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プロ野球への天道  作者: 日下田 弘谷
第10章 信頼と依存
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第1話 離れていく背中

 5月の何気ない火曜日。

「ナイボールや。ええ球来とるで~」

「ふっ。私を誰だと思っている。なにせ私はこの一団の大将たる男――」

 4組のブルペン。たかだか130強のストレートで調子に乗っている投手がいる。

「一団の大将、ねぇ」

「そ、総大将殿。どうしてここに」

 そんな調子乗りの近くにこつ然と現れた宮島。

「キャッチャーがブルペンにいて悪いか。まぁ、ちょっと練習にな。しかし、お前が一団の大将か。いつのまにか謀反を起こされたか」

「け、決してそのようなことは。一団というのは『投手軍団』ということであります。総大将は『投手軍団』『野手軍団』を束ねる総大将ゆえ、私では足元に及びませぬ」

「よくお前はそんなセリフがつらつらと出てくるなぁ」

「お褒めいただき、ありがたき幸せ」

 総大将こと宮島は、自称・投手軍団大将である立川のセリフに感心と呆れを感じるのみである。

「どうだ。小村。立川のフォークは安定して捕れるようになったか」

「そうやなぁ。み~やんほどじゃないけど捕れるくらいには――」

 先ほどから立川の球を受けていたのは4組の第2捕手であり、宮島とは別タイプである打撃型捕手の小村。入学当初は投手であったが、投手陣のレベルの高さゆえに自分では通用しないと悟り、中学以前に経験のあった捕手に転向した……というのは去年の話。

やはり数か月のブランクおよび、中学時代投手陣と土佐野専投手陣のレベルの差で守備面において苦戦を強いていたが、去年後半の実戦経験やキャンプでの集中練習などにより、もう最近ではそうしたことはなくなっている。

 ただそれでも立川のフォーク――

「ノンノン。フォークではなく、ビクトリアフォールズと呼びたまえ」

 もとい自称『ビクトリアフォールズ』(笑)や、塩原のスクリューなんかはやや苦戦気味のようであるが。

「はいはい。で、そのビクトリアフォールなんだけど――」

「総大将。ビクトリアフォール、ではなく、ビクトリアフォールズだ」

「はぁ。そのビクトリアフォール『ズ』は、結構エグイからなぁ」

 ちょっとしたこだわりである。

「み~やん。少し聞きたいんやけど、そのフォーク……やなくて、ビクトリアフォークを――」

「ビクトリアフォールズ」

「そのフォールズを捕るコツってあるんかいな?」

「そのなんとかフォークだけどコツは……」

「ビクトリアフォールズ」

「うっせぇぞ。総大将権限でお前の首を刎ねるぞ」

「申し訳ございません」

 もう慣れたものである。

 ちなみにいつの間にやら「隊長」から「総大将」に呼び方が変わっているわけだが、宮島もそこにはまったく思い入れがないようで気付かず。

「あまり最初の位置で捕ろうとすると、跳ねて後逸するから」

「なるほど。つまり、こうやな」

「いや、どちらかというとこうだな。しかしそういうやり方もあるか。今度少し試してみるか。いいアイディアをありがと」

 いまいちコツを掴み切れていない小村に宮島もコーチング。

「もしくはそれがダメなら、捕るのは諦めて身体に当てて前に落とすことに集中すれば――」

「あ、宮島さ~ん」

 そうしていると、トイレから帰ってきた神部が手を振って走ってくる。今シーズンに入って1勝2敗で防御率27.0と超絶不調の彼女であるが、以前のスランプ期のように落ち込んでいる様子はない。一度脱出方法を知った事で、むしろ前向きになっていろいろな新しい方法を模索しているといったところか。

「練習に来たんですか?」

「あぁ~、まぁ、うん」

「じゃあ、私の投球、受けてください」

 目を輝かせる彼女からの頼みである。

『(そういえば最近、こいつの球、受けてないなぁ。けど……)』

「悪い。そういえば、これから神城にバッティングを教えてもらうんだった」

「そう……ですか。じゃあ、午後にでも」

「う~ん。ちょっとそっちもなぁ。さすがにキャッチャーと言えど、ずっとピッチャーと組んでるわけにもいかないしさ」

 キャッチャーも一野手であり内野手である以上、リードしてボールを受けているだけが仕事ではない。打席に入れば打たなければならないし、塁に出ればしっかり動く必要もあるし、打球が飛べば処理に動かなければならないのだ。

「小村か、事務員の人にでも手伝ってもらって」

「ワイが受けてやってもええで。み~やんからキャッチングのコツも教わったし」

「は、はい。じゃあ、おねがいします」

 宮島の代わりに小村が受けてくれるとのこと。神部はその好意を受けるも、宮島に受けてほしかった。そんな後ろ髪を引かれるような思いがにじみ出る声の落ち着きよう。

「総大将。ここには練習のために来たと言ってはいなかっただろうか?」

「忘れてたんだよ。おそらく、今頃、神城は一人寂しく待ってる、かも」



「お、宮島。どうしたん? ブルペン行ったんじゃないん?」

 球場に来てみると、そこではウォーミングアップを終えた野手陣によって打撃練習が行われているところであった。

「ちょっと打撃練習しに戻ってきたんだよ」

「そうなん?」

 神城にバッティングを教わる約束だ。と話していた宮島。

 しかし来てみれば神城はむしろ球場に戻ってきたことに驚くような表情を見せている。

 これがどういう意味を持つか。その真実は宮島のみが知ることである。

「しかしそういえば宮島もしっかり打撃練習しとったほうがええのぉ。最近の打撃練習見とると、どうも調子が悪そうじゃけぇのぉ」

「そうか?」

「前まではそこそこヒット性。時には柵越えもしとったけど、最近はそういう会心打も聞こえんよぉなってきたじゃろぉ。スランプなん?」

「それか。以前、鶴見に提案されてな。さすがに読み打ちだと限界もあるし、来た球を打つ練習をしたほうがいいんじゃないかって」

「宮島ってどこまで読んどん?」

「コースと球種」

「その読み打ちは厳しいのぉ」

 単純にその読みが当たる・当たらないの問題もあるが、宮島の場合は読みが当たってもヒットにできるとは限らないという問題もある。やはり読みを外され体勢を崩されても、それでもヒットを打ってしまう神城は違うのである。

