表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
99/283

3-21(98) 募集

 連邦軍はあと二週間もすれば国境に到達するだろう。

 いま、セント・ラルリーグでは各地で兵士が動員され、国境へ派兵されているという。もちろん、遠方の地域からの行軍では間に合わないため、遅くとも一ヶ月で国境に到達できるであろう地域からの動員だ。さらに、連邦軍の兵力に対抗するべく、一般人からも兵士を募集するらしい。戦闘訓練もしていない即席の兵士が役に立つのかと思ってしまうが、それでもいないよりはマシ……か。



 とらさんたちは偵察のために今日も連邦に飛び立ってしまった。

 ビラを撒いてる余裕はないからと、僕だけは虎さんの屋敷で暇を持て余している。

 昨日は一緒に居残った葵ちゃんも今日は逃亡の要として虎さんたちにくっついて行ってるし。でも一応、偵察といっても恰好は異世界の服装で行なうみたい。なんでも爺さんとの協議でそのように決まったのだとか。異世界の恰好をしてた方が、聖・ラルリーグの偵察だと悟られにくいし、僕たちへの対応に少しでも連邦側が頭を悩ませてくれれば儲け物だってね。

 そういった意味では、虎さんを偵察部隊に据えたのは正解だったのかもしれない。縁あって葵ちゃんも手伝ってくれてるし、偵察の最中に拿捕される危険も減ってる。おかげで敵陣深くまで潜り込めるというものだ。



 さて、今日は一日時間があるし、ちょっと外でもブラブラしてみるかな。

 虎さん屋敷はしろくま京にあるものの、都の西端の方にあるもんだから、周辺はあまり街々していない。目抜き通りこそ店が立ち並び賑やかだが、一歩外れると田舎といった風情。田畑には百姓が、町には売る人、買う人、いずれも忙しなく動き回っていて、手持ち無沙汰に辺りを物色して回っている人なんて居やしない。とうに現役を退いた御隠居だって庭先の掃除をしてみたり、枝を刈ったりと働いている。

 僕も浮世離れしてきたなと、我ながら思う。こうして遊び呆けている先にある将来はいつだって闇の中、五里霧中をひた歩く人生。歩いているときはいいけれど、ふと足を止めるとウンザリするほど気持ちが沈むんだよね。

 久方振りに一人っきりの切なさに襲われる。

 自分とは無縁の土地。

 そばに知った人間が一人もいない心細さ。

 道端に転がっている乞食に覚える共感。

 アレは未来の自分じゃないか、と思えてならない。

 目と鼻の先に迫った冬の到来に同情を禁じ得ない。

 橋を渡り、一本の河を挟んだ先にあったのは花街かがいだった。

 欲情を掻き立てる昇り、看板が氾濫する通りに一軒の飯屋を見つけたので、酒でも飲んで心の平穏を得ようという気になった。一人で歩いていてもあれこれ考えちゃって精神に悪い。悪くなった精神で女を抱いてもつまらん。店から出たあとの虚無感がいよいよ毒になるばかり。

やる気になるかならないかは、飲んでみたあとで判断するさ。



 花街の飯屋なだけあって、店に入ると遊び人風の色男がすでに酒に溺れている。女を伴って随分楽しそう。ある席では男三人衆が愉快気に冗談を言い合いながら酒を飲んでいる。そんな彼らの話を聞くとはなしに聞きながら、酒を三杯空けたところで店を出た。

 ほろ酔いで気分がいい。酔っているのにお天道様がまだ空に浮かんでいるのが愉快だ。擦れ違う女の一人ひとりが妙に艶めかしく見える。ちょっと冷やかしに待合でも覗いてみようかしらん。ふ、昼日中からなんと堕落したことだろう。でもたまにはこんな日があってもいいよね。



 鼻歌交じりに歩いていると、前から一〇人ほどの兵隊が歩いてくるのが見えた。花街の巡回かな? まさか兵隊総出で遊びに来たわけでもあるまい、とか思っていると、道端に座り込んでいた男が半ば強引に連れ去られていってしまった。その間わずか数十秒。なんと奴ら、花街に来て男を物色してやがったッ、もとい、少し聞き取れた会話から察するに、男は兵役のために連れ去られたのだ。昼間っから飲む暇があったら国のために働いてみないか? とかなんとか声掛けしてたからね。間違いない。問題は男の返答を待たずに連行していったことだけど、こりゃ、ウカウカしてると僕も連れ去られちゃうッ。逃げなきゃッ。



