3-17(94) 墓参り
西日が白く輝いている。
目を細めて、もうこんな時間かと思う。
やや風が強く、少し肌寒い。
足元に影が二つ伸びる。
振り向けば伊左美と玲衣亜も部屋から中庭に出てきていた。
「どしたん? 臆病風に吹かれてたの?」
風に飛ばされないように羽付き帽子を押さえた玲衣亜が早々に悪態を吐く。
「こっち向けば向かい風、こっち向けば順風満帆。ま、僕たちは転移してくから関係ないけれど。いや、西日が出てきたなと思ってね。」
「ね、早く出かけないと、折角の洋服が見えなくなっちゃうもんね。」
「そうだね。」
ホントは鄧珍と桃里の墓参りに後ろめたいものを感じて、ちょっと風に当りに来たのだけど。二人の死と仇討ちを出汁に名誉回復を目論んでいるようで、少し気が引ける。そんな気持ちはこの屋敷の誰にも話せないから余計に考え過ぎてしまうのかもしれない。
それにしても、相変わらず口数の少なくなった伊左美。
伊左美がきちんと話してくれないと、日常的な会話なのに事務的な色合いが濃く映る気がする。会話に面白味がないというか、無味乾燥というか……刺激に乏しい、笑えない会話。
おい、伊左美こそなに風に吹かれてスカしてんだよ?
お前はそんなのが似合う容姿だけど、そんなキャラじゃないだろ?
「玲衣亜、もうにゃあにゃあ言わなくなって一週間くらい経つじゃん。調子はどう?」
少し伊左美を元気づけてやろうかと思った。
「え、にゃあにゃあと調子とどんな関係があるん?」
「ま、確かに関係ないね。」
「変なのッ。」
「変なこと言ったついでにアレなんだけど、この三人でいるときはさ、気が向いたらでいいからにゃあにゃあ言葉で喋ってくれない?」
「ああッ? 本気で言ってるわけ?」
結構な剣幕だ。
こりゃ無理かな。
「うん、本気なんよ。玲衣亜って女の子なのにさ、ふだん可愛げって奴がないじゃん。それがね、にゃあにゃあ言ってると、これが途端に可愛くなるわけよ。」
「はあッ? なに言ってんのかよく判んないけど、喧嘩売られてるんだってことだけは判ったわ。」
「なんでそうなるんだよ。つまり、玲衣亜は可愛いって言いたいわけ。」
「そんなの、みんな知ってることじゃん?」
言いながら玲衣亜が煙草に火を点ける。
「ああ、知ってるよ……うん、みんな、ね。」
こないだからは伊左美も含めて。
「ああ、煙草がうめえにゃあぁ。」
しかめっ面にドスを利かせた声で要望に応えてくれる玲衣亜。
「おう、おっさん。前言撤回、やっぱ可愛くないわ。」
相変わらず遠くの方を見詰めたままの伊左美。
お前はいま、なにを見て聞いてるんだ?
