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3-19 (96) 縁側

 連邦でのビラ配り二日目、三日目と順調にあちらの仙道たちに追いかけられている。もしかすると異世界と関わりのある僕たちと話がしたくて追ってくるのかもしれないけど、追いかけられると逃げてしまうのが人のさが。試しに一度相対してみよう……とは思えない。異世界の恰好をしていれば即座に殺されることはないと期待していた僕たちだけど、いざ追われるとやはりなにかされるのだと勘繰ってしまう。

「まあ、この恰好は異世界人もしくは異世界と関わりがある者であることをアピールするのが狙いだから、即座に殺されないだろうってのはあくまで保険みたいなものだし。でもほら、実際、まだ誰もこちらを攻撃してきていないでしょ?」

 あらあら、とらさん、言い訳しなくてもいいのに。

 でも、この三日間で追っかけの仙道も五人から一〇人、二〇人くらいに増えてるからね。なにかやり方を考えないと、このままだと全然ビラ撒きできずに終わってしまいそう。虎さんによれば、あと数日やってみて仙道にしつこく付きまとわれるようなら対策を取るということだけど。



 秋の夜の風呂上がり、涼を取りに縁側に座って星を眺めていると、そこにとらさんがやってきた。

仙八宝せんのはっぽうは形になったかい?」

「うん、楕円形になってますが?」

 楕円形は仙八宝専用ケースの形状だ。つまり、なにも変化していないということ。意外にも虎さんは、僕を弟子三号にすることをまだ諦めていないらしい。気を込める感覚を掴めなくとも、とりあえず仙八宝専用ケースだけは常に肌身離さず持っていろってさ。わざわざ否定したりしないけども、やはり真剣にはなれない。

 そんな話のあと、僕は虎さんにどんな対策を考えているのかを尋ねてみた。

「一人を生け捕りにして、私たちを追っている理由を聞き出そうかと思ってる。」

 例の鎖を使うわけか。

「でも、衆人環視の中で仙八宝を使うと、虎さんの正体がバレやしないかな。」

「大丈夫、私はそんな有名人じゃないから、仙八宝から私のことが露見する心配はないよ。」

「なら、いいんだけど。」

 いよいよ、本格的に連邦の仙道たちと衝突するのかな?

 しばらく話したあと、虎さんは自室に戻って行った。

 今日は偵察隊としての報告はお休みか。



 虎さんと入れ替わるように伊左美が縁側を通りかかる。

 おう、と軽く挨拶すると、伊左美も縁側に腰を下ろし、煙草を吸い始める。

「ビラ配り、なかなか上手くいかないな。」

 伊左美が珍しく弱音を吐く。

「いや、ここまでは僕たちの思ったように動けているんだから、上手くいってんじゃない?」

 いまのところは、ね。

「ま、敵が湧いてくるのは想定内だったしな。」

 どうやら伊左美はこの作戦の言い出しっぺとしての責任を感じているようだ。わんさか湧いてくる連邦の仙道に、僕たちの危険が高まりつつあるのを憂えている。確かに発案者は伊左美だけど、みんなの総意で決行してるんだから、そんな気にする必要はないと思うんだけど。

「そんなことより、の件は片付いたん?」

 こんなときこそ、笑える話をして気分を変えようぜ。

 笑うのは主に僕だけども。

「玲衣亜の件?」

「前に言ってた、玲衣亜が可愛く見えるとかってヤツ。」

「ああ、そのことならもう大丈夫。忘れることにした。」

「え、忘れるってどういうこと?」

「あれは一時いっときの気の迷いだったってだけさ。玲衣亜が可愛いはずがない。」

「それでいいん?」

「それに、知らないかもしれないけど、ときどき葵ちゃんがいじめてくるんだよ。」

「ええッ? どういうこと?」

 葵ちゃんってそんな子だったっけ?

