットをほとんど動かさずに見送り。

『(こいつ、打つ気あんの?)』

 リードしている西園寺は宮島の打撃スタイルを見て疑心を深める。少しくらい打ち気も見せればいいものの、まったくと言っていいほど打ち気を見せない可愛げのない奴。なんなら9番の友田の方が攻撃的に思える。

『(ちょっと挑発してやっか?)』

 むしろその余裕が腹立たしさも思える。

 西園寺はまだ余裕のあるボールカウントを生かし、遊び球ついでに宮島の挑発へ。

『(ここにまっすぐ)』

『(OK、西園寺(おんじ))』

 頷いた古蔵。

 1塁ランナー・原井に向けて牽制球を挟んでからの3球目。

 古蔵がモーションに入るなり、西園寺は宮島の方へ寄って中腰へ。

『(悪いな。ナンバー2。これがトップの配球だ)』

 右腕から放たれたストレート。

 その球を宮島の鋭い鷹の目が捉える。

『(インコース高め)』

 ついに待ち球がきた。宮島はストレートか変化球か、ストライクかボールかなどそんな一切の迷いを捨ててバットを振り出した。

「……はぁ」

 古蔵はキャッチャーのミットを向いたままでため息を漏らす。

 振り抜いた宮島は打席でバットを持ったまま、一歩も動かずに打球を見送ってからようやくバットを捨てて走り出した。

 推定飛距離は120メートル越え。レフトスタンドへとかかった大きなアーチは試合の均衡を崩す一打である。

 ランナー・原井、バッター・宮島共々ベースの踏み忘れは無く、ダイヤモンドを1周してホームまで帰ってくる。意外な人の意外なタイミングでの一発によって生み出された先制点に、ベンチはとにかく大盛り上がり。

「う、うそぉ。今の持ってく?」

「これが僕のバッティングなんだよ」

 1打席目のあっさりとした見逃し三振が嘘かのような打撃。それを見た西園寺の感嘆に、ちょっとかっこつけながら答えてベンチへ戻る。

「ナイスバッティングです」

 ネクストバッター・代打の三国、さらにそのネクストの神城とハイタッチ。2人続いて広川とも軽くハイタッチをかわす。

「時に宮島くん。今のは来た球を? それとも……」

「インハイにストレート。バッチリ読み打ちです」

「ですよね。来た球を打つなら、おそらく1回くらいバットを振るでしょうし」

 その良い様に、宮島の琴線に何かが触れる。

「あっ、もしかして見逃し三振が気になりました?」

「いいえ。わざわざその程度は気にしないです。ただ、まだ『来た球を打つ』のは難しそうですね」

「来た球を打つのは僕には才能がないので、できそうにはないですね。ただ狙いを広げられるようになればいいんですが……」

 今の宮島はとにかく狙っているコースが狭く、球種も原則1球種に絞っている。それがもし広いコース、例えば以前のように内外の2択や、2球種に絞ることができるようになれば、バッティングの幅が大きく広がるだろう。

「プロのハイレベルなピッチャー相手に、来た球を打つのは簡単ではないですからね。それも君らしくていいでしょう。では、その『読み打ち』をよりハイレベルにすべく練習していきましょう」

「はい」

「さて、あと1か2イニング。お願いしますね」

「お任せください」

「あ、それと審判。代打、三国」

 宮島のバッティングを讃えると同時に今後のアドバイスを送り、ついでに忘れていた代打を球審へと告げる。

『(皆、成長しているんです)』

 今日の試合のスタメン選手でも成長が見える者が多い。

 1番に入っている寺本は前まで足が速いだけの選手だった。しかし最近ではバットコントロールもよくなり、リーディングヒッターとして花開きつつある。

 2番に入った前園。上位打線の候補に挙がるほどの成長。

 6番の大野。良く言えば代打の神様。悪く言えばさしずめ『代打弁慶』であったが、最近では守備も成長。代打でなくともそれなりの成績を残せるほどになった。

 それ以外も地味だが着実な成長を遂げつつある。長打力・外野守備が伸びつつある神城。武器の打力により磨きがかかる鳥居や、守備に磨きがかかっている原井。高い外野守備技術を身に着け、よりその強肩を生かせるようになった天川。投手のくせに打撃が急成長している友田。

 そして今、ホームランを放ったばかりの宮島。

『(そう。皆、歩みを止めることなく歩き――いえ、走り続けているんです。夢の舞台へと向けて。果たして君はそんなところで止まっていていいのですか?)』



 6回の表。1番から始まる強力打線に対し、4組は2年生唯一のアンダーハンド・塩原を投入。

 以前まではただのアンダーハンドであり、せいぜい実力は他の投手陣と横一線であった。が、2年生になってからはプロスカウトの目が集まり始めるほどとなっている。

「ストライクバッターアウト」

 先頭の大谷は、ストレートでファーストストライクをもらい、外のカーブを振らせてツーストライク。ウィニングショットのスクリューが相手の頭によぎる中、最後は低めにフォークを落として空振り三振。

「今日のフォークはキレが良い。流体力学(フロードメカニクス)を極めた果てに生まれたこの球はプロで通用する武器であろう」

「なんだ? フォーク使いは球と一緒に知能指数も落ちるのか?」

「あ、ちょっとたっつーみたいなことを言ってみたかっただけ」

「たっつーてぇとあいつか……」

『(てか塩原はたっつー、新本はたっつんって言うけど、たつかわと間違えてないか?)』

 立川(これ)の読みは『たつかわ』ではなく『たちかわ』である。

 ただ塩原のフォークが立川のそれに準じるレベルに使える変化球であることは紛れもない事実である。本来アンダーとフォークは相性が悪く投げにくいと言われるため、その特異性ある組み合わせがよりその変化球の実用性を押し上げているのだろう。

「ストライクバッターアウト」

 ここまで2打数1安打の竹田に対しても、塩原は平均球速にして120すら越えないストレート、そして100キロ出るか出ないかというような変化球を駆使して空振りを奪う。ラストボールはワイルドピッチっぽかったが、宮島のキャッチングにかかればなんてことない球である。

 その頃、4組方のブルペン。備え付けられたテレビには室内から見えないグラウンドの状況が常に流されている。そこに映る塩原は、地面からわずか数センチと言う低空に右手を通過させ、やや浮き上がったあたりでボールをリリース。高めへのストレートに村上は手を出すが、コースはかなりはっきり外れるボール球。バットは遥か下を通って空を切る。

「塩原さん、凄いなぁ」

 その画面を見ながら、投球練習中の神部はため息まじりに関心。

 額面の球速で言えば神部以下。変化球も種類は神部の方が豊富であるが、片や投げれば打たれる打撃投手。片や2組上位打線を連続三振で抑え込む好投手。

『(ううん。私だって4月の3組戦では好投できた。だったらその力はあるはず。それに宮島さんに受けてもらえば、絶対に抑えられるから)』

『ストライクスリーバッターアウト、チェンジ』

 テレビから聞こえる三振コール。

 アンダー・塩原は大谷、竹田、村上の上位打線をまさかの三者連続三振に切って取り無失点に終わらせる。

『(きっと私だって――)』


宮島くんは貧打みたいに書いてますけど、

プロに行くようなピッチャーの球を、

木製バットでスタンドに入れるようなバッターなんですよね


次回投稿予定

10月2日 20:00


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