「できるかどうか分からんけど、教えちゃろうか?」

「そう言ってもらえると助かるな」

 まさしく嘘から出た(まこと)である。神城に打撃練習を教わるという嘘をついたところ、本当に彼から来た球を打つ方法を教えてもらえることに。

「まぁ、とりあえず打席立ってみ。見せてぇや」

 2つある場所のうち、片方でちょうど打っていた前園が打撃練習を終えたあたり。神城に急かされるように宮島はすばやく準備。

「お願いします」

 そして一礼して右打席へ。ピッチャーはほとんどが投球練習などで出払っているためか、マウンドにいるのは総務部兼打撃投手の元プロ左腕・田村。30代後半という歳のせいで衰えも目立つが、140前後のストレートにカーブやフォークといった多彩な変化球を持ち合わせる投手である。

「あれ? 次は宮島くんですか。ブルペンに行ったのでは?」

 そして宮島は今ここに、小村はブルペンで捕手不在のためにマスクを被っているのは、現役時代は外野手一本だったくせに、引退してから内野や捕手にまで守備位置を広げつつある謎の成長株・広川である。

「ちょっと例の件で」

「そこまで徹底しなくてもいいですよ。あまりやりすぎると君の交友関係に響くと思いますし」

「ほどほどにしておきます」

 ざっくりとした曖昧な言いようだったが、状況と『例の件』でだいたいの事情を察した広川。彼がやりすぎてしまわないよう、軽くではあるが釘を刺しておく。

宮島がキャプテンであり、1年4組結成時から投手陣を支えていた正捕手であるため。そして広川がプロアマ通じて監督という立場の経験が浅いため、どうしても彼に負担をかけるようなことをしまう。しかし彼はまだ高校2年生相当の若者である。

『(あの話は時期尚早すぎたみたいで……いえ、本来は卒業まで明かさず、自らで解決すべきことだった。彼に負担をかけることになったようでは、私も指導者失格ですね)』

「宮島くん。例の件。忘れてくれてもいいですよ。これはやはり、私の付けるべき問題。監督してやるべきことです」

「乗りかかったバスです。それに今更忘れられませんし」

「すみません。助かります。それと、それを言うなら『乗りかかった船』です」

 乗り物には違いないわけだが、何をどうしたらそのように覚えるのか不思議である。

 やや長めの会話を終え広川がミットを叩いて構えたことで、田村が投球モーションへ。

「さぁて、ではまず例の件より先に、君の打撃をなんとかしましょう」

「はい」

 彼の左腕から放たれたボールはアウトコースへ。その球を――

「一応、打ちやすいコースだったと思うのですが……」

「タ、タイミングがずれただけです」

 しっかり空振りしていた。



 ブルペンでは4組投手陣が投球練習中。神部も小村を相手に投球練習をしているのだが、いまいち球のキレが良くない。いつも通りと言えばいつも通りなのだが、その『いつも』が悪いとも言える。

 たかだか練習なのに腕が思い切って振れない。

「んっ」

「ナイスボール」

 一応、いいコースに決まれば小村がそう言ってはくれるが、本当にナイスボールかと言われれば難しいところである。ただその受けている小村も最高潮の神部を知らない。あえて言うなら昨シーズンおよび春季キャンプでの打撃練習で見たこともあるのだが、実際に受けたことはなく、それは春季キャンプでも3か月ほど前、昨シーズンなら1年も前の話である。覚えているわけがない。

 ただ小村が思うのは1つ。

『(しかしこれが3組勝利の方程式の球なんやなぁ。あまり凄くないように思うけど、なんでこれが勝利の方程式なんや?)』

 勝利の方程式と呼ばれていたにしては球がおとなしい。実際問題、ここ最近の試合では打たれ続けていることからして、そう呼ばれていたのは打者がヘボだったからでは? と思わざるを得ない。しかし1組・三村、2組、大谷・村上、4組・神城らがいたことを考えるとそうでもないと思われる。

 唯一心当たりがある点としては、神部が周りの成長に付いていけなくなったと言うパターン。4組・新本も1年生では勝利の方程式だったが、最近ではタイミングを外す遅い球も攻略されつつある。やはり女子である彼女は男子である周りに追いつけないのか。

 だが、そう考えると小村の頭には1つの違和感があった。

『(それやったら、3組戦での好投はいったいなんやったんや?)』

 以前先発登板した3組戦。ランナーを出しながらも5回無失点で勝利投手になっている。もしも彼女の不振が実力不足だとするならば、その結果の理由が付かない。

 だとすればもう1つの可能性。

『(やったら原因は……とかやんやないな)』


1話区切りあたり5千文字弱

今まで8千文字前後だったプロ野球への天道の中ではかなり短めです

と言うのも、話の区切りは書き切ってから行っていまして

ここで切らないとキリが悪いのです


コレヲ日本デハ『無計画』ト言ウ


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