 これじゃ、日が高いうちは迂闊に外をブラつくこともできやしない。

 きっと、アレが虎さんの言っていた“兵士の募集”なんだろう。天下のしろくま京といえども、ちょっと外れの方になるとああした募集の仕方がまかり通っちゃうのか。恐ろしい町だ。

 橋を渡り、虎さん屋敷へ向かっていると、往来に人だかりができていた。

 木箱の上に立つ一人の兵士が派手に演説を打っている。

 ついに連邦の獣人が我が国を殲滅せんめつせんと侵攻を開始しただの、みんなで一丸となってこの国を守ろうだの、調子のいいことを言っている。時折り、聴衆の中から兵士の言葉を肯定する声が湧く。こっちが正規の募集か、と思う。応募特典はなにかあるのかと思い、試しに最後まで聞いてみたが、目立った特典はなかった。給金と寝る所と食事を保障するというだけ。名誉がどうだの戦功がどうだのとも喋くってたけど、僕の心には響かない。

 僕は半ば無関心に演説を聴いていたけれど、ほかの人たちは兵士の言葉に士気を高揚させる者、連邦が攻めてくるという情報に不安の色を滲ませる者など、反応は二分されていた。ただただ関心なさそうに聴いていた人なんていなかったんじゃなかろうか。



 近日中に、連邦との開戦の事実は多くの国民の知るところとなるだろう。

 みんながどういった反応を示すか、ちょっと見物だな。国境付近に暮らす連中はそれこそ気が気じゃなくなることだろう。小銭をしこたま貯め込んだ貴族や地頭なんかの上流階級は泡喰って逃げ出しゃいいんだッ。哀れな小作農や木っ端役人、乞食なんかの雑魚共は天上から転がり落ちてくるそいつらを見ながら笑えばいいッ。運が良けりゃぁ、上も下もなしにみんな同じ地べたに這いつくばることになるんだ。

 僕は別の次元からそんな連中のことを涼しい目で見ててやるさ。

 とはいえ、国境に築かれた城塞のほかにも、しろくま京までの道のりにはいくつか越えなきゃならない要塞があるから、しろくま京が攻め入られるのはまだまだ先の話になるだろうね。上に取り入り仲間を蹴落とすことの才に長けた厭な同輩も、自己の失敗を部下の責任にするのが上手いムカつく上役も、当分はのほほんと、さながら対岸の火事を眺めるように今度の合戦を見守りながら暮らしていくんだろうさ。となると、あんまり面白くはないんだよなぁ。



 演説も終わり帰路に着こうと歩き出したとき、背後から楽隊の太鼓と笛の音とともに、ときの声が上がるのが聞こえた。演説に来ていたのは音楽隊だったのか。勇ましいことだ、と思う。名誉のため、戦功のため、国を守るため……それぞれ理由はあろうけども、時流を逃さず行動できる力だけは羨ましくもある。

 背後には出兵を目前にした喧噪が、眼前には来たときと変わらない目抜き通りの賑わう様が広がっている。どちらの空気にも今日は馴染めないから、さっさと屋敷へ戻るに如くはないな。

 せっかく酒を飲んだってのに、もうすっかり醒めちゃったよ。

 いろんなものをすっかり放り出すにはまだまだ飲まなきゃならん。

 でも、そんなことのために飲みたくはないし。癖になると怖そうだしね。

 やっぱ、誰かと一緒じゃなきゃ、非番も楽しくはないや。



 なんか動いてないと落ち着かないんで、屋敷内をひたすら雑巾掛けしていた。虎さん屋敷は大名屋敷みたいに何人も詰めれるほど大きくはないし、かといってお抱えの女中なんかもいない。せいぜい週に三日ほど隣近所の暇な婆さんが掃除しに来るくらいだ。別に契約しているわけでもなく、世話を焼きに来てるだけといった感じだから、婆さんよく虎さんに綺麗にしろ、洗濯物を溜め込むんじゃないと小言を言っている。まるで虎さんのお袋さんみたいな感じかな。

 そんなふうだから、掃除すべき場所はいくらでもある。いざ始めるとなかなか捗らないから、ふだんは手を出したりしないのだけど。

 掃除にも飽きて、薪割りに手を着け始めたところに、みんなが帰ってきた。

 昨日確認できた軍隊のほかに別方面へ進軍してくる部隊は確認できなかったと虎さん。戦力を一極集中させているか否か、まだ判断はできないようだが。

 それから虎さんたちはすぐに仙人の里へ向かっていった。

「それじゃあ、私たちも行きますか。」

 虎さんたちを見送ったあと、僕と葵ちゃんは葵ちゃんの町でどのような決断が下されたかを確認しに行くことにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