「二人で話してるときとかに、ときどきにゃあにゃあ語を使ってくるんだ。」

「ああ、葵ちゃんはアオから情報を得てるだろうからね。」

「そう、だから余計ににゃあにゃあに気を揉んでるわけにもいかなくなったのさ。ホント、勘弁してほしいよ。」

 知らなかった。伊左美と葵ちゃんがそんなに仲良くなっていたとはッ。伊左美はさも勘弁してくれというように話しているけれど、なんとなく羨ましくもある。だって、葵ちゃんは伊左美に構ってほしくてそんな言葉遣いをしている可能性もあるじゃん。意地悪をするのは好意をもってるから、って、どこの子供ですかね。

 で、伊左美に彼女のにゃあにゃあ語には惹かれるかい? と尋ねてみると、彼女の分には惹かれないとのこと。可愛いよりなにより悪意が先に目に付くからかもしれない、とは伊左美自身の分析だ。じゃあ、やっぱり玲衣亜のことが特別に好きなんじゃん? ま、そんな推測を突き付けたりはしないけど。

「とりあえずいまの玲衣亜への態度をは改めなよ。前までの伊左美は玲衣亜ともっと馬鹿みたいな話をしてたぜ? とりとめのない口論とか、そういうのがなくなるとやっぱ周りにいる人にとっては寂しいわ。」

「うん、元に戻すように心掛けるよ。」

「おう、元の通りでいいんだから。」

「ああ。」

 なんだか自分の居心地の良い環境を整えるために伊左美の感情をないがしろにしているようで、少し後ろめたい気分。



「ところでさ、連邦に潜入する作戦、前にやったじゃん?」

 伊左美が話題を変える。

 連邦に潜入する作戦というのは、以前失敗した“獣耳で獣人に早変わり大作戦”のことか。

「あれって言葉遣いを向こうの真似すれば、イケるんじゃないかと思ってんだけど。」

イケるかはともかく、試す価値はあるかもしれない。

「でも、真似るといっても向こうの言葉が判んないじゃん。」

「一応、図書館に資料はあるんだ。基本はケンケン、ガァガァ言ってりゃ間違いないみたいだけど。」

 ケンケン、ガァガァって。

「猫の次はきじにアヒルか? 伊左美のストライクゾーンも広いな。」

「なに馬鹿言ってんだよ。」



 ギィ、ギィと縁側の廊下が軋む音にそちらを見れば、お風呂上がりの葵ちゃん。彼女、会釈して通り過ぎようとしてるもんだから、待ったをかける。

「兄貴、いじめっ子がきましたぜッ。」

「あ、ホントだ。」

 僕の言葉を肯定する伊左美。

「え、いじめっ子って誰のことですか?」

 葵ちゃんがとぼける。

「てめえだよぉッ。ちょっと立ってないでここ座りなッ。」

 冗談めかした口調で誘うと、葵ちゃんは渋々といった様子で縁側に腰を下ろした。

「さっき聞いたんだけどさ、伊左美のこといじめてるでしょ?」

「いえ、いじめてなんていませんよ。」

「裏は取れてんだ、早くゲロっちまいな。」

「だから、いじめてませんってば。ねえ、伊左美さん?」

「おめえ、伊左美と二人のときににゃあにゃあ言って精神的苦痛を与えてんだろぉ?」

 葵ちゃんがかあぁっと頬を赤く染める。

 あ、これいじめじゃないかも。

「兄貴、もしかするといじめられてるわけじゃないんじゃないスか?」

「じゃあ、からかわれてるか馬鹿にされてるかのいずれかってところか? っていうか、それをいじめって言うんじゃないか。」

「馬鹿たれッ、それはイチャイチャしてるって言うんだよぉッ。」

 ホント伊左美も鈍いというか、ま、当事者ともなると言葉の受け取り方も変わってくるのかもしれないけど。

「そ、そうですッ。からかってただけですッ。ごめんなさいッ。」

 葵ちゃんが慌てて否定する。

 僕にはもう、どうでもよかった。

「まあいいや。あとはいじめっ子といじめられっ子で相談して解決しなよ。」

 そう言い残して、僕は自室に戻る。

 僕は空気を読める男なんだ。

 たぶん、間違ってないよね?

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