開始
呻き声が自分のものなのかどうか、判然としなかった。
意識が朦朧とし、身体は実感を伴わない。
悪い夢を見ていたのかと、そう思ったことだけは自覚する。
「なに、ここ……」
女の声が聞こえる。まさしく僕と同じように今しがた目が覚めたばかりのようで、声はガサガサと聞こえづらい。
上体を起こすと、同じ空間に四人の男女がいることがわかった。部屋は殺風景を絵に描いたような何もないところで、壁面も、天井も、とにかく眩しいくらいに白かった。全く覚えのない場所だ。
男の一人が頭をさすりながら立ち上がる。その奥に、扉があるのが見えた。男も同様にして、それに気が付いたようだ。歩みを進めるが、困惑したように声を漏らす。
鈍い身体を動かして男の隣に立つ。なるほど、開けようにもノブがない。
そのほかに、この部屋において扉となるものは何もない。人間が五人存在する以外には空虚があるだけだ。
「誰?」
先ほどの女が声を挙げる。身を庇うように両手を胸の前に据え、尻を突いたまま、後ずさる。彼女のほかに女はいない。怯えるのも無理からぬことだが、状況がわからないのはこちらも同じだった。
今の女も、隣の男もそうだが、ここにいる全員の顔に見覚えがなかった。見ず知らずと言って違いない。年齢もバラつきがあるし、服装から見て、趣向も合致しない。
一番若い男で、高校生くらいの容姿に見えた。そばかすを散らした顔に、目に届くかという髪。服は安いことだけが取り得のブランドだった。彼はしきりに周囲に視線を投げ、耳に触れ、「ああ」と言葉にならない唸りを上げ、それに驚き、という忙しない動作を繰り返している。最も混乱しているらしいのは良くわかるが、鬱陶しかった。
残る男は、胡坐を掻いたまま、その少年のほうを見ていた。混乱を前に、呆然としているようだ。
最短時間で行動を起こした隣の男に、質問を投げる。
「ここはどこでしょうか」
その質問に意味があるとは思わなかったが、彼ならばそれらしい解答を用意してくれるかもしれないとそう考えた。
「わからない」当然だが、彼は答える。「でも、誰かが俺たちをここへ閉じ込めた、ということは間違いなさそうだね」
男は恰幅が良く、上背もあるが、腕っ節に自信を持つタイプというよりは、利発そうに見えたし、そのことにアイデンティティを見出していることが言葉遣いからわかる。見た目から推測される年齢差や、僕が敬語で質問を投げたせいかも知れないが、彼は現時点で僕よりも立場が上手である、という錯覚を一瞬のうちにした。また、そうあるべきだと感じているだろう。
扉を振り返り手で触れ、調べてみるが、開くための窪みや取っ手はやはり存在しない。白い壁に、白い枠が描かれているだけで、そもそも扉ですらないのかもしれないと疑ってしまうほど、手応えがなかった。
「困りましたね」
「そうだね」
そう言って男はほかの三人を見回す。女は依然身構え男たちを警戒しているし、少年は混乱のまま声を出し続けている。もう一人の男は、ぼんやりと虚空を眺めていた。
男と視線を合わせる。そこにどのような意思が存在したかわからないが、
「牧田洋二郎だ」
男は名乗った。
「中谷です。中谷友樹」こんなところで自己紹介もなかろうと思わないでもなかったが、「よろしくどうぞ」
習性というのは恐ろしい。
ともかく現状を打破するためには、出口を探すほかない。しかし扉は調べたとおり、後は見たとおり、外へ出られるあてはなかった。時間だけが無為に過ぎていくことや、変わらない彼らの態度に苛立ちを覚え始めた頃、
「これより試験を開始いたします」
頭上から声が降ってきた。
牧田と視線を交わす。
全員が黙った。
これから何かが始まる、それだけが理解できた。