いや、くだらない話だから、無視で全然構わないんだけども。
とはいえ、僕は結構真剣だったんだけどなぁ。
「ああ、ここに居たのかい。そろそろ行こうか。」
あ、虎さん。
そうね、そろそろ行きますか。
「靖。」
「なに?」
「前開いてる。」
外廊下に上がりながら、僕の脇をすり抜けるときに玲衣亜が澄まし顔で教えてくれる。
「お、おおッ? ありがと。」
「今朝から。」
振り返ってビシッと僕を指差す玲衣亜。
ちょ、もっと早く言えよッ。
っていうか、そのポーズと無駄にシャープな動作がムカつくわぁ。
僕たち五人、趙泰君の首を引っ提げ仙人の里に転移する。
首を櫃に入れるとそれが首であると判らないから、マナー違反だけど針金を差し通しておいてぶら提げている。
背広姿の伊左美が先導し、玲衣亜と葵ちゃん、虎さんと僕という二列の並び。
僕たちが姿を現わす様子はすでに一組の男女に目撃され、男女とも驚いているようだった。驚いていたが、それ以上は動かない。大方、僕たちが何者か判らないので警戒したまま動けずにいるのだろう。ま、顔を隠しているし首を提げているしで、一見して危険な連中と判るだろう。僕たちはクールでスマート、そしてデンジャラスな連中なんだ。
墓場までは徒歩一〇分弱。
僕たちは往来を優雅に歩く。
背筋をピンと伸ばして、ガニ股に注意しながら。
いまは開戦の混乱期とあって、脅威となりうる仙道は大抵里を出払っているだろうという虎さんの推測を信じて、そのへんを歩いてる奴らのことなんて見向きもせず、ただ真っすぐ前を向いて歩く。僕たちはなにも恐れちゃいないんだ。
首がぶら下がっているのを見て、「ひぃ」とあからさまに呻き声を上げる者や尻餅を着く者もある。
みんなの注目を浴びるが、まだ取り囲まれて、という状況には至っていない。
二、三〇人とは擦れ違っただろう。
首尾は上々。
あとは墓場に首を供え、きちんと手を合わせてやればそれで仕舞いだ。
広い往来を折れて墓場まで細道へ入る。
進む方角が変わったからか、周りを木々に囲まれているからか、幾分先程までより暗くなった印象を受ける。左右の森林の陰からは虫の声。
遠くに一人、男が歩いているのが見える。
あれが最後に腰を抜かす人物だな。
だけど、伊左美の様子が明らかに変わった。
「アオッ、アオッ。」
歩みは止めず、前を向いたまま伊左美がアオに呼びかける。
「気配は絶ったままで、前に来てくれッ。」
「はいは~いッ。……はッ。」
アオもなにかに気づいたようだ。
「アオの前の主人だ。あの人が仙八宝を抜くかどうかだけ、それだけを見ていてくれッ。仙八宝を抜く素振りを見せたら、大声でいい。……むし。」
「え?」
「仙八宝を抜く素振りを見せたら、大声で虫ッと叫べ。それを合図に転移する。」
「了解。」
伊左美の言葉に葵ちゃんが答える。
「もう一度言うぞ。虫、コオロギとかカマキリとか、その“ムシ”だ。」
「うん、判ってる。」
「よし、偉いぞ。」
なにが偉いって、アオが「虫!って言ったらいいんだね?」とか念を押さなかった点だろう。うん、ホントに状況をよく理解してるよ。
息を飲む。
男との距離がだんだん詰まっていく。
男と擦れ違い、二列で歩いていた僕たちもここではさすがに一列になる。
ザッ、ザッ、ザッ……。
お互いの足音が交錯する。
特に男は反応を示さない。
しいて言えば、他の者と同じように僕たちに奇異な視線を向けているばかりだ。
そのまま立ち去ってくれッ。
「ちょっと、よろしいですか?」
背後から声が掛る。
クソッ、やはりこの男は他の者とは違うのかッ?
「あなた方、どなたかの首を提げておられるようだが……。」
「これは、趙泰君の首です。」
みんなは声で素性が露見する恐れがあったので、僕が答える。
「見たところ異世界人……ではないなぁ。異世界の恰好をしている……。」
「虫ッ、虫ぃッ。」
男の言葉を遮るような形でアオが叫ぶ。
次の瞬間には虎さんの屋敷に転移していた。
「蓮殿は、すでに仙八宝を抜いてた。」
青褪めた顔でアオがポツリと漏らす。
そうか、背後に回られちゃあ、仙八宝を抜いたかどうかなんて、見てられないもんね。
見回せばみんな顔面蒼白だ。
あの男、余程恐ろしい人物なんだろう。
結局首は持って帰っちゃったけど、ま、今度は墓の前に転移して置いてくればいいか。もう墓参りの目的は十分果たしたわけだしね。




