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3-20(97) 攻めてきてる

 連邦側の仙道の偵察能力、通信能力の程を窺うべく、今日はこれまでとは別方面に向かっている。仙道の気配をアオに索敵してもらいながら、山や谷を越えていく。まだビラ撒きを行なっていないせいか、こちらを追おうとする仙道はいない模様。

 少し高度を下げると、森や小さな町、村、畑が眼下をビュンビュンと過ぎ去っていく。移動は高度を上げて下げての繰り返し。伊達に異世界の恰好をしてるわけじゃない。僕たちの存在が騒がれれば騒がれるほど、ビラが連邦に亡命した集団に届く可能性も増すというものだ。

 理想を言えば、その集団だけがビラの内容に目を留め、ほかの人たちはビラに見向きもしないというのが理想だけど、その集団の誰かがビラを拾うとはかぎらないからね。だから、できるだけ多くの人にビラの内容を気にしてもらった方がいいというわけ。



 山を越え、眼前にどこまでも続く高原が広がった。

 同時にアオから報告が入る。

「前方に物凄い数の獣人が集まってるッ。」

 僕にはまだ視認できないが、アオが言うのだからというので、とらさんは方向を変えつつ高度を上げる。大地が急激に遠ざかり、迂回しながらアオの言う獣人の群れの方に近づいていくと、確かに彼方かなたに人の群れがあるように見えた。

「尋常じゃないな。」

 虎さんが呻く。

 高原に黒い波が揺れていた。その波の端部からはさらにアリの行列のように黒い線が延びている。

「連邦の軍隊かな?」

「ああ、しかもかなり規模が大きい。」

 何千人なんてもんじゃない。何万人規模の軍隊だ。民族大移動してんじゃないかなって疑っちゃうくらい。

「こっちの軍隊はどんくらいなん?」

セント・ラルリーグ中の兵士を集めればアレくらいになるかもしれないけど、連邦にはまだまだ人がいるからね。」

「じゃあ、勝てないじゃん。」

「人数だけで言えばそうだけど、武器の違いや戦略、戦術次第で人数差を補うこともできるから、勝てないこともないだろう。それに、仙道たちも絡んでくるから、勝敗の予測はホントに難しいんだ。」

「仙道はこっちと連邦とどっちが強いん?」

「一応、こちらの方が総力は上だと言われてるけど、実際に調査してるわけじゃないしね。」

「いまさらだけど、大丈夫なのかな?」

「う~ん、なんとも言えないけど、とりあえずこのことは急いで議会に報告しないとさすがにマズイな。」

 連邦の怒涛の進軍を目の当たりにして、僕たちは作戦を中止して急ぎ虎さんの屋敷へ引き返す。最優先で連邦の進軍を議会に報告しなければ、聖・ラルリーグは立ち直れなくなるかもしれないと虎さんは危惧しているようだ。とはいえ、連邦が大勢の兵士を引き連れているのに対し、聖・ラルリーグはまだ進軍の準備すらできていないから、報告してみたところで、どれほどの対策が打てるのかはなはだ疑問だが。

 虎さんは屋敷に戻るなり着替えての二人を連れて仙人の里へ飛んでいってしまった。



 数日間の滞在で勝手知ったる虎さんのお屋敷。

 突然できた時間に困惑しつつも、葵ちゃんとお茶を飲みながら連邦と聖・ラルリーグの戦について話していると、葵ちゃんは居ても立ってもいられなくなったのか、彼女の家のある町に行くと言い出した。町の人たちに連邦の軍隊が迫っていることを知らせて、避難させるのだという。葵ちゃんの家族は仙人の里にいるとはいえ、町の人たちも知り合いばかりだから、助けられるものなら助けたいというのだけれど、避難するにしても一体どこに? と思ってしまう。

 遠方の町に移ったって、そこで合戦が終わるまでの間、どうやって生きていくのか? 避難先の町の人たちの援助なしには生きていけまい。となれば、ここから先は行政の仕事だろう。



「元お役人の靖さんにこんなことを言うのも心苦しいんですが、私はこの国がこの事態にそんなに素早く対応できるとは思ってませんし、もっと言えば、戦場になるかもしれないからって、その町に住む人たちを保護しようと考えるほどこの国が良心的であるとも思っていないんです。」



「避難後のことはみんなで考えますよ」と力強く語る葵ちゃん。

 きっと小さな町でみんな知り合いだからそんなことが言えるんだろう。僕は大都市であるしろくま京在住だから道を歩けば他人ばかりだから、困ったときにみんなが自主的に協力して支え合えるなんて幻想をいだくことはできない。とはいえ、そんな葵ちゃんを見てちょっと田舎が羨ましいと思ったりね。

「そしたら、僕も行くよ。」

「え? なんでですかぁ?」

 そこでなんで?って言われると困るんだけども。

 僕と一緒じゃ厭なわけ?

「葵ちゃんはあくまでその町の人にとってはただの女の子なわけじゃん。そんな子がいきなり連邦の軍隊が攻めてくるから早く逃げましょうねって言ったって、あんまり聞き入れられないと思うんだ。その点、僕なら町の人に知られていないから、聖・ラルリーグ偵察部隊所属の靖ですっつって連邦進軍の話に信憑性を持たせることができるんじゃないかなって。」

「なるほど、それは言えてるかもしれませんねッ。」

 葵ちゃんの同意を取り付け、僕たちは一緒に葵ちゃんの町へ転移した。

 葵ちゃんの家のお隣さんに知らせたり、町長さんに知らせたりしたけれど、やっぱり簡単には避難勧告を聞き入れてもらえない。そりゃ、この町にみんなの生活があるんだからさ。財産や仕事を一時的にでも手放してどこかへ行こうと決断するには、僕の言葉だけでは足りないのだろう。すぐに受け入れられはしなかったものの、今晩町のみんなで話し合ってみるという回答は得られたから、今日のところはよしとする。



 虎さんたちが屋敷に戻ってきたのは深夜のことだった。

 僕はもう寝床に入っていたのだけれど、なんとなく寝付けなかったので帰宅の物音がしたところで寝床から這い出て、虎さんたちと合流する。

「ただいま。靖さん、起きてたんだ?」

 ちょっとお疲れ気味の虎さんたち。

「晩御飯は食べたん?」

「いや、食べてない。」

 あらあら、大変だったね。

「いまから食べれる?」

「いや、もう今日はいいや。」

「じゃあ、お風呂沸かそうか?」

「あ、お願いしてもいい?」

「うん、がんばる。」

「ちょ、厭なら無理しなくてもいいんだよ?」

「厭じゃないよ。むしろ喜んでやらせていただくわぁ。」

 仙人の里でどんな話をしてきたのかは、明日聞かせてもらおう。

 今日はみんなお疲れだから、疲れを取ってもらわないとね。



 蝋燭に火を灯して、外に出る。

 薪を拾って風呂釜に向かう暗闇に、鈴虫の歌声と牛ガエルの呻き声が響いている。

 一体、虫と蛙はどこに潜んでいるのやら。

 見上げればまん丸い月が棚引く雲を蒼く照らして、秋の風情を感じさせる。

 薪がパチパチと音を立てて燃える様子を見ながら思う。

 僕、結構いいお嫁さんになれそうな気がするわ。

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