3-18(95) 黄蓮
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黄蓮という男について、しばらく話し合うことになった。
彼は連邦域内で謎の集団を見かけ、連中が異世界とこちらの世界を行き来しているお尋ね者だと知ってなお連中を捕えなかったばかりか、トーマスとケビンという異世界人を拉致したうえ、ケビンの世話までしている。にもかかわらず、異世界人に扮した僕たちに対し仙八宝を抜いた。
以上が最近の彼の行動。
あ、ちなみに謎の集団は六星卯海による人選らしいので、僕たちにとってはやはり謎の集団のままだ。僕と伊左美、玲衣亜は虎さんの六星殺害の件をすでに聞き及んでいるが、爺さんや葵ちゃんにはまだ秘匿している。
では、以下、黄蓮の人物像についてのまとめ。
仙道の中でも天さんに次いで長命で、何物にも彼は縛られない。
彼と親しい者といえば天さん、爺さんの二人。最近、葵ちゃんもその中にノミネートされつつある。そんな彼だが多くの仙道が彼がなにを考えているかを知らず、だから彼の動きが読めない。とはいえ、議会や世間というものに深く関わろうとせず、浮世離れしているため、特に彼が世間に迷惑の種を振り撒いた、ということはない。今回の異世界人拉致事件については例外だが、異世界産の銃が発見されたことを端に発する事件についても、関わるつもりはないと以前、伊左美と玲衣亜に対して明言している。
で、彼の仙八宝は発動と同時に狙った者の命を奪うと言われているため、できるだけ敵対したくない。いや、会えば必ず厄介事を放り投げていく彼とは敵対どころか関わり合いにすらなりたくない人物だ。
とまあ、散々な言われよう。
特に葵ちゃんの口から暴言の数々が吐露されるとは思わなかった。
では、彼がなぜ僕たちに対して仙八宝を抜いたのか?
なにか癪に障ったんだ……とはアオの意見。漠然としているものの、それに異を唱える者はなく、みんなさらに具体性を持たせた発言を続ける。
彼は僕たちを異世界人ではなく、異世界の恰好をしたこちらの人間であることを看破していた。謎の集団と僕たちの相違点といえば服装だ。彼にはこちらの人間が異世界の服装を着ていることが気に入らなかった? それとも、異世界とこちらを行き来しているお尋ね者が仙人の里をプラプラしてることに腹が立ったのか?
彼のことだから、おおよそ常識的に考えたのでは辿り着かない斜め上の理由があって、仙八宝を抜いたのだろう。
では、彼には表舞台から姿を消してもらうか。
彼の弁慶の泣き所を僕たちは知っている。
彼はトーマス、ケビンの両名を拉致したうえ、彼らを異世界に帰さないと天さんの前で断言している。本来なら罰を与えられて然るべき案件なのだが、この件については世間に対し秘匿しているかぎり不問とする沙汰が下りている。言い換えれば、世間にこの件を流布すれば誰もが彼を逆賊として認識し、彼に鉄槌が下ることはないにせよ、彼は世間から姿をくらまさなければならなくなるだろう。
そうすれば僕たちは格段に動きやすくなるだろうが、一方で彼の報復が懸念される。なにしろこの件について知っている者は極々限られているのだ。知っているのは天さん、爺さん、伊左美、玲衣亜、葵ちゃんの五人。それでも情報漏洩の元を洗い出す作業に手を着けるようならまだ望みはあるが、彼の場合、天さんを除く四人を問答無用でやっつける可能性もある。逆恨みもいいとこだが、僕にしてみれば、もう恨みの根本がどこにあるのかもう判らなくなっているので、“逆恨み”という言葉が適切なのかどうかも判然としないのだけど。
恨み、という感情をぶつけられるとすれば、それは六星卯海関係および趙泰君関係でなければならない。鄧珍と桃里のことは僕たちとは直接関係ないし。とはいえ、異世界の恰好で動く以上は、その二人の親族友人から報復される可能性も視野に入れなければならないか。
面倒臭いったらありゃしない。
話の中途で、虎さんは本日の報告をするために仙人の里へ行ってくると言って屋敷を出ていった。
僕たちは虎さんが出ていったあとも話し合いを続けた。
伊左美や玲衣亜がそれとなく黄蓮の考えを聞き出す案も提示されたが、下手な疑いを抱かれかねないというので却下された。同時に、葵ちゃんが転移の術師であることも彼は看破している可能性も本人より申告があった。彼には、これまでにその可能性を臭わせる行動がいくつも見られたのだという。
葵ちゃんがアオに尋ねる。彼の下で、アオは葵ちゃんに関することでなにかを彼に報告したことがあるか? と。
アオはある、と答える。
では、なにを見たのか?
仙人の里で爺さんと帰宅して、爺さんの家の中に潜入したところ、一緒に家に入ったはずのの葵ちゃんの姿がないので、その事実を報告しただけ。
「それよッ。」
葵ちゃんはアオの回答にそう言い放つと、頭を抱えて一人思索に耽り始める。
もし葵ちゃんの推測が当っているなら、黄蓮は墓参りに向かっていた僕たちの中に葵ちゃんがいると思っているかもしれない。葵ちゃんといつのまにか友人関係になっていた伊左美と玲衣亜の関わりも疑っているかもしれない。
これ以上は話し合うだけ徒労に思われた。
ただ、ここまでの話で彼が僕たちの正体にほかの誰よりも肉薄している、ということが確認できたのは収穫だったかもしれない。今後は彼の前で迂闊な真似はしないようにしなければ。
触らぬ神に祟りなしだ。
夜も更け、僕たちはまた異世界の恰好に着替えて、そそくさと趙泰君の首を仙人の里の入り口付近に投げてきた。墓場だと噂の黄蓮が待ち構えているかもしれないし、いつまでも抱えておくには首は不気味だし、臭ってくるし。とりあえずこれでしばらくは聖・ラルリーグで異世界の恰好を晒すことはないだろう。
まだ虎さんは帰ってきていない。
待ってもしようがないから、もう寝ようという段になり、昨夜に続き玲衣亜がお猪口を僕に差し出してきた。今日も? と尋ねると、ウチの一派は命懸けでなにかをするときは決まって仙人の桃を食べるんだ、だってさ。あいにく僕に仙道の知り合いは虎さんたちのほかにいないから、玲衣亜の言うような効能というか言い伝えのようなものが本当にあるのかどうか確かめる術がない。
なにかあるのではと気にしつつも、玲衣亜が僕が飲むのを待っているので、とりあえず今日も飲んでみる。
「どう?」
昨夜と同じ質問。
「うん、美味いけど……。」
「けど?」
「気遣いはありがたいけど、僕、虎さんの弟子ではないからね。」
「ふふ、安心して。私、弟弟子には優しいんだから。」
「だから弟子じゃないんだってば。」
「いや、これを運命というんだよ。」
「はいはい、おやすみぃ。」
「おやすみぃ。」
黄蓮も謎の多い人物だけど、僕にとっては玲衣亜と伊左美、虎さんもいまなお謎の人物なんだよね。いや、知らない部分がたくさんあるってだけなら、みんなに当てはまるか?




